十二章 Interval~狐の悪知恵~
「梵我がやられるとは。四季姫とやら、相当、強い連中らしいですな」
梵我の消滅を知った狐の妖怪――赤尾は、いつまでも斜に構えた態度をとっていられなくなった。
様子を見ていて、正解だった。相手の技量を調べた限りでは、気軽に倒せる相手では、到底ない。
良くて相打ち。もしくは、梵我と同じ末路を辿る危険もある。
そんな連中と、わざわざ戦う義理などない。本来なら、命令など反故にして、とんずらしてもいいくらいだった。
だが、相手は正統な話し合いなど通用しない相手だ。たかが妖怪の言い分一つ、大人しく承諾するとは思えなかった。
目の前にいる悪鬼たちは、少しずつ自由を取り戻しつつあった。悪鬼たちを締め付けている接合が解かれ、どす黒い肉の塊みたいになっていた身体が、徐々に解れて、大きくなっている。
鬼蛇が悪鬼たちに掛けた呪いも、直に解けるだろう。その瞬間が訪れた時に、協力者の意を示していなければ、赤尾に命はない。逃げたところで、すぐに捕えられる。
四季姫に無謀な戦いをけしかけて、梵我と同じ末路を辿るか。拒んで、自由の身となった悪鬼どもに食われるか。
どちらも御免だ。
早急に、新しい手を考えなくては。
赤尾は悪鬼たちの前に跪きながら、必死で生き延びる術を考えていた。
「四季姫ども、予想以上に力をつけておる。まさか、開門の禁術にまで、手を出し始めるとは」
悪鬼たちも、唸る。
「早々に倒さねばならん」
「この体さえ自由に動けば、くだらん妖怪どもを手足に使わずともよいのに」
「何もかも、鬼蛇のせいだ! 許せん」
「最近、我らとは異なる悪鬼の気が、活発に動いておる。きっと鬼蛇だ。奴は、この地に居座って何を企んでいる?」
悪鬼たちは口々に、周囲の邪魔者たちの愚痴を吐く。口しか動かさない連中は、本当に五月蝿くてかなわない。
だが、悪鬼たちの文句を黙って聞いているうちに、赤尾に名案が閃いた。
「気になりますか?」
思わせぶりに、語りかけてみる。
悪鬼たちは赤尾に興味を示した。
「何か、知っておるのか」
「いいえ。ですが、調べてくるくらいなら、あっしにもできます。いかがですか? あっしを密偵として使っていただければ、何か真実が分かるかと思いますが」
狐には、狐が得意とする世渡りの方法がある。
悪鬼に脅される侭に命を懸けずとも、悪鬼の指示を無視して命を狙われずとも。
別の方法で悪鬼の役に立てば、少なくとも制裁を食らう不運には見舞われない。
悪鬼たちはしばらく、訝しそうに考えていたが、やがて意見がまとまった。
「少しでも役に立つのなら、使ってみれば良いのではないか」
「よかろう、調べてまいれ。あの若造が、我らに隠れて何をしているか」
狐の案に、上手く乗ってくれた。
赤尾は鼻で笑って、悪鬼たちの前から引き下がった。
「さぁて、少しは仕事がやりやすくなった」
赤尾は鼻歌を唄いながら、深遠の森を出て行った。




