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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
七幕『交わる決戦の地』
57/60

『愛が織り成す禁忌術式』


「相当絞られたようだね、木葉君」

「それがオーダーですから、気にしないでください」


 目を覚ました詠真が連れてこられたのは、とある一室。この場所が日本の防衛省本庁であることは既に理解しているし、そしてここが誰が待つ部屋なのか察することはできた。

 そう、今彼が対面しているのは、陰陽師を纏める長――天廊院筆頭・土御門晴泰はるやす


「しかし、そうだな。君とゆっくり話すのは初めてだな」

「そう、ですね……」


 詠真は少しの気まずさを感じていた。相手は陰陽師集団のトップ。魔法使いで言うところの聖皇と同等の存在だ。それを明確に表すのは、晴泰の瞳に浮かぶ緑の十字架。しかしながら詠真が懸念しているのは、それとは全く異なる、些細な理由であった。

 土御門晴泰。天廊院では自由に名乗ることを許される土御門という姓だが、本来その名を有している純血は現在二人しかいないらしい。それが土御門夏夜と土御門晴泰だ。

 つまり、晴泰は夏夜の父親ということになり、振った女の子の父と一対一という状況。

 ああ、気まずい。どうしよう。

 そう考えていると、晴泰の隣に、何やら淡い光が出現した。光の中心には札が一枚。その札を起点に光は形を変え、やがて人型を形成していく。だがそれは光ではない。視覚からでも理解できるほどに、それは物体だったのだ。

 性別は女。肌は褐色。纏う衣服は晴泰と同じ狩衣。包み込むような母性を溢れさせるその女性は、とある一点の異常を持つ以外は、夏夜によく似た美しい存在だった。


「……角?」


 生えているのだ。彼女の額から一本の鋭い角が生えている。

 装飾ではない。伝わってくる――彼女が、人間ではないということが。

 一本角の女性は深く腰を折り、甘ったるさを含む声で詠真へ言葉を投げた。


「初めまして、木葉詠真さん。私は晴泰さんの式神『伊舎那后イザナミ』でございます」

「は、初めまして……えっと、いざ、なみ? さん? 式神って……」

「はい、イザナミでございます」


 柔らかい笑み。ふわりとそれを浮かべ、イザナミは詠真の隣に座りこむ。

 角が当たるか当たらないかの距離に顔を近付け、笑みの柔らかさを決して崩さずに。


「夏夜を振ったんですよね?」

「……え?」

「夏夜を振ったんですよね?」


 角が当たる。ちくちくと詠真の額を突き刺してくる。

 なんだこの人は? 式神? イザナミ?

 式神というものの存在は、かつて夏夜から聞いていた。ルーカス・ワイルダーとの戦いの中でそれらしきものが発動されていたことも知っている。しかしそれ以上は知らない。


「……確かに、俺は夏夜を振りました……」

「どうしてですか?」

「……好きな人が居るからです」

「氷帝ですか?」

「……はい」


 表情を変えず角と質問を突き刺してくるイザナミ。彼女の真意が測れない。晴泰はそんな光景を見て頭を抱えており、そんなことしてる間があるならどうにかしてと叫びたい。

 だが、叫ぶ必要も無かった。

 イザナミは詠真の隣を離れ、晴泰の元へ戻る。


「そうですか。夏夜にはまだ色気が足りませんからね。致し方の無いこと……」

「……勝手なことは止せ。彼はまだ何も知らないのだ、困惑するだろう」

「うふふ、まあ母親として当然の行動だと許して下さい晴泰さん」

「全く……」


 その会話の中で、明らかに流せない単語が聞こえてきたのは気のせいではないだろう。

 母親? イザナミさんが? そんな疑問が詠真の頭を過り、つい口をついてしまう。


「あの、母親って……」

「ああ、すまない。驚かせてしまったね。信じられないかもしれないが、イザナミは正真正銘我が妻であり、夏夜の母なのだ。ともあれ、まずは式神について話さねばならんな」

「その為に俺をここに?」

「いや、そういうわけではない。しかしまあ、我ら陰陽師も木葉君を利用してしまったことに変わりはない。それに何より、君と私は世界の声に動かされる存在だ。だから君にはもっと世界の真実を知ってほしい。我らの式神についても真実の一端に過ぎないがね」


 呼び出した理由は他にある。そう捉えていい言葉だったが、その後に続いた言葉に偽りがないのも分かる。砕いた言い方をすれば、晴泰は詠真と語り合いたいと思っているのだ。

 イザナミが口元に手を添えて微笑み、二人に茶を用意し始める。


「さて、まずはそうだな……君は呪術をそのようなものだと思っているかね?」

「どのような……魔法と似ている異能、ですか」

「間違ってはいない答えだ。だがより正確に言うのならば、魔法では行えない『あること』を実現できる異能、というのが正しい。詰まる所、それが式神術式なのだよ」

「魔法では行えない……」


 イザナミに出された茶を一口含み、芳醇な味わいに頬を綻ばせながら、


「魔法は万能じゃないってのは、鈴奈から……氷帝から聞いたことがあります」

「まあ呪術よりは万能に近いがね。それでも『その一点』に於いては、呪術に軍配が上がる。魔法使いには使役できず、陰陽師には使役できる式神。その正体が何か……」


 分かるかい? と問われるが、詠真は首を横に振る。皆目見当が付かない。

 ゆえに、次に晴泰から発せられた一言は、詠真の脳を揺さぶることになる。


「――死者だよ」


 空気が冷える。人間の禁忌を犯したその言葉に、超能力者でしかない木葉詠真が紡げる言葉など存在しなかった。部屋に響いた晴泰の声色や、イザナミの微笑みが一切揺らがない光景からも、それが紛れも無い事実であることなど明白なのだから。

 どれほどの時間が経ったのだろう。あるいはほんの数分だったのかもしれない。

 詠真は意を決して、口を開いた。


「……死者って」

「ああ、死者だ。このイザナミも――陽姫はるきも、一度命を散らした死者だ」

「陽姫というのは生前の名です。式神としての名が、イザナミ。『伊舎那天』という異名を取る晴泰さんの妻なので、日本神話をなぞって、そう名乗らせてもらっています」

「ってことは……式神術式って、まさか……死者蘇生……なんですか?」

「厳密には違う。死者は蘇らない。それは世界の真理だ。ゆえに真理を捻じ曲げた死者蘇生術式『泰山府君祭』は完全ではなく、死者を『鬼』としてこの世に呼び戻した。遠い昔に十二神将の一角・閻魔天の位に立つ陰陽師が開発した禁忌にして最大の呪術なのだよ」


 晴泰の言葉が終わるのを見計らったかのように、部屋がノックされ、入室の許可と共に一人の人間が姿を見せる。グレーのスーツに身を包んだ妙齢の女性だ。

 彼女を示して、晴泰が言う。


「丁度良いところに来てくれた。木葉君、紹介しよう。彼女は十二神将の一角・毘沙門天の位に立つ『破軍総帥』という異名を取る倉橋徒架だ。今し方話した式神を、現存する陰陽師で最も多くの数を保有する最強の式神使いだ。説明は徒架に任せよう。いいかな?」

「ああ、その話をしていたのですか。筆頭が言うのなら私は構いませんが」

「ではまた後ほど語らおう、木葉君」

 整理しきれない、受け入れきれない真実を前に、詠真はただ頷くことしか出来なかった。


 ☆ ☆ ☆


「あ、お父様」

「先刻、木葉君に式神のことを打ち明けてきた」


 夏夜の自室を訪ねた晴泰は、まずそのことを娘に報告する。彼女にとって木葉詠真は誰よりも特別で大切な存在だ、そんな娘の意思を聞かず取った行動への謝罪を込めて。

 しかし、夏夜は怒ることもなければ、かといって安堵するようなことも無かった。


「本来ならば私が請け負うべきことでした。ありがとうございます、お父様」

「そんなことは無い。それは筆頭である土御門晴泰の仕事だ。今は徒架に木葉君を任せているが、その後の彼のケアは夏夜、お前の役目だ。氷帝では無く、お前のな」

「……私は振られたんですよ。あまり下手なことはできませんが、任されました」


 晴泰は少し悲しげな目をしながらも、頑張れと残して部屋を去る。

 入れ替わるように、夏夜の隣には改造した着物の女性――式神『艶姫あでひめ』が出現した。


「なかなか強敵だねぇ、氷帝は。恋敵としても、一人の戦士としても」

「……十年前の彼女とは何もかもが違いますしね。本当、良い女性になりましたよ」

「夏夜の場合、女性というか少女だしね。まーだ垢抜けないのか、私の跡継ぎは」

「余計なお世話ですよ艶姫。垢抜けなくても、火天の位は務まりますから!」


 ぷぅと頬を膨らませて抗議する夏夜。艶姫はその風船のような頬を突きながら、


「まあ、あの『元闇帝』を前にして生き残った時点で、夏夜は私を超えたようなもんだ」

「あ、そういえば! なんでそのことを教えてくれなかったんですか!」


 それはドイツでの戦争の時のことだ。詠真と夏夜が対峙したブルート・フェルカー・モルト・ジークフリート――改め、聖皇国の元八眷属『闇帝』ルーカス・ワイルダー。彼の存在を艶姫は知っていたということを、夏夜は日本帰国と共に知ることになったのだ。

 とは言え、ドイツに居たことを知っていたわけではない。

 艶姫――先代火天の位『艶姫』土御門夏希は、かつてルーカス・ワイルダーと戦闘した経験があったのだ。彼女はその戦闘で戦死し、その後筆頭土御門晴泰の『泰山府君祭』で式神化。一時的に晴泰の制御下に置かれることになったのだ。


「あはは……いやぁ、私も始めは気付かなくってね。私を殺した頃と比べると三度見するくらい弱くなってるし、名前も違うしね。似てる魔力だなって感じだったのよ」

「んもう……自分を討った相手に恨みとかは無いんですか?」

「そりゃあるけど、あれは実力が天と地だったしねぇ……何なら、弱い自分が憎いよ」

「なんというか、真っ直ぐですよね艶姫は……」

「でもまあ、次代の火天に真っ直ぐの大切さを直接教えられて私は嬉しいよ」


 本来は晴泰の式神だった艶姫。しかし夏希の式神化から数年が経ち、夏夜が空席だった火天を継いだと同時に、式神・艶姫の制御は父から娘に移譲されたのだ。

 そもそも式神は一人に付き一体が望ましい。『泰山府君祭』は呼び戻した死者の魂を呪力に変換して、己の呪力に内包する形で成立する。つまり個人が二つの魂を宿すことと変わりないのだ。全く異なる魂であるがゆえに、二つも三つも所持することは危険となる。

 つまり晴泰は、移譲することを前提に妻の式神に次ぎ、艶姫を保有したということ。

 夏希を助けるわけでは無く、あくまで娘の為に――新たな火天の為に。

 土御門夏希の魂を、現世に縛りつけたのだ。


「筆頭に感謝する時が来たかね。何たって、仇の死に様に立ち会えたんだから」


 ケラケラと楽しそうに笑う艶姫。そんな彼女でも式神として呼び戻された時は怒り狂ったのだろうと夏夜は思っているが、わざわざ聞こうとは思わない。彼女の魂でもある呪力が自分から反発することが無い以上、それは彼女が今を受け入れている証なのだから。


「つってもまあ……夏夜の前で言うのもなんだが、筆頭はもう人には戻れんだろうよ」

「……分かっていますよ。お父様の苦しみを少しでも背負う為に、私は強くならねばならないのですから。振られましたしね。いつまでも恋に現を抜かすのは、もう終わりです」


 その言葉の真意を艶姫は履き違えた。諦観、などでは決してない。

 父の為に強くなる。そう、本来の生き方を貫けばいい。必要なのは、強くなること。

 彼よりも、彼女がよりも。強く、強くなって、二人の守れる強い戦士になるんだ。

 好きな人の幸せを願うのも、彼に恋をした自分が望んでいることに違いなのだから。


 ☆ ☆ ☆


「衝撃的だったろう、式神の成り立ちは」

「……はい」


 数時間前まで十二神将の二人と訓練をしていた防衛省本庁地下の戦闘空間。

 倉橋徒架にそこまで連れて来られた詠真は、一先ずの落ち着きを取り戻した。

 道中追加で聞かされたのは『泰山府君祭』によってどのように式神が生まれるのか、それによって個人が保有できるのは自分の魂ともう一つの魂、計二つが限界であること。そして夏夜の持つ式神『艶姫』は先代の火天、つまり彼女の先輩にあたる人物であること。

 それらを説明した上で、徒架は見せたいものがあると言って、ここまで来た。


「そもそも魂の保有数に限りがあるのは、全く異なる魂であるがゆえだ。例えば多重人格の場合、一つの魂が多数の人格を形成しているに過ぎない為、数に決まりはない」

「まあ、そうですね」

「ならば、だ。式神となる魂が、術者の魂の一部となって『取り込まれる』ことができたらどうなると、詠真君は思う? 深く考えなくていい、率直に答えてみて欲しい」

「……魂は、一つになる?」

「聡いね。正解だ。保有できないなら、一部にしてしまえばいい。取り込むというのはある意味、死者蘇生よりも質が悪いが、魂は当然の如く両者の同意が無ければ同一化しないという点を考えるならば、むしろ死者にとっては喜ばしい結果になるんだよ」

「それはエゴじゃないんですか?」

「私だけがそう思っているのなら、エゴだ。しかしそうではないということを君には知ってほしいと思って、ここまでご足労を願ったんだよ。陰陽師がただの死者を冒涜している集団だとは思ってほしくはないからね。どうかな、詠真君が拒否するなら強制はしない」


 徒架の言葉の意味を解釈するなら、式神から直接話を聞けということだろう。そして彼女が保有する式神の数は一体ではない。恐らく、二体か三体、もう少し多い程度か。

 確かに、このままでは詠真の認識では死者を冒涜する集団だ。だが詠真としても夏夜が育った場所をそのように思いたくはない。もし認識が変わるなら――そう思ったから。


「分かりました。真実をこの目で、確かめたいと思います」

「ありがとう。では少し下がって。たくさん出てくるからね」

「たくさん……?」


 詠真の疑問の声は届かず、徒架は一枚の札を手に、つらつらと何かを唱え始めた。


「嗚呼、咒法無情也

 悲嘆の言すら沸かぬ

 嗚呼、我有情也

 内包せし常世に嘆くは甘美

 欲せよ 蜜の在処

 総て、総て我に捧げ賜へ

 汝等は総てを滅したゆえ

 凡ゆる総ては汝等を縛らむ

 唯一、我の蜜に囚われよ

 受け入れよ、常世の在り方

 汝等の、在り方」


 それは式神召喚の祝詞。通常なら一言で済むそれは、一定の長さを誇っていた。通常では無い祝詞は現存する陰陽師で彼女だけが必要とする――一気呵成の徒架最大の呪術。


「天魔外道皆仏性

 四魔三障成道来

 魔界仏界同如理

 一相平等無差別

 諸行無常・是生滅法

 生滅滅已・寂滅爲樂」


 聞き取りにくい祝詞。その最後だけを、詠真は明確に聞き取ることが叶った。


「『式神破軍――涅槃寂静・百鬼夜行』」


 視界が眩さに包まれる。と同時に先刻までは無かった『無数の気配』が肌をなぞった。

 大きな空間に二人だけ。それ特有の物寂しい感覚が瞬く間に消え去り、まるで人混みの中に居るような窮屈さが襲い来る。やがて眩さが消え、いくつもの息遣いが耳朶を打った。

 広がった光景に、文字通り言葉を失い、恐怖すら込み上げる。


「……なん、にん……いるんだよ……」

「――一○○人だよ。私が使役する式神は、総勢一○○人だ」


 一○○の人型が、全て頭を垂れて徒架へ向かい膝を突く異様な光景。

 まさに鬼の軍を仕切る司令官。破軍総帥という名の意味を、事実を以って理解した。

 彼らを呆然と眺める詠真は、ふとある違いに気付く。


「あの、イザナミさんや夏夜の式神は肌が褐色でしたよね? でも徒架さんの式神を見た感じだと、褐色肌より赤い肌の方が多いですよね……? それに角の本数も……」


 その言葉に、膝を突く式神の中の一人が、ぬるりと立ち上がる。しかしそれの肌は褐色でも真紅でもない――漆黒に染まっていた。そして、他の個体と明らかに気配が違う。


「徒架、誰それ?」

「ああ、紹介しよう。かねてより話にあった木葉詠真だ。詠真君、彼女は私の式神の中でも最強の個体で、十二神将の一角・羅刹天の位《鬼神羅刹》だ。気軽に羅刹でいい」


 鬼神羅刹。そう呼ばれた式神は、確かに女性の姿をしていた。腰まで伸びる髪は血の如く真紅に染まり、漆黒の肌を覆うのは同色の鎧。二メートルを超えるほどの長身痩躯で、その体躯に迫る長大な刀を左腰に差している。詠真を見下ろす瞳は黄金に輝き、それに射抜かれただけで腰から下が笑いだすような、明確な恐怖を放っていた。

 だが、そんな雰囲気とは裏腹に、


「あー、お嬢が片想いしてた男の子! ねぇ皆、あれが噂のお嬢の片恋相手だって!」


 快活な子供のような反応を見せる羅刹。彼女の言葉に膝を突いていた九九人の式神が一斉に顔を上げ、「おお!」「会ってみたいと思ってたんだ!」「お嬢とはどこまで!」などなど無数の声が空間に満ち始めた。だがそれを制するように、徒架が号令をかける。


「落ち着なさい。彼が困ってるでしょう。羅刹も皆を煽らないで」

「はーい」


 再度全ての式神が膝を突き、徒架は謝罪してから話を戻した。


「えっと、まず違いから教えるわね。式神には三種類あるのよ。まず、赤い肌に二本の角を持つ式神を『鬼』と呼ぶの。一○○人中七○人がそれにあたるわ」

「割合が多いんですね。言葉は悪いかもしれませんけど、式神の中じゃ……」

「そうね。一般的な陰陽師レベルってとこ。詠真君でも勝てる程度かしら」


 そんな評価に七○の鬼は苦笑のような、申し訳ないというような表情を浮かべる。


「次に夏凛さんや夏希……じゃ分からないか。イザナミや艶姫のような、褐色肌に一本の角を持つ式神を『夜叉』と呼ぶの。これには強弱の幅が大きくて、鬼よりは確かに強力だけど、中には十二神将にも匹敵する個体も居るわ。イザナミや艶姫も元十二神将だしね」


 ちなみに私の二九人の夜叉は、誰もその二人に敵わないけどねと徒架は肩を竦める。それに対してやはり夜叉達も鬼と同じく、力及ばずといった表情を一様に浮かべていた。

 そして、と徒架は続ける。


「最後に、漆黒の肌と一本の角を持つ式神が『鬼神』。この領域に至れたのは陰陽師の歴史の中でも羅刹ただ一人。筆頭には及ばないけど、十二神将でもトップクラスの実力を備える最強の式神よ。流石に造子と真冬に遊ばれた詠真君じゃ敵わないかな」


 それは言われなくても分かってますと言いかけてどうにか抑える。


「……どうしてこれほどの数を……」


 式神は一人に付き一体の常識を覆す使役式神数一○○体の光景は、圧倒的以外の感想が見つからない程の埒外の才能だ。個人個人の力は小さくともこれだけの数が集まれば結果は違ってくる。それらを一身で有し使役する徒架の魂は常人のそれとは程遠いだろう。

 なおさら、その理由が気になってくる。


「どうして、か。実は簡単な理由なのよ。種類以外に、他に気になるところは?」

「他に、ですか……」


 改めて光景を眺める。鬼、夜叉、鬼神の軍。違いはそれだけだ。他にあったとしても陰陽師について詳しくない詠真では理解できない――そう思った時、これまたふと気付く。


「羅刹さん以外は、全員男ですよね?」

「ええ、その通りよ。羅刹は私の実妹……倉橋友美。それ以外は全て――」


 言って、徒架は式神に背を向け、詠真を正面に、両手を大きく広げる。

 まるで、彼らを包み込むように。


「――私に恋をして、自ら私の式神になりたいと命を捨てた大馬鹿たちなのよ」


 言葉は悪い。しかしそこには、図り切れない愛情が詰まっているのを詠真は感じた。

 恋をして、その相手の為に命を捨てる。徒架の式神破軍が成立した理由はそこにある。

 彼女に文字通り全てを委ねた魂は、彼女が受け入れさえすれば同一化など容易いということだったのだ。同一化したいと願う魂であることも、容易さを加速させる要因の一つ。

 そして己の魂とは別に有する式神が、実妹でもある鬼神羅刹。

 なるほど、と詠真は納得した。徒架が破軍発動前に言っていた言葉の意味を。


『聡いね。正解だ。保有できないなら、一部にしてしまえばいい。取り込むというのはある意味、死者蘇生よりも質が悪いが、魂は当然の如く両者の同意が無ければ同一化しないという点を考えるならば、むしろ死者にとっては喜ばしい結果になるんだよ』

『それはエゴじゃないんですか?』

『私だけがそう思っているのなら、エゴだ。しかしそうではないということを君には知ってほしいと思って、ここまでご足労を願ったんだよ。陰陽師がただの死者を冒涜している集団だとは思ってほしくはないからね。どうかな、詠真君が拒否するなら強制はしない』


 支配、ではない。脅し、でもない。純粋な愛が起こした双方同意の魂同一化。思い返してみれば、土御門晴泰の式神は妻だ。そこには間違いなく愛が存在している。夏夜の式神に関しても、どうやら多少の問題はあったらしいが、次代を直接育てるという先代火天の想いは間違いでは無かったゆえに、師弟という名の愛がそこには存在しているのだろう。

 そして羅刹と徒架の間には家族愛。


「……式神は、ただ無作為に死者を呼び戻しているわけではないんですね」

「ええ、私はそれを知ってほしかった。たとえ戦死した十二神将でも、式神化するに値する『愛』が無ければ絶対に行わない。戦死者が生前、式神化を望んでいたとしてもね」


 徒架は振り返り、式神達へ微笑むと、発動を解除。式神全てが彼女の中へ帰還する。


「異能を持たざる者とは相容れない。でも私たちにも倫理はある。情もあるわ。でもむしろそういったモノを持っていないから、奴らは『持たざる者』なのよ。天宮島を襲撃したアメリカとロシアもそう……だから君には本当の私たち『陰陽師』を知ってほしかった」


 かつて一年前、私達を理解してくれようとした君には、ね。

 徒架はそう締めくくって、詠真の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。


「これで夏夜を選んでくれてたら最高だったのにね」

「はは……すみません」

「いいのよ。詠真君はこれから何か予定は?」

「いえ、特には……」

「じゃあご飯行こうか。一年前に顔を合わせた連中も一緒にね」


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