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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
139/331

十二章 Interval~冬姫回顧~

 師走しわす ひいらぎは、大阪で生まれた。

 父親は小さな食料品会社の社長。母親は、専業主婦。

 幼い頃から、特に不自由もなく暮らしてきた。

 柊が小学校に上がった頃。

 突然、母親が荷物を纏めて、家を出た。

「おかあちゃん、どこにいくんや」

 柊は必死で引き止めた。

「ごめんな、柊。お母ちゃん、もう一緒におられへんのや。お父ちゃんと、仲良うな」

「なんでや。いかんとってや、おかあちゃん!」

 努力の甲斐もなく、母親は去って行った。

 以来、母親がどこにいるのか、柊は知らない。


 * * *

 母親がいなくなってから、父親の転勤が増えた。

 経営する食品会社を全国展開させるために、各地を飛び回っていた。

 小学校二年生の頃まで、柊は大阪の自宅で暮らした。

 世話をしてくれる家族がいないため、通いのお手伝いさんを雇って、家事の世話をしてもらった。

 お手伝いの柚子さんは、のんびりした中年女性で、柊を娘みたいに可愛がってくれた。

 柊も柚子さんに心を開き、家事の手伝いをしたり、料理を教えてもらった。

 ある、土曜日の夕方。

 柊はせっせと、お手製のカレーを作った。全部一人で、手作りだ。

 柚子さんも味見をして、「美味しい」と褒めてくれた。

「柚子さん。今晩は、うちが片付けも全部やるから、帰ってええで。たまには家で、ゆっくりしてや」

 準備を整えると、柊は柚子さんを労った。

「お父ちゃんが、久しぶりに出張から帰ってくるんや。一緒にご飯食べたいから、待っとるわ」

 柚子さんが帰ると、柊は机にスプーンやサラダを並べて、父親の帰りを待った。

 八時だ。寝る時間になった。

 九時になった。十時になった。

 まだ、父親は帰ってこない。

 柊は眠い目を擦りながら、頑張って待っていた。

 日付が変わった頃。

 玄関の鍵が開く音がした。

 スーツ姿の父親が、忙しなく入ってきた。

「お父ちゃん、お帰り! ご飯の支度、できてるんやで」

 柊は笑顔で出迎えた。父親は手も止めず、荷物から洗濯物を取り出して、新しい着替えを詰め替えていた。

「こんな時間まで、何をやっとるんや。早う飯食って、寝んか」

 一言告げて、すぐに出ていってしまった。

「一緒にご飯、食べたかっただけやのに……」

 取り残された柊は、玄関に立ち尽くしていた。気付けば頬を、涙が伝っていた。

 母親が家にいれば、父親の態度も違ったのだろうか。

 逆に、父親の態度が違えば、母親は出て行かなかったのだろうか。

 父親の仕事が別のものなら、一人で放っておかれずに済んだのだろうか。

 あの二人の子供に生まれなければ、違う人生が待っていたのだろうか。

 柊は一人で考え続けた。

 子供なりに、答は出た。

 考えるだけ、無駄だと。


 * * *

 小学校中学年になると、お手伝いさんの世話も不要になり、柊も父親の長期転勤について、一緒に各地を移動する生活になった。

 父親は家に帰って寝るだけで、特に会話もなく、いてもいなくても変わらない存在になっていた。

 四年生の時、半年ほど名古屋で暮らした。

 転校の繰り返しで、他人との接し方は熟知していた。周囲に合わせて、でしゃばらなければいい。面倒ごとには関わらず、程々に大人しくしておけばいい。

 要領よく、知らない学生の輪にも、容易く入っていけた。

 名古屋には、同じクラスに風変わりな生徒がいた。

 水無月榎。

 背が高く、髪も短く、男だか女だか分からない。がさつな奴だったが、一応、女子だった。

 困っている相手を放っておけないたちらしく、どうでもいいいざこざに、ことごとく首を突っ込んでいく。端から見れば、ただの馬鹿だが、その馬鹿な性格が幸いして、人望だけは大きかった。

 柊とは、明らかに正反対の性格。

 なぜ、そこまで人間に興味が持てるのか。

 なぜ、わざわざ面倒事に関わろうとするのか。

 柊には、榎の考えは微塵も理解できなかった。

 榎は、柊とも仲良くなろうと、しつこく付き纏ってきた。

 最初は特に興味もなかったが、害もなさそうだったので、からかって遊んだ。おちょくった時の反応が面白く、よくつるみ始めた。

 榎は遊ぶときも怒るときも真面目一徹で、単純な奴だった。

 だから裏表もない、〝お人好し〟なのだと、印象が固まった。

 榎と遊んでいると、楽しい。きっとほかの誰もが、同じ気持ちで榎に接していた。

 柊も、クラスでは人気があったほうだ。だが無意識に、相手の機嫌をとって媚びを売り、顔色を伺っていただけな気がする。

 結局、榎と柊では、ものの考え方が本質的に違うのだと気付いていた。

 夏休みのある日。柊たちは公園で遊んでいた。

 今日は砂場に落とし穴を掘って榎をめたり、反撃に缶蹴りの缶を顔面にぶつけられたりと、まずまずの一日だった。

 昼になり、みんな家に戻った。

 榎とは、家が近くだ。帰り道、何となく家族の話題になった。

「家に、誰もいないのか? だったら夕方まで、あたしの家に来るか?」

 柊の家庭事情を知った榎が、誘ってきた。どうせ暇だし、とお邪魔した。

「初めまして。いつも榎と仲良くしてくれて、ありがとうねぇ」

 優しそうな榎の母親が、出迎えてくれた。自覚はなかったが、何となく胸が苦しくなった。

 榎の家は、近隣の民家に比べて大きい。

 ただ、家族が多いから、中は狭く感じた。

 榎には、兄弟がたくさんいた。男ばっかりの学生寮みたいな賑やかさに、圧倒された。

 昼飯ともなると、山盛りの素麺を兄弟たちが奪い合う。まさに戦争だ。これだけ大所帯だと、食糧の消費も半端ない。

「杉兄ちゃん、あたしのハムだぞ! 返せよ」

「ハムに名前でも書いてあるのかよ!」

「あんたたち、いい加減にしなさい! 柊ちゃんがドン引きしてるでしょうが! よその家はね、もっと静かにご飯を食べるのよ!」

 兄たちが騒ぎ、弟が泣き出し、母親が怒り、榎は笑っていた。

「何やねん、この家……」

 柊は茅の外で、唖然としていた。とてもじゃないが、あの輪には入っていけない。

 頭痛がするほど賑やかだ。温かくて、とても楽しげで。

 非常に、居心地の悪さを感じた。胸焼けがして、吐きそうだ。

「今晩、花火大会があるんだ。一緒に見に行こう!」

 榎が誘って来る。

 だが、柊は既に、この環境に限界を感じていた。

「すんません。用事を思い出したんで、帰りますわ」

 すかさず立ち上がり、水無月家を後にした。

「柊、待てよ。用事ってなんだよ……」

 榎が、後を追い掛けてくる。お節介な性格も、自然な人当たりのよさも、あの家で培われたものか。

 賑やかで温かい家。優しい家族。

 何の苦労も努力もせずに、何もかも手に入れてきたのか。

 何もかも持っているくせに、柊が一緒にいないと満足できないのか。

 世の中には、甘えたくても甘える家族すらいない人間だって、たくさんいるのに。

 急に、榎が憎らしく感じた。榎との間に、大きな壁がそびえ立った気がした。

「やかましい。お前みたいな奴には、一生かかっても分からんわ!」

 苛立ちを爆発させ、柊は誰もいないマンションの自室に、逃げ帰った。

 榎と、何もかもが正反対で、当然だ。

 境遇も、得てきた経験も、望んできたものも、何もかもが違う。

 榎が当たり前に持っているものを、柊は何一つ持っていない。

 柊がずっと味わってきた苦しみを、榎は何一つ知らない。

 名前の通りだなと、ふと思う。

 真夏の太陽みたいにすべてを照らし、活力を与える榎。

 対して柊は、雪解けさえ望めない冬。極寒の永久凍土そのものだ。

 榎みたいな娘がいたら、父親の態度も違ったのだろうか。

 もっと、明るくて楽しい家庭を築けたのだろうか。

 くだらない考えが、浮かんでは消えた。馬鹿馬鹿しくなった。いまさら考えたって、どうにもならない。

「もう、ええ。一人のほうが楽や。うちは一生、一人で生きていくんや」

 悲しむ気力さえ、すぐに失せた。涙さえ、凍って出てこない。

 手に入らないものは、望まない。柊は柊のまま、今まで通りに生きていく。

 別に、ほかの人間みたいにならなくてもいい。柊らしく、あればいい。

 決意を固め、次に転校するときまで、変わらず生活を続けた。

 榎をおちょくり、周囲に媚びを売り。生き方に、自信がついた。

 反して、心の中はどんどん、冷えていった。


* * *

 名古屋からの転校を機に、柊は一度通った経験のある、京都の四季ヶ丘へ再転入した。

 四季ヶ丘には父方の祖母・梅が暮らしていた。もうすぐ中学生になるし、勉学に専念しなければならない。

 そんな理由から、一カ所に腰を据えようと、祖母の元へ預けられた。

 今まで点々としてきた地域の中で、四季ヶ丘の学校が、一番落ち着く場所だった。理解ある友人もたくさんできたし、何より穏やかに時間が過ぎるから、のんびりと暮らせた。

 一人暮らしの高齢の祖母と一緒に、身の回りの手伝いをしながら、それなりに楽しく暮らした。

「婆ちゃんは、急に居候が増えて、迷惑やないんか」

 ふと思い、尋ねた。

「爺ちゃんがうなって、日も経つしな。柊が一緒におってくれると、安心するわ」

 梅は柊を、歓迎してくれていた。柊は笑った。

「ごめんなぁ。安心する、いわれても、よう分からんのや」

 温かく、穏やかな田舎の生活をすれば、気持ちも変わるかと思っていたが。

 相変わらず、柊の心は凍てついていた。

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