十二章 Interval~尊き日々~
八月も終わりが迫った、残暑の厳しい昼下がり。
了生は部屋の片付けに勤しんでいた。
忙しさや無気力にかまけて放置していた部屋は、散らかっていた。時々、了海が朝や宵を嗾けて、無理矢理掃除をさせていたが、中途半端に終わっている場合が多く、あまり意味を為していなかった。
きちんと整頓するには、やはり了生自身が腰を上げなくてはならない。今がやるべき時だと腹を括り、室内に散らばった雑誌をかき集め始めた。
経典や大学の教科書に混じって、かなりの頻度で発掘されるエロ本。発見して持ち上げるたびに、昔の己の堕落した姿を思い起こされて、嫌気がさした。
愛する人の面影を忘れるためにと、どうでもいい、いろんな女の写真を見ては気を紛らせていたが、結局は何の解決にもならなかった。この先も、もう必要とする時はない。
了生はあらゆる場所からエロ本をかき集めて、「要らん要らん」と念を込めながら、紐で束ねた。
ある程度整頓が終わり、了生は卓上に視線を向けた。
机の脇に置かれた、写真立て。いつも伏せたままにしていたが、中身の写真だけは、どうしても処分できなかった。
寺で緑と一緒に撮った、最期の写真。
了生は機械の扱いが苦手だから、カメラや撮影の操作は、全部、緑がやってくれた。
幸せだった日々は、今でも心の中から消えはしない。
必死で忘れようとしていたが、別に消す必要はないのだと、思えるようになってきた。
一つの思い出として、心の中に置き続けておけばいいと、余裕が出てきた。
「了生はん、お茶にしまへんか?」
襖が開き、廊下から少女の声が入ってきた。
中を覗き込んだ少女――柊が、優しげな笑みを浮かべる。
修行が明けた後も、時々食事を作りに来てくれていた。
柊の元気な姿を見ると、心が落ち着く。了生も、微笑み返した。
「おおきに。すぐに行きます」
「片付け、捗っとりますか?」
柊が、部屋の中を見渡し始める。了生は束ねたエロ本をこっそり隠しながら、笑って頷いた。
「大方、済みました。あとは、机の上だけです」
机の上の写真を見つけた柊の表情が、少し曇った。
「写真、捨てはるんですか?」
了生も写真を見つめ、額縁の中から取り出した。
「今は、まだ……。しばらく仏壇に置いて、命日にでも供養しようと思うとります。長い間、世話になりましたから」
いつまでも未練がましく、側に置いておくべきものではなかった。写真にも、現世に残った魂が宿っている可能性がある。然るべき方法で、弔ってやりたい。
了生は写真を手に、立ち上がった。
その様子を見ながら、柊は何か考え込んでいた。
「部屋が、寂しくなりますな。……了生はん、新しい写真、撮りまへんか!?」
やがて、閃いた様子で声を上げた。
「新しい写真、ですか?」
唖然とする了生に、有無を決める暇はなかった。
柊の一言から、突如、不慣れな撮影会が始まった。
* * *
境内で、三脚にカメラが取り付けられた。
柊は、この手の機械操作は得意らしい。手際よく、カメラの状態を整えていった。
「準備できましたで、了生はん」
カメラのレンズに向き合って立つ了生の側へ、駆け寄ってきた。
シャッターを自動で押すリモコンを手に、柊はカメラに視線を向けながら、了生の腕に抱きついてきた。
かなり強い力で、腕にしがみついてくる。勢いで、了生の腕が柊の胸の間に食い込んでいく。
薄い衣服越しに感じる柔らかい感触に、了生の頭に熱が上った。
「あの、もう少し、離れて撮っても、大丈夫かと」
「あんまり離れると、一緒に撮ってる感じがしませんやろ? せっかくやから、側で写りたいですわ」
嬉しそうな顔で言われると、強く反論もできなかった。了生は緊張を残しながらも、柊と肩を寄せ合った。
「ほな、撮りますで~!」
柊が声を上げ、リモコンを構える。
「おーっし! みんな突っ込めー!!」
同時に、背後の茂みから、榎たちが総勢で飛び出してきた。了生は驚いて声を上げ、腰を抜かす。
シャッターの切れる音。
気付いたときには、撮影は終わっていた。
「何や、お前ら!? いきなり飛び出てくるな!」
起き上がって怒ると、宵が不満そうな顔を見せた。
「兄ちゃんばっかり、珍しそうなことしてずるいぞ! 俺たちも混ぜろ」
「あの箱は、何をするものなのですか? 変な音がしていますが」
「カメラっていうのよ。うーんとね、何て説明したらいいのかしら……」
「私たちの姿を写してくれる、便利な道具どす」
周囲でみんなが口々に喋り、騒がしさが増す。
「せっかく写真撮るなら、全員集合のほうが賑やかだろう?」
榎と柊が、悪餓鬼みたいな笑みを浮かべてくる。
唖然としていた了生も、気付くと笑っていた。
「賑やかな写真も、悪うないな」
* * *
数日後。
了生はプリントした写真を、写真立てに収めた。
被写体が入り混じって、ごちゃごちゃになってしまった、まとまりのない集合写真。
見ていると、自然と笑顔が零れてくる。
隣に置いていた、緑と写った写真を手に取り、笑い掛けた。
「今まで、おおきに。長い間引き止めて、すまんかった。俺はもう、大丈夫や」
もう、過去の思い出にしがみつかなくても、生きていける。
守るべき、尊き者たちが、側にたくさんいる。
かけがえのない日々を、歩んでいける。
了生は立ち上がり、仏堂へ向かって歩き出した。




