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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
154/331

十二章 Interval~不完全な悪鬼~

 夕刻。四季ヶ丘の、とある山中。

 傘岬かささきひびきの目の前では、新調した藍色のワンピースに身を包んだ神無月萩が、不愉快そうな表情を浮かべていた。

「良く似合っていますよ。サイズもピッタリだ」

 響が賞賛すると、萩の顔は、ますます歪んだ。

「どうして、わざわざ着替えなくちゃいけないんだ」

「女の子なんだから、身嗜みだしなみには気を遣わないと」

 萩が着ていたセーラー服はボロボロで、汚れや綻びが酷かった。この先、寒くなってくるし、夏服をいつまでも着させておくわけにはいかない。

 響が行きつけの店で、萩に似合う服を見繕って用意した。悪鬼の特殊な体では、人間が使用するものを直接、身につけられない。だから、響が悪鬼の肌に合う邪気を纏わせて、服の生地の材質を変化させてある。

「お前の脳内のほうが、女みたいだな」

 呆れた物言いで、萩は鼻を鳴らした。見るからに、お洒落には興味がなさそうだ。響の言葉の意味が理解できなくても、当然か。

 だが、白い細身の容姿は、きちんと整えた格好をすれば、とても映える。美しいものを見定める目は持ち合わせているし、側に華やかな存在がいてくれると、気分がいいものだ。萩が指示に従ってくれて、響は満足していた。

「夜は冷えるから、ベストをどうぞ」

 響は、羽毛の詰まった温かいダウンベストを萩に羽織らせた。萩は投げやりな様子で、なすがまま、マネキンみたいに大人しくしていた。

 ワンピースの上から着たベストも、これまた良く似合っている。響はとても嬉しくなった。

「私とお揃いですよ。素敵でしょう?」

 気持ちが昂ぶった響は、自身が来ていたベストの裾を広げて強調した。色違いだから気付き難いが、同じ店で買った同種のブランド服だ。

 萩は、あからさまに嫌な顔をして、無言でベストを脱ぎ始めた。

「何で脱ぐの!? そんなにペアルック、嫌!?」

 お似合いだと思ったのに。物凄くショックを受けた。

「同じ格好をさせるために、アタシを拾って助けたのか? 変態め」

 響に再びベストを着せられながら、萩は眉を顰めた。

「ペアルックは、ついでですけど。あなたのために、何かしてあげたかったんです」

 響の台詞を聞いた萩は、あからさまに警戒心を露にした。響の手を振り払い、距離を置く。小動物みたいな息遣いだ。

 萩は、他人の必要以上の親切に、尋常ではない嫌悪感を抱く。響は冷静に、萩の心境の変化を窺っていた。

「気色悪い。お前みたいに、気味の悪い理由で近寄ってくる奴が、アタシは大嫌いなんだ」

 萩にとっては、人から受ける親切が、とてつもなく奇妙で、不気味な行為に思えるらしい。確かに、親切は時に、悪意を伴った誘惑となる場合もある。

「昔にも、おかしな方法で君に言い寄ってきた人間が、いたんですか?」

 嫌がるからには、過去に誰かから何らかの親切を受けると同時に、心に大きな傷を得る出来事を体験したのだろう。

 尋ねると、萩は言葉を詰まらせ、遠い目をした。困惑した、複雑な表情を浮かべる。

「お前には、関係ない」

 だが、心の内を語ろうとはせず、はぐらかした。否定しない点から察するに、思い当たる記憶はあるみたいだ。

 萩は頑固だ。遠回しに情報を得ようと粘ってきたが、肝心な部分が、どうしても分からない。

 響は観念して、萩に素直に語ろうと決めた。

「関係、あるんですよ? 記憶や思い出は、君の中に過去が存在した、大きな証明になる」

 響はずっと、対話を通して萩の過去を探ろうとしていた。いつ、誰と出会った記憶があるのか。いつから、秋姫としての使命を〝刷り込まれた〟のか。

 会話の中から記憶の断片を読み取れば、少なくとも、いつ頃からの思い出が萩の中にあるかが分かる。その時期に何が起こったか調べれば、萩に関する手掛かりが得られると考えていた。

 だが、ろくに語ろうとしない萩が相手だと、まともな会話をするだけでも骨が折れる。もう、何日も萩と一緒に過ごしているが、有力な手掛かりに繋がりそうな話題には、未だに辿り着いていない。

「私は、君が何者か知りたい。君が単純に、過去を隠して語りたがらないだけか、本当に過去を持っていないのか、はっきりさせたいんです」

「はっきりさせるもしないも、アタシは秋姫だ。その記憶さえあれば、何者であっても、問題ない」

 何を問うても、返ってくる答は一貫して同じだ。萩は秋姫の存在だけに依存して、生きている。

「なら、なぜ君は、たった一人で秋姫として戦う? どうして、四季姫たちと共に戦わない?」

 響は少し苛立ちを覚え、問い詰めた。

 四季姫は、四人揃って初めて価値があり、真価を発揮できる存在だ。

 たった一人、孤独に闘い続ける存在でなど、ありえない。

 偽者である以上、いずれはあぶれる運命だっただろうが、萩の態度は四季姫の輪から追い出されたものとは、明らかに違う。

「他の四季姫なんて、足手纏いだ。煩わしい。あたしは、誰とも関わらず、一人で戦い続けるために生きているんだ」

 決め付けた発言。孤高の運命に疑問も覚えず、必死で貫こうとしている姿を見て、響は目を細めた。

 何らかの目的や使命を帯びた、確固たる意志には思えなかった。

「誰かに、指示をされているのですか? あなたに、秋姫としての生き方を押し付けている者が、いるのではないですか?」

 核心に迫る質問をぶつけた。途端に、萩の苛立ちが爆発した。

「アタシの意志だ! アタシに命令できる奴なんて、この世に一人もいない!」

 萩は即答して、怒鳴りつけてきた。

 響は、ようやく気付いた。

 萩自身も、己の生き方や生き様に、疑問と不安を抱いているのではないだろうか。本心では、困惑や迷いを胸に秘めて、葛藤している気がした。

 だが、プライドが高いから、弱みをもつ自身の存在を認められない、認めたくない。萩そのものを偽って、萩は存在している。

 響を相手にしているから、なおさら頑なにならざるをえない。

 思っていた以上に、気難しい娘だ。不器用な姿を垣間見ると、更に可愛さが増す。響は心中でほくそ笑んだ。

 萩の過去を知る前に、萩そのものを知ってやらなければ。

 今の調子で押し問答を続けていても、埒が明かない。萩の中から素直な気持ちを引き出すには、方法を変えなくてはいけない。

 響は一旦、萩との対話を諦めた。

 萩はそっぽを向き、沈みかけの夕日を見つめていた。

 萩の足元には、夕焼けに照らされているにもかかわらず、影がない。

 本来、悪鬼とは、限りなく〝死〟に近い存在だ。体から発する邪気が実態の存在を覆い隠し、人の目から消してしまう。

 邪気に包まれた体は、ありとあらゆるものの干渉を受けなくなる。空気も時間も、多くの要素は、悪鬼に影響を与えられない。悪鬼を視界に捉えたり、触れられる存在は、死者や妖怪に大きな影響力を持つ、一部の陰陽師くらいだ。

 だから影がなくても、別に不思議ではない。

 だが、日光を受けても影ができない存在になるためには、かなりの量の邪気を身に纏わなければ不可能だ。なのに今、萩の体から放たれている邪気は、とても弱い。

 その矛盾した現象を、響は危惧していた。

 萩の体内から、邪気がなくなりかけているのだと、原因を既に把握していた。

 悪鬼の中には、その邪気の濃度をコントロールして意識的に増減させられる者もいる。響も邪気を巧妙に操作して、人に見える姿を保ち、人間社会の生活に溶け込んで暮らしている悪鬼の一人だ。邪気が悪鬼にもたらす影響や必要性を、誰よりも理解している。

 一度、悪鬼と化したものが、悪鬼としての姿を形成している邪気を失えば、この世に存在できなくなる。

 放っておけば体内から邪気がなくなり、消滅の道が待っている。

 萩が悪鬼の立場を忘れて、偽りの秋姫に執着しているせいだ。

 真の姿を思い出せれば、まだ邪気の修復はできるはずだが、あまり時間は残されていない。

 響は少し、焦っていた。


 * * *

 響は、現像した写真の束を、黙々と眺めた。

 先日、萩をこっそりと隠し撮りした写真だ。

 だが、写っている被写体は現在の萩ではない。

 響と出会う前の、萩の姿だ。

 人間が作り出した、カメラなる画期的な道具に魅了された響は、カメラマンとして活動する傍ら、独自にカメラの改造に力を入れてきた。

 機会仕掛けの箱の中に、邪気を取り込ませて空間を歪めた、特製品だ。響が作り上げたカメラで撮影すると、その被写体の近しい過去を写し出せた。

 被写体の過去を写す特殊なカメラで萩を撮影し、少しでも萩の過去を知ろうと考えていた。

 写真の中に映し出された萩の多くは、秋姫の姿をしていた。巨大な漆黒の鎌を振り回して戦う、実に楽しそうな姿だ。

 過去の情景を手繰り寄せていくと、手傷を負って山中で倒れていた理由や経緯が、だいたい推測できた。

 本物の四季姫との対立と衝突。特に、萩の側にはしつこいほど、夏姫の少女――水無月榎が写りこんでいた。

 最終的に秋姫を斬った張本人も榎だが、仲違いする以前には、積極的に近付こうとする姿勢も目立つ。恐らく榎は、萩を仲間として迎え入れようとしていたのだろう。だが、プライドの高い萩が拒み続けた。

 どのみち、本物の秋姫ではなかったのだから、仲間になるなんて、無理があったのだろうが。

「夏姫は、萩の過去について、何か知っているのか?」

 響の興味は、榎に移った。必死で交流を試みていた点から察するに、何らかの情報を握っている可能性は、否定できない。

 榎の姿をこのカメラで撮影して、同じ要領で過去を調べてみれば、萩について、響が知らない何かが分かるかもしれない。

 新しい可能性に、響は期待を膨らませた。

「でも、どうやって近付こうかなぁ。前回の件で、かなり警戒されているしなぁ」

 響が悪鬼だと知る榎に、のこのこと接触したとしても、きっと協力なんてしてもらえない。

 一度、気配を知られているから、迂闊に近付くだけでも、すぐに気付かれるだろう。どうやって、榎の写真を撮ればいいだろう。

 途方に暮れていたが、感じ慣れない気配を感じて、響は思考を中断させた。

「何か御用かな? 狐君」

 茂みの向こうに鋭い視線を向けると、気配に怯えが混ざった。まさか気付かれるとは思っていなかった、そんな感じの驚きが篭っていた。

 尻尾を何本も持つ、赤狐だった。かなり歳を経た、強い妖力を持つ妖怪だ。

 妖怪は強ければ強いほど、力を誇示せず保守的になる。目の前の狐も例外ではなく、素早く逃げ去ろうとした。

 だが、響が逃がすわけがない。素早く邪気を操作して、背を見せる狐に纏わりつかせた。

 狐は体を痺れさせて、苦しそうにもがきながら、響の前に引きずり出された。

「悪鬼の臭いがプンプンするな。深淵の連中の回し者か?」

 少し鼻を効かせると、すぐに分かった。この狐は、以前、響が呪いを掛けてやった連中と繋がっている。

 動けない悪鬼たちに代わって、響の様子を探りに来たのか。

 邪気に身を包まれながらも、狐は逃げ出そうと身をよじっていた。

「悪足掻きは、おやめなさい。この状況で、私から逃れられるとも、思っていないだろう?」

「見逃してくだせえ! 悪鬼の連中に、旦那を見張れと脅されて、やむなく……」

 狐は怯えた顔で、土下座して必死に命請いをしてきた。どこか嘘臭さは感じるが、悪鬼たちとの接点に偽りはない。素直に納得しておいた。

「連中は、私を見張って、どうしたいんだ?」

「何か怪しい動きをしていないか、探って来いと。ずっと旦那が四季が丘に居座っていらっしゃるから、不審に思っているみたいですね」

「まあ、普段は放浪の身だからね。で、どうする? 私の動向を調べて消されるか、何もせずに逃げ帰って、悪鬼どもに消されるか」

 どっちにしても、消される運命だ。可哀想に。

 鋭い視線で射抜くと、狐は更に怯えて、頭を下げた。

「どうか、命だけはお助けください! 代わりに、何でもさせていただきます。不甲斐ない哀れな狐を、こき使ってやってください」

 妥当な取引だ。

 響に寝返るフリをして、偵察を続けるつもりか。もしくは、本当に悪鬼たちと縁を切りたいと考えているのか。

 どんな思惑があるにしても、狐の言葉なんて素直に信じるだけ無駄だ。

 だが、しばらく手足として使う分には、役に立つかもしれない。響は狐を利用してやろうと決めた。

「なら、このカメラを貸してあげよう。使い方は分かるだろう?」

 響が差し出したカメラを、狐は不思議そうに見ていた。

「悪鬼の連中と関わりがあるならば、四季姫は知っているね?」

 尋ねると、狐は頷いた。響も満足して、頷き返す。

「そのカメラで、四季姫の一人、夏姫をできるだけたくさん、撮影してきてほしい。引き換えに、君の命は保護してあげよう」

 こそこそ動き回る狐にとっては、簡単な作業だろう。狐は喜んで快諾した。

「あんまり遠いとダメだよ。できるだけ近づいて、正面から撮ったほうがいいな。でも、見つからないようにね」

「注文が多いでやんすね……」

「嫌なら、無理にとは言わないけれど。私のほうが、どう考えても、いい写真が撮れるしね」

「いえ、喜んで行ってまいります!」

 笑顔で殺気を振り撒くと、狐はすっ飛んでいった。

 当てにならない妖怪だが、命が掛かっている状況だと分からないほど、馬鹿ではない。それなりの結果を持って帰ってきてくれるだろう。

「秋姫の記憶さえあれば、何も要らない、か」

 響は横目で萩の後姿を見つめ、軽く息を吐いた。崖から見える夕焼けと、麓に広がる四季が丘の町並み、周囲の山とのコントラスト。まさに絶景だった。

 景色が美しければ美しいほど、切なさが込み上げる。

「でも、寂しいじゃないか。この素晴らしき世界に共に存在しながら、一緒に写真にも写れないなんて」

 萩の存在を、取り戻してあげたい。

 響は愛おしさを込めた目を細め、萩の姿を脳裏に刻み込んだ。

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