表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
44/331

第四章 悪鬼邂逅 9

 歩き始めて、どのくらい時間が経っただろうか。

 正直、同じ雰囲気の道と、薄暗さのせいで、どこへ向かって進んでいるかも分からなかった。

 前方に出口がある保障はない。明かりも、宵月夜よいつくよがぶらされている首飾りがぼんやりと光っているだけで、心許こころもとなかった。

 宵月夜は夜目が利くらしく、暗闇の中でも周囲の様子を把握していた。榎は、宵月夜の指示を受けながら、亀の歩みで前進した。

 坑道はそうとう、入り組んでいるみたいで、あちこちに脇道が存在した。全てがどこかの出口に通じていれば、一本に絞ってまっすぐ進めば良かった。だが、山が崩れたせいで、土砂で埋まった道が多く、無計画に進むとすぐに行き詰まった。進めなくなる度に、一歩手前の分岐点まで、引き戻さなくてはいけなかった。

 坑道の道順が滅茶苦茶になっているせいで、榎よりも慣れているはずの宵月夜にも、正確な順路が分からなくなっていた。

 人を一人、支えながら歩き続けると、かなりの体力を消耗した。空気もよどんで、息苦しく感じた。宵月夜は翼を軽く広げて浮力を作り、榎の負担を軽減させてくれていた。それでも、榎の歩みは徐々に、遅くなっていた。

「俺を置いていけ。この辺りは、俺も知らない道だ。連れていっても、足手まといになるだけだぞ」

 限界を感じたのか、諦めた口調で、宵月夜は言った。榎の肩から、腕を振り解こうとした。

「前へ進んでいけば、知っている道に出るかもしれないだろう。あたしなんかに助けられても、嬉しくないだろうけどさ。外に出るまでは、付き合ってくれよ」

 投げやりになっている宵月夜を説得して、榎は再び、宵月夜を掴んで前進しようとした。

「だったら、少し休め。満足に歩けないだろう」

 宵月夜に促され、榎も素直に、休憩しようと決めた。榎は宵月夜と並んで、坑道の壁に背を預けて、座り込んだ。

 薄暗がりの中、榎は悪鬼によって住処を壊されて追い出された、妖怪たちの心境を思い描いていた。

 人気のない静かな場所を選んで住み着く妖怪たちについて、知らなかった一面が見えてきた気がした。

 妖怪たちが山奥などに隠れ住む理由は、人間に住処を追いやられたせいだと、榎は山の獣と同じ感覚で、考えていた。

 だが、一番の理由は、悪鬼オニという最大の敵から、身を隠すためだったのではないだろうか。

「聞いてもいいか? 悪鬼っていうのは、妖怪達にとって、どういう存在なんだ?」

 榎は訊ねた。宵月夜はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

「悪鬼は、妖怪の天敵だ。奴らは周囲に何の影響も及ぼさない存在だが、唯一、妖怪を好んで喰らう習性を持っている」

「妖怪を、食うのか?」

 榎が驚いた声を上げると、宵月夜は短く肯定の返事をした。

「特に、強い妖気に敏感に反応して、狙って来る。下等妖怪には大して興味も向けないが、俺みたいに妖力の強い存在を見つけると、悪鬼どもは力を察知して、襲いにくる。一度暴れ始めれば、下等妖怪もみんな、奴の餌食になる」

「だから、手下に戦わせて、お前はいっつも背後で、傍観していたわけか」

 本気を出せば、悪鬼に気付かれて、襲われるから。

 だから宵月夜は、本気を出したくても出せなかったのか。かつて、椿がストレートに質問していた疑問の答が、ようやく分かった。

「悪鬼がいなければ、この国など、とうの昔に妖怪の天下だ。人間どもが繁栄して、暮らせるはずもなかった」

 もっともな意見だと言えた。世の中には、人間などには太刀打ちできない、強力な妖怪たちがたくさん、存在しているはずだ。その妖怪たちに屈せずに人間が文明を築いてこられた理由が、悪鬼なのだろう。

 全ては、悪鬼がいたから。言い換えると、人間は、悪鬼のお陰で、妖怪たちから守られてきた、と考えてもいいのだろうか。

 だが、悪鬼は人間も襲うと、木蓮から聞いていた。だから決して、味方とは言えない。

 何人たりとも手を出してはならない、禁忌の生命体――とでも言うべきか。

「俺が封印されてから千年が経ち、人間の世は、ずいぶんと変化した。同様に、悪鬼も昔に比べて、恐ろしいほど力を付けている。力のある妖怪たちは皆、悪鬼の襲撃を恐れて、息を殺して生活している状態だ」

 今と昔では、悪鬼が周囲に与える影響が、まったく違うという。宵月夜は忌々(いまいま)しげに、舌を打った。

「さっきの悪鬼は、四季山から宵月夜の強い気配を察知したんだな。山ごと崩して急襲なんて、やりすぎだけれど」

 強大な力を内に秘める宵月夜は、悪鬼にとっては極上のご馳走なのだろう。妖気を嗅ぎつけて、すっ飛んできたに違いない。

「俺が、もっと気をつけなければいけなかった。少しくらいならば、悪鬼も気付かないだろうと、油断しすぎた。皆、無事だといいが……」

 宵月夜は、後悔していた。怒りに任せて妖力を解放したせいで、悪鬼の襲撃を受けた。住処を追われ、多くの下等妖怪たちを路頭に迷わせる結果になった。

 妖怪たちを統べる存在としては、大きな痛手だった。

 落ち込む宵月夜に、榎は何と声を掛けていいか、迷った。同情しても、軽い励ましの言葉を掛けても、意味がない気がした。

 ふと、坑道の向こうから、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。小さく軽快で、複雑な足音。人間ではないと、すぐに分かった。

 近付いていた足音の主は、狸の妖怪、狸宇りうだった。

「宵月夜さま! やっと会えた!」

「狸宇! 無事だったか」

 榎は狸宇にまで注意が向いていなかったが、宵月夜は狸宇の姿が見えなくて、ずっと気を揉んでいた。宵月夜が初めて、安堵の表情を浮かべた。

「宵月夜さまから離れろ、人間!」

 駆け寄ってきた狸宇は、宵月夜の隣にいる榎を威嚇してきた。いい加減、敵視され続ける状態に、うんざりしてきた。榎は目を細めて狸宇を見た。

「だからさぁ、いちいち突っ掛かって来るなよ。お互い非常事態なんだから、いがみ合っている場合じゃないだろう」

「うるさい、さっきの、怖い人間さえいなければ、おいらだって戦えるんだぞ! お前なんか、やっつけてやる!」

 狸宇の中では、一番怖い人間はあまねで、陰陽師である榎たちは格下らしい。

 恐れも知らずに、狸宇は榎に飛び掛ってきた。

「やっつけてみろよ。委員長にできて、あたしにできないことなんて、勉強くらいしかないんだからな! 狸一匹、取っ捕まえるくらい、簡単だ」

 榎は飛んできた狸宇の首根っこを掴んで、地面に押し付けた。動きを封じられた狸宇は、しばらく恐怖の悲鳴をあげていたが、榎にも敵わないと気付き、大人しくなった。

「ごめんなしゃい、もうしましぇん……」

 耳を垂れて、素直に謝ってきた。

「狸宇、いきりたたなくてもいい。癪だが、こいつは俺たちの命の恩人だ。受けた恩を仇で返す真似はするな。妖怪として、恥じない態度で接するんだ」

「はい、わかりました、宵月夜さま!」

 宵月夜が説教すると、狸宇は耳を立てて、元気になった。

「意外と、律儀なんだな。妖怪って……」

 榎が勝手に、お節介を焼いているだけだと思っていたが、妖怪たちは多少、恩義を感じてくれているみたいだった。榎は少し、照れくさく感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキングに参加しています。よろしかったらクリックお願い致します。
小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルも参加中。
目次ページ下部のバナーをクリックしていただけると嬉しいのですよ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ