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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
一幕『叛逆の異端者』
4/60

『信じる想い』



 独自の政府機関を置き、どの国にも属さない独立都市国家として機能する天宮島には、幼児から老人に至るまで約100万人の"超能力者"が籍を置いている。

 その100万の超能力を隅から隅まで記録しているのが『書庫(アーカイブ)』と呼ばれる巨大なサーバーである。

 天宮島政府が強固なセキュリティをかけて管理している『書庫』へアクセスするには、政府の承認を得る他道はない。更に、超能力という超常的な力を研究する上で発生した副産物により、『外』に比べ十五年から二十年ほど進んだ科学力を手にしている天宮島のセキュリティは、並のハッカーであろうと破ることは不可能。

 そう高を括っていた天宮島政府であったのだが、


「なッ!? 『書庫』のセキュリティが破られました!」


 天宮島政府島内セキュリティ管理局中央コントロールルームでは、『書庫』のセキュリティが破られたことによりパニックが起こりかけていた。

 絶対防壁を謳っていただけに、上層の人間までもが焦りを見せている。


「今すぐハッキング経路を割り出せ! 犯人特定を急ぐんだ!」


 怒号をあげたのは中年の大柄な男。彼の名前は漣染次郎(さざなみ ぜんじろう)

 天宮島政府のトップ、つまり国家を代表する総理大臣である。

 漣は噴き出る嫌な汗をスーツの袖で拭い、何処かへ音声通信を繋ぐ。数コール後、低く轟くような声が漣の耳に轟く。


『何事だ』


「突然申し訳御座いません獅獄様! たった今『書庫』のセキュリティが何者かにハッキングされ、あまつさえ突破されてしまい……」


『良い』


 低い重圧感のある声は即答した。

 予想外の返答に漣は言葉が出ない。失礼だと承知しながらも、漣は今一度聞き返した。


「今、なんと……?」


『良い、と言ったのだ。ハッキング元は既に知れておる』


「ならば今すぐ犯人の拘束を……!」


『それも良い。必要ならば我々が既にやっておる。だが、その必要はない』


「一体どういう……」


『……相手は我々が呼び寄せた"魔法使い"だ』


 驚愕に目を見開いた漣はデスクを強く叩きつけた。


「なッ‼︎? なぜあの様な連中をこの島に……ッ‼︎?」


『気持ちは分かるが"総理大臣程度"のお前が知る必要はない。……どうしても知りたいと言うのであれば「神殿の柱」最上階の我々の元まで来るが良い』


 漣は心臓が掴み取られるような感覚に囚われていた。一瞬後には、心臓は握り潰され殺される。低い重圧感のある声はそれほどの恐怖を感じさせた。

 先程とは別の嫌な汗がダラダラと流れ落ちる。喉が詰まる。

 漣はなんとか震える声を絞り出した。


「も、申し訳ありません……」


『まぁ万が一の事もあろう。何かあればまた連絡を寄越せ』


 通信は切られる。

 プレッシャーから解放された漣は一度深呼吸をして早鳴る鼓動を落ち着かせる。追跡作業に追われる局員達に指示を出した。


「経路の割り出し、犯人の特定を中止せよ。此度の『書庫』へのハッキングは一切合切無かった事とする。……無理は言わん。だが本件についてはあまり詮索しない方が身のためだ」


 天宮島政府は知らない。

 総理大臣は知らない。


 ──魔法使いが島に侵入していたことを。能力暴走事件に魔法使いが関与しているということを。


 ──"彼ら"の真意を。



☆☆☆☆



 天宮島第四区柊学園学生寮、女子寮マンションの一室。特に生活感の無い殺風景なその部屋の主、舞川鈴奈はPDAの画面を指でスクロールしていた。PDAにはバチッ! と迸る目に見える電気が薄っすらと帯びている。

 彼女は今、雷系魔法を駆使して絶賛ハッキング中だった。

 標的(ターゲット)は強固なセキュリティに守られた天宮島の巨大サーバー。島内に住む全超能力者の超能力を記録している『書庫』である。


『非公式とは言え、天宮島政府から要請を受けた訳だし「書庫」へのアクセス許可を取ることは可能なんじゃねぇの?』


 そう詠真に指摘されていたのだが、"政府なぞに問い合わせた所で意味がない"事を知っている鈴奈は、こうしてハッキングという手口を利用していた。

 昨日の家宅調査に際するマンションの電子ロックに関しても同じ理由だ。


「絶対防壁が泣いて呆れるわね。まぁ流石に『リスト』までは閲覧できないみたいだけど、私は既に見てるしね。っと、そんな事より……」


 鈴奈が検索にかけているのは、思考加速系の超能力者。その中でも能力制御に長けている者をピックアップしていく。

 数はそれなりにいたが、件の魔法使いが狙いそうな優秀な者だけとなるとかなり絞れてくる。

 あくまで、立てた仮説は鈴奈の予測に他ならない事ではあるのだが、必ずと言っていいほどの自信を彼女は持っていた。

 根拠はない。ただ、自分ならこうする。信じる理由はそれだけで十分だった。


「魔法使いって言うのは所詮そういうモノなのよね。それなりの倫理観は持っていようが、結局は"持つ者"と"持たざる者"の二極化。差別。蔑み。悲しいことに『持たざる者』は"下位種族"に過ぎない。それが一般的な魔法使いの考え。本当に嘆かわしいわ……自分含め」


 自嘲気味に笑った鈴奈はPDAをベットの上に投げ捨て寝間着を脱ぐ。

 制服を手に取った所で、全身姿見に写る自分の身体を見てふと思う。

 慎ましく申し訳程度に膨らんだ胸。


「豊胸魔法とか馬鹿みたいな魔法のために"持たざる者"の巨乳を貧乳にしてやった事もあったっけ……。結局そんな魔法完成しなかったし、聖皇様にこっ酷く怒られたけど」


 つい思い出してしまった黒歴史に身を震わせつつ、制服に着替える。

 今回の案件は豊胸魔法などと言う生易しいモノではない。

 仮説が正しければ、正体不明の魔法使いが成そうしているのは『別位相空間転移魔法』という途轍もないモノだ。

 魔法による転移が可能と言うことが実証されるのは喜ばしいことかもしれない。

 だが幾ら鈴奈とて、そのやり方がとことん気に食わない。

 何より、これは任務だ。断固として捕縛する。


「やっば、お弁当作ってなかった!」



☆☆☆☆



 詠真の目覚ましは妹の元気な声だ。ジリリリと喧しい鐘の音と比べ、木葉英奈の元気で明るい声は心地の良い目覚めを提供してくれる。

 目をこすりながらリビングへ降りると、テーブルには出来たての朝ご飯が並べられている。

 兄妹共々和食派。英奈の炊き上げるホカホカの白いご飯は詠真にとって至高の朝ご飯だ。詠真の昼のお弁当も英奈が用意してくれている。

 朝御飯を食べ終えると揃って家を出る。

 学生寮ではなく第八区の一軒家に住む二人は、詠真が三区の中央駅まで英奈を送ってから四区へ向かう。

 帰りは時間が違うため別々だ。

 詠真が帰宅すると、先に帰っている英奈が晩御飯の準備をしている。玄関を開ければ、鼻をくすぐる香りが空腹に拍車をかけてくる。

 天宮島へ来て約十年間、朝も夜も食卓は二人一緒だった。


 ──だった。


 目覚ましは喧しい鐘の音。朝ご飯は買い溜めたパン。昼のお弁当もコンビニのパン。晩御飯は適当な即席麺。

 家に帰っても、おかえりー! と返ってくるあの声はもう居ない。

 ──それでも、詠真は折れないと決めた。

 一つの希望を信じて。


「あー、はいはいはい」


 喧しい目覚まし時計を乱暴に止めた詠真は、窓から漏れる朝の日差しに手で庇を作った。


『お兄ちゃーん! 朝だよ起きてー!』


 それは耳にこびりついた声。今は聞こえない愛しい声。ジワリと目頭が熱くなる。

 むくりとベットから起き上がると、涙目を欠伸で誤魔化し体をぐーっと伸ばす。

 ここ数日間の疲れはまだ完全に抜けていないが体調は悪くない。

 掌を何回か開閉してみる。瞳の色が黒から茶、青、赤、緑の順番に変色し、最後に黒へ戻る。

 能力使用に関しても問題はない。これならいつでも戦闘に対処できる。

 相手は多くの命をいとも簡単に奪ってみせた狂人だ。邪魔だてする者は排除すると言い、戦闘に発展しても何らおかしくない。

 本来、天宮島における超能力者は戦闘訓練などは受けない。力の不意な暴走を防ぐための能力制御のカリキュラムや、祭りの催し物で模擬戦を行う場合はあれど、それは"命を賭けた戦闘"を想定しているわけではない。

 それは詠真とて同じであるが、彼はとある事件で大きな戦闘経験があった。もう二度と無いだろうと思っていたが、そうもいかないようだ。

 学校へ行く身支度をちゃちゃっと終えた詠真はリビングで一息。PDA端末を取り出した。

 鈴奈の利用している島外製端末と比べ、島内製端末はあらゆる面においてハイスペックである。そのハイスペックさを象徴する機能の一つ、ホロディスプレイ機能を呼び出す。

 宙に端末画面の四倍ほどの四角いホログラム画面が投影。端末の画面に触れずとも、このホロディスプレイに触れることで端末の操作が可能。更にホロキーボードも呼び出すことができるのだ。

 詠真は利用しているSNSを開く。

 何件かメッセージが届いている中に、親友でクラスメイトの未剣輝からのメッセージが一件あった。

 内容は『疑ったりしてごめんな!(>_<)マジでいつでも力になるし、遠慮なく頼ってくれよなd(゜∀゜d)』。

 何一つ詳しいことを話してやることは出来なかったが、それでも輝は詠真のことを信じてくれている。

 詠真は嬉しくて思わず笑みがこぼれる。輝に『ありがとな』と返信を送り、他のメッセージを見てそれにも返信をする。

 現在時刻は七時を回ったところだ。電車を利用する場合は七時半には駅に着いておく必要がある。大体の学校では登下校に超能力の利用は禁止されている。バイクで登下校が禁止されているのと同じようなモノだ。

 朝飯にパンを一つ咀嚼し、カバンに昼飯用のパンを数個詰め込む。財布を制服のバックポケットに入れ、忘れ物がないかを確認。

 ……昨日は言ってなかったな。

 少し虚しい気持ちになり一瞬躊躇ったが、誰にかけるでもなく言う。


「いってきます」


『いってきまーす!』


 毎日一緒に家を出る少女の姿、声はどこにもない。

 ──いや、詠真の記憶の中にはある。

そしていつか取り戻す。幼き頃より願い、一度は叶った光景を。

 もう一度──叶えてみせる。


 詠真は今一度、強い覚悟を握り締める。



★★★★



 二年生の三限目、四限目の授業は体育。行われているのは、春恒例のスポーツテストというやつだ。

 50メートル走、握力、反復横跳び、ソフトボールを使用した遠投、立ち幅跳び、持久走、上体起こし、長座体前屈、20メートルシャトルランの九種目を通して運動能力を測る行事で、三限と四限を使ってその全てをこなす。

 勿論、"スポーツテストに関しては"能力の使用が禁止されている。

 三限目は終わり、四限目も終わりが近づいてきた頃、体育館ではとある『戦闘』が始まろうとしていた。

 いや、既に始まっていた。

 当事者は二人。


「女子に負けるわけないだろ」


 と、木葉詠真。


「あら、女子だからって舐めないで欲しいですね。目に物みせて差し上げましょうかしら。ウフフ」


 と、舞川鈴奈の二名。

 基本男女別々で計測されるはずが、いつの間にやらこの二人は、記録で争うようになっていた。

 そもそも男女で比べることが間違いと言えるのだが、こと舞川鈴奈に関してはスペックが並の男子を軽く超える。運動神経に自信があった運動系の部活に所属する強者達をも蹴散らしてきた。

 そこに待ったをかけたのが木葉詠真だ。

 入学以来ずっと学年一の秀才として君臨している詠真は、運動に関しても周りから頭一つ、いや二つは抜けていた。部活からの勧誘は絶えなかったが、妹バカな詠真はそれを断り続けていた。

 それぞれ種目で得手不得手の差はある物の、記録を総合するとほぼ同点と言わざるを得ない。

 八種目を終え、残すは20メートルシャトルランのみとなった。この種目はその名の通り、20メートル幅に引いたラインを往復する種目。ただ往復するというわけではなく、往路は電子音の「ドレミ…」、復路は電子音の「ドシラ…」の音階が1オクターブ鳴り終わるまでに反対側のラインを辿り着かなくてはならない。さらに、音階は1分ごとに間隔が短くなっていく。2度続けて音階に合わせてラインに到達できなくなった時点で失格となり、到達に成功した回数を記録とする。

 高校生二年生男子の平均は約100回、女子の平均は約70回ほどである。現在の最高記録は野球部に所属する男子の165回だ。

 詠真が体を解しながら言う。


「おい舞川」


「何かしら?」


魔法(ズル)はすんなよ」


 鈴奈は吹き出すように笑う。

 詠真に顔を近づけると、囁くように、余裕の表情で嘲笑う。


「君程度にズルする必要がまずないかな? 逆に魔法(ズル)させるほどの力をみせて欲しいわね。ウフフ」


 詠真の中で何かが切れる音がした。

 周囲のギャラリー、もとい二年生達からザワザワと声があがる。


「木葉が切れた…!」


「あの木葉君が怒ってる……」


「あの温和な詠真が」


 かつて──それほど前ではないが──鈴奈が言っていた詠真のデータ。

 そこにあった『性格は比較的温和で』と言うのは紛れもない事実であった。少々面倒くさがりではあるが、滅多に怒ることはなく優しくて温和な性格。そしてシスコンっぽい。

 それが詠真に対する周囲の印象だ。

 しかし。

 今の詠真の顔は、まさに般若の如し。

 体育館に設けられたシャトルランスペースに、空気を読んだのか二人のみ。

 木葉詠真と舞川鈴奈。学年一の秀才と完璧超人転校生。

 担当の教師が声をかける。


「じゃあ始めるぞー」


 二人は頷くことで肯定。最終決戦の火蓋が切って落とされた。


 ──30回。


 二人の顔は涼しい。


 あ──60回。


 なお変わらず。


 ──70回。


 女子平均の回数に達したが、鈴奈は笑みを浮かべるほどの余裕。


 ──100回。


 男子平均の回数。三桁の大台。依然、二人のペースは崩れない。


 ──130回。


 ここでようやく息が少し乱れ始めた。


 ──165回。


 学年の最高記録へ到達。驚くことに、二人は何やら言い合いをしながら走っている。


「そろそろキツイんじゃねぇか?」


「君こそ」


 ──190回。


 二人を突き動かすのはプライド。

 ──意地でもコイツには負けない。

 額を突き合わせて睨み合うぐらいの気持ちで、二人は走る。


 ──220回。


 まだ走れるのかよ! 周囲の生徒は心の中で叫ぶ。

 一体どこまでいくのか。


 ──238回。


「いつまで、走ってんだよ舞川!」


「君、こそ!」


 限界は近い。


 そして──239回。


 遂に、決着が着いた。


「く……そが……」


「やる……じゃない……」


 240回をあと数歩の所で、二人はバタリと倒れ力尽きた。ぜえぜえはあはあと荒い息。

 駆けつけたクラスメイトから酸素ボトル受け取り、一気に吸い込む。

 二人の健闘を讃えるように、体育館が拍手に包まれる。

 おかしい。おかしすぎる。でも、なぜか感動してしまう。

 そんな中。


「お、俺の全力を捧げた記録が……」


 165回という好記録を叩き出した野球部の男子が、一人悲しみに暮れていた。



☆☆☆☆



 スポーツテストの結果は、ほんの少しの差で詠真に軍配が上がった。

 なんとかプライドを守り切った。

 だが実際、詠真も凄いがそれに並び立つ鈴奈の方が凄かったりする。それでも女子に負けるのは癪である。

 疲労困憊の二人は昼休み、五限を保健室で休み、六限目に復帰。そのまま授業を終え、少し体の怠さを感じながら帰宅の路に着いていた。


「こんなに疲れたの久しぶりだわ……」


「魔法で疲れとったりできねぇの?」


「できるけど君にはしない」


 鈴奈はぷいっとそっぽを向くと、彼女の足元から頭にかけて小さな魔法陣が突き抜けた。疲労を回復する魔法なのだろう。だが負けたことが悔しいからか、詠真にはその魔法を使ってやらない。


「……あっそ」


 完璧超人の舞川はかなりの負けず嫌いなんだな、と詠真は笑うと、


「でもなー、こんな疲労困憊じゃまともに動けねーなー。困ったなー。あーどうしよっかなー」


 あからさまに下手くそな棒読み。

 突然の白々しい演技──実際疲労困憊ではある──に、端正な顔を引きつらせた鈴奈は大きく嘆息。


「はいはい。どうせなら素直に言いなさいよ全く……」


 詠真の全身を魔法陣がなぞる。

 すると嘘のように疲労感がなくなり、体がとても軽くなる。


「こんなのがあるんなら昨日使ってくれても良かったんじゃね? 三徹の疲れがどうとか心配してくれたクセに」


「頼ってばかりは良くないわよ?」


「それをお前が言うか……」


 それもそうね、と笑う鈴奈は自身のPDA端末を詠真に渡した。

 詠真は旧型だなぁと呟くと、画面に映るデータを読み取っていく。書かれていたのは、鈴奈がピックアップした思考加速系能力者の一覧だ。超能力は当然として、名前、住所、顔写真までも細かく記載されている。

 さらに下へスクロールすると、思考加速系能力者ではない超能力者が二名。顔写真にはバツがつけられていた。


「このバツはなんなんだ?」


「数日前から行方不明になっている能力者よ。なんだか気になってね……」


「例の能力暴走とは関係のない行方不明者か……もしかすると件の魔法使いが関わっている可能性もあるかもしれないってことだな」


「そういうこと。二人とも攻撃系の能力だから敵に利用されたのかもね」


「おい……それって」


「……えぇ、敵には私達の行動がバレている可能性が高いわ。まぁどちらにせよ、敵は追手が現れることをある程度は予測しているってことね」


 つまり戦闘は避け得ないということ。最悪、利用されているかもしれない超能力者と一戦交えなくてはならない可能性も浮上してきた。

 まぁこれも仮説に過ぎない。現状やるべきなのは、


「未だ狙われていない思考加速系能力者を狙いに来たところを、私達は狙う」


 鈴奈は指で銃の形を作って言う。


「どれもこれも仮説だから意味のないことかも知れないわ。でも現状として、それ以外に手はない。パレ……天宮島政府も私達以上の事は掴めていないしね」


「仮説が的中するか、みすみす取り逃がすか……二つに一つか」


「取り逃がすというよりかは、『転移魔法』で存在するかも知れない"異世界"に逃してしまうって感じかしらね」


 そうなれば英奈に繋がる唯一の細い糸を取りこぼしてしまうことになる。

 詠真はふと思ってしまった。


 ──俺は『異世界』に行きたいのか?

 

 目的は敵を牢にぶち込むこと、罪を償わせることだ。

 しかし、英奈が異世界に転移してしまった可能性も捨てきれない。むしろそれを信じたい。

 ならば。


 ──俺は『異世界』に行きたいのか?


 自分の力では不可能だが、『転移魔法』が完成しているのならば、英奈に会いに行けるかもしれない。

 異世界からこの世界に連れ戻すこともできるかもしれない。


 ──俺は『異世界』に行きたいのか?


 そうだ。朝、誓ったばかりではないか。一度は叶ったあの光景を、俺はもう一度叶えてみせる。取り戻してやると。

 そう。

 ならば。


 ──俺は『異世界』に行きたい。行って、英奈を連れ戻したい。


 存在するかしないか、では無い。

 すると考えよう。

 超能力が何処から来た物なのかなんてどうでもいいじゃないか。

 英奈を取り戻すために。俺は『異世界』を信じよう。


「なぁ……舞川」


「はぁい?」


 詠真は心中に渦巻く想いを、余さず鈴奈に告げた。

 鈴奈は考え込むように黙ると、しばらくして口を開く。


「つまり、敵には『転移魔法』を完成させて欲しいってことかしら?」


「それは違う。だけど敵が持つ情報を突き詰めていけば、舞川や聖皇ってのでも『転移魔法』を作り上げることができるかもしれないだろ? そうすれば、犠牲になった……いや、この世界からいなくなってしまった皆を連れ戻すことができる。それに魔法では不可能とされていたモノが実現可能だと証明される。一石二鳥じゃないか?」


 無意識の間に鈴奈の肩を掴んで詰め寄っていた詠真は、我に返って手を離す。

 特に気にした素振りを見せなかった鈴奈は、詠真の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「君の気持ちを否定はしないわ。でもね、仮に『異世界』があったとした、そこへ簡単に行ったり来たりできる"手"が出来てしまうということは、二つの世界間での深刻な問題に発展するかもしれないのよ?」


「それは……そうだけど……」


「……まぁ『転移魔法』を私達が完成させたとして、それを公表しなければある程度は問題ないかもしれないけど」


「じゃあ──」


「それは私個人では決めかねるわ」


 鈴奈は詠真の言葉を遮るように言い、


「世界のバランスをどうこうするレベルの話よ、聖皇様に話してみないことには何とも言えない」


 でもね、と鈴奈は続ける。


「その気持ち、想いは捨てずに持っておきなさい。家族を、命を想うその尊い心は"人間"である証よ。いくら世界から忌み嫌われようが、君達"超能力者"は紛れもない『人』なんだから」


「舞川……」


「って、こんなこと魔法使いが言えるようなことじゃなかったわね」


 鈴奈は自嘲気味に笑うと、詠真の肩をポンと叩く。


「なんにせよ、今回の任務を無事達成しないことには始まらないことよ。今はやるべきことだけを考えましょ。ね?」


「そう……だな。悪かった」


「いいのよ、気にしなくて」



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