第二章 伝記進展 13
分かりにくい関西弁の説明です。
~おくれやす → ~してください
十三
変身を解いた榎は、奏と周に、知っている四季姫の話をした。
二人は真剣に、榎の話を聴いてくれた。時折、分からない箇所を質問されもした。榎は分かる範囲で、包み隠さず説明を繰り返した。
「あたしが知っている限りでは、今まで話した内容が全てです」
何もかも話し終えると、二人は榎の話に満足して、頷いた。
「水無月はんは、その四季姫とかいう、お姫様の生まれ変わりやから、妖怪と戦っているんどすな」
周は感心した表情で、不気味がりもせずに、榎の話を受け入れてくれた。
「伝師の血ではなく、魂を受け継いでいるわけですわね。継ぐものが違うだけで、大きな力の差が出るだなんて、不公平ですわ」
奏は少し不服な顔で、腕を組んで榎を見つめた。
「榎さん、あなたは、わたくしが四季姫の仲間だと思って、妖怪退治に協力してくださったのですわね。残念ですが、わたくしはあなたの仲間ではありません。わたくしの力など、所詮は人間相手の見せかけの力。あなたのもつ真の力には、とうてい及びません」
「奏さんが、あたしの仲間だったらいいのにって、ずっと思っていたんですけれど」
榎はとても残念だった。奏が仲間だったら、きっと今よりも修業に身が入っただろうし、一緒に戦えば、宵月夜だって倒せるのでは、と思っていた。
「ご期待に添えなくて、申し訳ありませんわ」
「いいえ、あたしこそ、早とちりして」
奏は一息つき、懐から液体の入った瓶を取り出し、中身を綿布に染み込ませた。液体は化粧落としらしく、綿布で顔を拭くと、どぎつい化粧が取れて、奏の本来の美しい顔があらわになった。
「ややっ、そのいでたち……もしや紬姫さまですか!?」
すっぴんの奏を見て、側で話を聞いていた月麿が、突然、反応した。奏の前に転がっていき、膝を突いた。
「紬姫? わたくしの名は奏です。人違いですわ」
月麿に向かって、奏は眉を顰めた。
「いやはや、失礼つかまつった、奏姫。あまりにもお姿が、紬姫に生き写しであったから、取り乱してしもうた」
月麿は慌てて土下座し、気を取り直して語り始めた。
「麿は、陰陽月麿と申す。千年の昔、伝師の一族の長、紬姫に仕えておったものです。こたび、紬姫さまの命によって、時を越えてこの時代へとやってまいりました。再び、伝師に繁栄をもたらすために!」
月麿の話を黙って聞いていた奏は、少し不思議そうな表情をして、月麿の丸い顔を見つめた。
「いきなり、訳の分からないお話をなさるのね。ですが、伝師について、かなりお詳しくご存知の様子。紬姫、というお名前にも、聞き覚えがあります」
奏は半信半疑といった様子で、月麿を観察していた。
「仮に、あなたが千年前の時代からやって来たとしましょう。あなたは、千年たった今でも、廃れゆく伝師一族に忠誠を誓うというの?」
奏が冷静な口調で尋ねると、月麿は何度も何度も、大きく頷いた。
「麿が仕えしは、紬姫様のご意志のみ。紬姫様から脈々と受け継がれてきた伝師家に仕える使命こそが、麿の望みでごじゃる。紬姫様に瓜二つのあなたさまが、現代の伝師の長なのでごじゃろう? ぜひ、また麿を側においてくだされ!」
必死で頼み込む月麿に、奏は残念そうに首を横に振った。
「わたくしは、伝師の長ではありません。長に会いたいとおっしゃるならば、おわす場所まで案内いたしますわよ」
「なんと、長は別にいらっしゃると! ぜひとも、その方の下へ連れていってくだされ!」
月麿は目を輝かせて喜んだ。
「榎さん、わたくしはこれにてお暇いたします。少しでもお力になれる時があれば、いつでもお呼びくださいまし」
「ありがとうございます、奏さん」
月麿を従えて、奏は去っていった。あの派手な格好で家まで帰るのだろうかと、榎は奏の座った根性に敬意を示した。
奏たちが去り、榎と周が取り残された。
「水無月はん、妖怪とは、いったい、どういう生き物なんどすか?」
一息つき、周が榎に問いかけてきた。
「人間とか、他の生き物が強い霊力を手に入れて、変貌した姿――ってくらいしか、あたしは知らないんだ。麿ならもっと詳しいだろうけれど、奏さんと行っちゃったしな」
周も妖怪の姿が見えるらしいが、奏と同様、妖怪の側にいても、何の反応も示さなかった。周もきっと、四季姫ではないのだと、榎は思った。
「委員長、親切で後を追いかけてくれたのに、変な戦いに巻き込んじゃってごめんね? あたしの正体なんだけれど、みんなには……」
榎が回の前で人差し指を立てると、周は微笑んで領いた。
「分かっとるどす、内緒にするどす」
周の返事に、榎は安堵した。正体がばれたのが周で良かったと、心から思えた。
「その代わり、と言っては何どすが。――また、水無月はんの戦いを、見学させてもろうても、よろしいどすか?」
突飛な申し出に、榎は唖然として周を見つめた。
「見学って!? どうして?」
「私な、水無月はんが戦う姿を見て、非常に興味を持ってしまいましてん。妖怪に!」
拳を握りしめ、周は意気込んで語った。
「妖怪に興味を……。なんだか、委員長のキャラとは違う気がするんだけど」
真面目で、勉強一筋な周が、妖怪に興味を持つなんて。意外すぎて、反応に迷った。
困惑する榎をよそに、周は眼鏡の奥の瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべ、にやついていた。
「また、妖怪はんを間近で、よう観察したいどす。せやから水無月はん、いいえ、以後は、榎はんと呼ばせていただきます。榎はん、次に妖怪退治にいくときには、ぜひとも誘っておくれやす!」
押しに押されて、榎は頷くしかなかった。
「分かったよ、一応、誘うよ……。委員長の名前は、なんだったっけ?」
名前で呼ばれるなら、榎も周を名指しで呼ぶべきだろうと、必死で思いだそうとしたが、記憶力の悪い頭からは、すぐに出てこなかった。
「私は今までどおり、委員長でよろしいどすえ? 名前で呼ばれるんは、あまり好きやないんどす」
周は榎に、にっこりと笑いかけた。
「では明日からも、よろしゅうお頼申しますな。榎はん!」
榎の手を握り、周は何度も何度も上下に振った。その後、とても満足そうな表情で、スキップしながら無人寺から去っていった。
「委員長を、誤った道へ進ませてしまっている気が……。いいのかな、本当に」
新しい人たちとの出会いがあって、喜びや期待もたくさんあるが、部外者を戦いに巻き込んでしまったり、未だに仲間を一人も見つけられなかったり。今は不安のほうが大きかった。
榎の予測もしない方面へ、物語は進展している気がした。




