第二章 伝記進展 3
独特な方言について、説明を載せておきます。
・語尾に「~どす」は京言葉の代表的な方言で、「~です」と同じ意味です。
最近では、一般の人より、舞妓はんなどが使う、まったりした口調の方言ですかね。
三
翌日。榎と椿は、無事に入学式を迎えた。
四季が丘中学校は、全校生徒が二百人にも満たない、小さな中学校だった。 クラスは各学年に三クラスずつ。一クラスも二十人、いるかいないかだった。
「あたしは、一年一組かぁ」
式の後に配布された用紙を眺めて、榎は緊張に胸を躍らせていた。
「えのちゃん、やったね! 椿とえのちゃん、同じクラスよ!」
椿が嬉しそうな声を上げて、榎の腕を組んできた。
「本当だ! 良かったー、誰も知らない人ばっかりじゃ、不安だもんね」
榎も安堵して、少し落ち着いた気持ちで教室入りができた。
担任の教師のあいさつや、これからの中学生活に向けたレクリエーションを終え、放課後を迎えた。
榎は紙切れを一枚手にして、一階の廊下を一人、歩いていた。
「えーのちゃん! どこいくの?」
後ろから追いかけてきた椿に、声をかけられた。
「職員室だよ。入部届を出しにいくんだ」
榎は手に持っていた入部届を椿に見せた。内容を読んだ椿は、楽しそうに笑った。
「やっぱりえのちゃん、剣道部に入部するのね。入るって言ってたもんね!」
「剣道は日課みたいなものだし、毎日、竹刀を振り回してないと、なんだか落ち付かなくてさ。椿は、何部に入るの?」
「椿はね、吹奏楽部に入ったよ! フルート担当になったの! これから楽器の購入とかの、説明会なんだよ」
椿は嬉しそうに、フルートを吹く仕草を見せた。
「へえぇ、楽器の演奏なんてすごいなぁ。あたしには無理そうだな、リコーダーもろくに吹けないもん」
「椿だって初めてだけど、楽しみだよ。お互いがんばろうね、えのちゃん!」
「うん、がんばろう!」
椿と別れ、榎は職員室を目指して歩いていた。はずだったが。
「迷った。職員室、どっちだっけ……? こっちかな?」
四季が丘中学校は、生徒は少ないが学校としての設備は大規模で、しっかりしていた。廊下も長くて教室も多く、慣れていないと、かなり道が分かりづらかった。
保健室の前を通りかかった。きっと職員室も近くにあるだろうと、辺りを見渡した。
「職員室は、反対方向どすえ?」
不意に、声をかけられた。突然の饒舌な京都弁に驚いて、榎は声のした場所に向き直った。
すぐ側に、眼鏡をかけた、長いお下げ髪の女子生徒が立っていた。榎の進もうとしていた方角と反対方向を指差して、にっこり笑っていた。
「ありがとう、まだ慣れなくって」
榎は慌ててお礼を言った。誰だか分からないが、親切な人だと思った。落ち着いた物腰の、大人っぽい生徒だった。上級生の人だろうか、敬語を使ったほうがいいんだろうかと、色々考えながら、女子生徒を見つめていた。
「水無月榎はん、どすな。確か、名古屋から引越しされてきた」
相手は榎の名前を知っていた。榎は驚いて女子生徒の顔を見つめた。
「そうです。えっと、あなたは……?」
「同じクラスになった、佐々木 周いいます。 よろしゅうお願いしますな」
「クラスメイトなんだ! ごめんね、まだ同じクラスの子の名前と顔、ちゃんと覚えきれてなくて」
榎は頭を掻いて謝った。榎の名前を覚えてくれているのに、逆にまったく把握できていない不甲斐なさが、非常に申し訳なかった。
「慣れへん環境ですもんな。覚えるもんが多くて、大変やと思います」
同情してくれる周に甘えて、榎も頷いた。
「他のみんなは、新しい物事でもちゃんと覚えられて、すごいと思うよ」
「クラスのみんなは、ほとんど小学校からの顔なじみばかりどすから、覚える手間もないんですわ」
「みんな入学っていうより、進級って感じなんだね」
「そうどす。水無月はんは、見慣れん人やし、背ぇも高いから、結構、目立ってはるどす」
「他の人から見ると、きっと浮いてるんだろうなぁ。嫌だな」
確かに、周囲からじろじろと奇異な視線を向けられていた感じはしていた。気のせいかと思っていたが、違ったみたいだ。
「気にせんでも、すぐに馴染むどす。私はクラスの学級委員長を任されましたんで。お困りやったら、なんなりと相談してくださいな」
相手が委員長なら、頼もしい思った。確かに頭の良さそうな顔をしているなと、榎は勝手に周の性格を想像していた。
「ありがとう、委員長! これからもよろしくね」
互いに笑いあった。
陰陽師としての仲間探しは、まったく進展しないが、普通の中学生としては、頼もしい味方を得たかもしれないと、榎はかなり安堵していた。




