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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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第四章 悪鬼邂逅 3

分かりにくい方言の説明です。


えげつない →あくどい、やり方が汚い、など、相手を批判するときに用いる場合が多いです。


ぎょうさん →たくさん。厳密には関西弁ではないそうですが、主に西日本で使われている言葉です。

 日曜日。今日は、部活のない日だった。

 近畿地方も本格的に梅雨入りしたらしく、京都一帯、土砂降りの雨だった。

「朝からずーっと雨で、憂鬱ねぇ。お出かけする気にもならないわ」

 一階の居間で、椿が畳の上に寝転がって、退屈そうに呟いた。

「せっかくの、日曜日なのにな。残念だなぁ」

 榎も同じく、椿の隣でうつ伏せになっていた。

「何や何や、若いもんが朝っぱらから、家ん中でゴロゴロしよって」

 芋虫みたいに室内でうごめいている二人を見て、通りかかった椿の父――木蓮もくれんが、呆れた声を掛けてきた。

「だって、パパー。雨が降っていて、お外で何もできないんだもの」

 椿は体を起こして、父親に反論した。

「昔っから、晴耕雨読せいこううどくと言うてな、晴れの日は、外で仕事に精を出し、雨の日は、家の中で勉学に励む生活が、人間の理想なんや。ダラダラしとる時間は、もったいないで」

「勉強は、嫌いです」

 榎は即答した。

「椿も、勉強なんて嫌いー」

 続いて椿が、頬を膨らませた。

 やる気が皆無の榎たちを、木蓮は怒りはしなかった。ただ、腰に手を当てて、情けなさそうな顔で見ていた。

「嫌いでも、せなあかん。中間テストの成績も散々で、母さん、カンカンやったやろうが。二人とも、ちいと反省せな」

 淡々と、木蓮は事実を説いた。

「うう、電話口から、お母さんの雷が落ちたときの、トラウマが蘇る……」

 急に胃がキリキリしてきて、榎は背中を丸めてうずくまった。中間テストの答案を送ったときの、榎の母――梢の怒鳴り声が、今でも耳の中にこびりついて、離れなかった。

 椿はどの教科も平均点をキープして、結果を出していた。だが椿の母――桜は、意外にも教育ママさんらしく、平均点では満足できなかったらしい。椿も怒られていた。

 平均点をとって叱られるのであれば、榎なんてもはや論外と言わざるを得ない。案の定、榎の成績を見兼ねた桜にまで厳しい説教を受けて、榎は踏んだり蹴ったりだった。

「親を怒らせる悪い子のところにはな、怖ーい〝悪鬼オニ〟が、やってくるんやで」

 木蓮は怖ーい顔をして見せて、二人に向かって脅す調子で言った。

「悪鬼って、何ですか? 東北の、〝なまはげ〟みたいなもの?」

 怖くはなかったが、妙に興味を引かれて、榎は体を起こして訊ねた。「わりはいねぇがー」とか言いながら、なたを持って、追いかけてくるのだろうか。

「同じ類のものらしいわよ。ずーっと昔から、京都に住んでいる、恐ろしい化け物なんだって」

 椿が説明してくれた。椿は悪鬼の存在を知っていたらしく、聞き飽きた、といった態度だった。

「日本にまだ、人間が住んどらへんかった時代から、ずっとおるんや。普段は人の目にも留まらずに、どこにおるんかもわからへん。せやけど、時々、人々の前に現れて、えげつない嫌がらせをするんや」

 怪談話みたいな口調で、木蓮は榎に向かって、悪鬼について、おどろおどろしく語ってくれた。

 榎は別に怖がりもせず、頷きながら、話に聞き入っていた。榎が思っていた反応をしなかったため、木蓮は少し、残念そうだった。

「悪鬼は、悪い行いをする人間を見つけると、気に入ってつきまとうんや。そのまま気付かずに悪鬼の側におると、その人間もやがて、悪鬼になってしまうんやで」

「そのお話、ちっちゃい頃から、耳に胼胝たこができるほど聞いたわ。椿、いつもいい子にしているのに、パパったら悪鬼のお話ばっかりして、椿を怖がらせるの」

 椿が不満そうに、木蓮を恨めしく睨んだ。

「椿が、悪鬼にならへんために、気をつけとるんやがな」

 木蓮は、椿をなだすかしながら、豪快に笑った。

「ふーん、悪鬼ねぇ。京都には、妖怪の他にも、色々と不思議な存在がいるんだなぁ」

 京都の変わった話を聞くと、榎は何となく、楽しくなった。

 三人で盛り上がっていると、居間に桜が入ってきた。

「お父さん、お寺の裏の土手、大丈夫やろうか?」

 桜は不安そうな表情を浮かべて、木蓮に声を掛けた。

「どないしたんや、いきなり」

「最近の雨で、四季山が土砂崩れを起こしたらしいわ。どこも地盤が緩んでるみたいやさかい、家の周りも心配で……」

 四季山とは、四季が丘の北部に聳えている山だった。大きな霊峰、という程ではないが、行楽シーズンになると、都会からも登山やハイキングに、たくさん人が訪れていた。また、昔の鉱山跡も残っていて、マイナーだが、観光スポットにもなっていた。

「四季山は、江戸時代に銅山やった場所や。昔に仰山ぎょうさん、山の中を掘ったさかい、穴ぼこやら坑道だらけになっとるねん。崩れてもおかしゅうないわ。うちの寺の周りは、頑丈な岩山でできとる。心配せんでも、大丈夫や」

 木蓮は詳しく説明を施し、桜を宥めた。

「崩れへんなら、ええんやけど。……あんたたち! 休みやからって、居間でゴロゴロしとらんと、部屋に戻って勉強しなさい!」

 桜の心配が安心に代わると同時に、榎と椿に怒りの矛先が向いた。強烈な雷が、如月家の居間に落ちた。木蓮の脅し話よりも、桜の鶴の一声のほうが、榎たちを動かすには効果覿面こうかてきめんだった。

 榎と椿は悲鳴を上げて居間を飛び出し、二階へ向かう階段を逃げ登った。

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