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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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第八章 秋姫対峙 9

 取引をしろ――。

 宵月夜の言葉に、榎は体を強張らせた。

「取引って、何を望んでいるんだ?」

 慎重に尋ね返す。

 宵月夜は少し目を伏せた。その表情からは、様々な葛藤が読み取れた。隣では、周も複雑そうな面持ちで、宵月夜の横顔を見ている。

「俺の命と引き換えに、秋姫の命を絶て。お前らが秋姫の存在に始末をつけてくれるならば、俺は二度と、抵抗しない。煮るなり焼くなり、好きにしていい」

 想像もしていなかった言葉に、榎は声を詰まらせた。

「お前、本気で言っているのか!?」

「冗談で、こんな話ができるか。今の俺の力では、秋姫には敵わない。万が一、俺が奴に狩られれば、この先、下等妖怪たちが生き残れる望みはない。……千年前の二の舞だ。俺はまた、何もできずに、多くの大切なものを失う羽目になる。もう、絶対に嫌だ」

 宵月夜は項垂れた。成す術もなく封印された千年前の記憶を思い出し、表情を歪めていた。

「どうせ、この世界から弾かれる運命ならば、せめて悔いなくありたい」

 秋姫――萩に、全ての妖怪もろとも滅ぼされるくらいなら、せめて己と引き換えに、仲間の無事だけでも確保したい。

 悩み抜いて辿りついた、宵月夜の最大の決断だった。

「もちろん、流石に、命のやり取りなんて、重すぎる表現どす。榎はんに、宵月夜はんや萩はんを殺せ、なんていうておるわけではないんどす。要するに、萩はんが今後、いっさい妖怪はんたちに対して虐殺を行わないように制御してくれたら、宵月夜はんは何の抵抗もせず、大人しく四季姫はんたちに封印される、と仰っておるんどす」

 何も言い返せずに、固まっていた榎に、周が慌てて補足を加えた。柔らかい説明を挟んでもらえると、突然のショックも、少し和らいだ。

 おそらく、そんな意外な案を提案した張本人は、周だろう。妖怪たちの苦悩や榎たちが抱える問題を考慮して、少しでも妖怪たちを満足させ、榎たちが行動しやすくなるように、考えてくれたに違いない。

「川原での榎はんたちのやりとり、私も見させていただきました。他の、妖怪はんたちも一緒にです。榎はんが、萩はんに果敢に挑んでくださる姿を見て、妖怪はんたちは榎はんに、一縷の望みを賭けておられるんどす」

 気付いて、周囲を見渡せば、部屋の中にはたくさんの妖怪たちが集まっていた。榎たちを囲んで輪になり、みんなが、榎を見ていた。

「あの秋姫が四季姫たちの主導権を握れば、我らは成す術もなく、滅ぼされる。だが、夏姫が秋姫を押さえ込んでくれるのならば、少なくとも、我らの命は保障されよう。してくれるであろう? 夏姫ならば、きっと、必ずや!」

 代表して、八咫が榎の側で、妖怪たちの考えを代弁した。必死の形相に、榎は何も反応できなかった。

「夏姫よ! どうか、どうか秋姫を倒してくだされ! さすれば我らはもう、どんな理由があろうとも、人間を襲ったりはせぬ! どうか、我らに救いを!」

 八咫は大きく翼を広げ、土下座してきた。周囲の妖怪たちも、口々に「救いを!」と叫びながら、畳の床に平伏していく。

「お前ら……。そこまで、追い詰められていたのか」

 本来なら敵である榎に縋らなくてはならないほど、妖怪たちは苦しんでいた。萩の存在が、妖怪たちにとって、凄まじい脅威になっているのだと知り、榎の決心も、更に固くなった。

 榎はそっと、八咫の頭を撫でた。

「誰かにいわれなくたって、あたしは萩を止める。放っておけば、あいつの身勝手な欲求を満たすために、悪い妖怪だけでなく、罪もない命までもが脅かされる。絶対に、考えを改めさせなくちゃいけないんだ」

 周囲の妖怪たちに向かって、榎はゆっくりと、考えを語った。

「任せておけ、なんて、無責任な発言はできない。妖怪たちの期待を一心に背負うつもりはないけれど、あたしの行動が、その結果が、妖怪たちの希望に繋がるのならば――。祈っていて欲しい。あたしたちと、お前たちの望みは、同じのはずだから」

 榎は、宵月夜に視線を送った。受け止めた宵月夜は、黒い瞳に強い光を宿し、大きく頷いた。

「全て、お前に託す」

 やり取りを聞いていた妖怪たちは、一斉に大歓声を上げた。

「ありがたやー! 感謝、感激、大感謝!」

「大袈裟だな……。少し落ち着けって」

 家が壊れるのではないかと思うほどの騒ぎに、流石に榎も怖くなり、妖怪たちを鎮めた。

「ただ、一つだけ問題があって。委員長に、相談したかったんだけれど、いいかな?」

 榎は周に、どうやってうまく萩と接触できるか、思うところを話してみた。

「みんなも見ていたなら、知っているだろう? 萩が、死んだ猫に術をかけて、妖怪に変貌させた」

 川原での出来事を思い出させる。周も妖怪たちも、頷いていた。

「この世の妖怪の多くは、本来は生物であったものたちが妖力を得た存在。自然と力を得るものもあれば、この世への恨み辛みを積み重ねて進化を遂げるものもいる。その中でも、人為的に憎悪を寄せ集められて作られる妖怪は、最も性質が悪い。禁忌の所業といえる。その非業を陰陽師が行うなど、なんと浅ましき悪事か! 許せぬ!」

 八咫が怒りを露にする。妖怪たちの怒りも、よく分かる。

「何とかして、放たれた、あの猫を見つけだせないかな。その猫が、萩への恨みの妖気を放っているならば、必ず萩は、猫の下へやってくるはずだ」

「つまり、萩はんをこちらのテリトリーにおびき寄せるために、その猫の力を利用するんどすな? 少しでも有利に戦うには、通用する方法やと思います」

 周は榎の考えに納得して、同意してくれた。

「もちろん、保護した後は、ちゃんと憎悪の力から解き放ってあげないといけないしね。ただ、どうやって見つけ出せばいいのか、分からなくて」

 何かいい知恵はないか、と尋ねたかったわけだが。

「なら、その猫は俺たちが今日中に捕まえておく」

 榎の深刻な悩みは、宵月夜の鶴の一声で、あっさりと解決した。

「本当か、助かるよ! ありがとう、宵月夜」

 妖怪を探すなら、妖怪が一番適任、というわけだ。榎は喜んで、宵月夜に心から礼を伝えた。

 榎に感謝された宵月夜は、虚を突かれたみたいに体を強張らせていた。少し照れている気もした。

「別に、夏姫のために動くわけじゃねえ! 結果的に、俺と周のためになるから、やるんだ。面倒ごとはさっさと終わらせて、周と二人になりたいからな!」

 照れ隠しか、裏返った声を張り上げて、宵月夜はそっぽを向いた。

「では、皆のもの! 急いで猫を探索に向かえ! 遠くには行っていないはずだ」

 八咫の合図で、妖怪たちは一斉に外へと飛び出していった。あれだけの数で捜索すれば、すぐに見つかるだろう。

 決戦の準備は、整いつつあった。

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