第八章 秋姫対峙 10
十
宵月夜に部屋から追い出された榎たちは、そろそろ家に帰ろうと、佐々木家の廊下を玄関に向かって歩いていた。
「さっちゃんの家に来てよかったね、えのちゃん。みんな、えのちゃんに味方して、期待してくれているわ」
椿が嬉しそうに語る。榎は複雑な心境で、頬を掻いた。
「プレッシャーがすごいけど……。でもやっと、きちんとけじめがつけられそうだ」
「さっちゃんの意外な一面も知れて、楽しかったしね」
先刻のやり取りを回想して、椿は思い出し笑いを浮かべていた。榎の顔も、つられて綻ぶ。
「確かに。見事なまでに妖怪を飼い慣らしたな。流石は委員長」
きっと、周も、あんなにも宵月夜が心を開いてくれるとは、想像もしていなかったのではないか。最悪、片思いでもいい、と思っていた結果だから、余計に動揺も大きかったのかもしれない。
「でも、仲良くなればなるだけ、何だか切なくなるわね。ずっと一緒にいられないって、分かっているから、尚更」
周と宵月夜の行く末を考えると、いつまでも幸せボケしている気分ではいられない。
世の平和のために、宵月夜は封印しなければならない妖怪だ。
周だって、ちゃんと分かっていた。分かった上で、少しでも宵月夜と距離を縮めようと、理解しようと努力していた。
宵月夜も、気持ちは同じだろう。封印される運命ならば、せめて、遺された僅かな時間で、周との思い出をたくさん作ろうと、躍起になっている。
結果だけ考えれば、切ない話だ。でも、あの二人だったら、何らかの納得のいく答を導き出せそうな気がする。
「……人と妖怪って、どうやっても相容れないものなのかしら。椿の想いも、やっぱり叶わないのかな……」
憂鬱そうに、椿が呟く。
「椿の想いって、何の話?」
「ううん、なんでもないよ! 気にしないで」
意味深な言葉が気になって尋ねるが、勢いよくはぐらかされた。
延々と続く、長い廊下を歩いていると、途中の部屋から何やら怪しい物音が聞こえた。
こっそりと覗き込むと、和室に置かれた和箪笥の中身を漁りまくる、八咫の姿が。
「……八咫、お前、何をしているんだ?」
背後から声を掛けると、八咫は驚いて体を飛び上がらせた。
その拍子に、バサバサと大きな冊子が畳の上に落ちる。
重厚な装丁の、立派なアルバムだった。表紙には、「四季が丘幼稚園」と書かれていた。
「懐かしいー! 幼稚園のときの卒園アルバム!」
椿がアルバムを拾い上げ、楽しそうに捲り始めた。
だが、なぜ八咫は、周の昔のアルバムなんて漁っていたのか。
「我は、宵月夜さまに頼まれて、周どのに関する情報を集めておる。決して、泥棒行為で戸棚を物色などしておらぬゆえ!」
不審な目を向けると、八咫は必死かつ、堂々とした言い訳を嘴から放った。
「泥棒じゃなくたって、勝手に家捜しする奴があるか! 猫探しはどうしたんだよ!?」
「鳥が猫に敵うと思うか、捕まったら食われてしまうわ!」
ご尤もだ。偉そうにふんぞり返って放つ台詞ではないが。
「心配めされるな。猫は他の妖怪たちが総力を挙げて探しておるし、我も動かしたものは、きちんと元の場所に直しておいた!」
「そういう問題か!?」
どうも、泥棒の屁理屈にしか聞こえず、疑問が残る。
「別に、こそこそと探らなくたって、さっちゃんから直接、訊けばいいでしょ?」
椿の指摘に、八咫は複雑な表情で唸りだした。
「むむ、周どのは、自身の過去についてはあまり触れたがらず、聞きだそうと頑張っておる宵月夜さまも、難儀しておられるのだ」
単純に宵月夜がしつこくて閉口してるだけではないのか。でも周のことだから、もしかすると、本当に話したくないのかもしれない。
「人にはさ、知られたくない過去だってあるんだよ。あんまりしつこく詮索していると、委員長に嫌われるぞ」
釘を刺すと、八咫は少し焦って見せた。
「嫌われては困る。致し方ない、宵月夜さまには、もう少し距離を置いて、お付き合いをしていただかねば。宵月夜さまは、突っ走ると見境がなくなる性格が困ったもので」
「ああ、そんな感じだな。見ていて分かった」
手下にまで把握されているくらいだから、宵月夜のしつこさは折り紙つきだ。
周にとっても、奴の性格だけは大誤算だったのではないだろうか。
「さっちゃんって、小学校の低学年の頃、一時だけよそへ転校していった時期があったのよね。その間に何か、話したくない出来事でもあったのかもしれないわ。幼稚園はね、椿と一緒だったの!」
懐かしそうに、卒園アルバムを見て、椿が過去の思い出を語る。
「椿と委員長も、意外と付き合い長いんだね」
やっぱり、地元が同じだと、みんな古い共通した記憶をたくさん持っている。相変わらず接点のない榎は、少し寂しさを感じた。
「あら、この写真、なんだか少し……」
勢いよくページを捲っていた椿が、ふと手を止めた。訝しげな顔で、一枚の写真を凝視していた。榎も気になって、覗き込む。園児全員が写った、集合写真だ。
三段の階段に、たくさんの子供が並んで立っている。二段目の、左端にいる、髪の長い女の子が、恐らく椿だ。右隣に立っている大人しそうな子には、眼鏡は掛けていないが、周の面影がある。
写真の下部が少し、切り取られているのか、短くなっていた。
だが、基本的に何の変哲もない、ただの写真だ。椿は何が気になるのだろうか。
「この写真が、どうかしたの? 椿」
「ううん、何でもないよ! そろそろ夕方だし、帰りましょ、えのちゃん!」
尋ねると、またしても、強引に話を打ち切られた。椿はアルバムを八咫に返して、そそくさと玄関へ走って行く。
「椿って、隠し事が多いのかな……?」
以前はもっと、色々と私情について話してくれたのに。最近はよく、いろんな場面で、はぐらかされる。
反抗期か? そんなお年頃、なのだろうか。
椿の慌てる背中を見つめ、榎はちょっぴり、切なく感じた。




