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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
六幕『二王離反』
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『日本で待つ者達』



 『神殿の柱』が大きく震えた。

 地震などではない。

 ──怒りだ。

 天宮島政府最上層部『宮殿(パレス)』のリーダー、烈典斬獅獄(れってんざんしごく)が大理石の円卓に拳を叩きつける。


「なぜだッッ!」


 怒声が大理石の壁にヒビを入れる。

 常人ならば、その怒声だけで体が数メートル吹き飛んでいただろう。

 それほどの激昂。

 この場には居ない少女──既に何十、あるいは何百歳ともなろう少女に向けたモノだった。


「申し訳ありません。理由に関しては本人に問う他ないでしょう」


 無感情に謝罪を入れたのは、鬼亀杜白蛇(ききもりはくだ)。眼鏡を押し上げ、レンズの奥で双眸を鋭く光らせた。


「彼女のここ数ヶ月の行動。不穏な行動が目立ったのは、聖皇との会談以後。巧妙な情報隠滅に、不自然な島外移動。改めて考えても見れば、見落としていた我々の落ち度もあるでしょう。おそらくは、そこを狙って時間を稼いでいた……ですかね」


「削除されたデータは如何なる内容だったのかのぉ?」


 胸の下で腕を組み、苛立たし気な様子の紅桜朱雀(べにざくらすざく)が尋ねた。

 白蛇は僅かに顔を歪める。


「残念なことに、再生は不可能。内容を確認する事は叶いませんでした。ですが、木葉詠真と炎帝の戦闘記録だった事には間違いありません」


「つまりそこには、妾たちに知られたくないモノが映っていたと?」


「さあ? 私はネコではありませんので断言は出来ません。……まぁ、それ以外に削除する理由は見当たりませんがね」


 スキンヘッドの大男、龍染寺青天(りゅうぜんじせいてん)は渦中の人物──ネコが座っているはずの空席を一瞥した。

 『宮殿(パレス)』を構成する五人の一人、ネコ。つい先日、彼女の裏切りが発覚し、彼らは激昂をぶつけ合っている。

 寡黙な青天が口を開く。


「裏切りの理由は不明。だが、聖皇国と結託している事は明白だ。何せ、氷帝より送られる定時報告の八割方がでっち上げたガセだったのだからな」


 連絡役に氷帝を推薦したのは、誰でもないネコだ。あの時には既に、裏切りのシナリオは完成していた。島外での超能力者保護を申し出たのも、シナリオの一部。

 数ヶ月前からの下準備を含め、『宮殿の仲間意識が生む、仲間を疑わないという無意識下の隙』を狙った、紛れも無い──反逆行為。

 白蛇の長けた情報収集能力で、独仏戦争に木葉詠真他が関わっていた事実を偶然発見した事により、芋づる式に反逆行為は発覚した。

 それが無ければ気付かなかった、あるいは更に遅れた発覚──手遅れになっていたかもしれない。

 ネコの狙った隙は、偶然により埋まったが、偶然が無ければ開き続けた『宮殿』の弱点だったのだ。


「さぁて、どうするかのぉ……獅獄よ」


「…………決まっておろう」


 ネコの捕縛──が重要ではない。

 ネコが反逆してまで『宮殿』から遠ざけようとした人物がいる。

 情報を隠滅し、行動を把握させず、『宮殿』にとって失われては非常に困るモノがある。

 そう、それは──


「早急に『木葉詠真(スペア)』を帰国させる。──強制的にな」


 ネコが反逆し、木葉詠真側についた以上、"喋られる可能性"は高い。むしろそれが目的だとも考えられる。

 そうなれば、木葉詠真はこの島に戻っては来ないだろう。

 それでは困る。

 木葉詠真はスペア。予備ではあるが、何れ必要となる核。

 "天宮島を永劫守り続ける"事を存在意義としている彼らにとって、欠けてはならない核なのだ。


「中枢に据えるまでは、スペアの意思を尊重してやろうと思っていたが、こうなれば止むを得ん」


「では、我々の誰かが捕縛に?」


「いいや。適任がおろう」


「……あぁ、なるほど。では『宮殿』から直々に依頼を出しておきましょう──『残酷(グラオザーム)(ケーニッヒ)』に」


 天宮島で不穏が動き出す。

 闇のように黒ではなく、光のように白くもない。

 許された闇。認められた悪。

 黒と白が混じった灰色の存在へ。

 木葉詠真の捕縛命令が下された。



☆☆☆☆



「本当に良かったのですかね……」


 グレーのタイトスーツに身を包む艶やかな女性、倉橋徒架がコーヒーカップを片手に呟いた。

 誰に向けた言葉でもなかったが、同室に控える狩衣の男が小さく笑う。


「君に任せ、君が容認した同盟だ。責任よりも自信を持つと良い」


 天廊院筆頭、土御門晴泰。威圧的ながらも穏やかな声で言われては、徒架としても反論はできない。

 既婚者で無ければ、真っ先にアプローチをかけているのだが……と徒架は表に出さずとも落胆する。


「それでも心配にはなります。何せ、聖皇国に夏夜一人なのですから」


 独仏戦争の終結に際し、木葉詠真、舞川鈴奈と行動を共にしていた土御門夏夜は、日本へ帰国せずそのまま聖皇国にて治療を受けている。

 "光帝"から齎された、木葉詠真の証言曰く、呪力をめちゃくちゃ失って、更に刀で自分の腹を刺した、らしい。

 徒架も晴泰も、それを聞いた時は少なからず驚いたし、呆れたものだ。

 よもや破魔刀で己を貫くなど、前例がない、前代未聞だ。それほどに緊迫した戦況だったのだろうが、下手すれば己が死している所だ。

 破魔刀は対魔法使いの秘技であると同時に、対陰陽師の同胞殺しの絶技でもある。大方、夏夜はその事を理解していなかったのだろう。

 無理もない。夏夜は──焔姫は破魔刀に頼らずとも戦える強者。加えて、強力な式神も従えているのだから。

 徒架は一つ大きなため息を吐く。


「まぁ生きているだけ、喜んでおくべきなのでしょうが……」


「えぇ、そうですね」


 と、答えたのは晴泰ではない。

 何時の間にやら、晴泰の傍に現れていた褐色肌の女性。晴泰と同じ狩衣を纏い、腰まで伸びる長い黒髪を揺らす──額に一角を生やした式神。

 夏夜の式神『艶姫』と同じ特徴を持ちながら、雰囲気はまるで違う。包容力に満ちた母性の体現。

 土御門晴泰の式神『伊舎那后(イザナミ)』である。


「突然現れないでくださいよ……普通にびっくりしますから」


「それは申し訳ありません。ふふ」


 上品に微笑む伊舎那后。徒架は正直に言って、彼女に対して苦手意識を抱いていた。

 筆頭の式神だけあって規格外。徒架の有する"最強の式神"に純粋な力は及ばずとも、徒架が決して叶わぬモノを彼女は持っているのだ。

 その事を伊舎那后自身も理解しており、その上で徒架に絡んでいる。


「徒架さんったら、うちの人を寝取ろうとしているんですもの。黙って寝てはいられないでしょう?」


「いやいや、別にそんな事思ってませんってば……」


 ……全く、怖い人だ。

 "死してなお、愛に生きる"とは。いいや、"愛に生きる為に死した"というのが正確なのだろう。

 そろそろ老け込んでしまうなと思いつつも、ため息が止まらない徒架。

 コーヒーカップをテーブルに置き、大胆に脚を組む。


「あらあら徒架さん。色仕掛けですかぁ? ふふふ」


「あんた本当にうるさいなぁ……」


 二人の女の間に火花が散った。物理的に。陰陽五行の火による呪術が。

 もしここが天廊院本拠点である防衛省で無ければ、災害に匹敵する呪術バトルが勃発したに違いない。

 それを笑って流した晴泰は、遠くの地に居る娘を思いつつ、同時に彼の事も考えていた。


「木葉詠真。我々のシナリオ通りに一つの覚醒は果たしたようだが、それを彼はどう思うのだろうな。踊らされていたと激昂するか、あるいは受け止める器を見せてくれるか……」


 できることなら、後者であって欲しい。

 直接の面識は未だ無くとも、かの土御門劫火の件では、結果的に天廊院は彼に借りを作ってしまった。

 それを仇で返したくも無ければ、友好関係を結びたい。

 いつしか聖皇国と天廊院の同盟が終わり、その時に彼が聖皇国側に着こうとも、それまでは娘が想いを寄せる彼に刃は向けたくないものだ。


「あちらでの話が終わり次第、是非とも我々に会いに来てもらいたいものだな。同じ十字架を映す少年よ」



☆☆☆☆



 "風帝"──ミレイ・アネモネは日本のとある山中で魔物を討伐し、ビルからビルへと夜の街を駆けていた。


「招集がかかった八眷属の中で、私だけ日本で待機とか、仲間外れにしないでよーと叫びたい……」


 夜風に揺れる緑のコートは寂しげ。楽観的なミレイとて、一人だけハブられるのはイマイチ気が乗らない。

 まぁ別にハブられたーって訳じゃないんだけどさー、等とぷりぷり文句を垂れつつ、音もなく路地裏に着地。

 同時に緑外套(グリーンコート)を消し、一般人に紛れて夜の街へ繰り出した。


「いいさいいさ。こっちに来るまで私は遊んでやるんだからねー」


 服装は、大胆に胸元が開いた紫紺のワンピース・ドレス。如何にも、夜の街で遊んでやるんだという格好だ。

 早速。


「お姉さんめちゃくちゃ綺麗ですね! どうっすか? これから俺らと遊んじゃう? いい店知ってるんすよー」

 

 ホストでもやっているのか、黒いジャケットスーツを着込んだ男集団に声をかけられる。

 顔はまぁ悪くないだろう。声をかけてきた男がミレイの肩に手を回し──


「安いなー、君ら」


 ──た直後、ミレイの裏拳が男の顔面に叩き込まれた。

 顔を抑え倒れ込む男。唖然とする集団。周囲の雰囲気もざわつき始めた。

 そんな事も気にせず、


「生憎、"持ってない奴"とご一緒する気はないの。私と一緒したいなら、まぁ生まれ変わるしかないかなーって」


「ふ、ふざけんな! 金なら持ってるっつーの! No.1舐めてんのか!」


「No.1ならNo.1らしい、毅然とした態度を取る方がきっといいよ、うん」


 ミレイは煽っている訳ではないが、相手は相当プライドを踏みにじられてご立腹の様子だ。

 だが彼女は微塵も興味はない。


「それにお金の事じゃないよ。だから安いって言ったんだけど……まぁいいや、待ち合わせ相手も来たしこの辺でねー」


 去ろうとするミレイの腕を掴もうと男が手を伸ばした。

 しかし、それは寸での所で停止した。


「厄介ごとを起こすな、ミレイ」


 男達の目の前には、日本中の人気嬢を集めても遠く及ばない──美しすぎる女性達が居たのだ。


「ごめんなさーい。まぁ責任は徒架さんに擦り付けますので」


「別に構わないが、今晩は全てお前の奢りになるな」


「ちょ、それが大人の言う事ですかー!? ほらー、真冬さんも何とか言ってくださいよ」


「……何で私が、貴女とお酒を交わさなくてならないの? 造子さんもそう思わなくて?」


「楽しく飲めたらそれで良くね?」


 美しい。何も知らぬ者が見れば、その一言に尽きる光景だろう。

 だが、異常。あまりに異常。

 もはや後ろであんぐりの男など忘れ、ミレイはうーんと体を伸ばす。


「八眷属が一人に、十二神将が三人。同盟とて、こんな不利な状況になってでも一緒に飲みたい私の気持ちくらい察してくれてもねー」


 倉橋徒架。

 土御門真冬(まふゆ)

 土御門造子(つくりこ)

 三人の神将は、美しさに似合わぬため息を吐き、互いに目を合わせて笑うしかなかった。


「なら何方にせよ、今晩はお前の奢りだよ仲間外れさん」


「傷を抉ったので、徒架さんだけは自腹で」




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