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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
二幕『人間を否定する人間』
8/60

『束の間の日常』



太平洋北西に浮かぶ人工島、超能力国家『天宮島』を構成するのは全五基の超大型浮体式構造物だ。

二基(セカンドベース)が政府区、三基(サードベース)は学生、一般居住区。四基(フォースベース)は繁華街などが集まる商業区。五基(ファイブベース)は宇宙、航空関連の施設が集まる区画になっている。

この四つの(ベース)は円を描くように洋上に配置されており、ベース間を繋ぐのはゲートと呼ばれる巨大な門と陸橋、列車。


しかし。

ただ一つ、円の中央にある一基(ファーストベース)だけは、どのベースからもゲートが繋がれていない謎の区画。

一基にあるのは、遠目から見ても視認できるほど巨大な空を削る白亜の塔のみで、一般人にはオブジェクトか何かだろうと思われていた。


その白亜の塔の最上階。


ただっ広い部屋の壁と床は全面大理石。

荘厳なシャンデリアの高貴な明かりが空間を照らし、中心にホログラム投影機が備え付けられた大きな大理石の円卓が存在感を放っている。

高貴でありながらどこか空虚な部屋。

ふと気付けば、いつの間にか五人の人物が円卓を囲っていた。


頭上に生える猫耳をぴょこぴょこと動かす栗色の短髪の少女が、心底だるそうに口を開いた。


「ねぇ獅獄(しごく)ぅ、私クッソ眠たいんですけど〜?」


獅獄と呼ばれた厳めしい顔に偉丈夫の男は大きく口を広げガハハと豪快に笑う。


「また夜遅くまでゲームをしていたのか、ネコ」


ネコは「まぁねぇ」と大きな欠伸をすると、円卓の上に足を投げ出して椅子の背に凭れかかり、頭の後ろで腕を組む。

偉そうで(はした)ないネコの姿を見て、艶やかな漆黒の長髪に妖艶な雰囲気を醸し出す赤い着物の女性が鼻で嘲笑った。

ネコが強い舌打ちをする。


「んだよ朱雀(すざく)


「いや、げーむなどいう低俗な趣向品は妾には理解できぬ物でな、つい」


「テメェは黙って男でも引っ掛けてろよ機械音痴」


「男の一つも引っ掛けることができない主の嫉妬が滲み出ておる」


「んだとごら」


相も変わらず始まってしまったネコと朱雀の見るに耐えない口喧嘩に、スキンヘッドに筋骨隆々の大男がボソリと呟く。


「黙っていれば良い女なのだが」


「聞こえてんだよ青天」

「聞こえておるぞ青天」


恐ろしい女二人に睨みつけられた青天(せいてん)は押し黙ってしまう。まだ続きそうな口喧嘩を、獅獄の軽い咳払いが仲裁した。


「続きは後にしてくれ。白蛇(はくだ)


獅獄に白蛇と呼ばれた眼鏡をかけた細身の男が軽く腕を振るった。

部屋の照明が落とされ、宙に巨大なホロパネルが、五人の手元には小さなホロパネルが投影される。

白蛇が手元のホロディスプレイを見ながら淡々と話し始める。


「手元にあるのは、"氷帝"舞川鈴奈より報告された先日の事件の概要です。その中でも特筆すべき物をまとめてあります」


それぞれがホロディスプレイに目を通す間、暫しの沈黙が流れる。

朱雀が興味深そうに呟いた。


「『異世界』のぉ……」


「この『位相の狭間』っての? これが本当ならマジであるかもねぇ。ゲームとか関係なしに、ガチで。……まぁでも」


「だとしてもだ」


ネコの言葉を獅獄が奪い取る。


「我々に『異世界』へ干渉する力はない。これについては一旦置いておくとしよう」


これに全員異論がないことを確認すると、白蛇が別の特筆すべき箇所を示す。


「アーロン・サナトエルが言う、超能力の"起源"と言うのも気になりますね」


青天が腕を組み眉間にシワを寄せる。


「我らが"恩師"より使命を授かった時には既に存在していた。現に、ここにいる五人全員が超能力を有している」


「つってもさ、"恩師"に使命を授かったのっていつだっけ?」


「妾は忘れてしもうた」


「私も覚えいませんねぇ」


「……俺もだ」


四人の視線が獅獄へ注がれる。

獅獄は静かに首を横に振った。

ネコが嘆息する。

しかし、と獅獄は言う。


「不思議なことではなかろう。我々は悠久の時を生きる"不老"の存在。使命を授かった時はおろか、一体どれほどの月日を天宮島へ捧げてきたのかさえ覚えておらぬ。少なくとも、超能力の"起源"はそれほど大昔だと言うことだろう」


「まぁねぇ」


ネコは円卓の上に投げ出した足を組み替えながら、目を細めて訝しげに言う。


「でもさ、時々思うんだよねぇ。……私達の記憶は何者かによって意図的に操作、改竄されてるんじゃねぇかってね」


一瞬きょとんとした表情を浮かべた他の四人は顔を見合わせる。

次の瞬間、朱雀が腹を抱えて笑い出す。


「ククク、妾達にそんな事が出来る輩がいるとは思えんなぁ。『異世界』などよりも更に信じ難い冗談だよネコ」


「……まぁそうだな、考えすぎか。でも朱雀に笑われるとぶっ殺したくなるな」


朱雀の笑いが一通り落ち着いた所で、獅獄が「ここからが本題だ」と言い、宙に投影されたホロパネルを見る。


「どうやら『外』の連中が、この島が有する科学力を我が物にしようと目論んでいるらしい」


ホロディスプレイに表示されたのはとある演説の動画だ。大勢の民衆とカメラの前で壇に立つ彫りの深い黒人の男は、憎悪に満ちた表情で荒々しく英語で語りかけていた。


『人間ならざる超能力者共が身を潜める彼の国、天宮島ッ! 国と呼ぶことすら虫酸が走る彼の地は、我々人間が生み出し、人間だけに許された「科学」という技術を奪い、独占しているッ! これを看過していいのものか。断じてならぬッ! 奴らはその技術を我々人間に返還するべきであるッ‼︎ よって人間を代表し、このアメリカ大統領ジョー・アクシズが天宮島へ告げる! お前達が有する科学力を人間へ返還せよ‼︎ それに応じぬというのであれば、我々は人間を代表し、アメリカとロシアの連合軍が天宮島へ実力行使を開始する‼︎ 期限はこの演説から一週間。よく考えることだ、どちらがこの世界のためになるのかをッ‼︎‼︎』


動画の再生が終わる。

円卓を囲む五人は同時に嘆息した。

馬鹿馬鹿しい。呆れた。

心底下手な演説だ。

感情に、世情に任せた勢いだけの最悪な演説だった。

これが一国の大統領だと思うと、一度や二度の嘆息ではすまない。


「さぁて、どうするの獅獄」


ネコは苛立ちを込めた声で言う。


「ウチは確かに随分進んだ科学力持ってるけど、ぶっちゃけ兵器はあんまり作ってないじゃん」


獅獄は暫し目を閉じて考える。

確かに兵器はあまり生産していない。

というのも"彼ら"はとある秘匿兵器に力を注いでおり、それ以外には必要性を感じていないからだ。

更に言えば、科学力は超能力を研究する上で発生した副産物に過ぎない。

元より科学力に頼る気がない。

そうは言っても、この島が有する科学力を『外』の連中に易々と受け渡す気もない。

再度言うが、天宮島の科学力は超能力を研究する上で発生した副産物だ。

超能力を己が領域から追い出した者共に差し上げてやる道理はない。

獅獄は不敵に口角を吊り上げた。


「あまり好ましくはないが、見せつけてやるものイイかもしれないな。奴らが攻め込もうしている国の、国民が持つ偉大なる力の一端を」


それはつまり。

朱雀が目を細め頬杖をつく。


「相手の兵器に超能力者をぶつける、そういうことかぇ?」


「それではより一層、超能力への迫害が増しますねぇ」


「何を言っている白蛇。超能力者にとっての楽園はこの島があれば十分だろう。『外』の連中と溶け込む必要などありはせぬ」


「しかし獅獄、理由は兵器の代用……だけでは無いのだろう?」


「ご明察だ青天。一つ気掛かりなことがあってな」


獅獄が軽く腕を振ると、宙に浮かぶ大きなホロパネルの画面が切り替わる。

手元にある小さなホロパネルに表示されている一部分を拡大したモノが映し出された。


「"氷帝"の報告の中に、アーロン・サナトエルとの戦闘の最後、木葉詠真が"別人に見えた"という物がある。うろ覚えという不確定な情報ではあるが、『スペア』に訪れた変化は逐一確認、認識しておく必要がある」


「つまり、木葉詠真を戦闘に投入するため……ということですか」


白蛇の言葉にネコが続ける。


「でも相手兵器っしょ? それもロシアなら有人型の駆動兵器っしょ? 死んだりするとか思わないの?」


獅獄はガハハと豪快に笑うと、雷の如く低く轟く声で言った。


「なんのために"氷帝"の移住許可を出したと思っておる。それにな……」


獅獄は四人を一瞥すると、目を閉じうっすらと笑みを浮かべた。

発せられたのは、悠久空虚な日々を刹那充実へと潤す、許しの言葉。



「ーーこの中の誰かが参戦しても良いのだぞ?」



朱雀、青天、白蛇、ネコ。

四人は恐ろしいまでに不敵な微笑を顔に現し、呟いた。


ーー出ても、いいんだな?


嵐は近い。

異能と鉄が乱れる大嵐は……近い。



☆☆☆☆



第四区立柊高等学園。

第四中央駅から程近く、長い上り坂の上にある普通科の高校だ。

生徒数は約450人。

各学年A〜Eクラスがあり、平均して一クラス30人ほどの割合だ。

基本的な偏差値は高く、高校課程でありながら飛び級制度も設けており、純白に輝く制服も合間ってか、かなり有名なエリート校として知られている。加えては、柊学園に通う生徒は総じて能力制御に長けた者ばかりで、毎年行われる『祈竜祭(きりゅうさい)』において、どこの学校よりも一目置かれる存在なのだ。


柊学園二年Cクラス。

このクラスには転校生が多い。

一ヶ月前の五月上旬に転校してきたのは、謎の超完璧美少女舞川鈴奈。

更に六月、今から五日前のことだ。

二年Cクラスに、謎に謎を重ねた超完璧美少女舞川鈴奈が転校してきた。

ーー無論、同一人物である。

五月に転校してきたと思えば、舞川鈴奈は約一週間で突然学園を去っていた。

自主退学。その理由は一切話さず、舞川鈴奈は姿を消した。

そして五日前。


「えっと、お久しぶりです。今日から転校してきました舞川鈴奈です」


教室には暫しの沈黙が降りた。

それもそうだろう、突然クラスを去った少女が、これまた突然"転校してきました"と言って戻ってきたのだ。

一体何事か。

勿論、クラスの皆は鈴奈に問い詰めた。

問い詰めたと言っても、何も悪い意味ではなく、クラスの仲間が戻ってきた喜びからくる当然の問いだった。


「あ……えっと〜……」


本当の事を言えるはずもない。

魔法使いの私は任務が終わったため、聖皇国ルーンに帰国していました。

そして戻ってきました。

ーーなどと言えるはずもない。

だが何か理由を作らないと、そう思った鈴奈は大嘘をでっちあげた。


「そ、そう、別の学校の事も知りたいなぁって思って、皆に内緒で転校したんですけど……やっぱりここが一番かなって思ったんです。だから……戻ってきたの。このクラスが、私は大好きだから」


瞳にうっすらと浮かぶ涙。

これがでっちあげた嘘だとも知らず、クラスメイトは納得、舞川鈴奈の嬉涙(えんぎ)にもらい泣き。

鈴奈は更に理由を付け加えた。


「それと、詠真君が大怪我をしたって聞きつけて……私、心配で心配で……でも、元気で良かったです……!」


し、白々しい。

それに気付かないクラスメイトからは黄色い声や嫉妬の声が沸き起こる。

鈴奈は遠目からこちらを見ていた詠真に、小さくウィンク。ペロッと可愛く舌を出した。


(テヘ☆)


(ルーンに帰れええええええ!!)


詠真は無表情を崩さず、心の中でありったけの声で叫んだ。

そして今に至る。


「ボーッとしてどうしたよ詠真」


「……世の中は(まま)ならないと思ってな……」


「泰然自若の詠真様が何言ってんだ」


よくそんな言葉知ってるな、詠真はそう言いかけたが、こんなナリをしていても輝はこの学園の生徒だ。

誠に遺憾だが、それなりに頭は良い。


「今なんか失礼な事考えたろ」


「冤罪だ。だがそう思うってことは、何か心当たりでもあるんだな」


「うぐッ……」


(さてはこいつ、タバコやめてねぇな?)


分かりやすい奴だ。詠真は呆れると、輝を流し目で見て嘆息する。

輝は誤魔化すように目を逸らすと、下手な口笛を吹いて自分の席へ戻っていく。

ばれても俺は知らねぇぞ、などといちいち言ってやる必要もない。


眠そうな詠真の目は一人の少女へ。

舞川鈴奈。

共に命を預け合い、死闘を制したーと思っているー魔法使いにして、一枚の手紙を残して我が国へ帰った……と思えば突然戻ってきた友達。

彼女は違和感なく、すんなりとクラスに溶けんでいた。

鈴奈が談笑しているのは、詠真とも仲が良い二人の少女だ。

(つや)やかな黒髪をサイドテールに束ねた童顔の少女、雨楯花織(あまだてかおり)

軽くウェーブのかかった長い紫髪におっとりとした品のある顔立ちの胸の大きな少女、梓昏美沙音(しくらみさね)

二人は詠真と鈴奈が再会した時に立ち会っており、なおかつ一ヶ月前もそれなりに話をする仲だった。鈴奈にとって、クラスで一番仲の良い女友達と言った所だろう。

詠真としても、こうして彼女がクラスに溶け込めていることを嬉しく思う。思わず口元が綻びそうになった時、鈴奈が詠真の視線に気付いた。

否むな様子はなく、むしろ何かを企むように笑った目で口元に手を添えている。

彼女の揶揄い気質は不治の病。

どれだけ彼女のしおらしい一面を見たからと言って、改善される物ではない。おかげで詠真と鈴奈は、友達以上恋人未満の見ててドキドキする関係という形で学園中に認識されてしまっている。

不覚にも顔が熱くなりかけた詠真は思考を振り払うように首を振ると、教室の壁掛け時計を見る。

ーーもうHRが始まるな。

思うや否や、響く予鈴。

皆は自分の席へ戻り、出席簿を掲げた担任教師がやってきた。


ーー平和だ。

詠真はそう感じている。

最愛の妹である木葉英奈を失ったことを除けば、至って平和な日常だ。

それもいつか取り戻す。

そこを考慮すれば、本当に平和だ。

この島へ来て"二度"の大きな戦闘を経験している詠真にとっては、刺激もなく特に変化のない静かな日常で十分。

いや、小さな刺激は欲しいかな。

例えば、更に転校生とか……ってそれは流石にありえないだろ。

心の中で自嘲気味に笑った詠真だったが、次の瞬間、笑いが止まった。

それは担任の言葉。


「驚け、今日もこのクラスに転校生がやってきた」


「……世の中儘ならねぇ……いや、儘なってるのかこれは……」


一人でブツブツ呟く詠真の声が聞こえてる者はおらず、担任はさっそく「チャンター、入れ」と転校生を呼んだ。

ーーあれ、チャンター??

詠真は何処かで聞いた名前に首を傾げたが、それは直ぐに解決された。

教室にぎこちない様子で入ってきたのは、少し気の弱そうな茶髪の少年。見た所、日系人ではない。

珍しいな。クラスの殆どはそう思ったことだろう。

しかし、詠真は違った。

ガタッ! と椅子を倒すほど勢い良く立ち上がった詠真は、驚きの表情を顔に張り付けて大声を出した。


「う、ウィル!?」


茶髪の少年は肩をびくっと跳ねさせ、立ち上がった詠真に視線を向けた。

すると緊張とおどおどしさが張り付いていた顔がみるみる変わっていき、パァと明るい笑顔を浮かべたではないか。


「あ、兄者!!」


「兄者ァ!?」


「な、なんだ木葉、知り合いか?」


突然のやり取りに少し驚いている担任が尋ねると、詠真は歯切れが悪そうに答えた。


「え、あ……まぁ」


「そうか、とりあえず座れ」


「……はい」


詠真が席についた所で、担任が茶髪の少年に自己紹介を促した。

茶髪の少年は、先ほどまでの緊張は何処へやらと言った様子で、流暢な日本語を使って自己紹介を始めた。


「第七区立聖メアリア高等学院から転校してきました、ウィル・チャンターと言います。得意な教科は英語、苦手な教科は特にありません。早くクラスに馴染めるように頑張りますので、皆さんよろしくお願いします」


妙に堅い自己紹介でウィルは軽くお辞儀をした。

パチパチと拍手が起こる中、担任がニヤニヤとしながら付け加える。


「本来チャンターはな 、お前らより一つ下の一年生なんだ。でも転入試験の時に飛び級制度適用テスト受けて、なんと合格したんだ」


「まじで!」


「すげー!」


次々にあがる賞賛の声に、ウィルは恥ずかしそうに頭を掻く。


「で、でも僕の能力は思考加速系に分類される物なので……それがなかったら柊学園に転入すらできなかったし……」


試験における能力の使用。

柊学園において、これは反則、つまり不正行為には当たらない。

他人に迷惑をかける能力の使用なら不正行為に該当するが、例えば透視能力による回答のカンニング、これも不正行為には当たらないのだ。

というのも、それも一つの採点基準、能力制御に当てはまるからだ。

柊学園はただ頭の良い生徒を募っている訳ではなく、それに加え自身の持つ能力の制御に長ける『文制両道』の生徒を募っている。

仮に、頭が悪い者が能力の力だけで試験を通ったとしても、その後の授業についていけないのでは意味がない。逆に、頭は良いがロクに能力の制御ができない者も意味がない。

文芸と能力制御、その両道に努め、秀でている者のみが柊学園に入学することが叶う、まさにエリート校だ。

ウィルは謙遜しているが、転入、並びに飛び級制度適用が承諾されたということは、限りなくエリート中のエリートと認められたということになる。

胸を張るべきことなのだ。

ウィルはもう一度、深くお辞儀をした。


「よろしくお願いします!」



☆☆☆☆



ウィル・チャンター。

一ヶ月に起こった例の事件で、詠真が助けた一人の超能力者だ、

能力名『AtoZ』という思考加速系能力を持ち、その能力が敵の魔法使いに狙われるはずという鈴奈の仮説の元、本当に巻き込まれてしまった不幸な少年。

詠真はその時預けたカバンを、退院した後に受け取りに行っていた。

その際に、自分の連絡先と学校を告げてはいたが、まさか突然転校してくるなんて思いもしなかった。

更に言うなら、その時ー二週間ほど前ーの段階では、まともに日本語など喋れていなかったはずだ。

ーー昼休み。

屋上で昼飯を取る詠真、鈴奈、輝、花織、美沙音の元には、転校したてのウィルも加わっていた。

詠真はとりあえず尋ねてみる。


「その流暢な日本語どうしたんだよ」


「はい、能力全開で覚えました」


「たった二週間で?」


「僕には十倍の時間があります」


思わず箸を落としそうになる。

確かに、あの時鈴奈がピックアップしたほどには有能な能力なのだろう。

というか実際、極めて有能だ。


「でもどうしてそこまで日本語を覚えようと思ったんだ? そもそもなぜ学園に転校を?」


ウィルは小さな弁当箱に箸を置く。

とても幸せそうな顔で自分の掌を見つめ、話し始めた。


「僕はとても気が弱くて、何もできない人間です。こんな能力のせいで、僕は皆と別の時間を生きている。それが堪らなく嫌で、怖かったんです。そのせいで、超能力を使う勇気……いや、使いたくないって思ってました」


「ウィル……」


「でも、僕は見てしまったんです。最高にかっこよくて、最高に最強なヒーローを。詠真先輩のことです」


七区の路地で全身を包帯で包んだミイラに襲われた時、ウィルは死を受け入れていた。怖かった、でも自分は何もできない、動けない。

だから受け入れた。

儚い祈りも願った

生まれ変われるのなら、超能力なんて持たない普通の人間になりたい。

でも、それを打ち砕いたのは、ミイラなどではなく、突如現れた白いヒーロー。

ヒーローは正体不明のミイラに怖気付いたりせず、悠然と立ちはだかり、自分の事を助けてくれた。

ウィルは感じたことのない気持ちに、静かに心を震わせた。

それは、憧れだった。

何もかもが自分とは正反対。

そんなヒーローに、ウィルは心から憧れを抱いてしまった。


「僕は誰よりも強い詠真先輩に憧れました。その憧れが、僕に超能力を使う勇気と、超能力を受け入れる強い心を与えてくれたんです」


詠真は背中が痒くなった。

茶化すつもりはないのだが、適当に茶化して話題を変えたい。

そう思うほどには照れてしまう。


「だから僕は詠真先輩に恩返しがしたくて、そのために日本語を覚え、この学園に転校してきたんです」


ウィルは幸せそうに微笑む。

ここまで純粋に人のことを尊敬できるモノなのか、詠真には覚えがないから分からない。

だが、この笑顔に嘘はない。

詠真が何かを言おうとした時、輝がウィルに肩を組んだ。

その顔は涙で濡れている。


「お前最高に良い奴だな……! 俺、感動しちまったぜ……!!」


「未剣先輩……」


詠真が周りを見渡すと、花織と美沙音までもが涙している。

一方、鈴奈はというと。


「…………」


唇が震え、膨れた頬が痙攣している。

瞳にはうっすらと涙が。

そんなに感動したのか……と騙されそうになった詠真は目を凝らす。

違う。

これは笑いを堪えている顔だ!

しまいには顔を俯かせ、小刻みに肩を揺らし始めた。


「……舞川」


詠真は小声で話しかける。


「何が可笑しい……」


「だめ……やめて……今は、ダメ」


今にも吹き出しそうなのが手に取るように分かる。

まぁ大方予想はついた。


(舞川のことだ、俺がヒーローだとか、憧れられている事が堪らなく面白いんだろう……ネタ提供もいいとこだ……)


一通り、三名の涙と一名の堪え笑いがおさまった所で、ウィルが嬉々とした表情でこんな事を言い出した。


「それでですね、詠真先輩!」


「なんだ? てか同じ学年、同じクラスメイトなんだから先輩は止せよ。呼び方はなんでもいいからさ」


これが運の尽きだった。


「本当ですか!?」


ぐいっと詰め寄ってきたウィルの頭を押し込んで、詠真は頷いた。

何をこんなに興奮しているのか、でも少し嬉しいような気持ちを隠すように詠真は飲み物を含む。


「兄者って呼ばせてもらいます!」


「ブフォ!?」


「きゃっ! ちょっと!」


詠真の口内から勢いよくテイクオフした飲み物は、空中をクルーズし鈴奈の顔面へとランディング。

ゲボゲホとむせる詠真の顔に、空になった弁当箱がクリーンヒットした。


「いだッ」


「汚ない!」


鈴奈はぷんすか怒りながらハンカチで顔にかかった飲み物を拭き取って行く、

凄まじい威力を伴った弁当箱の反動で仰向けに倒れこんだ詠真は、空を仰いだままウィルに尋ねた。


「なぜに兄者なの……」


ウィルは詠真の顔を覗き込むと、


「NINJAです! NINJAは尊敬する人のことを兄者って呼ぶんですよね!」


そんは無垢な笑顔と純粋な目で言われてしまっては、詠真とてそれがおかしな知識だとは言い出せない。

どうやら輝達も同じようだ、鈴奈に関してはその気すらないようだが。

詠真はヒリヒリと痛む顔面をさすりながら、燦燦と輝く太陽に向けて頼りない声で呟いた。


「世の中は……ほんと儘ならん」



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