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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
133/331

第十一章 悪鬼奇襲 5

 五

 榎は四季ヶ丘中を走り回っていた。

 髪飾りを使って呼び掛けてみたが、誰とも連絡がつかない。嫌な予感は募るばかりだった。

「何を急いでいるんだ?」

 コンビニの前を通り掛かると、突然呼び止められた。

 店内から、宵が出てきたところだった。汗だくの榎とは正反対に、涼しげな顔だ。

「宵こそ、一人で何をやっているんだ?」

「お使い。の練習」

 宵は、白いポリ袋を見せてきた。中には、お茶や和菓子が入っている。

「おお、初めてのお使い……。ちゃんと、できるんだ。すごいな」

「見様見真似だけどな。人間相手にやりとりするってのは、新鮮だ。慣れると面白い」

 かつての宵は、霊感のある人間の目にしか見えない存在だった。一般人との会話も、初体験だ。

 だが、別に緊張も不安もなさそうに、難なくこなしていた。「今度は、朝も連れて来ないとな」と、余裕の表情だ。

「お前は、どこに行くんだ? 楸のところなら、俺も連れて行け」

「ちょうど、探しているんだよ。嫌な予感がするんだ」

 榎は事情を説明した。

 妖力を封印されたとはいえ、宵の中には妖怪や悪鬼の姿を視界に捉えるくらいの力が、今でも残っている。四季姫の気配も、何かしら感じ取れないだろうか。

 宵は目を閉じて集中した。周囲の気配を探っていたが、すぐに表情が歪んだ。

「駄目だ。妖気はあちこちから感じるが、どれも弱すぎて判別できない」

 悔しそうに、歯を食いしばった。

「人間らしく、足で探すしかないな。時間があるなら、手伝ってくれ」

 宵は快諾した。

 榎が指示を出していると、頭上から烏が飛んできた。

「夏姫ー! ようやく見つけたぞ!」

 喋る烏なんて、榎は一羽しか知らない。

 山伏姿をした、三本足の大きな烏。下等妖怪――八咫やただった。

「宵月夜さまを知らぬか。我らと別れて以後、もう一週間以上も気配が途絶えたままなのだ。もしや、宵月夜さまの身に何かあったのではないかと、気が気でなく。方々を探し回っておるのだが……」

 慌てふためきながら、八咫は榎にしがみついてきた。

 榎は無言で、前方を指差した。八咫は指の先へと、視線を移動させていった。

 目の前に立っていた宵に気付き、不思議そうに眺めていた。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 宵が軽く挨拶すると、八咫は奇声を発した。

「宵月夜さまぁー!? 本当に、宵月夜さまであらせられるか!?」

 八咫は宵を軸に、ぐるぐると回転した。

 妖怪だった頃の名残を見出だそうと、必死で観察していた。

「妖力と、悪鬼の力を封じられた。今は、ただの人間だ。お前たちの居場所も、はっきりと感知できなくてな。知らせに行けず、悪かった」

 宵から簡単に事情を聞くと、八咫は懐からハンカチを取り出して、さめざめと涙を流した。

「術も使えぬ、空も飛べぬとは。なんと、おいたわしい……」

 八咫にとって宵の変貌は、とんでもなく衝撃的だったらしい。榎には、あまり不便さが分からないから同調できないが。

「いいんだよ。俺が選んだ道だ。もう、以前の生活には戻れないかもしれない。今後はお前が、他の妖怪達を束ねていってくれ」

「何を仰るか! 力を失おうとも、我らの主人は宵月夜さまのみ! この先もずっと、お仕え申しあげまする。どうか、お側に置いてくだされ!」

 八咫は涙ながらに、宵にしがみついて懇願した。

「わかった。何かあったときには、頼む」

 宵は八咫の頭を撫でた。

 互いの嬉しそうな表情が、以前と変わらない絆を物語っていた。

「じゃあ、早速。お前の力で、他の四季姫たちの居所を探ってくれ」

 榎が切り出すと、八咫は白けた目を向けてきた。

「我は、宵月夜さまに仕えると申しておるのだ。なぜ、お主の命令を聞かねばならぬ!」

「いいだろうが。今のあたしと宵の目的は、同じだ。口論している暇はない。急いでるんだよ」

 八咫は威嚇してきたが、宵に制止されて、しぶしぶ納得した。

「手分けして探そう。何か見つけたら、八咫を伝達に送る」

 宵は八咫を連れて、町の外部へと駆けていった。榎も引き続き、三人の行方を探しはじめた。


 ***


 学校や四季川の河川敷、図書館。

 近場から順に回ってみたが、三人の姿はなかった。

 最後に、いつもみんなで集まっていた、庵のある山へと向かった。

 暑さと疲れで、足元に注意が届いていなかった。頂上へ向かう山道で、何かに躓いて転んだ。

 トランク型の、固いバッグだった。中にはカメラのレンズなど、機械部品が詰め込まれていた。

「大丈夫ですか? 面白い被写体を見つけて、撮影に夢中になっていました。申し訳ない」

 物音に気付いて、茂みから人が出てきた。榎は驚く。

「あなたは、昨日会った……」

 西都タワーの展望台ですれ違った、カメラマンの男性だった。先日と同じ格好で、帽子を目深く被っている。

傘岬かささき ひびきといいます。奇遇ですね。こんな山の中でお会いするなんて」

 響は、榎に手を指しのべて、起き上がらせてくれた。相変わらず、笑顔の爽やかな人だ。

「水無月 榎です。四季が丘に、住んでいらっしゃるのですか?」

「いいえ。カメラマンをしていましてね。旅から旅への、根無し草です」

 響の側には、写真用品以外にも大きなリュックが置かれていた。丸めたテントや自炊道具も見て取れる。

 プロのカメラマンには、山に篭って、何日も写真撮影を続ける仕事もあるらしい。楽しそうだが、大変な職業だ。

「この土地には、強い思いがあるのでね。つい、立ち寄って長居をしました」

 目を細めて、響は寂しげに微笑んだ。

「父が先日、この山で亡くなったのです。死に際に立ち会えず、残念でした」

 榎は頻繁にこの山を訪れていたが、人が死んだ、なんて話は、とんと耳にしなかった。

「事故、ですか?」

 響は首を横に振った。

「殺されたのですよ。多勢に無勢。よってたかって、袋叩きにされたそうです」

 尚更、知らない話だった。でも、そんな残酷な出来事が近所で起こったのかと思うと、怖くなった。

「ご愁傷様、です……」

 何と返せばいいか分からず、とりあえず頭を下げた。

「自業自得だったのです。父にも落ち度はありました」

 榎に頭を下げ返し、響は軽く笑った。

「ただ、父親に止めを刺した相手の顔だけは、拝んでおきたくてね。また、この場に戻って来るのではと思い、少し待っていたんです」

「まだ、逮捕されていないのですか?犯人を知っているなら、警察に伝えたほうが」

 人を殺した凶悪犯がうろついているなんて、気が気ではない。榎が通報を奨めると、響は声を上げて笑った。

「人の目に映らない悪鬼が死んだところで、警察は動いてくれないでしょうねぇ。流石に」

 響の笑顔に、威圧感が加わった。榎の心臓が、激しく高鳴った。

 ――悪鬼とは、まさか。

 その時。榎の携帯の着信が鳴った。

 相手は、奏だ。榎は震える手で、電話を受けた。

『榎さん! 月麿と連絡が取れましたの。怪しい気配について調べてもらったところ、恐ろしい事態が判明しました』

 慌てた奏の口調からは、鬼気迫るものが感じられた。

『鬼閻を長として崇めていた悪鬼たちが、動き出したそうなのです。鬼閻が倒されたと知り、復讐のために四季姫の皆さんを狙っているかもしれない、と。相手の数も力も、未確認です。どうか、お気をつけて!』

「分かりました。ありがとうございます、奏さん」

 礼を伝えて、榎は電源を切った。

 響は相変わらず、笑顔を浮かべたまま、榎を見ていた。ベストの胸元から、丸い手鏡を取り出した。

「昨日、あなたに拾ってもらった鏡。この銅鏡は特別な力を持っていましてね。手にした人間が、最も会いたい者の姿を映し出してくれるのです。私は父の仇に会いたいと願った。鏡は、一人の少女の姿を捉えた」

 鏡が、榎に翳された。映し出された榎の姿は、昨日と同じ、夏姫だった。

「十二単を身に纏った、美しい姫君。――鬼閻を殺した陰陽師は、あなたですね?」

 響の視線が榎を居抜く。金縛りにあったみたいに、榎の体は硬直した。

「あなたは、何者ですか?」

 何とか、声を搾り出す。響はゆっくりと、テンガロンハットを脱いだ。

 額と、真ん中で分けられた前髪との境に、一本の角が生えていた。

「私の裏の名は、鬼蛇きだ。鬼です」

 鬼閻と同じ。昔から、人間の世に順応して暮らしてきた、鬼の眷属。

「でも、ただの鬼ではない。千年前に邪気に当てられ、それ以降、悪鬼として闇の世界で生きてきた存在。この度、父の跡を継いで、新たなる悪鬼の長になりました」

 父、と聞いて、榎は無意識に納得した。

「私は、鬼閻の息子なのです。子が、親を殺した相手を憎む。当然の流れだ」

 響の表情は、変わらず穏やかだ。

 だが、心の中では、榎に怨みを向けている。

 榎は体の力を抜いた。直立した姿勢で、真摯に響と向き合った。

「悪かった。世の平和を守るためとはいえ、あなたの大切な人を倒した。詫びて済む問題じゃないし、許してもらえるとも思わない」

 相手が鬼閻の肉親なら、怨まれる道理も納得がいくし、素直に受け入れられた。家族を失う苦しみや悲しみは、人も妖怪も、悪鬼だって同じはずだ。その想いを否定してまで、榎の正当性を通そうとは思わない。

 でも、仇だからと、大人しくやられるつもりもない。響が悪鬼として、榎や他の四季姫たちに報復するつもりなら、全力で阻止する。

 互いの気が済むまで、ぶつかるのみだ。

「……あなたの恨みは、あたしが全て受けて立つ。決着をつけよう」

 百合の髪飾りに、手を翳す。

 響は少し困った様子で、掌を向けてきた。

「そう慌てないで。――潔い姫君だな。素直で、やましい面が一つもない。私の行いのほうが、恥ずかしいものに思えてくる」

 制止を促され、榎は戦意を治めた。

「あなたの誠意は、本物だ。父も、あなたに倒されたのであれば、本望だったでしょう。私は、あなたを相手に復讐をするつもりはありません」

 言い草から想像するに、相手の態度に不満があれば、別の道も考えていたのだろう。

 榎は、試されていた。結果、響に許された。

 複雑な心境だが、無益に戦わずに済むのなら、一番いい。

「仇討ちなんて、今の時代に相応しくないでしょう? 私は深淵に潜む悪鬼連中と違い、人間社会に順応して暮らしている。今の生活を、失いたくないのでね。一応、他の悪鬼たちの顔を立てて、あなたを探しに来たに過ぎません」

 爽やかな笑顔に戻り、響は再び帽子を被った。もう、榎には興味をなくしたといわんばかりに、カメラ越しに遠くの山を覗きはじめた。

「ただ、私に四季姫を倒す意思がなくても、他の連中がどう動くかは、保障できません。ご注意を」

 意味深な言葉に、榎は不信感を抱いた。

 奏も、詳しくは未確認だと言っていた。だが間違いなく、響以外にも、四季姫にとって驚異となる者が存在している。

どんな奴らか問いただそうとしたところへ、八咫がすっとんできた。

「夏姫、大変である! 早く来て欲しい!」

 只事ではない様子に、榎も緊張した。

「何かあったのか!? 宵はどうした」

「この先の山中で、四季姫たちが、大勢の悪鬼に襲われておる! 宵月夜さまは一人で何とかしようと奮闘しておられるが、あの人間の体では無理である!」

 榎の体から、血の気が引いた。汗に濡れた体が、急に悪寒を引き起こした。「ほらね」と、響は脇で笑っていた。

「分かった、案内してくれ」

「私も同行させてください。面白いスクープが撮れそうだ」

 駆け出した榎に続いて、響も張り付いてきた。

「見世物じゃないんだ、ついてくるな!」

「四季姫を襲っている存在、私なら何とかできるかもしれませんよ」

 余裕なく怒鳴る榎を、響は飄々と受け流した。

 何もかも、現状を知っているといいたげな響の態度に、苛立った。

「邪魔はしません。ご安心を」

「勝手にしろ!」

 言い合っていても、時間の無駄だ。

 榎は気持ちを切り替えて、八咫の後を追いかけた。

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