八章 Interval~月麿の迷い~
四季姫が揃った。
紆余曲折を経て、ついに月麿の、伝師の長きに渡る切願が果たされる時がやってきた。
あの悲劇から千年。この時代に蘇った四人の姫君たちの姿を眼窩に焼付け、月麿は体を震わせた。
萩が現れた時には、四季姫たちの行く末はどうなることかと、気を揉んだが。
幸い、新たに名乗りを挙げた秋姫――楸は、協調性があり、他の四季姫たちとの関係も深く、すぐに精神を同調させられそうだった。
――条件は揃った、ようやく、白神石の封印が解ける。
喜ばしい話だ。やっと、月麿の最大の使命が、果たされる。伝師の悲願を成就できる瞬間でもある。
なのに、月麿の心は、いまいち晴れない。
月麿にとって、何よりも大切な存在は、伝師一族であるはずなのに。
伝師の長の存在こそが、絶対なのに。
月麿の脳裏には、別の人間の姿が、こびりついて離れなかった。
『あたしは、誰よりも麿を信じているからさ――』
あの、何も知らずに、一生懸命、使命を全うしようと戦ってきた少女の言葉が、ずっと消えない。
誰よりも、月麿を信じてくれている。必要としてくれている。
あのまっすぐで素直な少女の視線が、妙に心臓に食い入って、痛みを覚えた。
このまま、伝師の望みを叶える行為は、榎たち四季姫の信頼を裏切る行為になるのではないだろうか。
微かな迷いが、月麿の中で芽吹き、徐々に大きくなっていく。
だが、今更、後には引けない。
封印の儀を仕損じれば、月麿は間違いなく干される。月麿は、その使命を果たすためだけに、生かされているのだから。
脳裏に、紬姫の姿が浮かんだ。細い、狐みたいな眼をして、月麿を凝視している。
月麿は恐れていた。幾度も夢に見て、魘されてきた。
伝師に見限られる瞬間を。
紬姫の眼中から、存在を抹消されるその時を。
月麿は、紬姫を愛していた。慕う以上に、恐れていた。
狂った恋慕によって、長い間、月麿は伝師に縛り付けられてきた。
だから、逃げられない。必ず、期待に応えなければならなない。
伝師の記憶の中に生き続けてこそ、月麿の人生に始めて、価値が生まれる。
もう、振り向いてはならない。
たどり着く場所にしか、道は向かわない。突き当たる場所に行くまで、歩みは止められない。
月麿は、決心を固めた。




