第九章 陰陽真相 3
三
成す術もなく、榎たちは月麿の手中に捕らえられた。
「月麿! 乱暴はおやめなさい! これ以上の暴挙は、わたくしが許しません!」
その様子を見ていた奏は、伝師としての主の権限を行使し、月麿に命令をする。
だが、月麿は初めて、奏の指示に逆らった。
「奏姫。ようやく、麿がこの時代へやってきた目的が果たされるのです。貴女の命令とはいえ、従えませぬ。麿は今から、紬姫の悲願を果たさねばならぬのですから!」
「だからって、強引過ぎますわ! 今まで、榎さんたちの成長を見守ってきたあなたが、なぜこんな酷い真似を……。封印解除が、榎さんたちの身にも危害が及ぶ行為であるという話は、本当なのですか!?」
奏の疑問に、月麿は一瞬、躊躇った。
分厚い、たらこ唇を強く噛み締めた後、静かに返答した。
「秋姫が示唆した通り。白神石の封印を解いた時が、四季姫たちの最期でおじゃる」
周囲の空気が変化した。奏の顔から、血の気が引いていく。
榎も、薄れゆく意識の中で、その恐ろしい事実を、何の備えもなく受け止めていた。
榎自身、ショックを受けているのか、どんな感情でその言葉を受け止めたのか、正直、分からない。感情の種類を判別する気力すら、残っていなかった。
みんなも、月麿の言葉を聞いたのだろうか。何を思い、どんな気持ちを抱いているか――。
「では、あなたは最初から、何もかも知っていて……? むしろ、この結果のために、あなたは四季姫を、榎さんたちの力を覚醒させたのですか!?」
「すべては、紬姫の望み。麿はその使命を、忠実に果たすだけでおじゃる」
榎たちの代わりに、奏が抗議してくれる。だが、月麿は動じない。
月麿が聞く耳を持たないと悟り、奏は単独で榎たちを助けようと、月麿に飛びかかった。
だが、別の光の縄に妨害され、背後の杉の木に縛り付けられた。
「四季姫の力は揃ったのじゃ。お主らの魂を制御し、思いのままに操れば、あとは麿の手で封印を解除できるでおじゃる! お主らは大人しく、麿に魂を委ねておればよい!」
「月麿、なぜあなたは、人の命を犠牲にしてまで、白神石の封印解除に拘るのです! 白神石や、中に封じられている朝月夜に、人命よりも価値のある、伝師の繁栄に繋がる力があるとでもいうのですか!?」
手足を封じられても、奏は諦めずに、尽力してくれた。何とか言葉で説得しようと、月麿の隙を窺いながら、話を振っていく。
「仰るとおり。白神石に封じられたものこそ、伝師が求め続けた栄華の象徴! 千年前に、四季姫たちによって封印されなければ、伝師の名は、最強の陰陽師一族として、後世にまで語り継がれておったに違いない。この世のあらゆる命を犠牲にしてでも、手に入れるべき力!」
月麿は興奮しながら、声を張り上げる。だが、奏が望む、月麿の隙や感情の変化は、現れない。
「ですが、白神石は、妖怪たちが隠し持っているはず。今、榎さんたちを捕らえたところで、封印なんて解けませんわ」
「麿とて今まで、何もせずに指を咥えておったわけではありませぬ! 既に白神石は取り返してある! 麿の手の中じゃ」
月麿の背後から、光の縄が、一つの丸い石を、ゴロゴロと転がしてきた。
椿が首から大事に掛けていた、白光勾玉の首飾りが着物の隙間から飛び出し、激しく光を放った。間違いなく、あの石は本物だ。
「てめえ、いつの間に……!」
妖怪たちも、月麿によって盗まれたとは、気付いていなかったらしい。宵月夜は激しく、怒りを露にする。
だが、真正面に楸を人質に取られている以上、攻撃を加えるわけにもいかず、身動きが取れなくなっていた。
「宵月夜。今のお前ごときの力、伝師家にとっては何の害もない。死にたくなければ、大人しくしておれ。――夏姫は、力の解放に限りがある。変身が解ける前に、封印解除の儀を執り行う!」
月麿は、白神石を広場の中央に転がして設置した。
石を取り囲む形で、捉えた榎たち四人を立たせる。
「やめろ、麿……」
意識が、消えそうになる。
榎は最後の力を振り絞り、月麿に訴えかけた。
「抵抗するな、榎。せめて、お主たちを苦しめずに、全てを終わらせてやりたい。お主らは、無事に四季姫として覚醒し、麿のいいつけどおりに、立派に力をつけてくれた。麿のためにと、道を誤らずに、まっすぐに、この時までこぎつけてくれた」
月麿の声は、今までに聞いた覚えのないほど、優しく感じた。
霞む目で、月麿の顔を見た。
月麿は、顔を涙と洟水で、ぐしゃぐしゃにしていた。
「感謝しておる。お主らには、本当に……すまぬ」
月麿の弱々しい声が、頭の中で響く。。
月麿は本当に、榎たちの命を奪うつもりで、四季姫としての覚醒を手助けしてきたのだろうか。
最初はきっと、残忍な心を持っていたのだろう。
でも、今は?
本当に月麿は、白神石の封印を解除したいと思っているのか?
思っているならなぜ、榎たちに詫びるのか。
悲しそうに、泣き顔を見せてまで――。
色々、考えたかった。月麿の口から、本音を聞きたかった。
だが、もう限界だ。榎の意識が、消えかかる。
「その封印解除の儀、止めさせてもらう」
刹那。周囲を覆っていた不穏な空気が、一気に晴れた。
月麿の体が急に、青白い光に包まれて、小さな光の粒が、線香花火みたいに弾け始めた。
月麿は悲鳴をあげて、地面に倒れこむ。
同時に、榎たちを捕らえていた呪縛が解かれ、解放される。
地面に転がりながらも、何とか意識を引き戻し、榎は周囲に目を向ける。
榎たちから少し離れた場所で、了生が錫杖を構えて、印を結んでいた。気配を消し、人目を避けて、呪文を唱えていたのか。
月麿の動きを封じた了生は、素早く榎に駆け寄って、抱き上げてくれた。
「宵月夜、手ぇ貸せ。姫様たちを助ける。俺の張った結界まで運べ」
了生の指示に素直に応じ、宵月夜が楸を、続いて椿を担いで、月麿から距離をとった。
最初に了生が立っていた場所には、大きな陣が描かれ、円形に光を放っていた。
この時を見越して、人目を避けて作っていたのだろうか。
榎たちは、その円の中に寝かされた。光がじんわりと、体を包み込む。
暖かい。ゆっくりとだが、体に力が流れ出し、意識もはっきりしてきた。
「その陣の中におれば、伝師の連中は手出しができん。少し、休んでおいてください」
榎と柊を陣の中に運び込み、了生は錫杖を手に、月麿の前に立ちはだかった。




