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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
46/331

第四章 悪鬼邂逅 11

十一

 薄暗い坑道の中でも、狸宇りうの姿が良く見えた。

 狸宇が口から吐いていると思われる青白い煙が、ぼんやりと光を放って周囲を照らしていた。

 狸宇の形相が、みるみるうちに変化した。目は赤く光を帯び、口が裂け、犬歯が長く伸びて、牙みたいになった。

 榎と宵月夜よいつくよは、唖然として狸宇の変貌を見ていた。

「狸宇……お前、まさか、悪鬼オニに食われたのか!?」

 宵月夜が、喉の奥から、上擦った声を発した。狸宇には、もはや大好きな宵月夜の声も、聞こえていない。狸宇の顔は、さっき山を襲撃に来た、巨大な悪鬼と同じ形相になりつつあった。

 狸宇は、恐ろしい姿の小鬼と化した。榎は背筋を悪寒に震わせながら、狸宇だったものを見つめた。

 思えば、以前から兆候はあったのかもしれない。以前、妖怪退治の帰り道に椿がぶつかった野菜泥棒が、狸宇だったのなら、あの時に感じた、威圧感のある悪鬼の気配は、狸宇が放っていたとみて間違いなかった。

 人間に化けて、人間に悪さを繰り返していた狸宇は、知らない間に悪鬼に魅入られていたのだろうか。

 反動的に、榎は狸宇を悪鬼から救わなければいけないと思った。だが、榎には、悪鬼の倒し方など、分らなかった。

 そもそも、倒すだけでは駄目だ。悪鬼は狸宇に取り憑き、体を乗っ取っているのだから、無事に狸宇だけを助けるためには、悪鬼を引き剥がさなくてはいけない。

 ひたすらに、妖怪を倒す修行だけを行ってきた榎に、そんな器用な真似ができるとは、思えなかった。

 榎が戸惑っている間に、小鬼と化した狸宇は、化け物みたいな唸り声を上げて、宵月夜に襲い掛かった。悪鬼の本能が働くのだろうか、強い妖怪である宵月夜を、ひたすらに欲している様子だった。

「やめろ、狸宇! 正気を取り戻せ!」

 宵月夜は、爪を掻きたててくる狸宇の攻撃を受け止めつつ、説得を試みていた。だが、狸宇にはまったく通じず、狸宇は宵月夜の腕にしがみつき、噛み付こうとした。

 榎は反射的に剣を構え、宵月夜と狸宇との間に割り込み、、弾き返した。後ろへ飛ばされた狸宇は、素早く体勢を整え、再び威嚇してきた。

「狸宇に手を出すな、夏姫!」

 宵月夜が、榎に怒声をぶつけた。榎だって、狸宇を傷つけたくなかった。

「分かってるよ。でも、なんとか、動きを止めなくちゃ……」

 力そのものは、狸宇のもつ妖力と大差ない様子だった。倒そうと思えば倒せた。だが、榎は躊躇ちゅうちょしていた。

 妖怪たちが、人間たちと似た生活を営み、互いに支えあっている姿を見て、榎の心中で、妖怪に対する考えが、少しずつ変化していた。

 人間に危害を加える、危険な妖怪は、退治しなくてはいけない。だが、妖怪の中には、倒す以外の選択肢で、人間への害から遠ざけられる連中もいるはずだった。

 狸宇は間違いなく、後者の妖怪だと思った。

 頭ごなしに、みんな敵だと決め付けて掛かるだけが、陰陽師としての使命ではないかもしれないと、榎は考え始めていた。

 今は無理でも、榎がもっともっと修行を積んでいけば、陰陽師として一人前になれれば、きっと妖怪たちとも、理解しあえるに違いない。――かつての四季姫たちが、妖怪を受け入れたみたいに。

 榎の中で、一瞬、明確な理想が固まった。

 その刹那、榎の頭の中から、言葉が浮かび上がってきた。体が熱くなり、力が漲ってくる気がした。

 榎は静かに、剣を狸宇に向かって構えた。

「夏姫、やめろ! 狸宇を攻撃するな、先にお前を切り裂くぞ!」

 宵月夜が、榎を妨害に飛び出してきた。長い爪を振りかざし、榎めがけて攻撃した。

 榎は素早い剣捌きで、宵月夜の攻撃を止めた。白銀の剣が、薄緑の光を放ちはじめた。宵月夜は体を強張らせ、反射的に榎から離れた。表情からは、本能的な怯えが見て取れた。

 榎は宵月夜を見て、力強く、頷いて見せた。

「あたしはお前が知っている、千年前の夏姫みたいな考えも、力も持っていないかもしれない。だけど、あたしはあたしなりに、何をすればいいのか考えているつもりだ。今だけでいい、あたしを信じて欲しい」

 宵月夜は、唖然とした顔で、榎を見つめていた。榎の気持ちが伝わったかは、分からない。だが、宵月夜は、榎の妨害をやめた。

 榎はゆっくりと、視線を狸宇に向けた。狸宇も、榎が発し始めた強い力を警戒して、更に威嚇していた。

 榎の目には、狸宇の姿が二つにぶれて見えていた。一つは、怯えた表情を浮かべる、妖怪の狸宇の姿。

 もう一つは、狸宇を乗っ取り、暴れさせている、悪鬼のおぞましい姿。

 榎は集中し、二つの姿の接点を探り出した。その場所へ向けて、素早く剣を構えて、声を張り上げた。

「光に通ずる道を切り拓け。――〝真空断戯しんくうだんぎ〟!」

 榎は、頭の反応がついていけないほど素早い動きで、剣舞を繰り出した。疾風迅雷のごとく振りぬかれた剣戟は、狸宇の体を、真っ二つに切り裂いた。

 だが、狸宇の肉体には、傷一つついていなかった。切り裂かれたものは、狸宇と悪鬼の、精神の接合点だった。無理やり引き剥がされ、狸宇の体に取り憑いていられなくなった悪鬼は、狸宇の体の外へはじき出された。

 榎の剣舞は、さらに激しさを増した。榎の体力以上の動きを繰り出し、腕や足が悲鳴を上げた。

 榎は限界以上の力を振り絞り、飛び出してきた悪鬼に向けて、剣を振りかざした。

 剣は悪鬼に命中した。切り裂きはできなかったものの、悪鬼を頭上へと、激しく吹き飛ばした。

 その時に生じた真空波が、坑道の天井を打ち砕き、ぶち抜いた。落ちてくる瓦礫が吹き飛び、大量に降ってきた。

 悪鬼は天井を抜けて、はるか上空へ飛ばされ、やがて見えなくなった。

 榎が体の動きを止めた頃には、坑道の天井に大穴が開き、空から光が差し込んできた。

 曇り空に遮られているとはいえ、久しぶりの日光は、とても懐かしく、暖かく感じた。

 急に、榎の体から力が抜けた。強烈な疲労に襲われ、立っていられなかった。

 榎は、地面に倒れこんだ。背中を、誰かが支えてくれた。首もろくに動かせなかったが、気配から、宵月夜だと分かった。

「初めて、使う技だったからかな、ものすごく、体力を持っていかれた……」

 榎は小刻みに息をしながら、軽く笑って見せた。

「狸宇は、無事かな?」

「大丈夫だ、気を失っているだけだ」

 榎が訊ねると、宵月夜が教えてくれた。

 狸宇は、宵月夜が落石から守り、今は狸の姿に戻って、側で寝息を立てていた。

 無事に助けられた。妖怪を倒す以外の方法で、力を発揮できた。榎は大いに、満足した。

「お前らの住処に、大穴をあけちまったな。すまん」

 安心ついでに、空を仰いだ。山の外は、再び雨が降り出しそうな天気だった。悪鬼にやられた損害も多いし、妖怪たちはもう、この山では暮らせないなと思った。

「構わん。――仲間がいれば、何度だって、作り直せる」

 宵月夜は、静かに言った。住処を破壊された被害など、仲間を失う悲しみに比べれば、大した痛手ではない。宵月夜の気持ちが、榎にもよく分かった。

 山に開いた大穴に気付き、椿や周たちが、榎を助けにやってきた。榎たちのいた場所は、もう麓の出口に近い場所だったらしく、瓦礫で塞がっていた横穴を、妖怪たちが開けてくれた。

 無事に、榎たちは外へ助け出された。榎は、泣きそうになっている椿を宥めながら、周に状況を説明した。

 宵月夜と狸宇も、避難していて無事だった下等妖怪たちに囲まれて、無事を喜び合っていた。

 妖怪たちをに指示を出し、宵月夜は立ち上がった。ゆっくりと、榎の側に歩み寄り、目を合わせた。

「お前には、大きな借りができた。いずれ必ず、返させてもらう」

 淡々と告げて、宵月夜は空へと羽ばたいた。妖怪たちも続いて飛び上がり、どこか遠くへと、飛び去って行った。

 新しい住処を見つけるために、山奥へでも移動するのだろう。悪鬼の姿も気配も、四季山の周囲からは、完全に消えてなくなっていた。

 榎はひとまず安堵して、椿の腕に頭を横たえた。


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