福引の特賞が異世界旅行でした(ただし片道っぽいです)
「……もう私には何も残っていない……」リーズナブルな値段設定が特徴である、チェーン店の居酒屋で一人、お酒を飲んでいる彼は、結構暇そうにしている、立派ななおひげが自慢の店長に半ば独り言のように語りかけています。
「大手の塾に生徒を奪われつづけ、とうとう生徒数は0に、共同経営者だった彼女は、別の男と一緒になって去って行った……。退職金がわりに残った資金を持って……ああ、大丈夫、ここの支払いくらいは、もってるから」のみ逃げする気だろうか?という疑惑の視線を向けた店長にこたえる彼。
「もう、未来が見えないよ、どうしたものかな……とりあえずもう一杯くださいな」力なく次の飲み物を注文しています。
「……旦那、飲みすぎですよ」一応顔見知りではある、酔客に忠告はしつつ、両手で注文品を出す店長さん。
「飲まずにはやってられないのですよ」
「……じゃあ、どうですだんな、厄落としといっちゃなんですが、ちょっとした運試しでもしちゃーどうです」
「?」
と、いうことで、彼は居酒屋の店長に商店街でやっている福引の、チケットを一枚もらいました。いい加減に酔っていますので、足取りは少し不確かですが、たしかこちらの方だったよなと、福引所へと歩いていきます。あちらへふらふら、こちらへふらふら、日も落ちて、暗くなってきていますが、夜に出かけるのには慣れていますから、あまり苦労せずに、薄明りに浮かぶ福引所を見つけます。
安っぽい法被を着た、顔が白いおひげだらけの老人が、ひっそりと、手招きをしています。
「福引は、こっちだよ、おにーさん、こっちにいらっしゃい」白いおひげに埋もれた笑顔で、男を呼びました。
「にゃんだこれ、にゃんだか、さびれているなー。さすがシャッター街の商店街」ろれつが回らなくなってきている、男が、少々悪意をこめていいます。確かに、福引所には老人と男しかいません。
「たはは、正直だねー。そろそろ最後にしようとしていたのは確かだよ……おっと、確かに福引券はおもちですな。っと、っと、ふらふらしてるから受け取りにくいよ」彼から、福引券を受け取った老人は、がらがらと回して、いろいろな色の玉がでる、抽選機を男に勧めます。
「一回くるっと回して御覧なさい。虹のごとくいろいろご用意してますよ、何色がおでましになるかは、大明神のおなぐさみ……」と調子よく、しゃべります。
「とっと、ここだな、これが持ち手と。さて、残っている景品はと、テレビ、扇風機、即席めん一年分に、防災セットに、のみとり首輪……は、当確済みか。おっと、特賞は招待旅行か?なになに、『まるで見たことのない異世界へご招待』とはなんとも大げさなうたい文句だねー」
「お兄さんよくしゃべるねー。まあ、まあ、とにもかくにも、ずいっと、ころっと、回して出してごらんよ。はずれはないよ、全部あたり」
「でわでわ、よっと」がらがらと抽選機が一回りいたします。
ころころとバットに転がりでた色は、
「おおっと、これは大当たり!虹色の玉は特賞の招待旅行ですな!」からんからんとベルの音。くわんくわんと、頭が揺れる。白いおひげだらけの老人が、くわっと口を開いて笑う。
ぐるり、ぐるりと、『がらぽん』がまわる。がらんがらんと音がする。彼はくるくる回る目で、その回転をのぞいています。
「ほええ、私の運も、なかなか、だったわけだ……、で、どこへ招待してくるんかなぁ?」ちょっと笑いながら、男が言います。
「あなたが向かうは那辺の彼方、薄くて厚い銀幕越えて、入り込むのは”冒険”の世界!」ちょっと歌うように言うご老人。
「ほうほう、それではいついつでやる」のって応える酔っ払い。
「一年、ひと月、ちと遠い、週の一巡まどろこしい、あさって、明日でもまだ待てぬ、行くならもちろん、今でしょう!」
ぐるんぐるんとがらがらまわる。ぐるんぐるんと、視界が回る。ぐるんぐるんと薄闇が回る。ぐるんぐるん……ぐるんぐるん……ぐるんぐるん……。
酔いが醒めて、気がつくと、そこは彼の知らない世界でした。
それから少しごたごたがありまして、当座の寝床を確保した彼は、月夜の散歩中でありました。最近お気に入りの順路をひょいひょいと歩きます。興味の惹かれるモノを求めてふらふらと。その視界に重なるように見ている対象の情報が、文字として表示されていきます。正式な(世間的に認められている共通認識な)名称や、その使用方法、購入価格、作動年数、などなど……。
白い大きな建物に近づいて、”魔法”で身体を身軽にして、高い位置にある窓へと、飛び上がります。こんこんとノックをすると中から「開いてますよ」と少女の声がします。からりと、窓を開け、入り込む彼です。
「いらっしゃい、妖精さん」白い大きなベットの上に、異世界の少女が身を起こして彼を見て言いました。
「やあ、こんばんはお嬢さん」彼は、異世界の少女の”情報”をいつもの通りに読み取ります。先日少女にあってから僅かに体力が落ちているようです。その原因は……というと、彼女の”ステータス”-----status、語源では”状態”を意味しますが、昨今では人物の状態を表すデータのことを意味します-----によると、体調不良の原因は”呪い”という状態異常のようです。
「相変わらず、ここのお医者さんは、薮ですね〜」未だにその状態異常を治していない、お医者さんに愚痴をこぼす彼でありました。
「そんなことは言わないで……先生達、一生懸命してくださっているのに……」悲しそうな声で言う少女さんでした。
「うん、でも結果がともなっていないよね?」さらりと毒を吐く妖精と呼ばれた彼です「えっとね、君を悲しませたいわけじゃないんだ、でもね、自分でもわかるよね?このままだと、次の新月まで、君の身体はもたないよ?」心配そうな声で言う彼です。
「……うん、そうかもしれない、でもまだ迷っているのです。普通の人として最後を迎えたいかな?とか」
「べつに、無理強いするきはないよ、それはそれで、お嬢さんの選択ですからね。ただ、ちょっともったいないかな?」
「なにが?」
「ううん、なんでもないや。それに、ここのお医者さんが治してくれる可能性も0じゃないしね」
「そうだね……。ねえ、妖精さん、また、妖精さんの国の話をしてくれる?」
「いいとも、でも少しだけだよ?お嬢さんが疲れてしまうからね」月明かりの下、妖精さんとよばれた異世界への来訪者は、異世界の少女へ、面白おかしく自身の世界を語るのでした。
まずい、まずい、まずい……。彼は夜の街を走ります。焦って浮かぶ単語は”まずい”の一種類。異世界を訪れた彼は、その各種”情報(status)”を見ることのできる技術で、いろいろと異世界の調査をしていました。そして、このままでは、異世界の少女の”呪い”がどうしようもないことを知ったのです。
「まったく希望がない状態じゃないかこの世界での”呪い”は、最初から知っていれば、強引にやっていたものを」急がなくっちゃ、急がなくっちゃ、したたたた、と地面をけり、走りつづける彼を、見下ろす月は大分かけています。そろそろ月齢は新月へと近づいてきています。
それは、異世界の少女がこの世に存在するリミットが近づいてきていることを意味していました。
彼は、”魔法”で彼女のベッド横へと忍び込みます。彼女は、いろいろな延命装置につながれて、ベットの上で朦朧としていました。
「お嬢さん、お嬢さん、まだ意識はあるかい?」彼の問いかけに、熱っぽい目が答えます。
「……ようせいさん?」力ない声が聞こえます。
『しゃべらないでいいよ、心どうしを直接繋げたから』
『不思議な感覚……わたし妖精さんとつながっているの……これなら寂しくないね……』
『うん、でも時間がないから、ちょっと手短に要件を言うね、僕と契約して、”魔女”になってくれないか?』
『どうして……?私は人間として終わりを迎えたいのに、そんなことを言うの?』
『それは、このままだと、人としても終われないからなんだよ……よく聞いて、この世界には”魔法”とか”奇跡”とかがないんだ』
『?』
『”呪い”の源に対抗できるものがないんだよ、世界には!このままだと、君の”魂”は、”呪い”の源へ、取り込まれてれてしまう』
『どういうことなのでしょう?』
『普通なら、人の霊魂は世界のシステムに守られて、世界へと還っていくんだ、普通の”私のいた世界”なら!でも、この異世界では、その、魂を保全して、世界へ還元するシステムが働いていない!もともと無いのか、機能不全を起こして止まっているのか、もしかすると、わずかには働いていて、私に感知できないだけかもしれないけど』
『ただ、消えることもできないの……そんなのひどいよ』
『ひどすぎるよ、でも事実このままだと、君は呪いの源へと取り込まれて、次の犠牲者を”堕とす”ための、燃料へとされるんだよ。なんだよこれ、”魂”を汚すほうのシステムは起動しているのに、対抗種が全然働いていない!』
『うん、妖精さんの言葉、嘘じゃないのはわかる……ねえ、まだ間に合うよね……』
『そのために私が来たんだ、いいよね?』
『……うん、お願いします』
契約の為の魔法が彼女を包みます、そして同時にその膨大な魔力、霊子力の契約時の余波で、彼女を蝕んでいた”呪い”が吹き飛ばされていきます。
彼女の目からは、悲哀と歓喜があい混ざった、涙が少しこぼれていました。
こうして、少女は彼と契約して”魔女”へと成ったのでありました。
夜の街です、高い建築途中のビルの上、一人の少女が黒いマントと三角帽子を身に着けて、片膝立てて座っています。傍らに置いているのは、”箒”型のガジェットです。
「どうしたのさ、”魔女”のお嬢さん、なにを思っているのかな」彼の声が少女の後ろから響きます。
「魔女になった日を思い出していたのですよ、”妖精さん”」
「これは、また懐かしい呼び名ですね」懐かしいと目を細める彼です。
「あの時、もう少し余裕があれば、どうなっていたかな……って思ってしまいまして」
「そうだね、私も異世界にいきなり放り込まれて、右往左往していましたからねー。ここまで、不便で歪な世界だとは思わなかったのですよ」
「電力を中心にした、物質文明の突出。霊子力に関しては、概念すら生まれていないというアンバランスな世界……でしたっけ?」
「そう、普通の世界は物質と魂、その両方の車が世の中をスムーズに進めていくはずなのに、片方の物質的な技術のみ突出している、変な世界ですよ、ここは。まさに異世界」
「最初は大分苦労したんでしょ?妖精さん?」くすくす笑いながら、少女は言います。
「ほんとうですよ、魔法どころか、基本的な技術である、”ステータス閲覧”すらない世界ってどうなの?って思いましたよ。自分の能力が客観的に観測できななんて、歪にもほどがあります」あきれた口調の彼です。
「いえ、それが、この世界の普通ですから」
「それでどうやって、自身の研鑚をしていたのか……そのモチベーションを維持するのは大変だったでしょうね」
「うん、そうだね、自分の努力が見えづらいから、挫折しやすい……という人も多いと思うよ」
「私は前にも言いましたけど、教育現場の人だったんですよ、この世界でそういうお仕事は大変だろうな……。適切なアドバイスが勘頼りというのはどうなんだろう?」
「困ったことといえば、”魔法”だね。物理的に何かに干渉する魔法は問題なかったんだけど”魂”にかかわるものはどうにも位相が違うのか干渉できなかったんだよね」
「だから、妖精さんは”魔女”を、世界に働きかけるデバイスとしての存在を必要とした、のでしたよね」
「そうだね”魔女”とは私と契約をして、私の魔法を世界に働きかけるための”扉”とする特別な魔法……世界の揺らぎの隙間に立つ、”人非ざるもの”へと存在を変える法」
「……そして、妖精さんとつながる魔法……、私の全てが、あなたのものになる素敵な魔法……」
「まあ、自由意思めいたものは残るものの、決定的な意思決定は私に移ってしまいましたね、この魔法の本質が従属ですからねー」
「私は妖精さんが自由にできる”もの”なのよね」うっとりと笑う少女さんでありました。
「まあ、まず嫌がることはしないけどね」
「少しものたりない気も、いたしますわね」妖しい笑みを浮かべる少女さん。
「体毛のない異性には興味がないんだよね」あっさりと言う彼でした。
「それで、あちらさんの動きはどうかしら?」少女は、夜の街を見つめます。
「うん、”呪い”は”天使”かな?天使の国へ魂を運ぶ、というシステムが暴走しているね。”天使”自身、自らを維持する霊子力がシステムより供給されてないから、死者の魂を取り込んで維持しようとしているみたい」
「じゃあ、狩ればいいのね?」
「そうだね、そろそろ急がないとあの孤児院、子供たちが全滅しそうだ」
「まあ、大変ですね、それでは急ぎましょうね」ひょいと、少女は彼を抱きかかえます。
「うん、自分で飛べるけどね私」
「いいじゃないですか、楽ですよ?それにこうやって抱かれて、運ばれるの好きでしょ?」
「否定はしないよ、”魔女”さん」
彼は、黒い毛並の四肢から、力を抜いて、だらんと、抱かれます。そして、ひと声、「にゃあ」となくのです。
夜の空、小柄な”黒猫”を胸に抱いて、箒にのった三角帽子の少女が、飛んでいきます。
なぜか狂ってしまった、この異世界の、”魂”循環システムを修繕するために。
世界で唯一の”魔女”は、他の世界から迷い込んだ、黒猫姿の来訪者とともに、頑張っているのです。