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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
二幕『人間を否定する人間』
9/60

『届いた不穏』



柊学園学生寮は、第四中央駅から三つ進んだ柊学園学生寮前駅に隣接する。

殆どの学園生徒はその学生寮で生活しているわけだが、中には別の場所で生活をしている生徒もいる。

例えば木葉詠真。

彼は中学に上がった時から、第八区の一般居住区で妹と二人で暮らしていた。

現在は一人暮らしになってしまったが、変わらず同じ家で生活している。

故に、学生寮で生活する輝達とは帰る方向が違うことになんら不思議はない。

だが。


「なんだあいつら……」


輝は電車の中でボソリと呟いた。

あいつら、というのは、駅で別れた詠真と鈴奈の事を指していた。


「舞川さんが戻ってきて以来、ずっと一緒に帰ってる……」


「鈴奈ちゃん、前は学生寮で生活してたんだけど、今は八区のマンションに住んでるんだって」


花織は二人を怪しんでいる様子はない。

同じ区に住む友達同士が一緒の方向へ帰っていく、なんら不思議はない。

ないのだが、輝は何か引っかかる。

詠真は鈴奈が戻ってきてから、どこか嬉しそうな表情を浮かべる時がある。

鈴奈は前より柔らかく、というよりかは人と接する時の壁がなくなった。

学校で噂になっている二人の関係。

そして、言えない二人の秘密。

輝はこれらの情報を整理することで、一つの結論を導き出した。

それは。


「あいつら、まさか同棲とか……」


同棲という言葉に美沙音が過剰に反応し、輝の肩をガシッと掴んだ。

その瞳は爛々と輝いていた。


「どこ情報ですそれ!?」


「い、いや……俺の予測だけど……」


「行きましょう今すぐ! 決定的現場を取り押さえましょう! 二人の熱愛発覚なんて、あぁ私どうにかなっちゃいそうですぅ」


恍惚な表情を浮かべ、周りの視線など気にせず身を搔き抱く美沙音。

美沙音はなんというか、少し変だ。

自分の恋愛には無関心だが、こと友達同士の恋愛に関しては、過剰なまでに興味を示す。

仲の良い友達ほどその興味は増す。

そして熱愛が発覚すれば、大切な人を寝取られた気持ちになり興奮してしまう。

要は、変態である。

おっとりした顔立ちに柔らかい雰囲気。

しかも胸が大きいーFカップらしいーという、男子の願望を詰め込んだような女性なのに、この凄まじい変態性が彼女を残念美少女枠に堕とし込んでいた。


「次の駅で降りましょう! 引き返して追いかけましょう!」


ここが電車内だということを忘れ、本能のままに興奮している美沙音の首に、輝がそっと手を押し当てる。

輝の手から青白い電気が迸った。


「にゃっ……」


美沙音の体が一瞬痙攣し、恍惚な表情を顔に張り付けたまま気絶。

倒れる美沙音の体を輝が支え、代わりに花織が周囲の乗客に頭を下げる。

程なくして車内は静けさを取り戻し、美沙音の体を空いている座席に座らせた。

輝は電車の窓から流れる景色に目をやりながら、死にそうな顔でぼやいた。


「もし本当に同棲してたら……羨ましくて俺死んじゃう……」



☆☆☆☆



「う…ん………ん!!?」


ウィルは肩に重さを感じて起きると、美沙音が自分に凭れかかって眠っていた事に心拍数を跳ね上げていた。



☆☆☆☆



「ぶぇっくしょん!」


「きゃっ! もう! くしゃみする時は口を押さえなさいよ!」


「す、すまん、なんか突然で……」


詠真と鈴奈は第八区の一角にある、二階建ての綺麗な一軒家の前にいた。

木葉宅。

詠真の住む自宅である。


「飲み物吐きつけられるわ、くしゃみ飛ばされるわ……なんか今日は全くいい事がないのだけど?」


「俺だって超音速お弁当箱食らってまだ顔面痛いのだけど?」


「知りません。早く鍵開けろ」


「へいへい」


言われるがままに詠真が家の鍵を解錠すると、家主よりも先に鈴奈がズカズカと家に入っていく。

なんかデジャヴ。

詠真は相変わらずマイペースな魔法使いに嘆息した。

事の始まりもマイペース、よりかはもはや強制だったなぁ……と、詠真は数日前の事を思い出す。



それは六日前。

鈴奈が転校してくる前日、学園の帰り道の坂で鈴奈と再開した後の事だった。

詠真は一緒に下校していた輝達と別れ、鈴奈を連れて家に帰宅していた。


「ほら、紅茶でいいんだろ」


「あら、気が利くようになったのね」


鈴奈は少し馬鹿にしたように笑うと、上品な作法で紅茶を含む。

彼女の向かい側の椅子に座ると、とりあえず話し出すのを待つことにした。


「…………」


「…………」


鈴奈は紅茶の入ったカップを置いても、一向に話し出す気配がない。

表情は少し気まずそうだ。

やはり、あんな手紙を残して突然去ったことに少なからず悪気を感じているんだろうと詠真は思う。

まぁそうであろうとなかろうと、急かす気はない。


「ゆっくりでいいよ」


「……生意気ね」


お前がそれを言うか、そう言いたい気持ちを抑えて、静かに待った。

暫くして、鈴奈の重たい口が開く。


「……まず謝っておくわ、直接さよならも言わずに帰ったこと。それに、手紙にも……もう会うことがないとか……」


「別にいいよ、戻ってきたんだし。舞川がどんな気持ちであの手紙を書いたのかは分からないけど、こうしてまた会えたんだ。謝る必要はないよ」


「……ほんと、優しいのね」


「今更だ」


詠真が冗談っぽく茶化すと、鈴奈の暗い表情に少し明るさが戻る。

詠真の脳裏に過るのはあの笑顔。

勇気と自信をくれた、誰よりも可憐で頼もしい光の笑顔だ。

彼女には笑顔が似合う。

暗い表情なんて浮かべられていては、こっちの調子が狂うと言うものだ。


「俺が聞きたいのは、戻ってきた理由だな。任務はもう終わったんだろ?」


鈴奈はコクリと頷くと、


「私は病院で目を覚ました後、政府に一連の報告をして、学校に退学届を提出。手紙を書き残してルーンに帰国したの。そして聖皇様にも結果を報告。どちらにも、はっきり失敗したと伝えたわ。任務の目的は敵の捕縛だった訳だしね」


「やっぱ失敗……だったんだな」


「そうね、でも何も得なかった訳でもなかった。だからか失敗に関するお咎めも特になし。むしろ……」


鈴奈は口ごもってしまう。

むしろ、の先が気になった詠真が問い返すと、何故かキッと鋭い目で睨みつけられてしまった。

意味が分からなかったが、どうやらいつも通りの彼女に戻ってきたみたいだ。

鈴奈は大きく息を吐いた。


「聖皇様のご慈悲よ」


「??」


「私がこの島に戻ってきた理由!!」


突然怒鳴られて更に意味が分からなくなった詠真は頭を抱えた。


(なんだこいつ、喜怒哀楽どうなってんだ情緒不安定ですか……)


心が読まれたのか、鈴奈の顔が般若の如く荒々しいモノに変化する。

このままでは話が進まないと思った詠真は、とりあえず全力で謝って、鈴奈に話を続けるように促した。

怒りを収めた少女は腕を組んで、少しトゲトゲしい声色で話し始める。


「ルーンに戻って数日した頃にね、聖皇様に呼び出されたのよ。まぁ私は立場上、聖皇様とはよく会うから不思議な事じゃなかったんだけど、その時の聖皇様ったら凄く嬉しそうな顔でね……」


「今の舞川もすげぇ嬉しそうな顔してゴメンゴメンゴメン」


テーブルの表面がパキパキと凍り始めたので、詠真はお口をチャックする。


「何かと思えば、『聞いてください鈴! 天宮島政府に鈴が天宮島に長期滞在する許可をいただきましたよ! 今すぐ向かっても構いませんよ!』って」


「それって遠回しに帰ってくんなってことじゃゴメンゴメンゴメンって」


半眼で睨みつけながら腕を振り上げていた鈴奈は、渋々腕を下ろす。


「んな訳ないでしょ、多分。……聖皇様は、私の事を気遣って政府に掛け合ってくれてたみたいなのよ。ほんと、有難迷惑よね……」


言葉とは裏腹に、鈴奈の顔には心から嬉しそうな表情が浮かんでいた。

なんだかんだ言って、舞川はこの島に戻って来れたのが嬉しいんだな。

詠真は心の中で呟き、怒られると嫌なので表情にも出さなかった。


「まぁ条件付きではあるけどね」


「条件? どんなのだ?」


「先の事件みたいに島を侵す敵が現れた場合、無条件で力を貸すこと。それが、魔法使いである私がこの島に長期滞在するための条件よ」


「なーるほどね。まぁでも、滅多に起こることじゃねぇしな。特に問題のある条件でもなさそうだ」


「ま、そういうことね」


鈴奈は紅茶を一口含むと、思い出したようにこんなことを言い出した。


「あ、私この家に居候するから」


パチパチと瞬きを繰り返す詠真。

聞こえなかった? と言って鈴奈はもう一度同じことを繰り返した。


「私この家にいそ」


「なんでだよ!?」


「妹さんのお部屋借りるわね」


「だからなんでだよ!?」


「家事は私がやってあげるわ。これで毎日美味しいご飯が食べられるね! 詠真お兄ちゃん!」


「いや、だからなんでだよ!? しかもなんで妹キャラ!?」


「君、シスコンでしょ?」


「ぬぁぁぁぁあ!!」


詠真は頭をガシガシと掻き毟ると、奇声を発しながら二階へ駆け上がる。

だがすぐに一階に下りてきて、また二階へ駆け上がる。その無限ループ。


「年頃の女子が居候!? それは色々ヤバイだろ!? な!?」


「そんなに嬉しいのね。じゃ、今日は腕に縒りをかけてご飯作っちゃうゾ〜☆」


許可した覚えはない。

しかし詠真の意思など関係なく、この美少女は居候を決め込んだ。



詠真はなぜ思い出してしまったのか後悔しながら、開け放たれた家の入り口を死んだ目で見つめていた。

ルンルンと軽い足取りでリビングへ歩いていく居候の背中は、もはや居候ではなく家主の貫禄がある。


ふと、重なった。


兄想いで健気な最愛の妹。

マイペースで自分勝手な居候とは正反対なはずなのに、二人の背中がふと、詠真には重なった見えた。


『お兄ちゃーん、どうしたの?』


「ボーッとしてないで早く入れば?」


何にも似てない。

英奈の方が何倍も良い子だ。

だけど、鈴奈を見ていると、どうしてか英奈の事を思い出す。


(……ほんとにシスコンなのかもな俺)


輝やクラスメイトには、ようやく自覚したかと言われてしまいそうなセリフ。

今となっては、シスコンと呼ばれるのも悪くないかもと詠真は思った。

そんな自分に嘆息しながら、


「言われんでも入るわ。ここの家主は誰だと思ってんだよ」


「誰って、私でしょ?」


「契約書を一緒に見ようか居候君」


居候させるのも悪くはないかな、なんて思い始めた詠真だった。



☆☆☆☆



本人が宣言した通り家事全般は鈴奈が担当している。

掃除、洗濯、料理等、この面に関しては妹の英奈よりも優れており、一体なぜここまで完璧な美少女がとても残念な一面を持ってしまったのか、詠真には中々に理解し難い。

今もキッチンで食べ終わった食器を洗っている彼女の後ろ姿を見ても、そうしていれば最高に可愛いのに……とぽろっと口から飛び出てしまいそうな勢いだ。


(エプロン似合ってんなぁ……)


詠真は数秒思考を止めてみる。

ーー今何を思った?

気付いて、顔が紅潮。


(待て待て、これじゃただの新婚夫婦じゃねぇか……新婚夫婦!?)


自分で思っておきながら自爆する辺り、妹以外の女性と二人っきりで暮らすという現状に慣れていない証拠だ。

そもそも慣れる慣れないの問題ではなく、年頃の男と女の問題である。

間違いを起こす気はないー仮に起こせば殺されそうーという強い気持ちも大事ではあるが、やはりそういう事ではない。


「〜♪」


鼻唄を歌い、可愛らしく腰を振りながら洗い物をする制服エプロン美少女の後ろ姿に見惚れていては、本当にマズイ状況になりかねない。

詠真は無表情を装いつつ風呂へ入ることにした。

入浴の順番は特に決めていないが、詠真が風呂に入ろうとすると、必ず湯船にお湯が張ってある。

こと家事全般に関しては非の打ち所がないことが、何故だかむしろムカつく。


「先に風呂入るぞ」


「は〜い♪」


語尾に音符が付きそうな声。

ますます新婚夫婦感が増してきて、詠真はそそくさと浴室へ逃げる。

制服を脱ぎ捨てー風呂から上がると着替えが用意されているー軽くシャワーを浴びた後、湯船に身を沈める。


「……めっちゃ適温なのもムカつくなぁ……」


湯船の底には薄っすらと魔法陣が浮かんでおり、湯に浸かると疲れを癒してくれる魔法がかけられている。

これぞ理想のお嫁さんというべき女性ではないだろうかと、詠真は本気で思い始めている。

そしてそれも、悪くないと思っていた。

何か自分がおかしいと思い始めた原因は、あの置き手紙にあった。

なんであの置き手紙を読んだ時、俺は涙を止めることができなかったんだろう。

もう会えないと思う。さよなら。

その別れの言葉に、どうして俺は悲しくて涙を流してしまったんだろう。

自問自答して得た答えは、とても簡単でとても難しいものだった。


『恋』。


幼少の頃から妹の英奈だけを想って生きてきた詠真にとって、『恋』というものがイマイチ理解できなかった。

ましてや今の状況だ、英奈の代わりを求めているだけかもしれない。

そうだとすれば自分は最低だ。

出てくるのはネガティブな思考ばかり。

でもこれが『恋』なのかなんてこと、輝や花織、美沙音になんて到底言えない、言う気がない。

『恋』の定義ってなんだ。

『好き』の境界線ってなんだ。


「……教えてくれよ、英奈」


返ってくるはずもない問い。

消え入りそうなその声は、静かに湯船の中へと溶け行った。



☆☆☆☆



テキパキと食器を洗って行く鈴奈は、聖皇様に呼び出された時の事を思い出していた。



聖皇国ルーン南東端にある荘厳な大聖堂、サン・ピエトロ大聖堂の最奥『聖皇の間』に呼び出された鈴奈は、いつも通りの軽い足取りで聖堂廊下を歩き、最奥にある大きな扉をノックした。


「"氷帝"到着致しました」


扉は独りでに押し開き、鈴奈は一礼した後、部屋に足を踏み入れた。

高い天蓋、湾曲する壁一面に美麗な色とりどりのステンドグラスが飾られていて、そこから差し込む高貴な光が部屋を照らしている。

部屋の奥にある白き玉座以外、この部屋には何もない。

『聖皇の間』という名の通り、ここは魔法使いを束ね聖皇国ルーンを統治する、聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロードとの謁見の間である。


「聞いてください鈴!」


感情が昂ぶった声と共に、鈴奈の体に白いドレスを着た女性が飛びついた。

純白の長い髪に、瞳の中に青い十字架が刻まれた緑眼。

美しくも儚い聖女のようで、強く気高い騎士のようでもあるこの女性こそが、聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロードだ。

鈴奈は突然の事に困惑しながら、ソフィアに何事か尋ねた。


「聖皇様……? 一体どうしたのですか……」


ソフィアは鈴奈の両肩をガシっと掴むと、パァッと輝く明るい笑顔で、さぞ嬉しそうに言った。


「許可を頂きましたよ!」


「えっと、何の許可でしょう……?」


「天宮島への長期滞在許可です! あ……まず落ち着いて話しましょうか」


ソフィアは自分の行動に恥つつ玉座へと腰を下ろした。

鈴奈は玉座の二メートルほど手前に立ち、ソフィアの言葉を待つ。


「鈴は最近、元気がないですよね?」


「そ、そんな事は決して……」


歯切れの悪い答えに、「ふふ、強がらなくていいですよ」とソフィアは微笑。


「そんな鈴の事を思い、私は『宮殿(パレス)』に掛け合いました」


「『宮殿』に……ですか」


鈴奈はその名前を知っている。

聖皇国ルーンに協力要請を出した張本人達で、天宮島政府の更に上にある、天宮島政府最上層部の名前だ。

鈴奈が詠真に『天宮島政府からの協力要請で』という言い方をしていたのは、『宮殿』の存在が一般的には機密扱いであるが故だった。

ソフィアは軽く頷くと、


「はい。内容は、舞川鈴奈を天宮島に長期滞在させることはできないか、というものです」


「なッ!? そ、それって……」


「はい。先ほども言いました通り、見事許可を頂きました。今すぐ向かって構いませんよ」


鈴奈は掌で顔を覆った。

この話が嫌という訳ではなく、戻るには些か気まずいものがあるからだ。


「? 嫌ですか鈴……?」


「い、いえ……そういう訳ではなく、例の少年に別れの手紙を出してしまっているので、なんと言いますか……気まずいと言いますか……」


「では丁度良いではないですか。存外、向こうの少年も寂しい思いもしているやもしれませんよ?」


「ま、まさか……って、その言い方では私が寂しい思いをしているみたいで」


「だってそうなのでしょう?」


鈴奈は何故か言い返すことができなかった。

否、何故か、ではない。

実際そう思っているからこそ、図星を付かれて反論できなかったのだ。


「良いのです。そのために私は『宮殿』と交渉したのですから」


「『宮殿』の事ですし、何か条件を出されたのでは?」


「一つだけ。今回の様に島の平和を侵す因子が生じた場合、"氷帝"の力を無条件で貸すこと。これが条件です」


「つまり、島に滞在する間は『宮殿』の犬になれ……と」


「言ってしまえばそう言う事です」


しかし、とソフィアは続ける。


「私からも一つ、鈴に極秘任務を与えたいと思っています」


ソフィアの声のトーンが低くなり、任務の重要性を物語る。


「鈴には『宮殿』に関する情報を探り、此方へ流してもらいたいのです」


「スパイ、ですか」


「如何にも。彼らには謎が多く、極めて危険だと私は思っています。出来得る範囲で結構ですので、何か分かれば報告して欲しい。これが私から貴女に頼みたい任務です」


鈴奈は目を閉じて黙り込む。

受けるか受けないかで迷っているわけではない。

元より聖皇様からの頼みごとを断る気など毛頭なく、長期滞在に関してもむしろ飛びつきたい話だ。

この瞑想は、心の準備だ。

暫くして、鈴奈は首を縦に振った。


「お任せください。この"氷帝"、汚名返上するべく天宮島へ潜入致します」


「フフフ、少年に会いに行きますと正直に仰ってはどうですか?」


そこまで想起した鈴奈は、いつの間にか食器を洗い終わっていた事に気付いた。

ハンドタオルで手の水気を拭き取り、少し休憩するため椅子に座る。


「ふぅ。年頃の子供を持つ母親ってこんな感じなのかなぁ。なんだか母性に目覚めてきた気がするわ……」


まぁそれも悪くないかな、と何処か嬉しそうに呟いた鈴奈は、居候を決め込んでいるこの家の家主を思う。

料理はできない、掃除や洗濯は最低限できますと言った感じ。

頭が良くて能力制御に長けているが、シスコンで妹がいないとダメ男路線を一直線に進んでしまう様な少年。

鈴奈の中には、そんな少年の事を支えてあげたいという気持ちが芽生えていた。

イマイチよく分からない気持ちだ。

会えなくなると寂しさを感じ、支えてあげたいと思い、頼りにしてもいいかなと思うこともある。

何より、一緒にいる事が楽しい。

それってつまり……


『』


鈴奈には答えが出なかった。

そんなに難しい事ではない気がするが、簡単な事でもない気がする。

少なくとも、鈴奈自身がこれまでに感じたことのない気持ちであることは確かであり、知らない気持ちだ。

だけどそれが分からないからと言って、モヤモヤする訳でもない。

故に、無理してこの気持ちの正体を知ろうとも思わない。

鈴奈としては、


「一緒に居れればそれでいい……」


そこだけが重要だった。

彼女がこの気持ちの正体に気付くのは、恐らくまだまだ先の話だろう。

鈴奈は腰を上げて、ぐーっと背伸びする。


「さて、着替えを用意してあげますか」


静かに、平和に、夜は更けて行く。

まるで、嵐の前の静けさの様に。



☆☆☆☆



少し遅れるという輝、花織、美沙音を待つ詠真、ウィル、鈴奈の三人。

先に食べ始めてもいいかなと思い、詠真はカバンから弁当箱を取り出した。


「あれ? 兄者は今日お弁当ですか?」


ウィルの素早い質問に内心ドキリとした詠真だが、勘繰られないように平静を保って答える。


「え、あ……今日から弁当にすることにしたんだ」


「へぇ〜、どんなお弁当ですか?」


それは詠真も知らない。

と言うのも、この弁当は居候娘である舞川鈴奈が手作りした物で、昼休みまで中を見るなと脅されていた。

詠真が鈴奈を流し目で見ると、早く開けないかな! 早く! といった輝く目で此方を見つめていた。

これは何かある。

絶対に何か仕組んでやがる。


「ち、ちょっと待ってなウィル」


「えー、勿体ぶらないで早く見せてくださいよ兄者〜」


「ぐちゃぐちゃになってるかもしれないからさ、確認を」


「隙アリ!」


忍者よろしく、NINJAを彷彿とさせる手捌きで隙をついたウィルは、詠真の弁当箱の蓋を剥ぎ取った。

そこにあったのは、


「……兄者」


「こ、これは……」


ピンクに色付けされたそぼろで『鈴♡』と書かれたそぼろご飯。

二人が言葉を失っているーそれぞれ別の意味でー所に、屋上の扉が勢い良く開け放たれ輝達がやってきた。


「やいやい木葉詠真ァ! 今日と言う今日は真実を聞かせてもらおうかァ!」


最悪のタイミングだ。

詠真は悪足掻きで弁当箱を閉じようとしたが、それよりも先に『鈴♡』の文字が美沙音に発見されてしまった。


「"鈴♡"!! こ、これって……詠真君から鈴奈さんへのラブコール!? うそうそ!? やだお熱い!」


「わぁ、本当だぁ……詠真君って、案外大胆だったんだぁ……」


まずい。

そう思うも、もはや止められない。

輝が悲壮に満ちた涙目で、その場にがくりと倒れこんだ。


「くそぉ……抜け駆けかよ……」


「待て、待てよお前ら! お前達はとんでもない勘違いをしている!」


「うるせー! 同棲してる奴に言われても説得力ねぇよ!」


「なッ!? なぜそれを……」


「はぁ!? 詠真おま……ガチで舞川さんと同棲してんかよ!?」


輝はこの世の終わりでも見たかのような顔で地面を何度も叩きつける。

花織は口に手を当てて顔を紅潮させ、美沙音は恍惚な表情で体を搔き抱く。

ウィルは何故か尊敬の眼差しを向けており、戦犯の鈴奈は今にも吹き出しそうな顔でプルプルと震えていた。

もはや言い訳が通じる空気でもない。

詠真は諦めて、根底にある理由は伏せつつ同棲紛いの生活をしていることを友達に説明した。


「なるほどねぇ……」


少し立ち直った輝が目を細めて言う。

まだ怪しんでいる様子だが、問い詰めるつもりもないらしい。

詠真はもう一度話をまとめる。


「要約するとだな、斯斯然然(かくかくしかじか)の事情で俺と舞川は仲良くなり、何もできない俺を気遣った舞川が、ウチに居候して家事をしてくれてるってことだ」


「それを要約しているって言い張る詠真君は、色んな意味で凄いよね……」


誰にでも優しい花織が引いた目をして人を見るのは、中々に珍しい。

喜ばしい事でもないが、これ以上気の利いた言い訳は思いつかない。

説明中に鈴奈のフォローがなければ、この言い訳さえ通らなかっただろう。

元々の原因を作り出した戦犯なのだ、それぐらいして然るべきである。


「でも、二人はやっぱり友達以上恋人未満の関係なんですね! その曖昧な境界がとてもグッドです!」


美沙音のペースには全く着いていけない詠真に比べ、同じ残念美少女の鈴奈は意気投合しているようだ。

思考の方向性は全く違うみたいだが。


「兄者……モテる秘訣をこの未熟な弟子に教えてください!」


「俺も教えてくれよ兄者!」


「お、教えるも何もモテてる訳じゃ……てか輝は兄者やめろ」


全く、生きた心地がしない昼休みだ。

そんな事を思いつつも、肩の荷が少し下りた気がして満更でもなかった。


(まさか、そのためにわざと……いやいやいや、そんな訳ない)


現に鈴奈は今、詠真に向けて口パクでこう伝えていた。


(あ・に・じゃ)


ウィンクをして軽く舌を出す。

結構本気で一発殴ってやろうかと思ったが、男のプライドがそれを抑えた。

普通に可愛いのが余計ムカつく。

詠真は大きく嘆息した。

幸いだったのは、ここにいる皆の口が堅いと言うこと。

同棲紛いの生活が学園中にバレでもした暁には、間違いなく普通の学園生活を送ることは叶わない。

それだけは何としても避けるべきだ。

考えて再度嘆息。


「もうこの話は終わり。さっさと飯食おうぜ」


「愛妻弁当な」


輝を一発殴ってから箸を取る。

『鈴♡』をぐちゃぐちゃにしようかと考えたが、折角作ってくれた物を台無しにしてしまうのも気が引けた。

今回は諦めて愛妻弁当(仮)を大人しく食すことに。


(……うめぇ)



☆☆☆☆



昼休みも残すところあと五分。

そろそろ教室に戻ろうかという時、二つの機械音が鳴った。

音の出処は詠真と鈴奈のPDA端末だ。

どうやら二人同時にメッセージを受信したらしい。


「誰だろ」


詠真はメッセージを開くや否や、眉間に大きなシワを寄せた。

輝にどうしたと尋ねられ、少し思慮した後、皆にも見えるように端末からホロディスプレイを呼び出した。

差出人は天宮島政府。

本文にはこう書かれていた。


『単刀直入に告げる。天宮島の持つ科学力を狙い、外の世界の連中が数多の兵器を用いてこの島へ攻撃を仕掛けようとしている。このメールが届いている超能力者達には、外敵勢力を迎撃するために力を貸してほしい。天宮島は兵器の類をあまり生産していないため、君達国民に頼る他ない。依頼報酬に関してだが、政府が用意できるものならなんだって用意しよう。いい返事を待っている』


本文を読み終えた四人は、文字通り言葉を失っていた。

『外』の世界が、兵器を用いてこの島を襲撃しようとしている。

その迎撃に超能力者を選抜し、その一人に友達が選ばれた。

ハッとして、四人は鈴奈に目を向ける。

同じタイミングでメッセージを受信していたということは、鈴奈の元にも同じメッセージが届いているかもしれないと思ったからだ。

鈴奈は静かに頷いた。

前言撤回。

友達が二人選ばれた。

輝達は知る由もないが、鈴奈は天宮島長期滞在の条件が発動し、この依頼を断ることはできない。

強制参加。

それを瞬時に理解していた詠真は、同じくして答えを決めていた。


「……参加するしかないか」


「は!? お前、これがどんだけ危ないことか分かってんのかよ! 国家間の戦争だぞ!」


「仕方ないだろ」


輝の言う通り、これは戦争なのだろう。

その兵士に自分が選ばれた。

だから仕方ないーーではない。

詠真は鈴奈の頭をポンと手を置いた。


「こいつを一人で行かせる訳にゃ行かんだろう」


「鈴奈ちゃんも……行くの?」


花織の声は震えている。

たとえ超能力者であろうと"戦争"が怖くない訳がない。

ましてや『外』の連中だ、超能力者に対して底知れぬ憎悪しか抱いていない、超能力者にとってはトラウマそのものだ。

鈴奈は頭に乗る少年の手を退かすと、花織の手を自分の手で優しく包み込む。


「大丈夫。私は死んだりしないし、こいつも死なない」


こいつとは詠真のことを指している。


「それにこれは、自分の手で皆のことを守れる誇りある戦いなの。だから心配しないで大丈夫よ」


「鈴奈ちゃん……!」


花織は瞳に涙を滲ませ鈴奈に抱きつく。

それを優しく抱き返した鈴奈は、諭すように詠真以外へ言葉を向けた。


「自分も参加する、なんて馬鹿な事は言わないでね。政府からメールが来ていない以上、居ても足手まといだと知りなさい。……命は大切にするべきよ、君達も"人間"なんだから」


その言葉に、誰一人として異論を唱えることはできなかった。





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