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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
143/331

第十二章 冬姫進化 4

 修業を始めて、三日が経った。

 簡単な技なら、連続して出しても平気になってきた。だが、威力は相変わらず微弱な上、普段以上に疲労は激しかった。

 冬姫の冷気をもたらす力の影響で、池や草木は凍りつき、屋根からは氷柱が垂れ下がっていた。了封寺一帯だけ、見事な冬景色だ。

 あくまで気温が夏のものなので、厳しい寒さは感じない。残暑には有難い、涼しくて快適な空間となっていた。

 対極の季節が融合する奇妙な世界で、柊は必死で薙刀を振るった。切れは甘いが、徐々に勢いは増している。修行の手応えは、間違いなくあった。

 冬姫の攻撃は、全て了生が受け止めてくれた。

 柊の体力の変動に合わせて、絶妙な力加減で、修業に付き合ってくれる。

 時には隙を突いて、攻撃も仕掛けてきた。紙一重でかわしながら、ひたすら攻撃を仕掛ける。

 薙刀と錫杖しゃくじょうがぶつかり合い、火花を散らす。

 立っているだけでやっとなほど、体力を消耗していた。だが、気持ちは全然、疲れない。

 修業に没頭している間、不思議なほど心穏やかでいられた。心が高揚し、まだやれると核心が持てた。

 足の裏が熱い。柊の中を巡る冬姫の力が、封印を破ろうと戦っていた。

 可能性が見えた。もう一息だ。

 了生の一撃を避けると同時に、足がもつれた。体勢を崩して、砂利の上に倒れる。

 気概があっても、集中力が切れるといけない。一気に気持ちが現実に引き戻され、体を動かす余力がなくなった。

「きついですか、柊さん」

 直立もできなくなってきた柊に、了生が声を掛けてくる。

「前に知りましたが、四季姫は各々が司る季節に、最大の力を発揮できるそうですな。逆にいえば、対となる季節は、力が極限まで弱まる時でもある。冬姫様にとっては、夏が一番、力を抑え込まれて厳しい状況なんやと思います」

 以前、月麿が話していた。榎が髪飾りを壊され、変身できなくなった時も、夏の季節の力が背を押して、自力での変身を可能にした。

 ならば、冬姫には真逆の影響が作用していると考えて、間違いない。

 いかに枷の重い状態に置かれているか、痛感できた。

「辛い環境でこそ、付加を掛けて鍛錬を積めば、さらなる上達が見込めます。強くなるチャンスやと思うて、頑張ってください」

「なるほど。一時間で何日分も修行できる、不思議部屋におるみたいなもんか。面白いやないか」

 今が苦しい分、冬になった時にどれだけ真価を発揮できるか、楽しみだ。本気で戦える実戦を想像して、柊の心は躍った。

「きつかろうが、封印が破れるまで、戦い続けるしかないんや。了生はん、もういっぺん、頼んます!」

「どこからでも、来てください!」

 柊は気合いを入れ直し、薙刀を構える。了生も、錫杖の輪を揺らして鳴らした。

 途方もなく長い時間、戦っていた気がする。

 だが、太陽は頭上で燦々(さんさん)と輝いていた。まだ、昼も過ぎていない。

 ついに限界がきた。勝手に変身が解け、柊は地面に倒れ込む。

「少し、休憩しましょう。もう一つ、別の修業も加えます。準備しますから、息抜きをしておいてください」

 了生は寺の中へと戻って行った。


* * *

 集中力が完全に切れると共に、周囲の賑わいが耳をざわつかせた。

 蝉さえ逃げ出すほど寒い寺の境内で、騒がしくしている輩が、五人も。

「ご苦労さんどす、柊はん。疲れましたやろ」

 楸が笑顔で、柊を労った。

「ひいちゃんも、かき氷食べて休んで! 椿お手製の、特別シロップを使ってあるのよ!」

 椿が、器に山盛りのかき氷を差し出してきた。側では榎が、ひたすら氷をかっ食らっている。

 三人は柊の修業の様子を見に、今朝から寺に押し寄せていた。真面目な目的で来たにも拘わらず、連中は境内に居座り、寛いでいた。

「自分ら、暇やなぁ。冷やかしやったら、帰ってんか。気が散るわ」

 修業に集中しているのに、近くでワイワイ遊ばれると、邪魔をされている気になって不愉快だ。

「いやいや、冷やかしじゃなくてだな、冷やされに来ているだけだから。お気になさらず」

「ひいちゃんが術を発動しまくっているから、この辺りだけ、すっごく涼しいの」

 一番の目的は、避暑か。麓の残暑の厳しさから逃れて、かなり快適そうだ。

「真夏やのに、氷の山ができとりますしな。滅多に体験できん環境どす。ええ自由研究になりますわ」

 楸は、柊が作り出した氷の塊を削りだし、彫刻刀で削って氷像を作っていた。

「楸は彫刻も上手いな! よくできた鼠だ」

 側に張り付いていた宵が、嬉しそうに賞賛した。こいつは楸と一緒にいると、とりあえず機嫌がいい。

「兎を削っとるんどす」

 逆に、楸は必要以上に宵に構われると、不機嫌になる。束縛を嫌う性格だから、迷惑そうにしいている時が多かった。はっきりと拒絶しても、宵はしつこいから、反発を諦めている節もあるみたいだが。

「あたしも! かき氷を何杯食ったら腹が痛くなるか、研究するぞ!」

 榎は柊が作った氷を砕いて機械にかけ、ひたすらかき氷を作って食い続けていた。まさしく、アホにはおあつらえ向きの研究だ。

「椿も、いろんな味のシロップを試しているの! 朝ちゃん、味見してね!」

「いえ、冷たいものは苦手で……」

 手作りの、怪しい色をしたシロップのかかったかき氷を、椿が朝に押し付ける。

 朝は気分悪そうに、顔を青褪めさていた。既に、かなりの量を食わされている様子だ。

 平安時代には、氷は貴重品だったろうし、こんなに際限なく食わされる機会なんてなかったはずだ。かなり困っていた。

「ほんまに、お気楽な奴らやで」

 思い思い、好き勝手に楽しんでいる連中を見ていると、呆れて修業の意欲が削がれる。

 柊は距離をとって、静かに精神を統一させた。

 やがて、了生が戻ってきた。法衣姿から、一枚地の白い着物に着替えていた。

「次は、山の上の滝に参りましょう。身を清め、戦いで乱れた気持ちを、鎮めます」

 柊も、白装束を手渡された。テレビ等では度々見かけるが、実践は初めてだ。

「滝行か! あたしもやりたいな、気持ち良さそうだ」

 話を聞き付けた野次馬たちが、わいわいと群がってきた。

「滝に打たれたら、痛いでしょう? 水もすごく冷たいし」

「清流の側は、マイナスイオン全開どすなー。癒されそうどす」

「滝なんか行かなくても、俺が楸を癒してやるぞ! さあ、俺の腕に飛び込んで来い!」

「結構どす。そんな癒しは、求めておらんどす」

「遊びでやっとるんと違うんや! 大人しゅうしとれ!」

 騒がしい連中を黙らせて、柊は部屋に戻った。白装束に着替え、了生に連れられて、山の上へ向かった。


* * *

 山の岩肌から湧き出る水が一カ所に集まり、滝となって下の窪地に流れ込んでいた。大きな滝ではないが、岩を弾いて舞う飛沫が気持ちいい。

 水辺で手を合わせ、了生は念仏を唱えはじめる。柊も倣った。

 了生の呟く言葉の一欠片も、意味が分からない。適当な見様見真似で、その場を取り繕っておいた。

 いよいよ、水が溜まる窪地に入る。水深は柊の腰近くまであった。山奥の清流は、夏でもかなりの冷たさだ。さらに、頭や肩、背中が滝の水圧に打ち付けられ、かなり痛かった。

 寒さを忘れるために、頭の中を真っ白にしようと頑張るが、逆に色々な雑念がぎって、邪魔をする。

 冷静な思考も、やる気を奮い立たせなければならない現状では、逆効果だった。

 隣では、了生が合掌したまま、表情も歪めずに立っている。かなり余裕だ。

 昔から修業をして慣れているのだろうが、とても柊には真似できなかった。

 落ち着いて考えると、先日の励ましの言葉さえ、怪しく感じられてくる。

 ――弱さを克服するために、一緒に強くなりたい。

 柊に掛けてくれた言葉は、本当に了生の本心だったのだろうか。

 修行に付き合ってもらっている限りでは、どこから見ても了生に煩悩や迷いがあるとは、思えない。

 柊にやる気を出させるための、嘘だったのかもしれない。

 別に嘘でも構わないが、気分は少し、萎えた。

 この複雑な心境にも、打ち勝たなければならないのか。

 厳しい修行だった。

 了生の合図とともに、柊はようやく、水攻めから解放された。

 外に出ると、外気の暖かさが身に沁みる。心から安心できる瞬間だった。

 四つん這いになっていた柊を、了生が手をとって引っ張り起こしてくれた。相変わらず、余裕の含まれた笑顔を向けてくる。

「よう、耐えはりました。戻って、昼飯にしましょう。よう、体を乾かしてから……」

 不意に、了生が押し黙った。

「どないしはったんです? 了生はん」

 不思議に思って顔を覗き込むと、了生の顔は、なぜか真っ赤に染まっていた。今まで、冷たい滝に打たれていた人間の顔色とは思えない。もしくは、反動で赤くなるのだろうか。

「……柊さんは、ほんまに中学生ですよねえ?」

 あからさまに柊から目を逸らし、裏声で尋ねてくる。

「中学一年ですけど、何か?」

 よく分からないままに、漠然と応えた。

「いや、何でもないです。風邪をひいたらあきませんから、早う戻りましょう」

 足場の悪い山道を駆け降り、了生は一目散に帰って行った。

 取り残された柊は、唖然として突っ立っていた。

「終わったかー、柊」

 ぼちぼち山を下っていると、榎たち三人が登ってきた。

「一応な。寺に戻って休憩や。みんなで飯にしようや」

「戻る前に、着替えるか乾かすか、したほうがええどすな。なかなか過激な格好になっとります、柊はん」

 楸から指摘を受け、柊は初めて、自身の体に目を向けた。

 薄い着物は水に濡れて、体にぴっちり張り付いている。下着も付けていないから、体のラインや肌の色まで丸見えだった。

「ほんまや、透け透けになっとる。安物やすもんの生地やな」

 軽く白装束を引っ張って、風を通す。

「了生さんが、慌てて逃げて行ったけれど、もしかして?」

「刺激が強すぎたんどすかな」

 椿と柊が、寺の方角を見て意味深に笑う。二人の想像は予想がついたが、柊は肩を竦めて一蹴した。

「んな、アホな。ええ歳した大人が、たかが中坊の体見たくらいで、何とも思わんやろう」

「ひいちゃんはもっと、世間の目とか、自分の体格を意識したほうがいいと思うわ……」

「中学生には、見えないもんな」

「世の中には、色んな趣味を持った人間も溢れとりますしなぁ」

 口々に茶化され、柊は苛立つ。標準の中学生よりは大人びていると自覚はしているが、あからさまに指摘されると、うんざりしてくる。

「与太話やったら、他所で盛り上がってんか。うちは今、修行中なんや。くだらん雑念は、ご法度や」

 ある程度着物が乾くと、柊はさっさと寺に戻った。


* * *

 服を着替えて縁側を歩いていると、庭の隅で座り込む了生を見かけた。

 濡れた白装束を着替えもせず、深刻そうに頭を抱えている。

「何を、風呂にも入っとらんのに、茹蛸になっとるんや、お前は」

 了生の側へ、了海が飄々とやってきた。冷めた口調で貶す了海を、了生は睨みつける。

「別に、ええやろうが! 親父には関係ない」

「相っ変わらず、頭ん中は煩悩だらけやな。真面目に修行しとるかと思うたら、女の体に気ぃ取られるとは。精進が足りん」

 柊は意外に思う。まさか本当に、柊の着物から透けた体を見ただけで、あんなに動揺しているのか。

 了生の心理状態が良く分からず、柊は二人の会話に耳をそばだてた。

「人を変態みたいにいうな! ちゃんと修行もやっとる、煩悩も……捨てる努力は、しとる」

 意気込んで否定するかと思えば、急に自信をなくす。了生の受け答えは、非常に曖昧だった。

「まあ、なかなか難しいやろうな、お前の性格やと。最近の娘さんは、発育がええからの。お前が押入れに隠しとったエロ本に載っとる、ガリガリの血色悪い女より、よっぽど色っぽいしな」

「ほんまに、中学生とは思え……って、何をいわすんや、クソ親父!」

 了海の坊主頭を拳が打ち、小気味良い音が響き渡った。

「痛いのう! 何をするんじゃ、父親に向かって!」

「やかましい! っちゅうか、また俺の部屋に勝手に入ったんか!」

「簡単に見つかる場所に、コソコソと隠しとるから悪いんじゃ。ムッツリスケベがー」

「叩きのめす! このエロ爺!」

 仕舞いには、互いの頬を摘んでの引っ張り合いが始まった。柊は半ば呆れて、じゃれあう親子を見つめていた。

「了生はん、思った以上に煩悩が多そうやな。己に打ち勝つっちゅうのは、大変や」

 了生は、女性に対して初心な印象がある。

 母親もいないし、ずっと仏僧として修行を積んできた手前、女性と付き合っている暇などなかっただろうし。女に対する意識そのものが、煩悩の一つになっていても、おかしくなかった。

 修行によって、煩悩と戦おうと考える了生の意気込みも、嘘ではなさそうだ。柊程度の子供なら、無理なく一緒に修行できると考えたのだろう。

 立派だと思っていた人間の情けない一面を垣間見て、柊は思わず気持ちが綻んだ。

 完璧そうな人間の欠点を垣間見ると、どことなく安心できる。

 人間らしい了生の姿に、妙に親近感を覚えた。

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