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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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一章Interval~陰陽師とは~

 春休みの、暖かな昼間。水無月榎は、柄にもなく、部屋に閉じこもって、読書に精を出していた。

 読んでいる本は、活字だった。普段から漫画しか読まない榎が、分厚い文字だらけの本を必死で読んでいるなんて、母の梢が知ったら、卒倒しそうだ。

 榎が読んでいる本は、陰陽師にまつわる本だった。

 月麿がいつも〝おんようじ〟と呼ぶため、何なのかよく分かっていなかったが、〝おんみょうじ〟と言う呼び名なら、榎にも聞き覚えがあった。

 平安時代に存在した役職の一つで、占いなどを主に行う知識や技術を身につけた人たちが、総称してその名で呼ばれていた。当時ではまだ誰にも分からなかった、天気や星の動きを読み取って、未来に起こる出来事を予知した人たちだと言われる。

 政治が乱れ、災害が起こっても原因が分からなかった時代。情勢が不安定になって、人々は生活の不安を、妖怪や悪霊の仕業だと決め付けて、恐れる風習が広がった。その怨霊を退治する役割を請け負った人々が、月麿の言う陰陽師なのだと、何となく分かった。

 読んでいた本には、『妖怪などは、人々が不安のはけ口として作り出した、実在しないもの』と書かれていた。陰陽師は目に見えない何かや災害を予知したり、鎮める〝ふり〟をしていた人たちであると、書かれている本もあった。

 こんな表現をされると、まるで陰陽師がペテン師みたいに思えてきた。榎はいったい、どんな人の生まれ変わりなのだろうか。考えれば考えるほど、分からなくなった。

「えーのちゃん! 何を読んでいるのー?」

 突然、上から本を取り上げられた。部屋に入ってきた従姉の、椿の仕業だった。

「えのちゃん、難しそうな本を読んでいるのね。あっ、でも、陰陽師の本だわ! えのちゃんも、陰陽師が好きなの!?」

「ちょっと、興味があって……。椿は、陰陽師って、知ってるの?」

「当然よ! 椿は、安倍晴明あべのせいめいさまの、大ファンですから!」

「安倍晴明? たしか、その本にも出てきたな。平安時代の有名な陰陽師、だったっけ?」

 聞き覚えのある名前だった。さっきまで読んでいた本にも、代表的な陰陽師として、名前や業績が載っていた。

 椿は嬉しそうに、安倍晴明について、熱く語り始めた。

「晴明さまは、すっごく強いのよ! 呪符を使ったり、式神しきがみを使役して、悪い妖怪をやっつけるの」

 椿の話を聞いていると、まるでゲームの世界だな、と榎は思った。頭の中で、ゲームセンターにある格闘のアーケードゲームみたいな画面で、平安時代の格好をした人がファイティング・ポーズをとっているイメージが、頭の中に浮かんだ。意外と面白そうだった。

「陰陽師の出てくる漫画だったら、椿も持っているわよ。興味があるなら、貸してあげようか?」

「いいの? よければ貸して!」

 文字だらけの本を必死で呼んでいた榎だったが、正直、詰め込みすぎて頭がパンクしそうだった。漫画のほうがイメージも掴みやすいだろうし、絶対に良いに決まっていた。

 椿に連れられて、榎はすぐ隣の、椿の部屋へと案内された。


 * * *


 椿の部屋へは、初めて入れてもらった。

 入った瞬間、まるで別世界に来たのかと思われる感覚に囚われた。

 広さは、榎が借りている部屋とほとんど変わらなかった。だが、床は畳ではなくフローリングに改装してあり、ふかふかの丸いカーペットが、中央に敷いてあった。

 カーペットの上には小さな丸机が置かれて、机上や周囲には、可愛いぬいぐるみがたくさん、並べられていた。

 寝床も、榎みたいに布団ではなく、ベッドが置かれていた。

 マットもシーツもカーテンも。ありとあらゆる装飾品が、ピンク色で統一されていた。

「椿の部屋、なんだか、ピンクだね……。寺の一室とは思えない」

 よその洋風建築の家にでも遊びに来たかと思うほど、激しいギャップだった。あまりに女の子女の子していて、榎は無意識に怯えて、逃げ出しそうになった。

「だって、好きな色だもん。このお部屋だけ、洋風に改装してもらったの。和室なんて、ダサいもの」

 椿は妙に、都会的なものや洋式のものに憧れる感性を持っていた。お寺みたいな、完全に和風の設備が嫌いらしく、とことん反発していた。

 部屋の一角に、本棚が置かれていた。中には、榎はあまり好んで読まない、恋愛話が中心の少女漫画や小説が、ずらりと並んでいた。椿のロマンチストな性格が、選別された本たちからも、見て取れた。

 そんな本棚の末尾に、謎めいた本を発見し、榎は無造作に取り出して、眺めた。

「なに、この本。『標準語の正しい使い方』……」

「キャーやめて! えのちゃん、勝手に部屋のものを、いじらないで!」

 椿は悲鳴を上げながら、榎から本をぶん奪った。恥ずかしそうに頬を染めて、腕の中に大事に隠した。

「そう言えば、椿は京都人なのに、標準語を話すよね」

 最初から、あまり違和感はなかったものの、良く考えてみれば、不自然だった。

「だって、京都弁も関西弁も、格好悪いんだもの。頑張って標準語を覚えたけれど、まだ少し訛りとかがあるから、本を読んで治しているの!」

 わざわざ、本を読んで標準語に直していたのかと思うと、凄い努力だなと思った。

 尚且つ、そこまで嫌がるほど、関西弁は格好悪いだろうかと、疑問も浮かんだ。

 好き嫌いは、各々の性格の問題だから、とやかくは言えない。榎だって、男勝りな自分の性格を、恥ずかしいと思っているのだから、同じかもしれなかった。

 考えを実行に移して、理想を現実にしょうと頑張っている椿のほうが、よほど凄いとも感じた。

「こんな本は、どうでもいいのよ! えのちゃんは、陰陽師の本を見に来たんでしょう!? あったわ、あたしの一番、好きな漫画!」

 必死でお茶を濁し、椿は本棚の別の段から、陰陽師の活躍が描かれた漫画を抜き出して、榎に手渡した。

 榎は受け取った漫画を、簡単に流し読みした。

「漫画のほうが、難しい本より分かりやすいな」

 平安時代の人々の暮らしや、妖怪が現れたときの混乱。加えて、陰陽師が登場して、あらゆる術を駆使して、妖怪を倒していく臨場感。

 いつの間にか、榎は本の世界に引き込まれていった。

 一気に最後まで読みきり、本を閉じたときには、すっかり安倍晴明の魅力の虜になっていた。

「かぁっこいい~。強いな、安倍晴明!」

「素敵でしょう? この前、この本を原作にした、陰陽師の映画がテレビでやっていたのよ! 下のテレビに録画してあるから、一緒に見ない?」

「見る! 早く見よう!」

 椿を急かして、榎は階下へと走っていった。

「えのちゃんもすっかり、晴明さまのファンね」

 椿は満足げに、榎の姿を見て笑っていた。


 * * *


 その日の夜。

 月麿から召集を受けた榎は、こっそりと如月家を抜け出した。

 初めて月麿と出合った山に赴き、月麿が発見した妖怪を相手に、夏姫に変身して、戦った。

 何度も戦いを繰り返していれば、自然と陰陽師としての戦い方が身につき、術の威力も精度も上がっていくと、月麿は説明していた。

 榎は、専用の武器である白銀の両刃の剣を振りかざし、妖怪を退治した。

 もちろん、榎自身は今の戦い方に不満を持ってはいない。だが、技も一つしか使えないし、なんだか陰陽師として、地味だなと考えていた。

 テレビで見た、迫力ある演出の陰陽師映画を見たせいかもしれない。派手な光線や煙などは映画の演出だと理解はしているものの、榎もせっかく陰陽師なのだから、格好良く必殺技など、決めてみたいと思った。

「麿。あたしも、安倍晴明みたいに、式神を召還とか、できないのか? どうすれば、できるようになるんだ?」

 榎は、月麿に尋ねた。瞬間、月麿の表情が歪み、榎を思いっきり睨みつけてきた。 

「安倍晴明じゃと? 伝師家の商売敵じゃぞ、安倍家の真似などせんでよい! 麿たちには、麿たちのやり方があるでおじゃる! ええい、名前を聞いただけで、腹が立つわい。いと、わろし!」

 月麿は、怒って、喚き散らした。伝師家は、安倍家と仲が悪かったらしい。

「商売敵か……。同業者からは嫌われているんだな、安倍晴明」

 作品中でも、身分の高い人やライバルの陰陽師から疎まれたりしていたが、事実なのかもしれない。出る杭は打たれる、というやつだろうか。それだけ、安倍晴明の実力が凄かった証明にもなるが。

「まあ、人真似なんてしなくたって、あたしはあたしなりに強くなって、妖怪を倒せばいいよな!」

 そもそも、そんなに立派だった人の真似をしても、強くなれるとは思えない。榎は考え直して、榎にできる努力をしていこうと決心した。

「うむ! 今後も精進せよ、夏姫!」

 月麿も、榎の意見に満足して、相槌を打った。

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