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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第二部 四季姫進化の巻
132/331

第十一章 悪鬼奇襲 4

 四

 翌日。

 昨夜、寝付けなかったせいもあって、榎は少し朝寝坊した。

 着替えて食卓に顔を出すと、椿の姿がなかった。

「叔母さん、おはようございます。椿、どこかへ出掛けたんですか?」

 用意してもらった和風の朝食を食べながら、椿の母――桜に尋ねた。

「今日は、早朝から部活の朝練があるって、ずいぶん早うに出掛けて行ったわ」

 椿は吹奏楽部に所属している。夏休みとはいえ、こんなに朝早くからの部活動なんて、珍しかった。

「あたしも、お世話になった施設に、挨拶に行ってきます」

 食事を平らげると、榎も支度を済ませて外へ出た。


 * * *


 榎は一直線に、四季ヶ丘病院にやってきた。

 受付を済ませ、綴の病室の前で立ち止まる。

 名古屋に帰る前に、きちんと挨拶しなければと思っていた。だが、名残惜しさが勝って、延ばし延ばしになっていた。

 椿たちに打ち明けるだけでも、かなりの覚悟が必要だった。綴が相手となると、さらに抵抗は大きかった。

 綴は大人だから、榎の突然の報告にも動じないだろう。正直、綴がどんな反応を見せるのか、想像がつかなかった。

 さも当たり前に、笑顔で別れを告げられでもしたら、榎は立ち直れないかもしれない。想像すると、怖かった。

 もちろん引き止められたって、京都に居続けられるわけもない。でも、どうしても伝える勇気が出なかった。

 だが、今は事情が変わった。気弱になっている場合ではない。

 榎は意を決して、病室の扉をノックした。

 中に入ると、ベッドに上体を起こす綴と、パイプ椅子に腰掛ける奏がいた。

「おはようございます、綴さん、奏さん」

「ごきげんよう、榎さん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」

 二人は、笑顔で榎を迎えてくれた。本当に、落ち着く空間だ。

 しばらく、見舞に来られないのだと思うと、名残惜しかった。

「お二人に、色々、聞いてもらいたい話があるんです」

 軽く挨拶を返して、榎は真剣に切り出した。奏たちも、表情を固くした。

「麿は今、どこにいますか?」

 まず最初に、聞いておきたかった件を尋ねた。

 月麿は封印解除が成功したあと、いつも暮らしていた庵から姿を消した。以来、どこへ行ったのか、榎たちは知らない。

 奏なら、所在を把握しているかも、とんでいた。

「月麿は、京都にいませんの。六本木の、伝師の本社に滞在してもらっています」

 予想通り、奏は月麿の居場所を教えてくれた。まだ、伝師のお膝元に居座っているのか。少し驚いた。

「ですが、麿はもう、伝師の使命からは解放されたのでは?」

 更に尋ねる。奏は頷いた。

「先日の封印解除の際に、月麿に課せられていた伝師の命令は、全て解除されました。ですが、右も左も分からない平安人を、現代に放り出すわけにもいきませんでしょう? しばらく、陰陽術に関する研究の手伝いをしてもらおうと思っていますの」

 突然、自由になっても、月麿はこの時代でどうやって生きていけばいいか、分からない。

 奏なりの親切だ。

 親切心と同時に、奏は月麿に何らかの利用価値を見出している節もあった。月麿を手放したくない、打算的な感情もありそうだった。

「以前、ヘリコプターで東京まで行ってもらった理由も、わが社で進めている研究の協力を依頼するためだったのです。陰陽術の力を科学と融合させて、世の中に役立てるエネルギーに利用できないか、と考えておりますの」

 月麿の持つ、強い陰陽師の神通力。

 奏はその力を、とことん有効利用する気だ。

「研究が進めば、月麿がこの時代にやってくるために使った〝時渡り〟のメカニズムについても解明できるかもしれません。もし、過去に戻る方法が開発できれば、月麿を平安時代に戻してあげられるかも、と思いましたの」

 具体的な説明を聞き、榎は感嘆の声をあげた。

「つまり、現代の人間を過去に飛ばす技術が、生み出せるかもしれないんですね!?」

 榎は興奮した。

 そんな技術が確立すれば、世の中の文明が一気に躍進する。月麿や、朝や宵だって、望めば元の時代へ戻れる。素晴らしい研究だ。

 奏も鼻息が荒い。口調も、だんだん激しくなっていった。

「その通りですわ。やがて、世界で最初のタイムマシンを発明して、伝師の名を地球上に知らしめるのです! 実用化できれば、イベントにレジャーに引っ張りだこ、ガッポガッポ大儲け間違いなしですわ!!」

「奏さん、本音が漏れてます」

 経営の話となると、奏は我を忘れる。先に冷静さを取り戻した榎が指摘すると、奏は恥ずかしそうに咳払いした。

「……なので、しばらくは月麿とは会えませんわ。何か、月麿に御用ですか?」

 月麿に話したかった話は、綴や奏にも聞いてもらわなければならないものだ。

 まだ少し、躊躇いもあった。でもすぐに、話す決心を固めた。

「順を追って、説明しますね」

 榎はまず、京都を離れる旨を報告した。

「名古屋に、お帰りになるの。寂しくなりますわね」

 奏は哀愁漂う顔をした。長い睫毛を伏せて、軽く項垂れた。

 綴は無表情のままで、黙って榎の話を聞いていた。

 心の中で何を思っているのか。分からなくて、榎の不安は増した。

「ですが、今生の別れでもありません。今は親御さんの元で、健全な中学生活を送るべきですわ」

 別れを惜しみながらも、奏は榎の帰省を後押ししてくれた。

「四季姫のみんなも、同じ意見でした。親を心配させるわけにもいかないし、あたしも異論はありません」

 本来なら、この場で別れを告げて、何もかも済んだはずだ。

 だが、榎の中に、素直に引き下がれない問題が起こっていた。

「ただ、一つ気に掛かっていて。昨日から、変な気配に後をつけられている気がするんです」

 西都タワーで感じた、嫌な感覚。

 その気配は、四季が丘に戻ってきてからも、度々感じられていた。

 どこか遠くから、誰かに見られている。おぼろげに気付けても、感知能力の低い榎では、その正体が全く分からなかった。

 榎よりも強い力を持っている楸たちが気付いていない点も、不思議だった。どうして榎だけが、謎の気配に追い回されているのか。

「妖気を探る力は、麿が一番長けているから、気配の正体を教えてもらえたら、と思ったんです。気懸かりを遺したまま、名古屋には帰れません」

 もし、周囲に危害を加える妖怪の仕業なら、夏休みの間に退治しておきたい。京都へやって来て、夏姫として戦いに身を投じてきた、榎なりのけじめだ。

 榎の気持ちを汲んで、奏は同意してくれた。

「遠方にいても、何か感じられるかもしれません。月麿に連絡を取ってみましょう」

 携帯電話を手に、奏は病室を出て行った。

 遠ざかる足音を聞きながら、榎は横目に綴を見た。

 榎が来てから、綴は一言も話さない。ずっと神妙な表情をして、考え込んでいた。

 名古屋へ帰ると報告しても、あまり驚いた顔もしなかった。もしかして、綴は既に知っていたのだろうか。夢で榎の様子を見ていたのかもしれない。

 だとしても、声を掛けてくれない理由は何だろう。

 やっぱり綴の思惑が分からず、榎は苦しくなった。

 問い質してみようかと、口を開きかけた時。

 綴の声に遮られた。

「榎ちゃん。その怪しい気配について、他の四季姫たちは何か言っているのかい?」

 不意を突かれて、口ごもる。気持ちを落ち着けて、榎は首を横に振った。

「みんなは、気配に気付いていなかったので、詳しく話していません。だから尚更、あたしが何とかしなくちゃと思って」

 せっかく平和が戻ったのだから、他の三人に余計な負担は掛けさせたくなかった。

 榎の意見を聞いて、綴は表情を歪めた。

「君は責任感のある娘だ。一人で何とかしたいと頑張る気持ちは分かるよ。でも、もう少し周囲をよく見るべきだ」

 神妙な表情で、注意を促された。

 綴は、一人で問題解決に動こうとする榎を心配してくれていた。同時に、疑問も抱いていた。

「妖怪にしても、悪鬼にしても、特定の人間にだけ気配を向ける技などないんだ。四季姫の妖力を探る力に、大きく差があるとも思えない」

 綴が何をいいたいか、察しがついた。

 やっぱり、妙な気配を榎一人が感じ取るなんて、おかしい。

 指摘を受けた瞬間、榎は一つの答を導き出した。

「みんな、気配に気付いていたのに、知らないフリをしていた……?」

 気持ちが動揺した。他に、考えられない。綴も首を縦に振った。

「四季姫たちは、君に安心して名古屋に帰ってもらいたいから、新しく生じた問題に巻き込みたくなかったんだろう。三人で、何とかしようと考えているかもしれない」

 今朝から、椿の姿を見なかった理由も、今ならば納得できた。榎に内緒で、楸や柊と行動を起こしている可能性が高い。

「でも、相手の正体が分からない以上、別行動は要領が悪い。勝率を高めるためにも、四人で協力して問題に取り組むべきだ」

 綴の言葉は正しい。一人よりも、三人。三人よりも、四人だ。

 榎のために気を遣ってくれた三人のためにも、合流しなければならない。

「みんなを探してきます! 気配の正体について分かったら、連絡をください!」

 一目散に、榎は病院を後にした。

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