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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
124/331

第十章 封印解除 4

 四

 壮大な地響きと地割れに、榎たちは悲鳴をあげた。

 だが、怯えて逃げ回る余裕もない。おぞましい妖気の流れに混じって、くぐもった低い声が辺りに響き渡る。

<許さぬぞ、伝師一族。我を陥れし、陰陽師ども。憎らしや――>

 全身が、鳥肌に覆われる。耳障りの悪い声が、体中の水分を震わせてくる。

 息苦しさと気持ち悪さが、同時に襲ってきた。

 だが、周囲で威嚇する榎たちに、鬼閻は見向きもしない。

 鬼閻の眼球なき二つの穴は、最初からずっと、一点をみつめていた。

<我を封じし、白き妖怪。憎らしや――>

 狙いは最初から、変わっていない。

 朝月夜だ。

 鬼閻の朝月夜に対する怨みは、激しい。千年もの間、力を封じられてきた怒りが、全て向けられていた。

 ゆっくりな歩みだが、鬼閻は確実に朝月夜に近づいていた。

 了生たちは朝月夜を守ろうと、かばっている。だが、了海の作った結界は地割れに壊され、使い物にならなくなっていた。

 朝月夜も、迫りくる鬼閻に対抗しようと、体を起こそうとしていた。

 だが、疲労は激しい。戦うにしても逃げきるにしても、厳しそうだった。

「させないわ。朝月夜さまは、動けないのよ! ――椿が守る!」

 椿が人の集まっている一帯に、防壁を張る。だが、春姫の力だけでは不足だと感じたのか、椿自身も防壁の前に立ちはだかり、鬼閻と対峙した。

 いくら何でも、無謀過ぎる。鬼閻は今も朝月夜だけを見据えながら、腕を振り上げて攻撃態勢に入る。椿や防壁もろとも、ぶち壊すつもりだ。

「椿、無理だ、逃げろ!」

 榎は叫ぶが、間に合わない。助けに入る時間もない。

 椿は両手を広げ、真っ直ぐに鬼閻の攻撃を受け止めようとした。

 強力な拳が、振り降ろされる。

 椿の顔面にぶつかりそうになった瞬間。

 椿の背後から、激しい風が巻き起こった。

 風は物凄い密度に圧縮されて、白く光り輝いていた。風の塊は真っ直ぐに鬼閻の拳に命中し、弾けた。

 その反動で、鬼閻は後ろへ吹き飛ばされた。

「悪鬼の力を、相殺した!?」

 榎たちは驚く。風の影響で、椿も後ろへ飛ばされた。

 椿の体は、地面へ叩き付けられる前に、支えられた。

 宵月夜と、宵月夜に肩を借りて起き上がった、朝月夜が、椿の背中を受け止めていた。

「お怪我、ありませんか」

 緊張から解き放たれ、乱れた息を整える椿に、朝月夜が声を掛ける。

 椿は唖然として、朝月夜を見つめていた。

 やがて、目を細めて、微かに微笑んだ。

「ありがとう、助けてくれて」

 椿に礼を言われ、朝月夜は少し、厳しそうな表情を見せた。

「すみません。僕が、不甲斐ないばかりに、鬼閻を抑え続けられなかった。多くの人を巻き込んで、危険に晒してしまった」

 朝月夜は、封印から出てしまい、鬼閻を解き放った現状を悔いていた。

 椿は首を横に振り、優しく語りかけた。

「あなたの声、ずっと、聞こえていたわ。辛かったでしょう? たった一人で、大変な思いをして。もっと早く、助けてあげたかった。ごめんなさい、椿たちに、力がなかったから」

 今度は、椿が謝りにかかった。辛そうな椿の顔を、朝月夜は興味深そうに覗き込む。

「椿さま、と仰るのですか? ――強く凛々しい。僕の好きな花です」

 朝月夜は、穏やかに微笑んだ。

 椿の顔は、真っ赤に染まっていた。

「封印の中にまで、あなたの声、ずっと届いていました。あなたの優しく勇敢な心。決して、散らせはしません」

 強い輝きを帯びた瞳で、朝月夜は鬼閻を見据えた。一度は倒れた鬼閻だったが、すぐに態勢を立て直して、起き上がる。

「朝、話は後にしろ。もう一撃、行くぞ!」

 宵月夜の声に、朝月夜は頷く。

 両腕を前方に伸ばし、宵月夜は目を閉じて、念じ始めた。

 掌の間に、濃縮された空気の塊が生み出され、激しく渦を巻く。

 宵月夜の手に、後ろから朝月夜が伸ばした手を重ね合わせた。

 瞬間、風の塊がまばゆい閃光を放ちはじめた。さっき、鬼閻を吹き飛ばした、あの光の球だ。

 宵月夜は声を張り上げて勢いを付け、一気に球を投げ飛ばした。風と光の球は再び鬼閻の肩に命中。見事に吹き飛ばし、転倒させた。

「すげえ。宵月夜の奴、あんなに強かったのか……」

「悪鬼にも、攻撃が当たっておるどす。以前は、さっぱりやったのに」

 榎たちは、宵月夜の放つ強大な力に圧倒された。かつての宵月夜の攻撃は、本気をだしても、悪鬼に掠り傷さえ与えられなかったのに。

 今の攻撃は、威力も質も、格段に上がっている。

「朝月夜の力じゃ。朝月夜は、強力な〝悪鬼オニごろし〟の力を持つ、特殊な妖怪。それゆえ、鬼閻の封印の生贄として選ばれた」

 戦いの様子を見守っていた月麿の声が、耳に入る。

「朝月夜と宵月夜は、双子の兄弟。互いの力を共鳴させられるでおじゃる。朝月夜が宵月夜に悪鬼殺しの力を送り込み、宵月夜の技に、悪鬼にも通ずる破壊力を与えておるのじゃ」

 説明を聞き、納得はできた。

「確かに、凄いけれど……」

 だが、榎は素直に、その威力を称賛できなかった。

 激しい攻撃を食らって、鬼閻は倒れた。なのに、再び起き上がったその体に、疲弊はない。

 風の塊を食らった肩が、摩擦を起こして煙をあげているだけだった。

「あんだけ、どえらいもんぶつけても、致命傷にならんのか」

 柊が舌を打ちたくなる気持ちも、分かる。鬼閻からダメージは見受けられず、ピンピンしていた。

「千年もの長きに渡り、鬼閻の力を封じておったのじゃ、朝月夜の力も、弱っておる。妖怪の力では、いくら悪鬼殺しの力を加えても、力が足りぬ」

 多少の威力はあっても、動きを止めるには至らない。かといって、連発できるほど安易な代物でもなさそうだった。二発も連続して風の球を放った宵月夜は、息を乱して膝を折っていた。朝月夜も疲弊が激しく、最早、戦える体ではない。

「鬼閻も、まだ本調子やないやろう? 畳み掛けるなら、今しかないで!」

 月麿の弱気な説明を跳ね返し、柊は戦闘態勢に入った。

「宵月夜はんが作った傷口を狙いましょう! 集中して叩けば、充分、弱点になるどす」

 弱点がなければ、作ればいい。楸はいきり巻いて、弓を構えた。

 矢を放つ。楸の的中率は抜群だ。矢は寸分の狂いもなく、鬼閻の肩に命中した。悪鬼の悲鳴が、周囲に響き渡る。

 続いて、柊も隙を狙って薙刀で切り付けた。一撃目はうまく傷口を開いたが、二撃目からは微妙にズレが生じ、うまく当たらなくなった。

「なんや、微妙な動きで、戦い辛いな。調子を狂わされるわ!」

 舌を打つ。まるで幻影みたいに揺らめいた動きを見せる鬼閻に、柊は手こずっていた。

 鬼閻が、激しい咆哮を放ってきた。悍ましい声は衝撃波となり、襲い掛かってくる。

 直撃を食らった柊は、薙刀で防御するが、勢いに負けて吹き飛ばされた。後ろには、弱りきった双子の妖怪が身動きも取れずにいる。

 榎はすかさず間に割り込み、柊の体を支えた。何とか、激突は免れた。

「二人とも、下がっていろ! 鬼閻は、あたしたちで何とかする!」

 剣を構え直し、榎は二人の妖怪に指示を送った。

「――あなた方が、現在いまの四季姫様、なのすね?」

 息を切らしながらも、朝月夜は榎たちに語りかけてきた。宵月夜から説明を受けたのか、だいたいの現状は、把握している様子だった。

 朝月夜は体を起こし、つたない歩みで、榎の側に寄ってくる。

「お願いします。もう一度、貴女たちの力で、あいつを封印してください! 僕の体を再び使えば、できるはずです。次は、必ず完全な封印を行ってみせます!」

 弱りきった体で、朝月夜は鬼閻の姿を見据えていた。

 覚悟は分かる。気持ちは、充分に伝わってきた。

 だが、榎の返答は、既に決まっていた。

「――断る! あたしたちは、鬼閻を封印するつもりはない!お前をまた、封印の中に閉じ込める気もない」

 朝月夜は一瞬、怯んだ。きっと、榎の言葉など、予想もしていなかったのだろう。

 きっと無茶だ、と思ったに違いない。反論もしたかっただろう。実際、慌てた様子で口を開きかけた。

 だが、そのタイミングを崩される。

「最凶の悪鬼は、この場で倒すのよ。この先、誰も犠牲になんか、させないわ!」

 椿が隣に立ち、朝月夜の発言を遮った。

「あなたも、世界の平和も、四季姫たちの未来も、全部守るの!」

 春姫の声を合図に、四人並び、鬼閻に武器を構える。

 四季姫の決意が、朝月夜にも伝わったのだろう。薄い灰色の眼球が、強く輝きを帯びた。

「皆さんに、お返ししなければならないものがあります」

 朝月夜は、落ち着いた口調で、榎たちに語りかけた。

「僕は千年前の封印のとき、鬼閻を封じる媒体として、四季姫様たちによって選ばれました」

「……ごめんな、辛い思いをさせて」

 他に方法がなかったとはいえ、残酷な行いだったと思う。伝師一族より、むしろ朝月夜こそが、四季姫たちに怨みを抱いても、おかしくないくらいだ。

「昔にも、同じ言葉を頂きましたよ。僕は自らの意志で、封印の手伝いを引き受けたのです。力になれて、光栄だったと思っています。ですから、お謝りにならないでください」

 だが、朝月夜は穏やかに微笑んできた。とても誇らしく、嬉しそうな表情だった。

「以前も、いくら悪鬼殺しの力を持っているとはいえ、僕の実力だけでは鬼閻を押さえつけるには足りませんでした。不甲斐ない僕のために、四季姫様たちは、お持ちの退魔の力を、僕に託して下さったのです。お陰で封印は成功しましたが、四季姫様たちは力の多くを失ってしまった」

 口を動かしつつ、朝月夜は白い着物の胸元を開き、自らの尖った爪で、右胸を突き刺し始めた。

「何をするんだ、いきなり!」

 榎たちは驚いて、止めようとする。だが、苦痛で表情を歪めながらも、朝月夜は手をまるごと、体内へと突っ込んでしまった。開いた傷口からは、当然の如く血が流れる。同時に、強い力を帯びた光が、体内から漏れだしていた。

「僕が預かった、四季姫様たちの力。今、お返しします。この力を使って、鬼閻を倒してください」

 消え入りそうな声を、何とか吐き出す。朝月夜が胸元から腕を引き抜いた瞬間。まばゆい光が体内から飛び出し、四季姫たちを包み込んだ。

「四季姫が残した、力……?」

 光は四方に分散し、榎たちの体へと入り込んできた。まるで、戻る場所が分かっているみたいに、速やかな動きだった。

 体が一気に、熱を帯びる。全身が燃えたぎる感覚。同時に力が漲り、かつ、だるくなった。

「体が、重いどす」

「せやけど、ごっつう、体に馴染んどる気がするわ」

「不思議。頭の中から、歌がたくさん溢れ出してくる!」

 他の三人の体にも、変化は起こっていた。思い思いに力の輪郭を掴んでいた。

 かつて、四季姫たちが朝月夜に託していた力が、時を越えて元の場所へ戻った。

 その様子を見届けた朝月夜は、地面に倒れ込んだ。宵月夜が慌てて抱き留める。

「力の解放は、長くは続きません。どうか、急いで……」

「朝、しっかりしろ!」

 朝月夜の瞼が閉じ、がっくりとうなだれた。宵月夜の声にも、反応しない。

「体力が尽きたんじゃ、はよう、休ませてやらにゃあ」

 了海と了生が、再び防衛の陣を張り直していた。その陣の上に朝月夜を運び込み、寝かせる。

 朝月夜は了海たちに任せておけば、介抱してくれる。

 榎たちは、朝月夜が命懸けで返してくれた力を、無駄なく使わなければならない。

「楸、さっき、悪鬼につけた傷、まだ狙えそうかな?」

「いけるどす。私と椿はんで、サポートするどす」

 鬼閻は、肩に受けた傷を庇いながら、ゆっくりと痛みに耐えている様子だった。

「一気に倒すぞ、全力をぶつける!」

 榎たちは体内から溢れ出てくる強い力を、一斉に繰り出した。

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