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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
168/331

十三章 Interval~現実逃避~

 榎たちがけしかけた、妖怪騒ぎが収まった後。

 楸を麓まで送り届けた宵は、了封寺の自室に戻ってきた。

 居候の宵に当てがわれた部屋は、裏庭や墓地に面する静かな和室だった。縁側から見て左隣が朝の部屋、反対隣が了生の部屋だ。

 着の身着のまま寺に居座り始めた宵の部屋には、特に大仰な荷物はない。布団と勉強用の座卓。人間として暮らすために買い揃えてもらった制服や教科書など、学校で使用するもの。日用品や私服などは、了生のお下がりがほとんどだ。

 殺風景な畳の部屋の端には、壁に掛け軸が飾られ、宵一人くらいなら、すっぽり入れそうな大きな水瓶が置いてあった。元々は客間として使っていたのだろう。

 制服から普段着の作務衣さむえに着替えて、呆然と座卓の前で胡座あぐらを掻く。

 宵が大怪我をしたと八咫に騙され、楸は血相を変えて駆け付けてくれた。

 楸は優しい。いつもの冷静さを欠いてまで、宵の体を心配してくれた。

 嬉しかった。力を封じられてから、どことなく愛想を尽かされている気がして不安になっていたから、尚更、安心感は大きかった。

 同時に、楸の口から初めて聞いた本音が、頭の中で引っ掛かっていた。


『……私は、宵はんが人間になってくださって、嬉しかったどす。私が秋姫としての使命を果たし、 妖怪や悪鬼に脅かされずに暮らせる時がきたら、人として、 同じ道を歩めるかもしれんと、希望が持てましたから』


 そう呟いた楸の、少し控え目な笑顔を思い出すと、複雑な気持ちに襲われた。

「楸は、俺に人間でいて欲しかったのか……。全っ然、知らなかったな」

 楸は四季姫の中で誰よりも、周囲の安全や平穏を望む少女だ。本当は戦いなんて好きではない。

 そんな穏やかな性格を知っていたのに、本当の気持ちにかなかった。結局、理解していた気になっていただけだ。

 情けなかった。

 楸の本音が分かるに連れて、宵の気持ちが揺らぎはじめた。

 封印を破って、妖怪に―—宵月夜に戻ろうと、固く決意したのに。

 楸の寂しそうな表情を思い出すと、途端に優柔不断になる。

「人間でも妖怪でも関係ないって言ってくれたけど、心の中じゃ、残念がってるのかもしれないし……。でも、妖怪の力を取り戻さないと、楸を助けてやれないし……」

 とことん、悩む。現状維持をして、人間として楸の側で癒し要因として暮らすか。

 妖怪の力を取り戻し、現在の生活を捨ててでも、秋姫と肩を並べて戦うか。

 前者なら、秋姫が妖怪や悪鬼に危険な目に遭わされても、助けてやれない。後者なら、力にはなれるが、戦いが終わった後に、楸の元を去らなくてはならなくなる。

 究極の選択。悩んでも悩んでも、答が出なかった。

「考えても、らちが明かねえな。どうすりゃいいんだ、俺は」

 煩悶して、頭を掻き毟る。じっと座っていられなくなり、立ち上がって部屋の中をうろつきはじめた。

 気持ちが苛立つ。壁でも殴って発散したいところだが、部屋のものを壊すと燕下えんげ親子に成敗され、簀巻すまきで宙吊りにでもされかねない。

 悩みや苛立ちに板挟みにされた結果。宵は嫌気がさして、空の水瓶の中に頭から突っ込んだ。

 狭い暗い場所にはまり込んでいると、何となく落ち着いた。

「宵。何をしているんだ?」

 部屋の前を通り掛かった朝が、開いたままだった部屋の出入口から、声をかけてきた。水瓶に食われている宵を見て、不審に思ったのだろう。

「現実逃避」

 宵は無感情に、坦々と応えた。瓶の中で声が反響して、震える。

 朝はしばらく、返事に困っていた雰囲気で黙り込んでいたが、やがて脱力した息遣いが聴こえてきた。

「……夕餉8ゆうげ)までには、帰ってこいよ」

「おうよ」

 動く気のない宵を残し、朝の足音は遠くなっていった。


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