表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
33/331

第三章 春姫覚醒 7

 榎は、学校の裏山へと向かった。

 夕刻に差し掛かり、辺りはかなり、薄暗くなりはじめていた。周囲に人気ひとけがないか確認し、榎は夏姫に変身し、山道を駆け抜けた。

 坂道を登っていくと、踊り場みたいになっている場所へ着いた。視界が開けて、里山の景色が一望できる広場だった。

「随分と、遅かったな。夏姫」

 広場の脇に立つ巨木の枝に腰掛け、宵月夜が榎を待ち構えていた。足元には、不気味な笑みを浮かべた病魔もいた。

「うるさいな。お前らにばっかり、かまけているわけにはいかないんだよ。あたしだって、忙しいんだ」

 榎は言い返した。だが、宵月夜の耳にはあまり聞こえていない様子だった。宵月夜は落ち着かない動きで、しきりに周囲に注意を払っていた。

「……何をきょろきょろしているんだ? 宵月夜」

 気になって、尋ねた。宵月夜は少し遠慮がちに、榎に視線を向けてきた。

「……あの、変な人間は来ていないのか」

 変な人間、と聞いて、不謹慎だが、真っ先に周のにやけ顔が脳裏をよぎった。

 気配もなく、いつの間にか、すぐ側にまで接近してくる周が、宵月夜にはトラウマと化しているらしい。半端ない警戒心だった。

「委員長は、今日はこないよ。テスト前で忙しいから」

「そうか、 こないのか……」

 榎が説明すると、宵月夜は少し、つまらなさそうに呟いた。

「何で残念がっているんだ? ひょっとして、来てほしかったのか?」

 漠然と尋ねると、宵月夜は体を震わせて、榎を睨みつけてきた。

「馬鹿いうんじゃねえよ! うるさいのが、ここ、こなくて、安心していただけだ!」

 面白いほど、裏返った声が飛んできた。

「別に、ムキにならなくてもいいだろうに……」

 榎が思っているほど、宵月夜は周を嫌悪しているわけではなさそうだった。むしろ、興味を示している様子さえ感じ取れた。

「夏姫、あの人間に伝えておけ。……あの八つ橋とかいう菓子、美味かったと」

 少し躊躇いながら、宵月夜は言った。

「自分で伝えれば? 次は来るだろうから」

 さらりと返すと、宵月夜は少し不愉快そうな顔をした。だが、必要以上に突っ掛かって来る気配はなく、落ち着いていた。

「二度も、同じ言葉を吐くつもりはない」

「もちろんですとも。次など、ないと思いますよ、宵月夜さま」

 宵月夜の真下で、病魔が甲高い笑い声をあげた。

「お前の言う通りだな、病魔。残念だが、お前があの人間と会う機会も、二度とないだろう」

 宵月夜の表情にも、余裕の笑みが浮かんだ。

「お前は今、この場でくたばるんだからな。夏姫!」

 瞬時に、周囲の空気が変わった。榎は警戒し、剣を握って身構えた。

「遅れてきてくださったお陰で、最強の病原菌の開発に成功いたしましたよ。食らいなさい、夏姫」

 病魔は大事そうに腕に抱いていた、壷の蓋を空けた。中から謎の粉を鷲掴みにして取り出し、空気中に撒き散らした。

「うわっ! なんだ、花粉みたいなのが飛んできた……!」

 白い粉は、暮れゆく夕日に照らされて、まばゆく輝いていた。縦横無尽に飛散する粉を避ける術などなく、榎は怪しい粉を咥内に吸い込んでしまった。

 直後、急に体中が熱を帯び、頭が朦朧としてきた。

「体が、だるい。息が、苦しい……」

 榎は剣を突き刺し、地面に膝を突いた。手が震え、視界もぶれて、焦点を合わせられなくなっていた。

「流石の夏姫も、最強の病原菌の前では、成す術なしですなあ」

「苦しいか、夏姫。そのままもがき続けて、果てるがいい」

 病魔と、宵月夜の声が、頭の中で響いて、頭痛がした。

 悔しかった。こんな場所で、病魔に屈して敗北するのか。まだ、何も目的を果たせていないのに。

 四季姫としての戦いも中歩半端で、他の仲間も見つけられていない。椿だって、助けられない。あまりのふがいなさに、榎は歯ぎしりした。体に力が入らず、顎の力まで衰えていた。

「えのちゃん! しっかりして」

 突然、耳元で声が響いて、頭の中で反響した。聞き覚えのある高い声は、薄れゆく榎の意識を、現実へと引き戻してくれた。

 榎の側には、屈み込んで榎を支えてくれている、椿の姿があった。

「椿……どうして? 駄目だよ、寝ていなくちゃ……」

「えのちゃんが、何か危険に巻き込まれてるのかも、って考えたら、心配で。寝たふりして、こっそり、あとをつけてきたの」

 椿はパジャマ姿に、上からカーディガンを引っ掛けた格好だった。息は絶え絶えで、体に力が入っていない様子だった。熱ではっきりしない意識の中、必死で榎を追い掛けてきたのだと察した。

「また、おかしな人間が来やがった」

 椿の突然の登場に、宵月夜は忌ま忌ましげに舌を打った。

「気にする必要はありません、宵月夜さま。この人間、既に私のばら撒いた病原菌に感染しております。割り込んできたところで、体が弱って、何もできますまい」

 病魔は椿を蝕む病気にいち早く気づき、余裕の表情を浮かべていた。

 椿は、背後で騒ぐ宵月夜たちを振り返り、大きな瞳で睨みつけた。

「なんなの、あんたたち! えのちゃんに、ひどい真似しないで!」

 椿にも、妖怪たちの姿が見えるのか。朦朧とする意識の中で、榎は漠然と、事実を受け入れていた。

「私の病原菌を受けて、まだ元気に動き回れるのですか。ならばあなたにも、最強の病気を食らわせてさしあげましょう」

 病魔が、壷の中の粉を掴み、椿めがけて振り撒こうとした。椿は警戒して、榎の前に立って両手を広げた。

「やめろ。椿、逃げて……」

「逃げないよ! えのちゃんは、椿が守るんだから!」

 強気な声を張り上げる椿だったが、肩は小刻みに震えていた。限界の体力と恐怖の中、必死で榎をかばおうとしていた。

 榎はどうにかして起き上がろうと、もがいた。でも努力は虚しく、足腰に力が入らなかった。まるで、重い空気にのしかかられているみたいな感覚だった。

 榎たちの足掻きは虚しく、病魔は楽しそうな顔をして、にじり寄ってきた。椿は虚勢を張りながらも、上擦った声をあげた。

「こないで! これ以上、えのちゃんに近づいたら、椿が許さないんだから!」

「何もできない無力な人間が。威勢だけで不利な状況を打破できるなどと、勘違いするなよ」

 病魔の背後で、宵月夜が椿に毒を吐いた。

「うるさい! あんたたちが誰だか知らないけれど、えのちゃんを、よってたかっていじめるなんて、絶対に許せないわ! えのちゃんは、椿の大切なお友達なのよ!」

 椿の声が、周囲にこだました。

 直後、椿の体が淡い光に包まれた。

「この光、まさか……!」

 宵月夜と病魔は驚きの声をあげて、後ろへ引いた。

 榎の霞む視界を、ひらひらと、何かが降る残像が通り過ぎた。

 光を帯びた、花弁はなびらに思えた。

 今の季節、既に散ったはずの、桜の花弁だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキングに参加しています。よろしかったらクリックお願い致します。
小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルも参加中。
目次ページ下部のバナーをクリックしていただけると嬉しいのですよ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ