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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
六幕『二王離反』
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『希望と絶望の二律背反』



 バチカン美術館。バチカン宮殿の大部分を占める巨大な美術館で、例の一件が勃発する以前は一般人にも公開されていた施設の一つである。

 言わずもがな館内は閑散としており、外も含めて現在の聖皇国には最低限の人材のみが居る状況だ。普段は常駐している上級魔法使いも、八眷属が招集されている穴を埋める為に各地を忙しなく動き回っているのだろう。

 今回の件が終われば、八眷属は再度魔物討伐に着手する。今までは別行動を許されていた『氷帝』もそうなるのかもしれない。

 木葉詠真自身も今後の行動を早い所固める必要がある。

 まあそれも"話"が終わってからだなと思考を切って、切り替える。

 美術館出入り口付近に据えられた二重らせん階段。上がりと下りが一体化している、これも一つの芸術品か。まるでDNAの二重らせんである。

 それに少し酔いそうな気がしないでもない詠真は、少し先を歩くフェルドの隣に寄り歩幅を合わせる。


「これ、下に何かあるのか?」


「『聖皇』様と八眷属のみが立ち入れる区画がある。先代の遺品などが保管されている場所がな」


「へえー。例えば?」


「そうだな……現在は居ないが三百年ほど前の『雷帝』の魔聖剣があったな。他には『時帝』の魔聖剣だったと言われる巨大な時計盤か」


「剣なのに時計盤?」


「長針と短針の双剣だそうだ。だが『時帝』は聖皇国黎明期にのみ存在したらしく随分劣化している。現在の聖皇様をして、少し判りませんと仰るほどの代物だがな」


 話しながら、二人は二重らせん階段を降りきる。下に置かれていたのは杯のような彫刻と台座。

 フェルドが徐に台座を蹴った。

 ガコンと起動音。台座を中心に床に円状の亀裂が走り、そのまま更に下へ降下を始めた。

 円盤の上でふらふらとよろめく詠真は苦笑を浮かべながら台座を支えに態勢を整える。


「隠し扉ならぬ隠し昇降機かよ」


「ちなみに風魔法で動いている」


「どうでもいいわ……」


 ものの一分程で昇降機は停止。目の前には細い廊下が伸びていた。左右の壁上部に灯る光の球、奥に精白で重厚な石の扉が存在感を放っている。

 フェルドが扉に、押すでも引くでもなく、触れた手から魔力を流し込む事で開錠。扉はひとりでに、とても静かに押し開いた。


「──うぉ……」


 詠真の視界に飛び込んできたのは、極めて精白な空間に並ぶ数々のショーケース。それら一つ一つが大きな存在感を漂わせ、中に入っている物品の"巨大さ"が緊々と伝わってくる。


「次の相手は奥の部屋だ。まあ少しなら鑑賞していくといい」


 言ってフェルドは部屋の奥へ、もう一枚の扉の前で腕を組む。

 一方詠真はと言うと、既に鑑賞を始めていた。


「なんだこれ……カッコいいな」


 縦に大きいショーケースの中にあるのは、稲妻を模した意匠の黄金に輝く一本の剣。これが『雷帝』の魔聖剣なのだろうか、如何にも雷である。

 隣に視線を移してみれば、これまた黄金に輝く二丁の長銃。銃口の下から剣が伸びる『銃剣』だ。


「一緒の黄金だけど、全く別って感じがするな。イメージ的に、この銃剣は『光帝』のものかな……」


 それは直感的な感想だったが、実際のところ正解である。

 稲妻の剣は約三百年前の『雷帝』が使用したと言われる『雷惨暁天剣(アウルムエクレール)』。

 二丁の銃剣は同じく約三百年前の『光帝』が使用していたとされる『煌一天(ルーメン)二乱声(ディーバ)』。

 等しく強力な魔聖剣の中でも、次代の帝が扱えず封印されるに至った屈指の名剣達。

 そんな事は知る由も無い詠真はあっちこっちと舐めるように目に焼き付け、最後に『時帝』の時計盤を眺めてからフェルドの元に戻った。


「すげぇな。なんか魔法使いじゃない俺でも引き寄せられるものがあったわ……すげぇ」


「ならば先代達もさぞ嬉しいだろうさ。俺の魔聖剣も、いつか此処に飾られる日が来るといいんだがな」


「でも遺品だから死なないと飾られないだろ? そんなもん急ぐもんじゃねえよ」


「急いたつもりはないが、人はいつか死ぬもんだ。……っと、馬鹿な話は終わりだ。あまり待たせるのもよくないからな」


「その奥の部屋はまた特別なのか?」


「特別、というか……謎だな。とりあえず入るぞ」


 出入り口の石扉より少し小さいそれが開放され、二人は中に踏み入れる。

 ──随分と狭い部屋だった。

 それもそうだろう、この部屋に飾られている物は一つだけ。

 一本の、錆びた剣だけだ。

 台座の上に純白の布が敷かれ、その上にそっと置かれた錆びた剣。一見すると鉄剣のようだが、"こんな場所"に保管されている以上"普通"ではない、と言うことに違いないだろう。


「────」


 詠真は不思議な感覚に陥っていた。

 なぜか、この錆びた剣に手が伸びた。どう形容して良いか判らぬ感覚だったが、自然と、無意識に、錆びた剣へと手を伸ばしていた。


「──触らぬ方がいい」


 突如何処からか掛けられた声に詠真はハッとして我に帰る。同時に両眼に鋭い痛みが走った。瞳に浮かぶ赤の十字架が強く煌めくのを感じる。

 それが何を示していたのかは全く以って不明だが、すぐに引いた痛みから声の主へ意識を向けた。

 錆びた剣の台座の前。

 そこには、漆黒のコートに身を包んだ壮年の男性が佇んでいた。

 今の瞬間まで気付かなかった。

 少し理解が追い付かない少年に、壮年の男性は僅かに腰を折った。


「驚かせてすまない。私はデマウス・グリエンテッド。そこの『炎帝』に頼んで君を此処に呼んだのは私だ。簡単に『無帝』と覚えてもらって構わない」


「あ……あぁ、どうも……」


 思わず呆けてしまっていた詠真は錆びた剣から離れ、頭を下げる。

『無帝』──無属性の頂点。心なしか、この男性からは無機質さを強く感じることができる。無属性と言えば『魔法金属の生成』が主だとフェルドから教わった話を思い出す。


「えっと……デマウス、さんは俺にどのような用で……?」


「この剣は、聖皇国黎明期よりこの場所に保管されていると言われている」


「へ……?」


 質問の答えとは別の話を始めたデマウスに対して反応に困っている詠真にフェルドが耳打ちする。


「(こういう人なんだ。黙って聞け)」

「(お、おう……)」


 デマウスは二人の様子を気にする事もなく、淡々と話を続ける。


「俗に聖遺物と呼ばれる品、それには先代八眷属達の魔聖剣など含まれている。だが、この錆びた剣に関しては、千年間ここに保管されているとしか伝わっていないのだ。一見すればただの錆びた剣。それ以上でもそれ以下でもない」


 ならばなぜ触れない方がいいのか。そんな詠真の疑問に、デマウスの声のトーンが少し下がる。


「我が目で確認した事はないが、下手に触れると体内魔力ないし生命力が異常な活性化を起こし、身体は瞬く間に蒸発してしまう、と聞く。真偽の程は断言できぬが、わざわざ試す価値も理由もない。謎ならば謎のまま、ここで眠ってもらうに越した事はない」


 身体が蒸発する。脳内でグロテスクな映像が再生されて嫌になる。詠真は控えめに頭を振って思考を払うと、心底触れなくてよかったと安堵した。

 錆びた剣の話が終わったのか、デマウスが詠真の方へ向き直し、


「私の用、だったな。なに、難しい事ではない。少し君の感想を聞きたいと思ったのだ」


「感想……?」


「うむ。君はあの男──アーロン・サナトエルと相対し、何を感じた?」


「ッ!」


 アーロン・サナトエル。

 かつて聖皇国に属した魔法使いにして、超能力も有する異端児──そして不可能を可能にした叛逆者。

 木葉詠真の"今"の起因にして全ての元凶とも言える存在。

 自然と詠真の拳に力が入る。


「……何を、ですか。それは限りなく……『憎悪』です」


「そうか。だが君はその『憎悪』を求めて歩いている。もう一度聞こうか、君はアーロン・サナトエルに対し、何を感じている。──何を、抱いている?」


 質問の意味が判らない。

 内容は判る。

 それを聞く意味が判らない。

 それなのに、自然と言葉に出た。


「──希望、です」

 

 ずっと抱えていた二律背反。

 絶望を生んだ男に希望を抱く。

 恐らくそれを初めて、口に出した。

 デマウスは少し、笑っていた。


「認めたくないが、認めざるを得ない。絶望を纏いながら希望を抱かせる。あの男は元来そういう男なのだ。上級魔法使いだったあの男に、私は次代の『無帝』の姿を見た。だがそれと同時に、奴だけは八眷属にしてはならぬと本能が告げていた。『聖皇』様は見抜いてらっしゃったが、私はずっと揺れていた。アーロンを『無帝』に推薦するべきか、否かと」


 想起される『次元の狭間』での戦闘。アーロンは黒い魔法陣から無数の武器を生む魔法──無属性の魔法を凄まじい力で操っていた。

 確かに八眷属並みの力がある。

 だがあまりにも危険すぎる思想。

 デマウスは笑みを消して続ける。


「よもや超能力を有していたなどと予想もしなかったが、現状、奴は聖皇国にとって最大の敵だ。超能力者であろうが魔法使いとして討つ。例え君が求めていようと、奴が我々の前に現れれば──殺す」


 膨れ上がった殺気が暴風の如く詠真の全身を駆け抜けた。


「私が君に伝えたかった事は一つ。私が──『無帝』がアーロン・サナトエルと接触する前に、君が奴を手に入れろ。私情で申し訳ないが、奴に希望を抱き絶望を感じた私が君に与える唯一の譲歩だ。頑張りたまえ」


 その言葉はバチカン美術館を去った後も、詠真の脳内に響き続けた。

 求める、そう──求めるんだ。

 英奈を取り戻す唯一の可能性を握るあの男を手に入れる。『憎悪』をぶつけるだけじゃない、奴の力に希望を抱いているこの事実を受け止め何としても手に入れるんだ。

 アーロン・サナトエルを、力でねじ伏せてでも他の邪魔が入ろうとも必ず俺が手に入れてみせる。

 ようやく心の底から、木葉詠真はアーロン・サナトエルを、奴の持つ力の全てを渇望した。



 ☆☆☆☆



 イタリア某所の小さな建物。

 そこはある男の研究室だった。


『……珍しいねぇ、「無帝」様が直々にいらっしゃるとは』


 唯一の研究員にして所長である銀の男は来客にコーヒーを出す。招待した覚えはないけどねと悪態を吐きながらも、銀の男はデスクに戻る。

 一体何の研究をしているのか。それを来客である黒の男は知らないが、無理に問い質す気もなかった。

 今日は別の事を尋ねにきたのだ。

 黒の男は言う。


『お前は「帝」に興味はないのか』


 銀の男は退屈そうに答えた。


『「帝」になったからといって、出来ない事を突然出来る様になる訳でもなし。興味は少なからずあるが、特別求めようとは思わないねえ』


『そうだろうか? 魔聖剣を持つのと持たないのでは大きな違いがある』


『ならば問おうか。魔聖剣を持った「帝」達は、千年不可能と言われ続けた魔法を会得できたのか。否でしょう、違いと言っても"既存"の中に過ぎない。違いの内に入らないよ』


『確かに『物質の転移』や『身体の永久変化』、『完全なる死者蘇生』と言った不可能な魔法は実現していない。だが「光帝」の魔法のように擬似的な死者蘇生や、一時的な身体の完全変化に相当する魔聖獣は実現している。これだけでも凄まじい進歩だと』


『思わないねえ。そもそも「完全なる死者蘇生」に関しては陰陽師が八割方成している。「身体の永久変化」にしても魔聖獣とは別のアプローチで可能性は十分に見出せる』


 黒の男は素直に驚愕、感嘆するしかなかった。銀の男が淡々と言った今の言葉だが、間違いなく上級魔法使いの域を逸している。

 そんな黒の男の反応に目もくれず、銀の男は淡々と。


『後は「物質の転移」だ。こればかりは判らない。魔聖剣を持つ「帝」であろうと掠りもしていない。空間と時を駆使したいが、生憎そちらの属性には長けてないものでねえ』


『「帝」となれば、聖皇様と話す機会も増える。彼女は全属性を』


『その女神が無理と言ったんだろう? その時点で詰みだ』


 黒の男は溜息を吐いた。

 自分はなぜこのような話をしているのだろうか。

 この銀の男の思想は危険すぎる。

 いつ、かつての『闇帝』のように道を踏み外すか判らない。それはすぐ近くなのかもしれない。

 だが次代の『無帝』に相応しい魔法使いはこの男以外に無い。

 とても難しい問題だ。

 銀の男は煩わしそうに吐き捨てる。


『用が済んだなら帰ってほしいんだけどねぇ。忙しいんだ』


『……うむ、邪魔をしたな。ついでに聞いてしまってもいいか?』


『何をだね』


『アーロン、お前は一体何の研究を進めているんだ?』


 銀の男は手を止め、たっぷりと間をとってから、こう答えた。


『"総て"だよ』


 この時、黒の男──『無帝』デマウス・グリエンテッドが、アーロン・サナトエルの真意に気付いていれば。

 何かが変わったのかもしれない。


 そして、二年後。


 アーロン・サナトエルはとある噂を耳にする事になる。


『超能力者に転移を可能とする力を持つ者がいるらしい』


 事実か、妄想か。

 眉唾なそれは、八方塞がりだったアーロンを動かすに十分な情報だったのだ。







 

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