「始まりの噺」
初めましての人は初めまして、Kyontyuです。今回は完全に衝動書き、しかも短い。まぁ、ちょっと空いた時間に読んで頂ければ幸いです。では、始まります。
「始まりの噺」
例にもよって茶色いよれよれのコートを着た彼女は盛大に頭頂にあるアホ毛と長い黒髪をなびかせ、後ろに乗っている僕はその髪の流れに巻き込まれんと顔を横にずらしている。僕らを乗せたバイク(サイドカー付き)は森の中の道を走っていた。暖かな木漏れ日が道を照らしている。
すると彼女が突然ゴーグルを掛けた顔でこちらを向き、口を開いた。
「そういえば、私と出会った時って、どんな感じだったけ?」
「え、なんだよ急に」
「別にいいじゃん。次のポリスまで暇だし」
しばらく口をつぐんだあと、僕は口を開いた。
「ん~、確かあれは僕がポリスから抜け出した時だったな」
あの時……確か曇りの日だ。僕は両親と大げんかして、家を出、ポリスを出た。全く、アホみたいだったよ。寝巻の上に上着を着て、食糧を詰め込んだリュックを背負って跳び出したんだ。その時、サイドカー付のバイクにもたれかかって今にも餓死しそうな茶色いコートを着た女の子を見つけた。そう、君のことだよ。
「あ、あの~。大丈夫ですか?」
目は固く閉じられており、返事は帰ってこない。バイクは移動に使えそうなので、調べてみた。
「燃料もあるし、タイヤもパンクしていないな」
僕はもたれかかっていた少女をどかそうとした。そしてそかす為に少女の肩を掴むと、急に少女が目を見開き、僕に覆いかぶさった――まるで獲物を待っていたアリジゴクのように。
「食べ物! 食べ物はある!?」
「え、た、食べ物……?」
少女は激しく首肯した。
僕はリュックの中から父の倉庫から盗んだ携帯食糧を取り出し、少女に手渡す。
少女はそれをひったくるとペタンと座りこんで包装を乱暴に引きちぎって食べ始めた。
「おいしいか、それ?」
「うん、うん」
少女は幸せな顔をしながら食べ続ける。携帯食糧はぼそぼそしていて個人的には好きではない。少女はそれを食べ終えるとおなかをさすりながら口を開いた。
「ねぇ、ちょっとだけ、私を手伝ってくれない?」
僕はしばらく考えたあと、特にやることもないので彼女を手伝うことにした。
すると少女はバイクの後輪部にあるシャベルを二本持ってきて、一本を僕に手渡して森の中に歩き始めた。
「ねぇ、君の名前は?」僕はついていきながら訊ねる。
「えーと、確か……か、か、カトレア!」
「確かって……自分の名前だろ?」
「でも、あまり自分の名前を使わないから」
そういうとカトレアはぎこちなく笑った。うん、なんとなく可愛いかも。
すると何かの腐ったような、生臭い匂いが漂い始めた。僕は思わず鼻をつまむ。
「うっ……そういえば、スコップなんて持って何するのさ」
するとカトレアは当然といった顔でこちらを向いて口を開く。
「ん、埋葬」
「埋葬って……」
カトレアが立ち止まり、僕は彼女の背中にぶつかってしまった。
「おっと、ごめ――」
前を向くと、そこには大量のヒトの死体が散乱していた。その奥には大きなトラックが止まっている。森の中で、しかも曇りの日、ますます不気味さが増している。
「ヒッ……」と、小さな叫び声をあげて後ずさる。
「き、君は、人を、殺したの?」
恐る恐る訊ねてみると彼女は何も言わずシャベルで穴を掘り始めた。
「ほら、早く手伝ってよ」
「う、うん……」
今までの時点では気づいていなかったが、彼女の両腰には一対の細い鞘がぶら下がっていた。命令に逆らえば何をされるかも分からない状態で僕は穴掘りを続けた。
そして掘り続けること数十分。とりあえず地面に横たわっている死体の数だけは確保できた。
「よし、もう大丈夫か。あ、そういえば、君の名前って何だっけ?」
カトレアは立ち上がって腕で額の汗を拭きとるようなしぐさをした後、僕に訊ねてきた。
「いや、名乗ってないけどさ……僕の名前はケルムだ」
「そうか! ケルムか! じゃあ、ケルム、トラックの荷台のドアを開けて!」
「あ、ああ。わかったよ」
荷台の扉の前に立った僕は生唾を飲み込み、扉を開けた。それと同時に腐乱臭が鼻を突く。しかし、奥にいたのは一糸も纏っていない小学生くらいの女の子が首輪をつけられ、荷台に括りつけられていた。
「えっ……?」
「中に女の子いた?」
死体を埋葬していたカトレアが大声で呼びかけてきた。
「え、ああ!」
僕は急いで少女の首輪を外し、僕の上着を着せてやった。
よほど辛い目に遭ったのか、少女は言葉一つ発しなかった。
「カトレア、もしかしてこの娘を助ける為に……?」
しゃがみながら完成した墓に死体の所持品をのせる作業をしているカトレアの元に少女を連れて来た。
「うん。だって大人が小さい子供をいじめるのはダメでしょ? だからこうやって埋葬してあげるの」
「そうか……でも、この女の子は?」
僕は女の子を見た。まだ幼い。本来ならば僕のポリスで学校に行っているぐらいの年齢だろう。
カトレアは短く合掌したあと立ちあがった。
「じゃあ、君のポリスに置いてけば?」
「え、でも、僕は家出したばっかだし……」
「……門の前に置いとけばいいじゃない」
「まぁ、それなら門番が見つけて匿ってくれるかもしれないな」
「よし、それで行こう!」
「分かった」と、僕は頷いて少女を連れ、カトレアと一緒に森を抜け、門の前に立った。
僕はしゃがんで少女の顔を覗き込んだ。
「君、ここのポリスの人達はみんなやさしいから、誰かが拾ってくれるよ……無責任で悪いけど、僕はもう戻らないって決めたんだ――」
女の子の頭をそっと撫でて立ち上がる。
「――分かったね?」
女の子は名残惜しそうにゆっくり首肯し、カトレアの足元に抱きついた。
「じゃあね」
カトレアが女の子を離させると僕らは彼女に手を振った。女の子も手を振り返してくれた。
「……さて、ケルムは今から行く場所があるの?」
その言葉に僕は文字通りギクリとなった。
「い、いや……ないけど」
「そう、じゃ、一緒に来る?」
「え、ホント!?」
沈んでいた僕の心はカトレアの一言によって急上昇した。
「うん。でもその服、ダサいから、次のポリスでなんか買わなきゃね」
「た、確かに……」僕は俯く。
こうして、僕らの宛の無い旅が始まったのだった。
「ん、終わりか」
「うん、終わり」
既に夕日は傾き始めていた。
「ポリスに着かないねぇ」
「確かに」
「途中までは良かったんだけどさ。最後のアレはいらない」
「そうかな? なかなかかっこいいと思うんだけど」
「いや、いらない」
「……そうか」
何だか今日は疲れたが、次のポリスまで遠い。きっと今日も野宿だろう。そう思うと溜息が出た。