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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
六幕『二王離反』
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『エレメント・フォース』



 天宮島中枢システム。

 名は『エレメント・フォース』。

 そう、ネコは告げた。

 断言して、この場に居る者らは総じて聡明で優秀な頭を持っている。そんな彼らだからこそ、告げられた名から『関連性』を見出すまで時間はかからなかった。

 特に、最も『それ』と付き合いが長い少年――木葉詠真は、単なる偶然などと思える筈も無く、密接な関わりが在る事実を既に確信していた。

 ゆえに、これは自分が言うべき、確認すべき所だと、口を開く。


「中枢システムの名前と……俺の超能力の名前が酷似してるのは、無関係じゃねぇん……だよな……?」


 ネコは小さく頷き、


「天宮島に渡り来る超能力者の、その力を『書庫』に登録する際、必ず何かしらの名称を決めるんだが、それには二通りの決め方がある。一つは本人に任せる方法。もう一つは、政府側に任せる方法。大半は後者で、木葉兄妹も後者の方法での名称登録を選択した」


 これは詠真も覚えている。

 突然、超能力の名前はありますか? と聞かれ、無いから「無い」と答えたら何方の方法で決めるか選ばされた。面倒だと感じた詠真は政府側に決めてもらう方法を選んだのだ。

 

「常なら、政府役人が超能力のデータを見て特性などから付ける程度。その名称でどうこうなる訳じゃねえ。ただ、木葉詠真の超能力名には別の意味も込められたんだ」


 ここまで言われれば、もはや『別の意味』が何なのか、察しどころか確信にさえ変わってしまう。

 そしてそれはネコが、何者でもない『宮殿』の一人だった彼女が、答えるべき真実なのだ。


「木葉詠真の超能力は、天宮島中枢システム『エレメント・フォース』の予備(スペア)として、200万ある超能力のどれよりも優秀なモノだった。むしろその為に存在する超能力と言っても過言じゃあない。そうして『宮殿』の総意で付けられた名称が――」


「――『四大元素(フォースエレメンツ)』……なのか」


 落ちた沈黙が答えか。詠真はおろか、魔法使いに陰陽師すら言葉を失い、今、止めず発言すべきなのはネコの他に居ない。

 ネコはもぞもぞと小さなボールペンを取り出し、最重要機密の紙の裏に何やら図を書き出した。

 菱形の四つの角に大きな円、その中央に小さな円。それは天宮島の構成を表しており、上の円に2、左回りに3、4、5の数字を振っていく。最後に中央の円に1を振る事で各基を示し、まずネコは中央の一基(ファーストベース)をペンで指して説明を始めた。


「一般的には立ち入り禁止の一基に聳える『宮殿』の拠点『神殿の柱』。ここの最下層には、中枢システムの中央コンソールがある」


 そしてと言って二基(セカンドベース)を指し、


「二基の最下層には『地を操る超能力者』」


 そこから数字順に、


三基(サードベース)は『水を操る超能力者』、四基(フォースベース)は『火を操る超能力者』、五基(フィフスベース)には『風を操る超能力者』の計四人の超能力者が、特殊な棺の中で眠りについている。これらを中央コンソールから制御し、且つ龍脈に干渉する事で、天宮島という超大型浮体式構造物を洋上に浮かせているんだ。これら総てを引っ括めて中枢システム、地水火風の四元素を操る超能力によるシステムだから『エレメント・フォース』という名称が付けられている」


 ネコはペンを置き、ジュースで渇きを潤してから話を続ける。


「これらの超能力者は天宮島創設当時から眠りについていて、正直なところ――彼らの命は近いうちに尽きてしまうだろうと私らは判断している」


「もし、尽きたら……?」


 夏夜の問いにネコは指を弾いた。


「一人でもかければ全体のバランスが崩れて制御が狂い、たとえ制御を持ち直したとしても……ズドン。島は沈む」


「ッ――!」


 詠真にとってはただの島ではない。

 家がある、友がいる、絶望から救い出してくれた楽園、必ず英奈と共に戻ると決めた安息の地。

 ――そうか、あの言葉は……。

 思い出すのは、天宮島を出る前夜にネコが小さく囁いた言葉。


 ――『宮殿』の魔の手に搦め捕られるなよ。たとえそれが……楽園を壊すことになってもだ。


 あの言葉の意味が判った。

 詠真は拳を握り締める。


「『エレメント・フォース』が一つでもかければ、島は沈む。でも俺の『四大元素』なら、四人のバランスを一人で担うことができる……。けど、俺が中枢システム化を拒否すれば……天宮島はいずれ沈んでしまう……」


 英奈を取り戻して天宮島へ、もう一度幸せな光景を――。

 だが、詠真が天宮島中枢システムの一部にならなければ、島は沈む。


 最愛の妹と天宮島で暮らしていく。


 たったそれだけの望みも、

 たったそれだけの幸せも、

 たったそれだけの事すら、

 

「俺には……許されないってのかよ……ッ!」


 詠真は行き場のない怒りを拳に乗せて床を殴ろうと振りかぶり、下ろした。


「詠真……!」


 拳は床に当たらず、鈴奈の華奢で繊細な手によって掴まれていた。

 そうだ、英奈だけじゃない。

 鈴奈とも、会えなくなる。

 気持ちを理解してくれた夏夜にも。

 俺が、自分を取れば、天宮島は沈み、200万人の超能力者は犠牲になる。島を脱出したとしても、彼らに天宮島以外安息の地なんて存在しない。

 同じ超能力者として、絶望を知っているから、気持ちは痛いほど判る。俺たちには、天宮島しかないんだ。


「……クソッ…………どうにか、どうにかなんねぇのかよ、ネコォ!」


 今にも掴みかかりそうな勢いと形相。鈴奈が身を入れて止め、目を伏せているネコは首を横に振る。


「今のまんまじゃどうにもなんねえよ。天宮島にゃ、地水火風の中のどれかを操る超能力者はいくらかいる。だがそいつらじゃ役者不足なんだ、どいつもこいつもお前の残滓かっつーしょぼい連中だからな」


 それになとネコは頭を掻きながら、


「祈竜祭の祈竜戦は、中枢システムに見合う地水火風の超能力者を見定める意味もある。お前が去年決勝でやった……確か今年もブロック決勝でやったか、あの炎熱系の女も悪くはないが、島一つ支えるには最低あの『十倍』は必要だ」


 お前じゃなければ駄目だ。

 それは、今の詠真には絶望的な響きにしか聞こえない。


「なんで俺が……俺、なんだよ……」



 ――唐突に、腕を白く巨大な獣の腕に変化させたネコが鈴奈を引き剥がし、元に戻った小さな手で詠真の胸ぐらを掴んだ。

 赤い十字架が刻まれた双眸と、猛獣の如くギラつく双眸が僅か数センチの距離で火花を散らした。

 ネコが顔を歪めて怒鳴り上げる。



「オマエは本当にマヌケだな! ここにきて、私がお前に中枢システムになってくれなんぞ頼むと思ってんのかッ!? あッ!?」


 相手が少女の容姿だとか、そんなことは関係ない。

 詠真は、『外』の人間に憎悪を剥き出しにする時と同等かそれ以上の怒りを叩きつけた。


「なら……ならどうしろッてんだよッ!! テメェが言ったんだろうが、どうにもなんねぇッてよッ!!」


「きちんと人の言葉は聞けよクソガキッ!! 私は『今のまんま』じゃどうにもなんねェッつッたんだよッ!」


「じゃあどう『今』を変えりゃいいんだって聞いてんだよクソチビッ!! テメェは『宮殿』だったんだろ、天宮島で一番偉い組織の一人だったんだろうがァッ!! ならなんとかして助けてくれよッ! 楽園なんだろッ! 天宮島ってのはッ!!」


「私一人じゃどうにもできねぇから、お前を頼りに来たんだよッッ! 同じ事を何度も言わせんじゃねぇぞ!!」


「結局俺に中枢システムやれってか……ッ! 巫山戯んじゃねェ!!」


「違ェつッてんだろォがッ!! 頼りにしてんのは、そのッ――目だよッッ!!」


 一瞬にして膨れ上がるように変化したネコの腕、白い体毛の獣の腕が詠真を容赦なく殴り飛ばした。


「ガァッッ、ハッ――――」


 詠真の体は七色のステンドグラスをブチ砕き、そのまま宙へ――大聖堂の外へ落下していく。

 ――クッ……ソッ!

 地面に落ちる直前、舞い上がる風で衝撃を相殺し、ドサッと軽い衝撃で地面に背中を打つ程度に収まった。


「ハァ……ハァ……」


 叫びすぎて切れた息。見上げた空。嫌な雲だ。雨か。

 詠真は目を閉じた。

 頼りしてるのは俺の目、ネコはそう言った。冷静になって考えれば、ネコが何を言いたかったのか判る。

 目、瞳の十字架。『全て知る彼の者』の覚醒よって明かされる三つ巴の異能の起源。ネコは、その後の世界の動きに賭けているんだろう。

 何か変わるかもしれないと。

 今のままでは、超能力者には天宮島しかない。だから木葉詠真は中枢システムになってもらうしかないと。

 だが、世界に、超能力者の居場所ができれば。

『外』が受け入れても、超能力者の憎悪は簡単には消えない。

 それでも、と。

 ネコは誰よりも超能力者を、木葉詠真の事を思って、くれていて。


「……雨、か」


 額に雫が落ち、雨となる。

 目蓋を叩く雨は冷たいのに、目蓋の奥が熱い。全く、十字架がまた輝きを増してんのかよ。


「……泣いてるの?」


「……ばーか、雨だよ、雨」


 目蓋の向こうを覆う影。心に寄り添ってくれる幸せな声。

 なぜかそれは、くぐもっていて。


「お前こそ、なんで泣いてんの」


「……ばーか、雨よ、雨」


「お前が泣く要素あったっけ?」


「……判らない、でもなんか出ちゃうのよ。なんでかしらね」


 かぱっと傘を開く音。詠真に注いでいた雨は遮られ、目蓋を開く。

 頭の方から膝を折って覗き込む舞川鈴奈の涙に濡れた笑顔。


「俺、嫌だよ。英奈や鈴奈に会えなくなるってのは……」


「そんなの、私も嫌よ。……でも、いつ妹さんより先に私の名前が出てくるのかなぁ。あんまり遅いと――」


「――鈴奈はどこにも行かねぇよ。判ってるんだ、鈴奈はいつも、俺にとって英奈を一番にしてくれる。自分自身の気持ちより、英奈を優先してくれてるって……」


「……ぁ――――――」


「だから安心できる。お前はどこにも行かないし、どこにも行かせない。始まりから終わりまで、ずっと隣で寄り添ってくれるって……『世界』が言ってる」


「……ふふっ、何それ? 《聖皇》様の真似のつもり?」


 そうだ、その笑顔だよ。

 その笑顔を守りたいから。

 その笑顔を見ていたいから。

 その笑顔を失いたくないから。

 その笑顔を曇らせたくないから。

 その笑顔が俺を支えてくれるから。


「……なぁ、鈴奈」


「うん、どうしたの?」 


「俺って、弱いかな?」


「アホタイガーにぶっ飛ばされた事を気にしてるの? そんなに悲観する事じゃないわよ。あれはアホタイガーの不意打ちみたいなものだし」


 いつか、似たような構図で、同じような会話をした。

 でも、同じにはさせない。


「てことは、少しは成長したってことか……?」


「えぇ、ずっと隣で見てきた私が言うんだから間違いないわ」


「そっか」


「……そうなの」


 彼女は、いつだって本当に変わらない。

 どれだけ情けない醜態を晒しても、不器用でマヌケな部分を見ても、彼女は変わらず隣で支えくれる。

 もう自惚れじゃない。判るよ。

 だから。

 まだ早いかもしれないけど、言わせて欲しい。

 

「なぁ、鈴奈」


「今度は何かしら?」


 俺には、

 これしか思い付かないけど。

 

「鈴奈――君の事が好きだ」


 これが一番、判りやすい。


「――……やっと、だね」


 ふわりと風が吹いた。

 二人の上を覆っていた傘が揺れ、角度を変えて二人を隠す。

 その一瞬に。

 優しい口づけが、あった。




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