第十三章 秋姫進化 4
四
金曜日の放課後。
楸と榎は、他の生徒たちと一緒に四季ヶ丘病院へとやってきた。
「新学期最初の福祉部どす。病院に来るんは、久しぶりどすなぁ」
「あたしは、あんまり久しぶりな感じがしないな。しょっちゅう来ているし」
榎は通い慣れた病院を、楽しそうに見上げていた。世話を担当している患者――綴を、とても懇意にしていて、夏休み中も頻繁に見舞いに通っていた。
しかも綴は、前世の四季姫たちが属していた陰陽師の家系――伝師一族の末裔で、よく戦いに協力をしてくれる、伝師奏の兄にあたる人らしい。
不思議な縁もあるものだ。
だが、榎に福祉部の活動を紹介した立場として、榎が綴との交流をとても楽しんでいる姿を見ると、嬉しく思えた。
「ごきげんよう。榎さん、楸さん」
ロビーで受付をしていると、背後から声を掛けられた。
振り返ると、制服姿の奏が、笑顔で手を振っていた。
「奏さん! こんにちは」
榎は嬉しそうに奏に駆け寄った。じゃれつく犬みたいな喜びようだ。楸はその場で、軽く会釈した。
「今日は、学校のクラブですのね。わたくしもご一緒して、よろしいかしら」
もちろん、と快諾して、一緒に病室のある階へと向かった。
病棟の廊下を歩いている時、楸はふと、足を止めた。
心臓が、大きく高鳴る。急に近づいてきた気配に、背筋が過敏に反応した。
事故の時や、初めて秋姫に変身した時。大きな出来事が起こる節目で必ず感じ取っていた気配。
狐の妖怪のものだ。
瞬時に、周囲を確認する。だが、辺りには入院患者や病院の関係者くらいしか、見当たらない。
あの妖怪は、人間の姿に化けて、人の社会に入り込んでいる様子だった。病院施設の中にも、潜り込んでいるのだろうか。
隣にいた榎も、表情を歪めて周囲を警戒していた。視線で、楸に合図を送ってくる。榎にも、突然現れた妖怪の気配が、感じ取れたらしい。
「お二人とも、どうかなさいましたの?」
不思議そうな顔で、奏が尋ねてくる。奏も人並み以上の霊感を持ち、ある程度は妖気を察知できる。その奏に感じ取れないのならば、相手はかなり巧妙に、気配をコントロールしているのだろう。楸たちは運よく、その妖気の断片に気づけたに過ぎない。
「最近、誰かに見られていると思う時があって……。楸も、何か感じたのか?」
「何となく、妙な気配がしました。人では、ありまへんでしたな」
楸は素直に、感じ取った気配について説明した。榎も同じ意見らしく、頷いた。
榎はこの気配を度々、感じていると話した。なら、狐の妖怪は、意図的に榎の側に現れているのだろうか。
気味悪そうに、奏が整った眉を顰める。
「嫌ですわね。榎さん、変な奴に付け回されているのでは? まさか、例の悪鬼が……」
「いいえ、違う気配です。妖怪だとは思うんですけれど」
「榎はん、誰かに見られとると感じ始めたんは、いつから……?」
「本当に、最近だよ。新学期に入ったときくらい」
最近とは言っても、かなりの期間、榎の近くを彷徨いている。
あの妖怪、何を企んでいる?
今度は、榎の命を狙っているのか。
なぜ、楸の周りの、大切な人ばかりに目をつけてくるのだろう。偶然とは思えない。
姿も正体も分からない妖怪の存在に、楸は苛立って歯を食いしばった。
理由も目的も、何も分からない。ただ、行動にどんな意味があるにせよ、あの狐の存在が、許せなかった。
「移動の際は、気をつけたほうがええどす。私も、詳しく調べてみます。また、変な視線を感じたら、教えてください」
楸は榎に念を押した。楸の、妖気を感知する能力は、四季姫の中で一番高い。
榎もその力は認めてくれているから、信頼して頷いた。
「頼むよ。でも、無理しちゃ駄目だよ。何か分かったら、教えて欲しい」
楸も、頷き返した。だが、恐らく教えるまでもない。
絶対に、榎たちに手を出させはしない。奴が動き出す前に、尻尾を掴んでやる。
一人で、全ての過去にケリをつける。
拳を握りしめ、楸は硬く決意した。




