第二十八章 伝記終焉 3
3
恐ろしい悪鬼の咆哮は地面を、空気を震わせ、衝撃波となって突風を巻き起こし、戦いに赴く四季姫たちの体を吹き飛ばしていた。
その風は上空にも及び、悪鬼の周囲を飛び回って攻撃を続けていた朝と宵も、バランスを崩す。
かなり体力は削られている様子だが、体表に受けた傷はすぐに修復し、攻撃力も衰えない。
改めて、この強大な悪鬼の力に、立ち向かう全員が恐怖し始めていた。
「思っとった以上に、スタミナのある悪鬼やな! こっちが先にバテてしまうで」
「体力を削れるだけ削って弱らせてから、一気に禁術で叩くのが宜しいかと思うておりましたが、作戦を変えたほうが宜しいどすな。三人の力、まとめてぶつけて短期決戦に切り替えましょう。椿はん、お願いします」
「任せて!」
楸の合図で、椿が神通力を密集させ、禁術を発動した。
悪鬼が玄武の力によって包み込まれる。その桃色の膜の中には、柊と楸も入り込んでいる。
禁術がいかに強力とはいえ、この強大な悪鬼に対しては微々たる影響力にしかならないだろう。
ならば、その威力の弱さを逆に活かし、春姫の禁術によって力のバランスが逆転した空間の中で発動すれば、悪鬼に与えられるダメージは何万倍にも膨れ上げる。そう楸は計算していた。
「柊はん、準備は宜しいどすな?」
「いつでもいけるで!」
楸と柊は同時に禁術を唱え、同時に発動した。
玄武の甲羅の中で猛り暴れる、青龍と朱雀。凄まじい情景が京中に広がった。水と火、属性が対極にある二つの力が同じ空間で融合されると、どうなるか。
相反する力同士が結合と分解を繰り返し、最後には膨大なエネルギーを引き起こす。
水蒸気爆発だ。
「柊はん、すぐに逃げるどす」
楸と柊は飛びずさって、玄武の膜から外に飛び出した。
その直後。
内部で激しい爆発が起こり、その音は京中に響き渡ったのではないかと思えるほど強大だった。
その衝撃によって玄武の膜も強度を失い、徐々にボロボロと崩れて消えた。内部と外部との空気が混ざり合う頃には、中の気化した蒸気も全て上空に流れて空気に溶け込み、消えて行った。
激しい蒸発減少は上空の空気に影響を及ぼし、小雨混じりのみぞれ雪を大量に降らせ、周囲は霧がかかったように白く霞んだ。
その霞の中、悪鬼が膝を突いて動きを停止させていた。
激しい爆発によって、黒い体は朽ちてボロボロになっている。微かに痙攣をおこしていることからも、かなりのダメージを負っているはずだ。
このまま、倒れて消滅してくれるか――。
四季姫たちはその様子を、息をのんで見守った。
だが、期待は空しく、悪鬼の体は真っ黒な小さい気泡を発生させ、ボコボコと音を立てながら弾けては固まり、損傷した肉体を再生しはじめた。
その動きは緩やかだが、それでも時間をかけて修復すれば、今までの努力が全て無に帰すだろう。
「こんだけやっても、止めを刺すまではいかんのか。ほんまに、悪鬼っちゅうのはしつこいな」
「鬼閻の時も結局、完全に消滅させるんは無理でしたしな……」
何とかしなくてはと思うが、四季姫たちの力の消耗も大きい。流石に禁術を連発する行為は命に関わると、本能的に分かっている。
かといって、あの回復速度では、序盤のようにちまちまと攻撃を繰り出しても、効果は薄い。
上空で援護してくれている朝と宵の力も、そろそろ尽きかけてきたのか、動きがだんだん鈍くなっていた。
万事休すか。
その時、三人の背後から駆けてくる足音が響き渡った。
一斉に振り返ると、そこには夏姫――榎の姿があった。
一人、仲間が増えるだけでも、これほどの力強さを感じられることは、そうそうないだろう。
根拠も何もないが、三人の脳裏にまだ戦える、あたらしい希望が湧き出してきた。




