表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
七幕『交わる決戦の地』
56/60

『命を削ってでも』


 防衛省特別の機関、特殊機密組織『天廊院』。

 超能力、魔法に次ぐ第三の異能『呪術』を扱う存在『陰陽師』で構成された日本の秘密組織。

 古来より伝わり生きてきた陰陽師は、歴史の裏で『魔法使い』と戦争を続けており、その宿敵との間に『休戦協定』が敷かれたのは史上初。中には休戦協定に反発する者もいるが、それでも組織のトップである『十二神将』が首を縦に振ったのならば覆しようはない。


 『全てを知る彼の者』――木葉詠真を起点に、変わりつつある二勢力の関係。


 言い方を変えれば。

 それは、彼を起点に歴史が変わろうとしているのだ。

 長く膠着していた歴史が、動き出そうとしているのだ。

 此の世を包む、謎の中心へと――。


 ☆ ☆ ☆


 12月24日。

 運命のその日まで二週間を切っていた。

 木葉詠真へ向けて全世界宣布されたイギリス王室の――『四大絶征郷』の意思。

 それを真正面から受けると決めた詠真は、陰陽師のトップ『十二神将』に特訓を申し出ていた。

 返答は快諾。残る時間でどこまで強くなれるかは分からないが、それでも詠真は出来る事は全てやりたいと思っている。相手は『四大絶征郷』――神郷天使だ。それだけじゃない。あの鈴奈を瀕死まで追い込んだ残りのメンバーの存在もある。遠くの寒地で修行に励んでいる彼女に負けないように、限界まで己を磨こうと詠真は必死に特訓に打ち込んでいた。


「あらあら、止まっていては死にますよ?」

「どうしたどうしたァ! 強くなりてェんだろ!」


 防衛省地下に建造された特殊訓練場。鈍色に覆われただだっ広いこの空間では今、水の化身と銀の化身が暴れまわっている。それらが狙うは少年――木葉詠真。


「この程度で息を上げていてはどうにもなりませんわねえ」


 口元を押さえてほくそ笑む女性。蒼い着物を纏い、黒髪を一つ結びにした彼女の名は土御門真冬まふゆ。水の化身――詠真を喰らわんと暴れ狂う水の龍を操る『十二神将』が一将だ。


「どうせ死ぬなら今死んだ方が潔いんじゃねェか?」


 呆れ気味にため息を吐く荒々しい女性。着崩したスーツに眩い金髪をポニーテールに束ねた彼女は土御門造子つくりこ。銀の化身――詠真を砕かんと迫る鋼の巨人を操る『十二神将』が一将だ。


「こんなとこで死ねねェんだよ……ッ!」


 詠真の背後から迫り来る水の龍と鋼の巨人。両方が全長10メートルを超す埒外の怪物だ。だがそれらをいとも簡単に生み出し操る彼女らの方が怪物に相応しい。加えて言うなら、本気で殺しに来ている辺りも怪物じみた恐ろしさを感じる。


「くそっ!」


 鋼の巨人の剛腕が詠真の頭上に迫る。巨体に似合わない怪速の一撃。かれこれ一時間は走りっぱなしの詠真にそれを躱せる体力は残されておらず、遂に超能力を使用して迎撃を開始した。

 この特訓は二段階に分かれており、まず超能力無しで攻撃から生き延びるのが第一段階。その中で限界を迎え超能力を使用すると第二段階に突入する。

 床から岩柱を生み出し鋼の巨人を突きあげ、片腕に噛みついた水龍を氷結。巨大な氷塊と化したそれを風の補助で軽々と振り上げ、巨人へ振り下ろした。

 砕け散る二つの怪物。訓練場に一瞬の静寂が流れる。


「たった一時間か。根性ねェなあ」

「はあ……はあ……超能力抜けば、ただの人間なので……」


 肩を震わせて息を荒げる詠真へ、真冬が冷めた視線を送る。


「しかし相手は超能力を無効化するのでしょう? ただの人間程度では死ぬだけです」

「分かってます……でも、その超能力を突破しないことには意味ないんですよ……」


 その視線に屈せず、強気に、あくまで強気に、十二神将を睨む。


「俺は、死ぬわけにはいかないんだ」

「……現段階の半覚醒状態で突破できるか保証はない、でしたか。前回はその状態で突破できたと聞きましたが?」

「不意を突けたから、だと思います。だから次同じ通りにいくかは分かりませんよ」

「なるほど。……造子さん」

「オーケーオーケー。じゃあ軽く本気マジといきますか」


 真冬が一歩下がる。

 刹那。造子の背後に無数の呪符が展開、それら一枚一枚が銀色の液体へ変化。それは呪術で生み出した流体金属だ。彼女は五行――魔法で言うところの属性――の金行を宿しており、砕いて言えば金属を生み出す力だ。魔法の無属性と同系統と言えるだろう。

 だが造子はただの金属ではなく、銀を生み出すことができるただ唯一の陰陽師。

 彼女は俗に『銀天上ぎんてんじょう』と呼ばれている。


「お前も本気にならなきゃ死ぬぜ」


 流体金属が形を成していく。

 彼女の背後に浮かぶは、2メートルに及ぶ銀の鎧武者。その上半身だった。右手に長大な刀、左手には盾となる護手、顔に浮かべるは紅い眼光を放つ鬼の如き凶顔。

 それは、土御門造子を象徴する呪術『白銀武者』の、僅か一端に過ぎない。

 造子の動きに連動して武者の刀が大きく払われ、切っ先が詠真に据えられる。


「十二神将が一将、梵天の位『銀天上』土御門造子。いっちょガキに焼き入れてやらァ」

「……全力で、どうぞ」


 詠真の瞳に浮かぶ紅い十字架が閃く。同時に周囲に水、火が逆巻き、踏みしめる訓練場の床が明確に波打った。現状最大の三つ同時発動。つまり既に全力。一時間の逃亡で体力をごっそり削られている詠真が、本気の一端を見せる十二神将に手を抜けるはずもないのだ。

 命を削る覚悟をする。惜しんでいるだけでは成長などすぐに止まってしまうだろう。

 かつて、鈴奈が命を賭けて己が封印を破ったように。

 詠真も、命を賭けて、己の限界を打ち破る。

 その覚悟を、今一度決める。

 決めて、先手を仕掛けた。


「銀の融解温度ってどのくらいでしたっけッ!」


 右腕に絡みつく火を前方へ。放出と拡散。視界が業火で閉ざされるほどの凄まじい熱量を放って白銀の武者を溶かしにかかる。

 いくら呪術とは言え、金属で在る以上必ず溶ける。そう、詠真は踏んでいたのだが……


「銀の融点は約1000度だ。お前の火なら余裕だろうなァ」


 業火を切り裂く銀の刀。たった一振りで掻き消えた火の中から無傷で、僅かな焦げすら無い体で現れた造子は右腕を振り上げ、振り下ろす。彼女の動きと連動している白銀武者の右の刀が、その長さを一瞬で倍に伸長させながら、詠真の頭上へ迫った。

 だがその場を動かず。床から岩柱を生み出し、刀の腹を叩くことでその軌道を歪めた。数十センチ隣の床を削った銀の刀に手を添え、


「なら呪術補正を加えて、一万度ぐらいでどうでしょうか」


 その手から溢れだす炎。色は――白。実際は白色ではないが、摂氏一万度という超高温の熱は視界を白光に染め、太陽が如き業熱が銀の刀を瞬く間に包み込んでいく。

 銀など一瞬にして気体と化してしまうその熱量に、造子は目を閉じ、怪しく笑う。


「ドンピシャ。やるねェ……だが」

「――!?」


 詠真は手の中に異変を感じた。業火で溶かし尽くしたはずのそこに感触などは無い。無かったにも関わらず、そこには確かに『刃』の感触が生まれていた。

 咄嗟に手を離す。少し遅れていれば、この手は血で真っ赤に染まっていただろう。

 だが安心するのはまだ早かった。復活した刀が横に薙がれ、詠真の腹に迫る。躱す為に詠真が取った行動は、自分の足元から岩柱を突き出すこと。それによって体は空中へ投げ出され、刀の一撃を躱すこと自体は叶った。しかし、眼前には既に――巨大な水龍が顎を広げていたのだ。


「訓練だと舐めてると死ぬぞ。マジで」

「これは実戦と同じですよ」


 水龍の一撃によって壁際まで吹き飛ばされた詠真は背中を強打。喉に詰まる息、水龍の牙に相当する部位に接触した箇所には穴が開いており、血がドクドクと溢れ出していた。おおよそあの牙はウォーターカッターと同様の原理で作られている。もし真冬が本気の本気で殺す気ならば、詠真は既に絶命していただろう。それを思うだけで、崩れた足が竦むのを感じる。


「……ぐっ」


 詠真は確かに強くなった。元八眷属を斃せるほどに。だがあの男――ルーカス・ワイルダーは聖皇ソフィアによって力の半分を奪われた手負いの強敵だった。ゆえに、あの男に勝ったからと言って八眷属と同等の力を得た訳ではない――十二神将と同等の力を得た訳ではないのだ。

 つまり。

 十二神将を二人同時に相手取って、詠真が勝てる道理はない。


 ――舞川鈴奈との差は、何も縮まってなどいないのだ。


 彼女に告白した。両想いだった。

 だが。

 詠真は彼女に、何も追いついていない。

 あの告白は、早計だった――かつて誓った、彼女に並び立ったら想いを告げようと。

 それは詠真の思い違いに過ぎなかった。

 現に、こうして十二神将相手に手も足も出ない。二人だから? 違う。たとえ一人だったとしても勝てないだろう。おそらく、夏夜にだって勝つことは不可能だ。

 だが、だからこそなのだ。

 勝てない強敵だからこそ、特訓の意味がある。


「ズルいよな、マジで……ただでさえ……強いのに……更に強くなりやがって……」


 これでは追いついた傍から上を行かれてしまう。

 どうして、その背中は遠い。

 服の一枚くらい掴ませろ――なんて、弱音を奥歯でかみ砕いて。

 溢れる血を無視して、立ち上がる。


「……それでこそ、鈴奈だ。さあ、まだまだ行く……――」


 そんな意思とは反して、意識はふっと掻き消えた。

 倒れ込む詠真を受け止めた造子は、その体を無造作に放り投げて白銀武者の肩に乗せると、心底呆れたような視線を真冬へ投げる。真冬もまた、同様の視線を。


「若いねェコイツも。一万度の炎よりも若さが眩しいよ全く。若さ憎いし殺したい」

「その感情が歳をより強く思わせるのですよ。まあ若さ憎いし私も殺したいですけど」

「……まあ、でも確かに。お嬢が惚れる理由も分からなくもないがね」

「ですが彼は振ったそうですし、やっぱり殺しますか」


 数時間後。目覚めた詠真は悪夢に魘されていたらしいが、理由は明白ふめいである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ