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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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第二章 伝記進展 7

 意気込んで返事をした直後。病室の扉が勢いよく開かれた。

「お兄様、失礼いたします。――あら、お客さまなんて、珍しいですわね」

 中に入ってきた人物は、先日、綴と一緒に京都駅にいた、美人さんだった。

 たしか、奏、と呼ばれていたと、榎は記憶していた。

 人の名前がなかなか覚えられない榎だったが、この二人は存在そのものがインパクトが強すぎて、妙に記憶に残っていた。

 奏は以前と変わらず、黒く長い髪を縦ロールに巻いていた。近隣では見かけない、お洒落なブレザーの学生服を着ていた。

「榎ちゃん、紹介するね。妹の奏だ。奏、こちら水無月榎さん」

 綴は、ベッドに歩み寄ってきた奏を手でさして、紹介してきた。奏は榎に向き直り、腰に手を当ててポーズを決めた。

「花の高校一年生、伝師つたえし (かなで)ですわ。よろしくあそばせ」

 色が白く、スタイルもいい。モデルさんみたいで、なんとも格好いい人だなと、榎は気圧されそうになった。だが、勇気を振り絞って立ち上がり、頭を下げた。

「中学一年生、水無月榎です。お邪魔しています」

「あなた、たしか前に、京都駅でお会いしましたわね……」

 奏も、榎を覚えていた。興味深そうに、榎の立ち姿を上から下まで観察していた。

「んまあっ! あなた、女の子でしたの!?」

 奏は急に、驚いた表情で声をあげた。

「ああ、久しぶりの普通の反応……」

 ありきたりな奏の言動に、身近な日常の空気を感じ、なんとなく榎は安堵した。

「奏! 榎ちゃんに失礼だろう!」

 榎の感想とは裏腹に、綴は慌てて、奏を叱った。

「ごめんね、榎ちゃん。悪気はないんだろうけど、どうにも非常識な奴で」

「気にしないでください、とても常識的ですから……」

 申し訳なさそうに謝ってくる綴を宥めた。榎をすぐに女の子だと見抜いた綴のほうが、榎にとっては非常識に思えていた。

「わたくしが失礼だと仰りますけれど、お兄様だって以前お会いした際、こちらの方が女だって、分からなかったのではありませんこと?」

 綴に非常識と言われたせいか、奏は少し不機嫌になって反論してきた。

「とんでもない。一目で女の子だと分かったよ。お前と一緒にするな」

「言ってくれますわね。……あなた、お兄様とお話になられて?」

 軽くあしらわれて、ますます腹を立てたらしい奏は、榎に話を振ってきた。

「ええ、はい、少しだけ」

 頷くと、奏は榎の耳元で囁きはじめた。

「お兄様の持っている不思議な力については、何かお聞きになって?」

「遠くの出来事を、夢に見るんですよね。さっき聞きました」

「聞いたのなら、話は早いですわね。あなたに忠告しておきますわ。綴お兄様は、遠くの誰かの姿を夢に見る、なんて簡単に言っていますけれど、いったいどんな時に、どんな場面を見ているか、誰にも分かりませんのよ」

 確かに。奏の言葉は正しいと、榎は納得した。

「あなたが女の子だと、一目見れば分かる、なんて言っていますけれど、怪しいものですわ。ひょっとしたら、あなたの入浴している姿を夢に見たのかもしれませんし」

「えええっ、入浴って、まさか……!」

 榎はショックを受けた。確かに、榎の生活風景の、どんな場面を夢に見られているかなんて、誰にも分からない。言われてみれば、榎の裸を綴に見られた可能性は、否定できなかった。

 急に恥ずかしくなり、榎は頭に血がのぼって眩量めまいがした。

「うちのお兄様、クールな美青年を装っていますけれど、普段から何を考えているのかさっぱり不明で。怪しい限りなのですわ。ひとさまの入浴を夢で覗き見てほくそ笑んでいる、ムッツリスケベなのかもしれません。お気をつけあそばせ」

「聞こえているぞ、奏。兄をおとしめるような、失敬な話をするな! 僕がそんな、はしたない真似をするものか」

 背後から、綴が奏を叱りつけた。奏を不機嫌そうに睨みつけたあと、恐縮そうな表情で榎に向き直った。

「ごめんね、榎ちゃん。不快な思いをさせてしまって」

「いえ、平気です、けど……」

 正直な話、あまり平気ではなかった。まともに綴の顔が見られず、綴を信じきれていない本心に、なんだか罪悪感を覚えた。

「言っておくけれど、僕の言葉に嘘偽りはないからね。信じてくれるよね?」

「もちろん、信じます……」

 信じている。信じたい気持ちは、本当だった。

「あまり心を許してはいけませんわよ、男は狼ですから」

 必死で気持ちの整理をつけている榎の心に割り込んで、奏が横槍を入れて乱してきた。

「奏! いい加減にしないと、本当に怒るぞ」

 綴が奏に怒鳴りつけた。今までの調子よりも厳しく、冷たい声音に聞こえた。

 奏も綴が本気で怒っていると分かったらしく、少し怯んだ。やがて無言のまま、不満を浮かべた顔をおもいっきり逸らして、部屋をでていった。

 その後は会話もなく、気まずい沈黙の空気が病室を包みこんだ。

「失礼いたします。水無月はん、そろそろおいとまするお時間どすえ?」

 病室のドアが開いて、隙間からあまねが顔を覗かせた。

「委員長。もう時間か、早いなぁ」

 内心、榎は助かったと胸をなでおろした。

「綴さん、今日は時間なので、帰ります」

 少し控えめに頭を下げた。榎を見る綴の表情は、さっきまでの穏やかな笑顔に戻っていた。

「君に会えて、楽しかったよ。……また、きてくれるよね? 待っているよ」

「はい、絶対にきます。さよなら」

 大きく領いて、榎は笑顔で別れを告げ、病室を後にした。

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