第二十九章 姫君帰還 1
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榎の中に残り続けていた心配の種は、意外と早く芽を噴き出した。
全てを見届けた榎たちは、京の人たちが様子を見に戻ってくる前にと、語を隠しておいた場所に移動して、話し合いをしていた。
「平安京を救えたし、無事に紬姫を時渡りさせられたし、このガキも止められたし。なんとかハッピーエンドで終われそうやな」
「まだ早いわよ。椿たちも、無事に元の時代に戻らなくちゃ」
「遠足と同じどす。家に帰るまで、気を抜いたらあきまへん」
「そうだな。この時代に来たときは、紬姫たちの助けがあったからうまくいったけれど、戻る時はどうすればいいんだろう?」
「時渡りをするには、地脈の創り出した門を潜らんといかんどす。しかも、私たちが潜って来たものと繋がっておる門を探さんと」
「それよ。どこにあるのかしら? 椿が落ちた場所には、なかったわ」
「うちも、そういったもんは見んかったな。落ちた場所も、みんなバラバラやったし」
「空にでもあるんでしょうか?」
「それって結果的に、戻り方が分からないってことか!? どうするんだよ!」
長々と討論は続いたが、結果として、戻り方が分からないという結論に達した。
榎たちは焦る。紬姫の言っていた、「時渡りは無事にできるが戻って来れるかどうかはわからない」といった台詞が妙にリアリティを感じさせ、恐怖さえ覚えた。
たしかに、過去の歴史は正常に戻せたが、未来は誰にもわからない。榎たちが現代の世界から完全に姿を消した未来が訪れたって、おかしくはない。
どうすればいいのか分からず慌てふためいていると、背後から何者かが近寄ってきた。
「おやおや、まだこんなところで油を売っておられたか」
肩の上に、ぼんやりと光る丸っこい式神を乗っけて歩いてくる、髭の達者な老人が。
「何や、この爺さんは!?」
柊たちが不審な目を向ける中、榎は素早く老人に駆け寄った。
「晴明さん……」
「晴明って……ええー!? このお爺ちゃんが、安倍晴明様なの!?」
名前にいち早く反応して、その存在を察した椿が、ショックを受けた声を出した。
たぶん、若かりし頃の格好いい安倍晴明を想像していたのだろう椿は、理想と現実のギャップを嘆き、本気で沈んでいた。
「うう、素敵な晴明様のイメージが……」
「まあまあ、そう言わず」
昔は本当に素敵な人だったのだろうし。ただ、出あうタイミングが悪かっただけで。
椿を宥める榎を脇目に、晴明は側で腰を下ろしていた朝と宵に視線を向けた。
「封印から解放され、時を渡って来た白烏と黒烏か。お前たちは、この時代に残るのか」
朝たちは目を細める晴明を見つめ返し、強い決意を表した。
「いいえ。この時代での僕らは、封印石の中に存在しているのですから、残るわけにはいかないでしょう。もう、未練もありませんし」
「俺たちは、本来の時代に戻る。四季姫たちと一緒にな」
その言葉を聞き、晴明は興味深そうに頷いた。
「それもよかろう。手下たちは、こんな話を知れば、惜しむであろうがな」
「多くの妖怪が死に絶えた。俺たちが残ったところで、この現状を変えることはできない」
「生き残った妖怪たちも、人間たちと距離を置きながら生き永らえていくのですから、それだけでも救いです」
「そうか。では皆様、ついてきなされ。老骨ながら、貴方がたの帰還に、力をお貸ししましょうぞ」
晴明に誘導され、榎たちは暗い路地を移動した。
晴明が連れてきた先は、地下に張り巡らされた洞窟の一角だ。
行き止まりになった広めの横穴の突き当りに、地脈が湧き水みたいに溢れだしていた。
その水面に描かれた紋様には、見覚えがあった。
「これ、時渡りの時に使った地脈の門だ!」
間違いない。こんな場所に開いていたとは、待ったく気付かなかった。
「この上、穴が開いておりましょう。我々陰陽師の間では〝底なしの井戸〟と呼んでおりましてな。神聖な儀式のときにしか使わぬ井戸ですが、皆さんが時渡りを行った反動でここから地脈が吹き出し、そのせいで空高く飛ばされて、散り散りになったものと思われます」
たしかに、はるか頭上に小さな穴が見える。晴明の憶測は、間違っていないのだろう。
「まあとにかく、ここを潜れば元の時代に戻れるんやな!」
「でも、なんだか光が弱いわ」
「門が、閉じかかっておるどす!」
楸の焦った声が、緊張した空気を作り出す。時渡りの陣が段々形を歪ませて、今にも潰れてしまうそうだ。その関係か、溢れて出る地脈の勢いも弱く、今にも枯れてしまいそうだ。
「時渡りにおいて、望んだ時代と場所に飛ぶためには、地脈の開く門を常に固定しておく必要がある。恐らく、あなた達が帰る場所では、あなた達のお仲間が、その扉を開き続けてくれておるのでしょう」
確か、現世の紬姫もそう言っていた。今でも、現代ではみんながこの地脈の出入り口を閉じないようにしてくれているはずだ。
「しかし、その力が弱まりつつある。地脈の固定には膨大な力が必要ですからな、恐らくは未来で地脈を抑えておくための力が尽きかけているため、乱れが生じているのでしょう」
榎たちがこちらの時代でもたもたしている分、向こうにも負担がかかっている。こちらではもう数日の時が経っているが、向こうはどうなのだろう。同じなのだろうか。
だとしたら、とてつもない負担だ。
「だったら、早く中に入らなくちゃ!」
慌てて地脈に向かおうとする椿を、晴明が制止する。
「待ちなされ。こんな不安定な状態で飛び込めば、どこへ飛ばされるか分かりませぬぞ」
「せやけど、急がんと、完全に閉じてまうで」
「その点なら、問題ないと思う」
脇から、落ち着いた様子で宵が口を挟んだ。
「なして分かるんどすか? 宵はん」
「時を渡る前に、八咫を飛ばして戦力をかき集めるように命じておいた。もし間に合えば、地脈を安定させるために、妖怪たちが力を貸してくれるはずだ」
おお、と周囲から驚きの声があがる。
「いつの間にか、抜け目ないやんか」
「じゃあ、妖怪はんたちが力を貸してくれたら、持ち直せるかもしれまへん」
確証のない期待だったが、榎たちはそんな一縷の望みに賭けるしかなかった。




