第二十八章 伝記終焉 1
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地上に出ると、伝師の屋敷のあった場所は、酷い有様だった。
巨大な穴が開いてしまったせいで建物のほとんどが崩壊し、瓦礫の山と化している。
家屋が潰れて、見晴らしがよくなった広い庭に、生き残った伝師に遣える陰陽師たちが結集していた。その者たちの中心に立ち、指揮を取っているのは、月麿だった。
「魔物の群れでおじゃる! 京の周りに迫ってきておる。皆の者、戦の準備じゃ!!」
「あれ、麿ちゃんがいる!?」
月麿の姿を遠目に見かけた椿は、困惑した声を上げる。
「時渡りする前の、どすな」
楸が付け加えるが、やっぱり現代にいる月麿しか知らない榎たちには、この時代で動き回っている月麿を見ると、何だか不思議な気分になる。
現代よりも、いささか痩せて見える。時渡りをしてから、どれだけ栄養のある食べ物を採りまくってきたかが、よく分かる。
しかも、月麿の指示に対して、他の陰陽師たちはあまり真面目に従おうという態度を見せていない。口やかましい月麿を忌々しそうな目で睨みつけたり、無視しているものもいた。
時々、話を耳にする機会もあったが、月麿の平安時代の身分はあまり高くなく、実力的にもあまり周囲から認められていなかったらしい。ただ、紬姫の側に仕えている家柄、というだけで上辺だけの地位を得ていたに過ぎない、と。
きっと、月麿にとっては充実さが得られない人生だったのだろう。どんなに頑張っても相応に報われない日々。
それを考えると、現代にやって来て、四季姫にまつわる様々な出来事で、伝師の末裔たちのために尽力できている今のほうが、満足できているのかもしれない。
「必ずや、京を、帝を、長をお守りするのじゃ!」
意気込む月麿を尻目に、陰陽師たちは各々で準備を整えて、戦いに供える。月麿の命令を聞く気はないが、京を悪鬼や妖怪から守ろう、という意志はあるらしい。
「やる気は買うけど、あの頭数では、無理やで」
そんな陰陽師たちに、柊が同情の眼を向ける。
確かに、この場にいる陰陽師の数は、もう目分量で数えられるくらいに少ない。
今も増えつつある妖怪たち相手に、対等に立ち向かえるだけの戦力だとは思えなかった。
「でも、京にはもう、あれだけしか戦える陰陽師は残っていないのよね」
「せやったら、私たちが加勢するまでどす」
みんな、武器を構えて意気込む。
四季姫が揃った今なら、きっと現在残っている陰陽師たちと同じくらいの戦力になれるのではないだろうか。
戦闘準備を整えた矢先、紬姫が榎たちの前に立った。
「妖怪どもは、われら伝師一族の力を以て、必ず殲滅する。其方たちは、あの悪鬼を倒すために全力を注いでほしい」
「あの数で、大丈夫ですか?」
「数は少なくとも、個々の能力は群を抜いた精鋭ばかりだ。易々と、やられはせぬ」
紬姫がそこまで言うのであれば、大丈夫なのだろう。
榎たちは了解して、そのまま悪鬼退治をするために、紬姫といったん別れることにした。
「悪鬼を倒した暁には、再び其方たちと落ち合い、時渡りについて話を纏めたい。人に姿を見られぬように、戻って来てくれ」
紬姫の指示に、柊が難色を示す。
「なんで、コソコソと戻ってこなあかんのや? 京を救う英雄なんや、堂々としとればええやろう。四季姫はんの誤解も解けるやろうし、一石二鳥やん」
「そう、容易くはいかぬ。伝師、及びこの京にとって、四季姫はすでに仇敵となってしまった存在。妾も今まで、四季姫たちを血眼で探し回っていた手前、突然手を取り合って共に戦ったとなれば、役人どもや、一族の末端の者たちも怪しむ。どのみち、もうこの時代には四季姫はおらぬのだ。この混乱に乗じて、伝師によって打ち倒されたことにしておくのが最善と考えるが」
「私たちはこの時代には、いるはずのない存在どすからな。目立った行動は、せんほうが吉どす」
「そういうことだ。其方たちを覚醒させるために月麿に時渡りを命じるためにも、四季姫はこの時点で、確実に死んでおかねばならぬであろう」
そう、時を渡る運命を持つ者は、紬姫だけではない。月麿にも、使命を与えて時渡りを行わせる必要がある。その時に四季姫の死を強調しておかなければ、いくら月麿とはいえ、疑いを持つ。
「そこまで、考えてくれているんだ」
「やっぱり、頭のいい人って違うわよね……」
「なーんや、面白ないけど、しゃーないか」
紬姫の回転の速い頭が導き出した結論に、榎たちが反論できるわけもなかった。
素直に納得し、再会を約束して、榎たちはその場を去った。
* * *
結界を破ろうとしている悪鬼を確実に討つため、京の西側に移動した。ちょうどよい立地に建てられた豪邸の、見晴らしの良い広い庭に位置取って、結界が破れる時を待った。
その間に、榎はずっと頭に残っている考えを、みんなに告げた。
「悪鬼も倒さなきゃいけないんだけれど、語くんを何とかしないと、妖怪たちの暴走が完全に止まらない。伝師の人たちの体力だって、そう長くは続かないだろうし」
京に押し寄せてきている妖怪たちの多くは、語の放つ邪気によって呼び寄せられている。中には戦う意志のないものもいるかもしれないし、いくら倒しても元を断たなければ際限なく湧いてくる。
この戦いに確実に勝利するためには、語との対決が何よりも重要になる。
「今なら、止められると思うんだ。紬姫の攻撃を受けているし、あんなに邪気を放って大量の鬼や妖怪を呼び寄せて、語くんも疲弊しているはずだから」
「ほんなら、分担作業といこうか。榎はあの餓鬼を追っていき。悪鬼は、うちらでなんとかする」
「僕たちもついています。この悪鬼殺しの力、全力で使わせていただきます」
「少しずつだが、地脈も弯曲を続けている。理が変化し続けている証拠だ。恐らく、四季姫の力でも、悪鬼に太刀打ちできる」
提案したものの、榎が抜けても大丈夫だろうかと不安もあった。だが、みんなの頼もしい様子を見ていると、心配はなさそうだ。
「分かった。あいつらを倒して、終わりにするんだ。そしてみんなで、元の時代に帰ろう!」
榎は眼前に手を突き出した。柊が榎の手の上に、自身の手を重ねて載せる。続いて椿、楸、朝、宵も次々と手を重ねていった。
最後に榎の掛け声で、一斉に頭上に突き上げて喝を入れた。
直後。京を覆っていた結界に歪みが生じ、粉砕されるように吹き飛んで、消滅した。
その瞬間を合図に、悪鬼を筆頭とした妖怪たちが、京の中に雪崩れ込んでくる。
「結界が破れた! いくぞ、みんな!」
榎はみんなと別れ、一人で裏路地を突き進んだ。




