終章『笑顔』
木葉詠真一行の戦いから一週間。仏独戦争は終結の兆しを見せていた。
結論から言ってしまえば、戦争の勝者は──英国だ。
仏独は共に指揮官を失い、挙句首都は地獄の有様ときた。
特にフランスのパリは悲惨で、エッフェル塔は倒壊。背の高いビル群は崩落しており、死者総数はもはや数えられる域を超えていた。
何しろ、死体がない。
生存している国民の声ですら、嘘か本当か、夢か現実かさえ分からない、総じて『地獄を見た』の一言だ。
そこに介入したのがイギリス軍だった。
既に制圧していたフランス、並びに混乱の最中にあったドイツは、まさにあっという間にイギリスの手中に落ちた。
まるで、予めそうなると想定していたかのような手際。
それもそうだろう。イギリスは『四大絶征郷』と関わりがある国だ。それすらも彼らのシナリオであったのだと、納得せざるを得ない。
そして、要したのは一週間。
現在はフランス、ドイツ両国内にはイギリス軍が蔓延っており、このまま仏独がイギリス連合の一部として吸収されるのも時間の問題だった。
──木葉詠真が知っているのは、ここまでの情報のみ。
それら全て伝え聞いたものではあるが、わざわざ嘘を吐く必要性も皆無なためそれが真実なのだろう。
正直な所、寝覚めは悪かった。
確かに、戦争を引き起こそうする異能崩れを斃せというだけの任務ではあったのだが、今となっては、自分たちが指揮系統を討った為に混乱した国を、イギリスの、ひいては『四大絶征郷』の手から守る所までやっておけば良かったと思わなくもない。
『外』の人間を守るのではなく、『四大絶征郷』の思い通りにさせたくないだけだ。
しかし、言っても仕方ない。
詠真達の戦いは一先ず終了したのだ。ならば今は、後に控える戦いの為に身を休める事に専念する。
舞川鈴奈や土御門夏夜は、それぞれ似るも異なる理由で寝込んでいた。
鈴奈は、どうやら魔力封印というものを解除した反動がきたらしい。
夏夜は急速に呪力を失った反動で、呪力が回復し切るまでは満足に動くことは難しいようだった。
そして、かくいう木葉詠真も仲良くベッドの上にいる。
覚醒、でいいのだろう。彼もまたその反動が、というより覚醒直後に力を解放しまくった無理が祟って、糸が切れた人形に成り果てている。
情けない話である。
ふと横に目を落としてみれば、
「むにゃむにゃ……」
「ん〜……」
言った通り、仲良くベッドの上だ。
気を失って目覚めてみれば、ベッドの上だった。
これはいい。問題はない。
だがそのベッドには、詠真の両隣には二人の少女までもが寝込んでいた。
……退けっても聞かねぇし、こいつら本当は元気なんじゃねぇか?
詠真も男だ。色々ヤバイ。
努めて、彼女達を思考から追い出しつつ、詠真は今後を思う。
今寝ているこの場所は、バチカン市国。つまり、魔法使いの拠点『聖皇国ルーン』が正確だ。
そしてこれから、詠真達三人が全快になった後ではあるが、聖皇や鈴奈達が詠真に秘匿してきた情報を、包み隠さず話してくれるという。
察しはつく。この瞳の事だろう。
ならば、と詠真は考える。
……俺が精神の最奥で出会った奴のことも、話すべきだろうな。
奴は何か関係がある。それは断言できる。
話を聞けば、奴の正体に近づくこともできるかもしれない。
そして何より──
「俺は一体何なのか……だな」
アーロンの転移魔法による異世界転移。
『四大絶征郷』の打倒。
そしてもう一つ、詠真の旅には目的が追加された。
──自分が何者なのかを知る事。
恐らく、そこには何かがある。
それこそ──世界に関わる何かが。
「世界を救えない……ってのは、どういうことなんだろうな……」
考えて分かる事でもなかった。
小さく頭を振り、詠真は左隣に、舞川鈴奈の寝顔に視線を落とした。
「────ふにゃ」
「ふにゃって何だよ」
ついツッコミを入れてしまい、そんな自分に笑いがもれる。
……なぁ鈴奈、今なら守れるかもしれねぇよ、お前のこと。
セコい男だな……なんて思いながら、詠真は少しずつ顔を近付ける。
綺麗な顔だ。長いまつ毛も愛らしい。髪も美しい。語彙が乏しくてゴメンだけど、綺麗だよ。
寝息を立てる小さな唇。
そこにゆっくりと、詠真は自身の唇を触れさせる為に、起こさぬようにゆっくりと顔を寄せて行く。
鈴奈──
「ハッ! 詠真君が……!」
突如、背中からそんな声が。
心臓が飛び上がった。
誤魔化す為に、無意識に鈴奈へ頭突きをかましてしまった。
「ふぎゃっ!?」
更に反動で頭が後ろへ、寝ぼけて起き上がった夏夜の顎に後頭部が直撃する。
「ひだいっ!?」
二人の少女は突如襲いきた痛みに悶絶しながら、ベッドから転げ落ちる。その衝撃で各々頭を打ったり、顔面を強打したり。
「ぁ……わ、わるい……」
謝るも、すぐに吹き出してしまった。
「ふふ……はははははは」
なんか恥ずかしいことをしようとしていたけど、まぁいいや。
今は少し、久方ぶりの些細な日常で精神を養おう。
タガが外れたように笑う詠真を見て、顔面を押さえる鈴奈と頭と顎を摩る夏夜は目を合わせる。
すると、何だか分からないが笑いが込み上げてきた。
「ふふふ、もう何なの一体。おでこが凄い痛いんだけど」
「あはは、私は顎がジンジンします。詠真君のせいですねー」
「いんや、ほんと、ははは、わ、悪かった」
「笑って謝罪するなー、やり返すからおでこ出せ!」
「断る!」
「逃がしません!」
軋む体で小さな医務室を走り回る三人は、その日は一日ずっと、溜め込んでいた悪いモノを吐き出すように、笑顔と笑い声を絶やすことはなかった。
《氷焔の断罪編 完》




