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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第三部 四季姫革命の巻
275/331

第二十三章 秋姫革命 4

 四


 手が、襲い掛かってくる。

 大きく骨ばった、無数の手が、楸の全身を掴み、抑えつけてくる。

 逃げようともがいても、強い力で押し込められ、微動だにできない。

 口も塞がれ、声も出せない。

 助けて。誰か助けて。

 心の中で必死に叫んでも、誰も気付いてはくれない。

 もう、自分の声が届く場所に、心を汲み取ってくれるくらい近い場所に、楸を助けてくれる人はいないのだと、その瞬間、確信した。

 気付かされた途端、楸の体から力が抜けた。

 もう、どうでもいい。もがいて足掻いて、それでも生きたいという気持ちの理由が、分からない。

 それでも、恐怖だけが楸の体を襲う。

 こんな、誰に触られたかも分からない穢れた姿を、誰にも見られたくない。

 その思いだけが、強く、強く残っていた。


 * * *


 金縛りが解けるように、楸は一気に目を覚ました。

 呼吸が止まっていたのではと思えるくらいに息苦しく、呼吸が荒い。

 全身が、汗だくになっていた。

 汗で体が冷えて、寒い。

 でも、顔だけは異様に熱かった。

 楸の視界に一番に飛び込んできたものは、唖然とする宵の顔だった。すぐ目の前で、楸の顔を覗き込んでいる。

「良かった、楸。意識が戻った……」

 宵は泣きそうな顔を、綻ばせた。

「具合、悪かったんだな。ごめん、気付いてやれなくて」

 宵は申し訳なさそうに謝ってくる。

 じわりと、心の中が少し、温もりを帯びた気がした。同時に、締め付けられる感覚もした。

 宵がまだ、楸にも気を懸けてくれることが嬉しかったのかもしれないし、逆にその気持ちが辛くも思えたのかもしれない。

 自分自身の感情が、楸にはよく分からなかった。

「ここは……?」

 ぼんやりする頭を何とか働かせ、周囲を見渡した。

 細い木や竹を組み合わせて作られた、狭い小屋の中だった。よく、田畑の脇に設えてある、農具を仕舞っておく倉庫みたいな、そんな感じの建物だ。

 小屋の中を陣取って、楸は茣蓙の上に横たわっていた。

「姫様の隠れ家だ。結界を張ってあるから、怪しい奴は入ってこれない。心配するな」

 秋姫の家。

 所々に隙間があり、外から入り込んでくる風が冷たい。今にも倒れそうな、弱々しい建物。

 さっき通りかかった廃墟みたいな場所に比べれば、まだマシかもしれないが、やっぱり生活するには心もとない環境だ。こんな場所で暮らしていて、秋姫の体は大丈夫なのだろうか。

 呆然と家の中を眺めつつ、ふと、体の風通しがやけに良いと気付く。少し寒気がして、体を起こした。

「動かないほうがいい。少し、熱がある。体も、汗だくだから」

 そう言われて、自分の体に目を向ける。初めて、楸の着物が帯元まで脱がされ、上半身が露になっていることに気が付いた。宵が、楸の汗が流れる肩に、麻布を押し付けている。

 宵に、見られた。触られた。

 そう理解した瞬間、楸の頭に血が上り、自分でも信じられないほどの大きな悲鳴を上げていた。

「いや、これは、すごい汗だったから、着物が濡れる前にと……」

 腕で前を隠し、背を丸める楸に、宵も慌てた声で弁明してきた。更に背に触れようとする宵を、楸は勢いよく突き飛ばしていた。

「近付かんといて下さい! 触らんといて!」

 信じられないほどの恐怖が、楸を襲っていた。

 頭の中で、先刻の出来事がフラッシュバックする。男たちに着物を脱がされ、触れられる、あの感覚が、一気に蘇ってくる。

 宵は、暴行なんて酷い真似をする人ではない。ちゃんと分かっている。

 でも怖い。恐怖を抑えられない。耐えられない。

 震える楸をどうすればいいのか分からず、宵は距離を取って、動揺した表情で固まっていた。

「楸さん、お目覚めですか……」

 外に声が聞こえたのか、簾を捲って秋姫が入ってきた。

 目は見えなくても、おぼろげな視界と室内の雰囲気から、良からぬ空気を察したらしい。

 盲目とは思えない速さで宵の前に突っ込み、秋姫は手に持っていた桶で、宵の頭をぶん殴った。

「何をしているのですか、あなたは!!」

 宵は地面に倒れて体を微震させている。秋姫は楸を抱き留め、肌を隠して優しく背を擦ってくれた。お陰で、楸の興奮も治まり、次第に体の緊張が解れていった。

「まったく、あなたもいい歳なんですから、ちゃんと自覚なさい。年頃の娘が男に体を触られて、怯えないはずがないでしょう!」

「俺は別に、そんなつもりじゃ……」

 宵は必死で言い訳をしていたが、楸の顔を見て、顔を赤くしていた。

「あとは私がやりますから、あなたは水を汲んでいらっしゃい」

 秋姫の命令を受け、宵は大人しく従い、桶を拾って外に出て行った。

 宵の姿が見えなくなると、ようやく口が自然と動いた。

「すみません、私……」

「目が覚めたら身ぐるみを剥がされていた、なんて、悲鳴を上げて当然です。宵月夜の気配りが足りなかったのですよ。後で根性を叩き直しておきますから。……でもね、宵月夜の判断は、間違ってはいないのですよ」

 宵の行動に呆れつつも、秋姫は優しい口調で、楸に諭してきた。

「この汗では、着物が濡れて、体が冷え切ってしまう。あの子なりに、あなたを助けようと、必死だったのです。だから、あまり軽蔑してやらないでください」

「分かってます。宵はんは、悪くないんどす。私が……」

 また、口に出す度に、楸の中に恐怖が蘇り、涙が溢れる。

「男の人の手が、凄く、怖くて……。それで、つい……」

 宵はまだ、楸と変わらない子供だし、手の感覚も、楸とも然程違いはないのだと思っていた。

 でも、実際に肌に触れられてみると、楸の手より大きくて、がっしりしていて、どうしても異性を意識してしまった。

「先刻、私があなたを助けた時、賊に何かされましたか」

 楸の心の中に潜む苦痛の原因を察して、秋姫は厳しい口調で尋ねてきた。楸は微かに、首を横に振る。

「よく、覚えておらんのどす。目も見えんかったし、私自身、どないなったんか……。でも、もしかしたら……」

 気付かない間に、何かされたかもしれない。そんな考えがずっと心の中にあって、知らず知らずのうちに表に出てきていたのかもしれない。

 だから、眩暈を起こして倒れたのだろうか。気持ちの問題と捉えて安心するべきか、もしくは何か、楸の体に異変が起こっているのではないだろうか。

 そう思うと、不安で不安で、心が押し潰されそうだった。

 秋姫は無言で、楸の体をゆっくりと、優しい手つきで擦っていった。着物を全て脱がせ、細部まで丁寧に触れて、様子を伺っていく。

「あの、何を……」

 力なく擦られると、(くすぐ)ったい。堪えながらも戸惑っていると、秋姫は手を放し、優しい笑顔を向けてきた。

「女は男に触れられ、操を失えば、娘の時とは体つきが大きく変わってきます。ですが、あなたの体には、そのような変化は見られない。だから、心配要りません」

 秋姫の、その一言が、楸の体を雁字搦めにしていた不安の鎖を、一気に打ち砕いた。

 同時に涙が溢れて止まらなくなり、楸は秋姫に抱きついていた。秋姫も楸を抱きしめ、優しく包み込んでくれた。

「ずっと、一人で苦しんでおられたのですね。あなたは今も変わらず、純潔ですよ」

「おおきにどす。安心できました」

 泣きながら、楸は何度も何度も、秋姫にお礼を言った。

 秋姫は何も言わず、楸の頭や背を擦って、宥めてくれた。

 ふと、楸の背に指を当てた秋姫の表情が、訝しく歪んだ。

「この、背中の傷は……?」

 楸の背に刻まれた切り傷に気付いたらしい。

 以前、悪鬼の血が暴走した宵によって負わされた傷だ。

 そんな話をすれば、秋姫はまた、宵を叱るだろう。あまり立て続けに叱られては宵が気の毒だし、今更蒸し返しても、気分の良い話でもない。

「これは、昔の古傷ですから。お気になさらず」

 笑ってはぐらかすと、秋姫もそれ以上、深くは詮索してこなかった。

「そう。……では、体の汗を、全て拭き取ってしまいましょう。立てますか?」

 秋姫に促され、楸は立ち上がった。改めて、全身が汗でびっしょりになっていると実感する。

 秋姫は麻布を手に、優しい手つきで体の汗を拭ってくれる。体のべたつきが取れて乾燥してくると、気持ちよく、さっぱりした。

 その最中、小屋の入口で、水が激しくぶちまけられる音が響いた。

 驚いて顔を向けると、桶を足元に落とした宵が、呆然と楸の立ち姿を見ていた。

 その顔は酸欠でも起こしたように真っ赤に染まり、口が痙攣していた。

 楸の体も、見る見るうちに熱を帯び、せっかく拭いてもらったのに、また全身から汗が噴き出した。

「いつまで突っ立っているのですか! 早く出てお行きなさい!」

 一時の沈黙を破ったのは、秋姫が落とした雷だった。

 秋姫が投げ飛ばした杖が宵の額を直撃し、御簾の外に吹き飛ばした。

 再び、素早く体を拭いて着物を着直しているうちに、日が暮れてきた。

 新月が近いのか、細い三日月が空に浮かんでいる。その明かりは、地上を照らすには頼りない。

 部屋の中心に置いた、松脂で作った蝋が載せられた燭台に火を灯す。

 再び水を汲みに行った後、外で蹲っていた宵を引っ張り込み、明かりを囲んで座り込んだ。

「二人とも、少しは、頭が冷えましたか?」

 秋姫に問われ、楸は横目に宵を見た。

 宵はまだ、複雑そうな表情を浮かべていたが、楸に目配せをして、小声で謝ってきた。

 楸は息が詰まって返事もままならなかったが、何とか首を動かして、もう気にしていないと意思を伝えた。

 宵は少し、安堵の表情を浮かべて息を吐いていた。随分と、気を遣わせてしまったらしい。

「楸さんも、慣れない土地に来て疲れが出たのでしょう。何もない襤褸(ぼろ)小屋ですが、外よりは雨風も凌げます。ゆっくり体を休めてください」

 秋姫は外の焚火で沸かした、汁物らしき物を運んできてくれた。汁物と言っても、欠けてボロボロになった木の器に注がれた、白湯同然の飲み物で、飲んでもほとんど何の味もしなかった。

 それでも、体を温めるには役立ち、胃に入れることで気持ちも落ち着いた。

 でも、こんな生活をしていては、すぐに栄養失調になってしまう。冬だから余計に食べるものがないだろうし、秋姫の体が心配だ。

 楸の隣で、宵が空になった椀の中を、じっと見つめていた。

「宵はん、どないしましたんや? ずっと黙り込んで」

 声を掛けるが、宵は楸の姿をちらりと見ただけで、また目を逸らした。

「どこか他所のお屋敷から、食べ物を盗んでこようなんて、考えてはいけませんよ」

 秋姫に厳しい口調で諭されると、宵は体を震わせて、茶碗を落とした。

「図星、なんどすか?」

 宵も、こんな食事で秋姫の体がもつはずがないと、理解しているのだろう。

「この子は、昔からそうですから。ない物は、持っている者から奪えばいいと、いつも安直に考えて」

「だって、一番簡単だろうが。どうぜ、貴族共の持っている物なんて、身分の低い奴らから搾り取って略奪したもんだ。奪われたものを取り返して、何が悪い」

 呆れる秋姫に反抗しながら、宵は悪態を吐く。

 宵の秋姫を心配する気持ちはよく分かるが、やり方はやっぱり、秋姫が言う通り、良くない。

「奪われたもんを取り戻そうとする気持ちは、私にもよう分かります。でも、略奪を悪と考えるなら、同じやり方では何の解決にもならんと思います」

 楸も、宵の考えを正そうと、口を挟んだ。

「人の恨みを買う人間の行いには、いつかしっぺ返しが来るもんどす。その瞬間に心から満足を得られるように、我慢することも時には必要どす」

「分かったよ。人間からは、捕らない」

 楸がゆっくり自分の意見を話すと、宵は諦めがついたらしく、息を吐いた。

 その様子を見ていた秋姫は、嬉しそうに微笑んでいた。

「食べるものがないのは、京中の人々も同じです。雨風を凌げる場所にいられるだけ、有り難いと思わなければ」

「雨風は凌げるいうても、冬の夜は寒いでしょう。お体に障りますえ」

「酷い場所だからこそ、人も獣も寄り付かないのですよ。一人で静かに過ごすには、もってこいです」

 確かに、追手には気付かれないかもしれないが。

 何の不満もなさそうな秋姫を見ていると、何と言っていいのか分からなくなる。

 まあ、ここを出たところで、どこに行ってもお尋ね者が隠れられる場所なんて、似たような環境ばかりなのだろう。そう考えれば、壁があるだけマシなのかもしれない。

 ひと息吐き、秋姫は居住まいを正して、楸に向き合った。

「私のことはともかく。お話しいただけますか? あなたたちが時を渡ってやってきたという、その理由を」

 ようやく、本題に入れる雰囲気が整った。

 楸は秋姫の生活については一旦脇に置き、平安時代にやってきた経緯を、丁寧に説明し始めた。


 * * *


 話し終わった頃には、どのくらい時間が経っただろう。外は暗くて、時間の感覚がよく分からない。

 遠くで、犬か狼の遠吠えが聞こえた。まだ、生き物が寝静まるには早い時間なのだろうか。

 一通りの説明を終え、楸は深く息を吐いた。

「――紬姫が、この時代で死んでしもうたら、未来は大きく狂ってしまいます。私たちの暮らしている時代を正常に保ち、守るために、どうしても紬姫を助けて、時渡りを行わせんといかんのです」

 秋姫は、一言も口を挟まず、ただじっと、楸の話に耳を傾けていた。

 やがて、呆れた様子で肩を竦め、息を吐いた。

「あの傲慢な女の身から出た錆、と笑い飛ばしてしまえば簡単ですが、あなたたちにとって、放っておけない事態になっているわけですね。相変わらずあの人は、人を振り回すのが好きだこと」

 秋姫の言葉からは、紬姫に対する同情の感情は、微塵も見られない。

 それも当然かもしれない。秋姫がこうやって劣悪な環境を逃げ回っている最たる原因が、紬姫なのだから。

「四季姫はんたちが、紬姫の存在や行いに強い嫌悪を持っておられることは、想像がつきます。秋姫はんにしてみれば、とても憎い相手でしょう。それでも私たちは、未来のために、あのお人を救わねばならんのです」

「未来なんて大きなもの、背負うべきではありませんね。お互い、因果な星の元に生まれついたものです」

 秋姫は、切なげな表情を楸に見せる。

「紬姫を探して見つけ出し、接触するには並々ならぬ努力が必要となりましょう。なんせ、あの女は滅多なことでは外に出てこない。仮に運よく出会えたとしても、大勢の取り巻きや式神を従えている。姿を拝むことすら、ままならないでしょうね」

 まかりなりにも、紬姫はこの時代を生きる、多くの陰陽師を統べる長だ。

 時を渡る前の紬姫は、楸たち未来の四季姫の存在なんて知る由もない。どう説明して説得できるかどうかも、正直言って未知数だ。

 今までにも冷静に考えてきたつもりだったが、いざ現実を突きつけられると、かなり無謀な旅に出てきてしまったものだと、己を嘲笑してしまいたくなる。

「しかも、私が生きている以上、あなたが秋姫として陰陽師の力を発揮できないとは……。困ったお話ですね」

 楸の語った話の中で、秋姫に一番衝撃を与えたものが、力の継承についてだった。

 宵が指摘したとおり、今の楸は秋姫に変身できなくなっていた。朝が危惧したという、四季姫の魂の転生が成されていないから、力が使えないという説は、恐らく正しい。

「いっそ、私がこの場で命果てれば、少しはお力添えになれるのでしょうが……」

 遠い目をして、秋姫が囁く。楸は身を乗り出し、声を荒げた。

「そないなこと、絶対にやめてください! 戦うために誰かの命を犠牲にせんとあかんくらいなら、力なんていらんどす!」

「そうですね。まだ生きているからには、私にも何らかの、役割があるのでしょう。あなた達を助けるために役立つ使命なら、良いのですけれど。足手纏いには、なりたくないわ」

 楸の剣幕に押されながら、秋姫は静かに微笑んだ。本気で死ぬつもりなどないとは思いたいが、気持ちに体がついていかないかもしれない。

「やはり先に、お仲間を探すべきではないでしょうか? 数が集まったほうが、良い知恵も浮かびやすいでしょうし」

「そうどすな。まずは、榎はん達を探すほうが、賢明どすな」

 秋姫にばかり頼ってはいられない。この時代で果たすべき使命は、未来の問題なのだから。未来からやってきた楸たちの力で、なんとかしなければならない。

「でも、どこにいるんか見当がつきまへん。宵はん、皆さんの気配など、感じ取れまへんか?」

 宵は、難しそうな顔をして、首を横に振った。

「無理だった。楸は何とか頑張って見つけ出せたが、いろんな気配が混ざり合っていて、誰の気配かも、よく分からない。そもそも、あいつらの気配なんて意識して感じ取ったことないし、興味もねえし」

 宵は鼻を鳴らす。こういう時に、宵の無関心さが裏目に出る。

「宵月夜。朝月夜も共に、この時代にやって来ているのでしょう? そして他の四季姫たちを探している。その首尾は如何なものかだけでも、探れませんか」

 他の三人に興味がなくても、朝の気配くらいなら感じられるはずだ。

 楸も期待したが、宵は残念そうに首を振った。

「さっきから気配を探っているが、何も感じない。どうやら朝も、気配を消しているな」

 今の宵と同じく、妖気を封じて人間の姿をとっているのかもしれない。そうしたほうが捜索がしやすいと判断したのか、そうせざるを得ない状況に追い込まれているのか。

 想像もできず、歯痒い。

「朝なら、椿くらいは見つけているだろう……そういえば、椿には会ったな」

 ふと、思い出した様子で宵は呟いた。

「どこで!? 無事なんどすか?」

 楸は宵の顔を覗き込む。宵は慌てながら楸を宥めて、少し身を引いて距離を置いた。

「無事だ。北の外れの、伝師が所有する屋敷の庭で隠れていた。俺が急いでるってのに、怖いからって引き留めてきやがって。楸が危ないって説明したら、やっと放してくれたから、朝が来るまで隠れてろって伝えて、置いてきた」

 伝師の屋敷――。

 もし、その話に間違いがなければ、椿は現在、紬姫に一番近い場所にいることになるのだろうか。

 だが、同時に最も危険に晒されやすい場所にいる、という意味にもなる。一人で路頭に迷っていては、心配だ。

「朝も椿か、他の四季姫とも接触している可能性が高い。慎重に気配を断っているのなら、何らかの問題に巻き込まれている可能性もある。だから、こっちも不用意に動かないほうがいい」

「それは、朝はんと他の誰かが、危険に晒されておるという意味どすか?」

「そこまでは、分からない。だが、本当に身の危険が迫れば、朝だって俺に助けを求めてくるはずだ。俺はその気配を見逃さない。だから今はまだ、大丈夫だ」

 朝と宵の間には、他の誰にも分からない、通じ合える絆がある。今のところ、虫の知らせみたいな気配を感じないのであれば、少なくとも無事でいるのだとは信じてもいいのかもしれない。

「もしかすると、貴女のお仲間たちも、各地で身を顰める四季姫たちと、合流しているかもしれませんねぇ」

 秋姫が、ぽつねんと呟いた。

「なぜ、そう思われるんどすか?」

「何となく。――魂とは惹かれ合うものです。同じ魂を持つ、あなたと私が、出会ったようにね」

 そう言われると、根拠のない話でも、信じたくなった。

「そうどすな。それやったら、少しは安心どす。一人やないなら……」

 みんなも、この時代の四季姫たちと何らかの接触を持てていれば、変身できなくても、敵の攻撃から身を守れる。

「ただ、四季姫の皆さんも、一癖も二癖もある者ばかりですからねぇ。仲違いになっていなければ良いですが」

 秋姫は危惧するが、楸は直感的に大丈夫ではないかと思えた。

「こちらの四季姫も、難癖のある連中ばっかりなんで。案外、気が合うかもしれまへん」

「それなら良いのですがね」

 秋姫も笑っていた。

「事を起こすにしても、陽が昇ってからですね。今日はもう寝ましょう。楸さんのお体も心配です、少しでも疲れを癒さねば」

 話はお開きになり、楸たちは就寝の準備にとりかかった。

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