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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
162/331

第十三章 秋姫進化 8

 八

 翌日。

 楸は約束の時間よりも早く、待ち合わせ場所の自然公園の入り口にやってきた。

 まだ、紅葉には少し早い。行楽で訪れる観光客もなく、近所の住民が散歩に訪れているくらいだった。

 六年振りの公園の景色を、楸は懐かしく眺めた。

 事故があって以降、楸はこの公園を一度も訪れていない。

 訪れられなかった、と言うほうが正しい。過去の記憶が鮮明に思い出されるのではないかと怖くて、近付けなかった。

 でも、もう逃げるわけにはいかない。

 もう一度、過去と向き合い、戦うと決めたのだから。

 公園の広場を眺めながら、楸は深呼吸して気持ちを落ち着けていた。

 やがて、待ち合わせ時間に迫る頃。

 榎たち三人が、揃って公園前にやってきた。

 みんなと向き合い、楸は深々と頭を下げる。

「みなさん、来てくれて、おおきにどす」

「当たり前だろう。今更、約束破る道理なんてないよ」

 榎は優しく、笑いかけてくれた。

 しばらく待つと、朝が一人で歩いてきた。時間ぴったりだ。

 駆け寄ってくる朝を見て、柊が眉を顰めた。

「朝、宵はどないしたんや?」

 昨日、約束したはずなのに、どうして朝と一緒に来なかったのか。

 みんな、不思議そうに、朝の返答を待った。

 朝は困った顔をして、首を横に振った。

「今朝、起こしに行ったら、既に部屋にいなかったのです……」

 朝にも、居場所が分からないらしい。いったい、どこへ行ってしまったのだろう。

「薄情ね! せっかく、しゅーちゃんが誘ってくれたのに」

 椿が怒るが、楸は少し、心配になった。

「どこかで、事故にでも遭われておるんでしょうか……?」

「楸絡みやったら、車に轢かれてとっも、這ってくるやろう。心配せんでも大丈夫や」

 柊が笑いながら、陽気に言う。あまり、笑える話でもないが。

「もしかして、先に公園に来ているとか?」

 榎が辺りを見渡す。だが、周囲に宵らしき人影は見当たらない。

「私は、見かけまへんでしたけど」

 もし先に来ていれば、楸が気付いたはずだが

 記憶を手繰り寄せるが、やっぱり、姿は見ていない。

 絶対に来てくれると、勝手に信じ込んでいた。でも、その考えは都合が良く、おこがましく思えた。

 待っていても、来る確証はない。楸たちは諦めて、公園の中に入ろうとした。

 その時。側に立っていた大きな楓の木が激しく揺れ、樹上から大きな塊が落ちてきた。

 全員が驚いて、声をあげる。足元には、葉っぱまみれの宵が転がっていた。

「宵はん!? 何をしてはるんどすか!」

 宵は、腰を擦りながら体を起こす。歪んだ表情は、とても眠そうだ。

「おう、楸。もう朝か」

 大きく欠伸をしながら、腕を伸ばしていた。

「お前、まさか、木の上で一晩過ごしていたのか?」

 頬を引き攣らせて、榎が尋ねる。宵は飄々と返した。

「楸が大事な話をしてくれるんだ、寝過ごしたら大変だろうが。朝も、ちゃんと起こしてくれねーし」

「いつも起こしてるよ。お前が起きないんだよ」

 朝は脱力した、呆れた表情を浮かべていた。宵はどうやら、寝起きが悪いらしい。

「集合場所にいれば、先ず遅刻はしないだろうと思ってな。いい考えだろう!?」

 立ち上がった宵は、自信満々にふんぞり返った。

「猿知恵やな。もうちょっと、賢い奴かと思うとったけど」

 周囲から、冷めた視線が飛ぶ。

「お前が、そこまで馬鹿だったとは……。兄として、僕は恥ずかしい」

 朝は弟の情けなさに、涙ぐむ始末だ。宵は別に、気にした素振りも見せなかった。己の考えを信じて疑わない、確固たる意志を見せ付けていた。

「遅刻はしまへんけど、寒かったでっしゃろ。手も、冷とうなっとります。全身、冷えとるんと違いますか?」

 初秋とはいえ、四季ヶ丘の夜は、かなり冷える。

 風邪でも引いたら、大変だ。楸は宵の冷たい手を握り、体温を伝えた。

「うん、冷えてる。だから、楸が温めてくれ! 人肌で!」

 宵が感極まった表情で、楸に抱きついてきた。

 不意を突かれ、楸は微動だにできなかった。硬直していると、榎たちが代わって粛清を加えてくれた。

「行こうぜ、楸。そんな馬鹿、放っとけ」

 木の下で再び眠りに就かされた宵を尻目に、楸はみんなに引っ張られて、公園の中に入って行った。


 * * *

 話を切り出せる、落ち着いた場所を探そうと、楸たちはゆっくりと、大きな池を囲む冊に沿って作られた遊歩道を、のんびりと歩いていった。

 芝生の敷きつめられた、広場に辿り着いた。

「いい公園だな。四季ヶ丘の山も綺麗だけれど、ちょっと都会的な場所も悪くない」

 初めて公園を訪れた榎は、辺りの景色を楽しみながらご満悦だ。

「春にはお花見、秋には紅葉狩りが楽しめるのよ。椿も小さい頃は、よく家族で遊びに来たわ」

「まあ、四季ヶ丘に住んどるもんの、憩いの場って感じやな」

 椿も柊も、この公園には良い印象を持っているらしい。温度差を感じて、楸は少し気疎く思えた。

「楸にとっても、思い出のある場所なんだよな?」

 榎が、控えめに尋ねてくる。

 楸は頷いた。決して良い思い出ではないが、忘れたくても忘れられない、大切な場所だ。

 みんなが気分良く公園の雰囲気を満喫している中、話す内容ではないかもしれない。

 でも、今日の目的は、全ての告白なのだから。

 呼吸を整え、楸はゆっくりと、重い口を開いた。

「……小学一年生の秋。私はこの公園を出た先の峠で、家族を失いました。その後、名前を変え、叔母――母の妹にあたる、今の義母の家に引き取られました」

 楸の話を、みんな真剣に聞いてくれた。

「今、一緒に住んでいる人は、楸のお母さんじゃなかったのか……」

「だから、幼稚園の頃とは違う名前に変わったのね。全然、知らなかったわ」

「一年ほど、四季が丘を離れておりましたから。噂もすぐに風化したでしょう」

「家族を失うたて、事故かいな」

 柊の憶測に、楸は頷いた。

「表向きは。でも、私は、誰の仕業か、分かっておったんどす」

 本題に入る。楸は、六年前に起こった出来事を、順を追って話した。

 話が進めば進むほど、みんなの表情が固くなっていく。楸の胸も、だんだんと苦しくなって、声が震えた。

 何とか話終えた。楸は無意識に、俯いていた。

「あたしを追い回していた妖怪が、楸の家族を……」

 榎の、神妙な声が耳に響く。少し震えていた。怒りが、篭っている気もした。

「だから、ずっと捕まえようと、楸は一人で頑張っていたんだな」

「しゅーちゃん、ずっと大変な思いをしてきたのね……」

「すまんな、気付いてあげられんくて」

 みんなの掛けてくる言葉が、心に突き刺さる。嫌な気持ちにさせて、同情を誘って、申し訳なく思うが、全てを話して、少し気持ちが軽くなった。

「私こそ、すみません。どうしても、皆さんを巻き込みたくなかったんどす。私が戦う目的は、あくまで私的なものどす。皆さんが四季姫として戦う使命とは、何の関係もありまへんでしたから」

「もう、無関係なんて、言わせないよ。楸の敵は、あたしたちにとっても敵だ。絶対に、倒さなくちゃいけない」

 正直な気持ちを話すと、榎が楸を抱きしめてくれた。椿も柊も、手を握り、背中を擦ってくれた。

 前と、同じだ。楸が意を決し、秋姫の正体を明かした時と。

 心が弱く、ずっと仲間を欺き続けてきた楸を、みんなな優しく受け入れてくれた。今回も、誰一人、隠し事を続けてきた楸を責めなかった。

「辛い話をさせて、ごめん。あたしたちは、何も知らなかった。ずっと一人で、苦しんでたんだな」

「心配せんでも大丈夫や。うちらは強いねんから、妖怪なんぞには負けん」

「しゅーちゃんを、二度も同じ目になんて遭わせないわ。安心して」

 涙が溢れた。楸は眼鏡の奥に指を突っ込んで、何度も何度も、濡れた目を拭った。

 話してよかった。本当に心から、そう思えた。


 * * *

 一通り話を終え、楸たちは話題を切り替えて、妖怪退治の作戦会議に移行していた。

 芝生の上に、家から持ってきた大きなビニールシートを広げて、輪になった。中心には、皆で持ち寄ったおにぎりやサンドイッチなどが広げられている。

「妖怪と戦うにしても、正体が分からなきゃな」

 色々と案を出してくれようとするが、根本的な情報が欠落しているため、話が上手く進まない。

 あの化け狐の妖怪がどんな存在で、どうすれば接触できるのか。四季姫が全員揃っても、確実な方法は浮かばなかった。

 今まで、数多くの妖怪を倒してきた榎たちも、周囲に接近してきた妖怪や、偶然遭遇した相手を退治してきただけに過ぎない。たった一匹の妖怪をピンポイントに狙って追いかけるなんて、初めての経験だった。

「朝や宵は、妖怪に心当たりはないか?」

 側で、ずっと黙って話を聞いていた朝と宵は、顔を見合わせながら、表情に難色を浮かべていた。

「――狐の妖怪は、数が多いですから、特定が難しいですね」

 朝が、困った顔を見せる。楸の話だけでは、手掛かりに乏しいのだと、よく分かった。

「尻尾が、仰山ある狐どした。おそらく、上等妖怪ではないかと」

 憶測も含めて、追加で説明をした。でもまだ、朝の表情は曇ったままだ。

「少し、考えさせてください。少しくらいは、候補を絞れると思います」

 顔を逸らし、考え込む体勢に入ってしまった。

 朝の中で、何らかの答が出てくれるといいが。

 だが、いつまでも待っていられるほど、みんなは辛抱強くない。別の方法で化け狐に近付こうと、再び会議を始めた。

「正体が分かっても、捕まえられんかったら、どないもできんで」

「何か罠を張るとか、作戦を考えなくちゃな。相手が姿を見せてくれないと、何もできない」

「相手は今、えのちゃんを狙っているのでしょう? 少し危ないかもだけど、えのちゃんが囮になって、おびき出せないかしら」

 なんだか、どえらい方向に話が進んでいた。

「皆さん、一緒に対策を考えていただけるんは嬉しいどすが、危険な真似は……」

 榎を、敵をおびき寄せる餌に使うなんて、危なすぎる。

 楸は止めようとしたが、三人の勢いは止まる気配すら見せない。

「ええ考えがあるわ! 絶対に、うまくいくで!」

 柊の大声が響く。その後、提案がとめどなく続き、楸には入り込む隙間もなかった。

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