第二章 伝記進展 9
九
その夜の夕食後。
部屋にこもった榎は、布団の上で落ち着きなく、ごろごろと転がっていた。
やっと仲間が一人、見つかった。奏と一緒に戦えると思うと、嬉しくて気持ちが高ぶった。
奏はいったい、どんな戦い方をするのだろう。場慣れをしている分、やはり榎よりも強いのだろうか。
一緒に戦うと、自信満々に言ったものの、逆に榎が足手まといにならないかと、不安にもなった。
仲間が既に熟練者だと知っていたら、榎だってもっと修業に精を出したのにと、サボってきた日々を少し、後悔した。
「そうだ、麿にも知らせておかなくちゃ」
ふと思い立ち、榎は枕元に置いた百合の花の髪飾りに手を伸ばし、掌に握りしめだ。
「繋がるかな。麿、聞こえる? 麿!」
精神を集中させ、呼びかけてみたが、まったく応答がなかった。榎は少しふくれて、唇を尖らせた。
「……ちぇー、こっちから話しかけても無理か。まだ修行が足りないんだろうなー。せっかく仲間を見つけたって、報告しようと思ったのに」
『なんと! すでに二人目を見つけたでおじゃるか!』
独り言を呟いていると、突然、頭の中に声が飛び込んできた。榎は驚いて飛び起きた。
「なんだよ麿! 聞こえていたなら、返事くらいしろよ!」
『ふんっ! お主の都合で、勝手に交信を切ったり繋いだりしおって。不愉快じゃから、拗ねておったのじゃ!』
いかにも拗ねた口調だった。最近、学校の忙しさにかまけて、ほったらかしにしていたせいだなと、ほんの少しだけ、榎は反省した。
「悪かったよ、機嫌、直してよ。二人目の四季姫――奏さんっていうんだけど、妖怪が見えて、祓えるんだって」
榎が説明すると、月麿は少し唸っていた。もっと喜ぶだろうと思っていたのに、予想と反して、あまり嬉しそうな反応ではなかった。
『妖怪が見えるだけでは、一概に四季姫だと断定はできぬぞ。妖怪祓いを名乗る者とは、陰陽師を真似たまがい物が、適当な蘊蓄をたれておる場合が多い。陰陽師でなくとも、妖怪が見える人間も、稀におるからのう』
月麿はやけに慎重だった。奏が四季姫の仲間だと信じて疑わない榎にとっては、少し不満な対応でもあった。
「奏さん、前に麿が仕えていたっていう、伝師の一族の末裔だとも言っていたよ」
『何、伝師の……!? そうか、一族の血は、絶えておらなんだか。よう見つけた! 麿も挨拶に出向かねば!』
榎の朗報に、月麿のテンションは一気に上がった。
『伝師の血を引くものであれば、妖怪を倒せる話も真実であろうし、四季姫の生まれ変わりである可能性は、非常に高いでおじゃる』
月麿も、榎と同じ考えになった。安心して、榎は話を続けた。
「でしょう? 明日、一緒に妖怪退治をする約束をしたんだ。麿も来てよ」
『無論じゃ! 必ずや馳せ参じ奉る!』
待ち合わせ時間と場所を教えると、意気込んだ月麿は、機嫌よく回線を切った。
榎も気持ちを高ぶらせながら、明かりを消して布団の中に潜り込んだ。
「そういえば、聞くの忘れたなぁ。奏さんは、何姫なんだろう」
すごく気になったが、明日になれば分かるのだからと、榎は目を閉じた。
頑張って眠ろうとしたが、興奮して、榎はなかなか寝付けなかった。




