第十二章 冬姫進化 6
二日後の、午前中。
柊は相変わらず、同じ修行を繰り返していた。
確実に、力はついている。なのに、どうしても最後の殻が破れない。
明日の昼頃には、梅も旅行から帰ってくる。寺に篭っての修行を終えて、家に戻らなければ。学校も始まるから、あまり時間もかけられなくなる。
それでも時間の許す限りは、修行を続けたかった。
「もう、一息なんですがね。封印を敗れるだけの力は、備わっておると思います」
了生は、少し焦り気味だった。禁術を会得できずに修行が中断になっては、今までの努力が無駄になると、危惧しているのだろう。
「大丈夫や。少しずつやけど、ちゃんと進歩しとりますし。毎日通ってでも、修行は続けますさかい」
決して放棄する気はなかった。少しでも時間をとって、修行をできるようにと、頭の中で考えを廻らせていた。
了生も、柊のやる気は認めてくれている。協力的に、深く頷いた。
「一旦、休憩したほうがよろしいですな。続きは、午後からにしましょう」
もうすぐ、昼時だ。昼食の準備にと、了生は忙しなく戻っていった。
一人になると、柊の中にも、微かに焦燥が沸き起こる。
正直に言うと、力を封じられているせいなのか、思っているほどの力が出せていない。柊の中で、邪魔をしている要因があると、気付いていた。
でも、何が問題なのか、よく分からない。
「スランプなだけ、やったらええけど……。それとも、うちには新技を会得するなんて、最初っから無理なんか?」
了封寺に遺されていた四季姫の禁術は、柊が使うべきものではないのかもしれない。榎なら、もっと早く会得ができていたのだろうか。
弱気になると同時に、悔しくもあった。一週間近くも頑張ってきたのに、全てが無意味だったら。
妙に不安が込み上げた。
「冬姫様は、無意識のうちに力を抑え込んでおられるのではないかな? 現状で満足して、成長を拒否しておられる」
突然、側で了海の声がした。意味深な言葉に、柊は動揺した。
「そんなつもりは、あらへん! うちは強くなりたいんや。今まで以上の力を手に入れて、敵に勝つために」
以前の敗北の悔しさは、今も消えていない。再戦で確実に勝利するために、柊は全力で修行に打ち込んできた。
「了生と、武器を打ち合っておる時は、楽しかろう? その時間が永久に続けばよいと、思っておいででは?」
指摘され、柊は固まった。腕の力が抜け、薙刀を地面に落とす。
正確に、心の内側を貫かれた気がした。確かに、了生と行う修行は、今まで生きてきた中で、一番楽しい時間だった。
少しずつ、強くなれていると実感できるから、楽しいのだと思っていた。だが、客観的に見れば、少し違った。
柊は単純に、了生との掛け合いを楽しんでいた。
了生が、柊のためだけに優しく手解きしてくれる。修行をしている間は、他の雑多なものから開放され、ずっと互いに意識を向けながら、側にいられる。
嬉しかった。だから、修行に身が入っていた。
ただし、結果を求めてではなく、過程を満悦するためだけに。
「術を会得し、修行を終えれば、楽しい時間は二度と戻ってこん。修行を長引かせれば、いつまででも遊んでいられる。あなた様は、目的を取り違え、努力を注ぐ方向を誤っておられる。そろそろ過ちに気付かんと、手遅れになる」
了海の表情に、険しさが浮かぶ。
「何もせずとも、時間は刻々と過ぎていく。悪鬼どもが再び自由の身となれば、今度こそ、四季姫様たちに未来はない」
その通りだ。悠長に、ダラダラと修行をしている時間なんて、本当はない。
仮に、他の三人が力をつけて強くなっても、柊の力が及ばなければ、十体もの悪鬼には及ばない。
冬姫だけが、足手纏いになる。
分かっているのに、焦りを無視していた。気持ちのいい、ぬるま湯にいつまでも浸っていたくて、目を逸らした。いつまでも伸ばし伸ばしにして、少しでも長く楽しもうと、力を抑え付けていた。
「情けないな、うちは。周りも見んと、うちの楽しみばっかり考えとった」
柊は現実を見つめ直し、気持ちを鎮めた。
「厳しくいうて、申し訳ない。せやけど、あなた様には可能性がある。前世の冬姫様をも凌げるほどの力を秘めておると、わしは考えとる。是非とも、我が家に伝わる禁術を会得してもらいたい。どうか気を落とさずに、精進してくだされ」
黙り込んだ柊を心配して、了海が肩に手を置いた。柊は、首を横に振って、笑った。
「いや、そないに人から真剣に怒られたん、初めてやから、ちょっと吃驚してもうただけや。……うちには、目的をやり遂げる覚悟が、なかったんやな」
本当に、この寺は親切な人ばかりだ。お陰で、目が覚めた。
「了生はんも、うちのために頑張ってくれてはるのに、期待を裏切るところやった。ええ加減、結果を出さんとな」
了生には了生のするべき役割がある。大学生だし、僧侶としての修業も怠ってはならない。柊のつまらない自己満足のために、振り回してはいけない。
真面目に取り組んで、早く了生を解放してあげなくては。
「もちろん、修行が上手くいかへん理由は、冬姫様だけの責任ではないがのう」
了海目を細めて、呆れた行きを吐いた。
ゆっくりと向けた視線の先に、戻って来る了生の姿があった。
「柊さん、まだ休憩されておらんのですか? 中へ入って、昼飯を……」
柊を呼びに来てくれた了生に、了海は鋭い剣幕を飛ばした。
「了生。今一度、冬姫様と戦え」
突然の言葉に、了生は立ち止まって、表情を強張らせた。
「言われんでも、昼からちゃんとやる」
「休んどる暇なんぞ、ない。手も抜いたら、あかん。本気でやるんや」
指摘を受けて、了生は眉を顰めた。
「お前は最初っから、冬姫様の技量に合わせて力の調節をしとる。そんな弛んだやり方では、修行にならへん」
柊も、気づいていた。了生は常に、柊の実力を見定めた上で、柊に負担のかからない攻撃を仕向けてくれていた。冬姫の力が強くなれば、了生の力も威力を増す。分かった上で、冬姫の力をセーブして戦っていた。
薄々、修業としては意味がないのだと思っていたが、何の指摘もできずにいた。単純に、了生の優しさや気遣いに甘えていただけだ。
人の好さもまた、了生の煩悩の一つなのだろう。必要なときに冷酷になれない優柔不断さは、きっと今後も大きな隔たりとなる。
「せやけど、冬姫様は本来の力さえ、抑え込んでおるんや。見合った力で修行していかな、体が保たん」
言い訳をする了生に、了海は呆れた視線を向ける。
「偉そうな口を叩いといて、何にも見とらへんな。毎日戦っとるんやったら、力の伸び代くらい、きちんと見定めておけ! ほんまに禁術を会得させたいと思うとるんやったら、殺す気でいけ!」
「何を、無茶苦茶いうとるんや!?」
了海の怒声に、了生も怒りを顕にする。
「了海はんの言う通りや。悪鬼たちは、こないに生っちょろい戦いなんて、させてくれへん」
柊は二人の間に割って入った。
了生の優しさは、とても有り難い。だが、明らかに過保護だ。
居心地が良すぎて、柊の中に緊張感が生まれない。今のままでは、絶対に強くなれない。
柊は了生と向かいあって、深く頭を下げた。
「すいませんでした。みんなが優しゅうしてくれるもんやから、甘えとった。真面目に取り組まんと、適当に遊んどった。こんなやり方で実力の底上げなんて、できるわけがなかったんや」
困惑した表情を浮かべる了生に、柊は薙刀を構えた。
「今後一切、手加減無用です。仏僧一人にも勝てずに、禁術の習得なんて無理や。――一番、憎い相手やと思うてください」
了海の言葉通り、殺す気で来てもらいたい。
この際、結果が出なくても構わない。とにかく、全力を尽くしたい。
今回の修業を、無意味なものには、したくなかった。
了生は、錫杖を構えた。だが、隙だらけで、全然構えになっていない。柊が眼をとばすと、少しうろたえた。
まだ、何か言おうとした了生に、柊は怒鳴りつけた。
「迷うな! 一緒に強うなるて、煩悩を捨て去りたいて、言うやたろうが!」
了生の背筋が伸びた。先程までとは打って変わり、表情も引き締まる。
今までに、一度も見なかった顔だ。了生の、本気の顔。
柊の全身に、電流が走る。凄まじい緊張に襲われた。
薙刀を勢いよく、振りかざした。歯先は寸分違わず、了生の急所を狙う。
だが、攻撃は素早く弾き返された。錫杖で打たれた反動が、武器を伝って手を痺れさせる。
急いで体勢を立て直し、了生の打撃を受け止める。足が地面にめり込みそうなほどの威力。一度は防げたが、何度も食らうと、身が保たない。
先手を打たなければ。柊は隙を突いて術を発動。初めて出会ったときみたいに、了生の足元を凍らせた。
だが、了生も大人しくはならない。素早く術を唱え、錫杖で地面を突くと、足元を覆っていた氷が、全て砕け散った。
柊もすかさず印を結び、飛び散った氷の破片を、空気中に分散させた。激しい風が巻き起こり、氷の礫が、了生の顔に無数の傷を付ける。
了生の動きが、一瞬止まった。その合間を縫って、柊は遠心力を生かして薙刀を振りかざし、刃の峰で了生の腹部を打ち付けた。手応えはあった。了生は後ろへ吹き飛び、松林の茂みに突っ込んだ。
術はまだ未熟だが、力なら柊のほうが勝っている。このまま一気にケリをつけようと、了生の倒れている場所へ押し入った。
茂みに向かって意識を集中させた途端、了生が一気に頭上へ飛び上がった。慌てて防御の構えをとるが、無意味だった。
了生の錫杖の一突きが、柊の薙刀の柄を直撃する。静かで、強烈な一撃だった。武器に送られた衝撃が、手を伝って柊の全身の水分を揺さぶる。脳天にまで振動が走り、胃液が逆流した。
足元まで達した衝撃は、そのまま地面に抜けて、大地に罅を入れた。この場所は地下水が流れているらしく、粉々に崩れた地面の下から、水が噴き出してきた。
柊は、薙刀を支えにして、地面に膝を突く。頭が割れそうに痛い。
がくがくと震える足を何とか踏ん張り、体を起こす。了生も、柊の攻撃と術の反動か、腕を震わせて表情を歪めていた。
先に、次の攻撃に転じなければ、本当にまずい。柊は口の中に溜まった逆流物を吐き飛ばし、意識を集中させた。
足元から吹き出す、清い湧き水から、体内に力が送られてくる。先の冬の雪解け水が、冬姫に戦う力を分けてくれていた。
地面に突き立てた薙刀の柄尻に、妙に力が集中していき、新しい刃が生えてきた。
頭の中で、聞き慣れない歌声が聞こえた気がした。その声に耳を傾け、静かに力を解放する。
「冬を彩る、一輪の糧となれ。――〝氷花満開〟!!」
一気に、外気が冷え込んだ。
地面から勢いよく吹き出す清水が空中で凍りつき、いくつもの巨大な氷柱となった。
その姿は、まさしく氷の花。水に触れていた全てのものを巻き込んで、建物よりも巨大な氷花が、寺の境内に咲き誇った。
直後、足に激痛が走り、堪えられなくなった柊は倒れ込んだ。
「あっつぅ……! 何や、急に、足の裏が」
火に炙られたみたいな痛みだった。柊は冬姫の履いていた沓を脱ぎ捨て、足裏を確認する。
洗っても消えなかった、力を封じる呪文が、消し炭みたいに剥がれて、足から落ちていった。
「封印が、焼き切れたんか」
体中から、力が漲ってくる。今までに感じた経験がないほどの勢いだ。
「武器が、両刃の薙刀になりましたな。今の冬姫様の戦い方に相応しい形へ、進化を遂げたのでしょう」
脇から、了海が歩み寄ってきた。穏やかな笑みを浮かべている。
側に突き立ててあった薙刀は、柄の両側に刃がついた形状に変化していた。
武器が、柊にあわせて成長したのか。まさに、冬姫のパワーアップの象徴に見えた。
柊の胸が、激しく高鳴った。薙刀の柄を抱きしめて、必死で涙を堪えた。
「美しい、武神の如き猛攻。素晴らしいお力でした。よいものを、見せていただいた」
了海は合掌して、深々と頭を下げてきた。柊も立ち上がり、頭を下げ返した。
「うちこそ、目が覚めましたわ。おおきにでした」
気持ちが落ち着いてくる。冬姫の成長した姿を、一番感謝したい人に見せなくては。
「やりましたで、了生はん! 力を閉じ込めとった殻を、打ち破れました!」
柊は振り返り、表情を固まらせた。目の前に咲き誇る氷の花の中で、了生は閉じ込められて凍っていた。
逃げようとして間に合わなかったらしく、体が卍を描いている。
「ギャー! 了生はんが、変な格好で氷漬けになっとる! しっかりしてや、了生はん!」
柊は慌てて助けようとするが、どうやって氷を破壊すればいいのか分からない。
「相手の攻撃も避けきれんとは。やっぱり、まだまだ修行が足りんのう……」
呆れた声で息を吐き、了海は手にした杖で、氷花を小突いた。
氷の花は一気に砕け、了生は外へ放り出された。




