表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
五幕『氷焔の断罪』
39/60

『──俺は強い。そしてこれからも強くなる、ってな』




「ちょっ──」


 舞川鈴奈は地面を二転三転し、そのまま駐車してあるワゴン車に突撃。衝撃音が街中に響き渡るや否や、ワゴン車は凍結、破片も残らず砕け散る。

 怯えた表情を浮かべる市民の視線を浴びながら、鈴奈はコートの埃を払い周囲を一瞥した。


「……パリ、か」


 標識にはそう示されている。

 つい数秒前まで音速で空を駆けていた鈴奈は、銀の魔法陣によってこの場に"転移"させられた。

 魂胆は知れぬが、誰の手による行いかは口に出さずとも知れている。

 本来なら極めて優先すべき事案であろうが、現状に於いてはその優先順位は繰り下がる。

 何よりもまず──


「見えている敵を斃す。なんだか分からないけど、ここまで案内してくれた事には感謝してやりましょうか」


 民衆の視線など介さず氷翼を展開した鈴奈は空へ上がり、魔力が溢れ出す遠くの一点を睨みつけた。

 エッフェル塔。その天辺。展開する魔法陣の上に立つ三つの影。

 その中の一人、殺気の如く魔力を放出する女──マリエル・ランサナー。


「魔力の無駄遣いはオススメしないわよ、八眷属として」


 吐き捨てたその声は彼女に届き、彼女の声もまた鈴奈に届く。


「お前の為に気を利かせてやっただけだよ、氷帝。それも、さほど意味は無かったがな」


「有難くて涙が出そう。この責任はきちんと──取ってよねッ!」


 氷の翼が空気を叩く。射出された鈴奈に遅れて、凄まじい風が市街を襲う。硝子が割れ、車が吹き飛び、悲鳴が飛び交う。

 一体何、何が。その疑問に答えてくれる者はおらず、続けて更なる衝撃が市街の中心へ襲いかかる事となる。


「ドッカ──ンッ☆」


 幼児がおもちゃで遊ぶような声と共に、鈴奈の体は"何か"に衝突──いや、殴られた。

 錐揉み落下で地面に叩きつけられ、


「潰れちゃえ☆」


「──ッ!」


 上空から高質量の物体が飛来するのを感じ取った。

 即座に落下地点から離脱。爆砕衝撃音が先程まで居た場所を襲い、粉塵、土煙が舞い上がる。

 警戒態勢で煙が晴れるのを待った。


「絶対入ったと思ったんだけどなぁ、惜しいよガラハッドちゃん」


 流暢な日本語は少女の声。中学生くらいだろうか。それは外見に関しても言えることだった。

 ポニーテールに束ねたオレンジの髪は少し癖っ毛で、あどけない顔立ちにそばかす。小柄な体で、しかしその矮躯を包むのは、胸元にフリルを装飾したノースリーブベストにミニスカという純白の装い。カジュアルではなく、礼装としての品を感じる。

 特筆すべきは、傍らに立てられた身の丈三倍は優に超える鈍色の鈍器。

 およそハンマーであろうが、その長さ、ヘッドの巨大さを鑑みれば到底少女とは似つかわしくない代物だ。


「さすが本物って訳ですね。ガラハッドちゃんは感嘆しますよ」


 少女はハンマーを軽々と持ち上げ、振り回し、肩に担いでにへらと笑う。


「でもでもですね、ガラハッドちゃんはこの程度では挫けません。必ず一撃入れてやりますよ、一撃必殺です」


 鈴奈は冷静に少女を観察する。

 見ての通り、彼女は普通の人間ではない。明らかだ。

 しかし、不可解だった。

 彼女の中から感じる力には、魔力と呪力の両方が存在している。


「お黙りするなら、こちらから行きますよー!」


 少女が地面を蹴る。舗装された地面が捲り上がり、陥没。巨大なハンマーを振り翳して、重撃の少女が鈴奈へ肉薄。鉄塊が迫る。


「──初めて見るケースね」


 超重量のハンマーを掌で受け止め、鈴奈は興味深そうに呟いた。


「えぇ!? そんなのアリですかー!」


「私──貴女がちょっと嫌いよ。うるさいもの」


 受け止めたハンマーヘッドを軽く押し返す。前傾姿勢を取った鈴奈の拳が少女の腹を捉え、ハンマー諸共凄まじい速度で吹き飛ばす。

 直後。背後から感じた殺気に鈴奈は振り向き、呼び出した愛剣『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』で銀色の刃を受け止める。


「一対二……いや、もっと」


 弾き返して、鈴奈は数えた。

 取り囲む気配は六つ。エッフェル塔で構えるワールドクラティアを含めると九つ。

 しかし──


「動きはない、か」


 ワールドクラティアの三名に動く気配──戦う意思がない。

 放出されていた魔力も失せ、完全に傍観を決め込んでいるようだ。

 ……戦いたいなら、まずはこいつらを斃してからって事かしら。

 『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』を一振りし、眼前の騎士へ問いかける。


「貴女達は、何?」


 漠然とした質問。

 それに対して、二メートルになろう長剣を構える痩身麗人の女騎士は、青い髪を風に揺らし、凛々しい顔立ちを崩さぬまま淡々と答える。


「英国王室特別親衛隊円卓騎士団(ナイツ・オブ・ザ・ラウンドテーブル)。円卓の騎士、と言えば聞いた事はあるだろう」


 円卓の騎士。ブリテンの──イギリスのアーサー王伝説に登場する騎士達の呼び名だ。

 だが鈴奈はそういうことを聞きたかったのではない。


「貴女達自身は一体何かと聞いてるの。言ってる意味わかるでしょ、その中の力について」


「本物の貴様には稀有に映るか。あぁそうだろうな」


 青い騎士は不服そうに鼻を鳴らす。

 重撃の少女も、鈴奈を指して"本物"と称していたか。

 その意味も分からなくはない。


「しかし、そうだな。知りたくば──騎士の一人や二人討ち斃してからにするんだな」


 青い軌跡を引いて長剣が迫る。それを冷静に受け流し、女騎士を蹴り飛ばす。

 斜め後方から飛来した数発の弾丸を『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』で叩き落とし、大きく左に飛び退いて上空から襲来した重撃を躱した。

 

「ウォラァ──ッ!」


 雄叫びと共に双剣を振るう赤髪の男騎士が現れる。流れる動作で、新たなる誓いの剣『裁きの星(ディバインルミナス)』を呼び出した鈴奈は、剣を交差して赤い騎士の乱撃を静かに受け切った。

 隙をついて双剣を弾くと、傍らに展開した魔法陣から氷の巨腕が出現、赤い騎士を殴り飛ばす。

 直後、横合いから繰り出された長剣の一閃を氷の巨腕がガード。巨腕は崩壊するも、一閃も弾かれている。

 ガラ空きになった青い騎士の懐に一撃を見舞おうと鈴奈が一歩踏み出した時、氷の巨腕に勝るとも劣らぬ巨漢の拳が眼前に迫っていた。


「ハァ──ッ!」


「……ふっ」


 体を仰け反らせて拳を躱すと、鈴奈は即座に二刀を消す。仰け反った姿勢からバク転へ移行、五連続バク転で大きく距離を離した。

 極短く息を吐き、背後の頭上から振り下ろされた幅広の大剣を魔法陣が防御、回し蹴りの要領で背後に立っていた男を蹴り抜いた。

 ──これで六人。

 長剣、大剣、双剣、ハンマー、銃、拳。感じ取れる六つの気配、六人の騎士が扱う武具は把握した。

 鈴奈の眼前には、四人の騎士。長剣の青い騎士、双剣の赤い騎士、ハンマーの重撃の騎士、拳を振るう巨漢の騎士。

 背後には二人。大剣の黒い騎士と、姿を見せぬ銃を使う騎士。

 彼らの連撃を去なしながら、鈴奈は冷静に戦力を分析していたのだ。


「うっそーん……」

 

 重撃の少女は呆然と口を開ける。

 言葉に出さずとも、他の騎士も動揺を抱いているだろう。

 空色のコートが風で翻る。

 氷薔薇の美しき剣を握った強者は、先刻の撃ち合いを経て、一つの結論に至っていた。


「魔力と呪力の混合。やっぱり貴女達、外から与えられた劣化品か」


 劣化品。その言葉に反応した青い騎士が斬りかかる。


「貴様……!」


「何? 本当の事でしょう」


 鍔迫る二人の女。鈴奈は哀れむでもなく、淡々と見解を述べていく。


「魔力と呪力。それらを外から注入され、人工的に異能を手にした人間。理論的には可能ではあるけど、使い物にならないし長くも生きられない。魔力と呪力(いぶつ)を御しえる無能者は存在しない、なんだけど……」


「現に我らは存在しているッ!」


「そうね、それは認めるわ。何せ、それが行われたのが遠い昔って聞くし、情報は常に更新されていくって事ね。まぁ……あくまで存在はしているだけで、使い物になるかは──」


 鈴奈は鍔迫りを押し返し、青い騎士は後方へ飛び退いた。


「微妙よね」


 この騎士らは、本来は何の異能も持たぬただの人間。そこに、何者かによって魔力か呪力、あるいは両方を体内に注ぎ込まれ、死を覚悟する苦痛に耐え抜き異能を手にした人工異能者。

 劣化品ではあるが、身体強化魔法程度は扱えるレベルで実現している事は、驚愕すべき事実である。

 だが何より、コレを実用化するべく行動に移した奴ら──ワールドクラティアの思考は反吐が出る。

 殺すでもなく、戦う為の下僕として異能を授ける。何十何百、それこそ何千と命を散らした人間が居たことだろう。


「まぁ……いいわ」


 だからと言って、情はない。

 彼女らが──円卓の騎士がワールドクラティアに与する者らであることは変わらず、この場で邪魔をすると言うのならば討ち斃すのみ。

 鈴奈は『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』を消し『裁きの星(ディバインルミナス)』を呼び出す。

 それは敬意か、はたまた劣化品への無慈悲なる鉄槌か。

 ──もしくは、実験台か。


「本戦へ向けてギアを上げる為に、"一体一殺"で散らせてあげるわ」



☆☆☆☆



「人工、魔法使いだと……」


「何度言わせるなよ、小僧」


 睨み合う少年と壮年の軍人。

 少年と背中を合わせるのは少女。それらを取り囲むのは、黒い軍装に身を包む多勢の軍人。

 場所はドイツ・ベルリン。

 アーロンの転移魔法により、ベルリンへ転移した木葉詠真と土御門夏夜の二名は、奇しくも全38SS師団中最強の部隊『第1SS装甲師団ライプシュタンダーテ SS ブルート・ジークフリート』の第一大隊、その大隊長が構える場所へ放り込まれていた。


「貴様の為に、私は日本語を使用してやっているのだ。それでなお理解できんとは、軟弱な頭よ」


「黙れよ……ッ!」


 詠真の瞳は赤と緑に染まっていた。地面は焼け焦げ、風が表面を削り取った痕跡が真新しい。

 初動の一手は先刻放たれた。

 詠真が放った炎嵐の槍は、壮年の軍人──第1SS装甲師団第一大隊隊長、ハゲネ大佐が振るった剣によって両断されていたのだ。

 ハゲネはそれを魔法だと言い、挙句には自身は人工的に生み出された魔法使いだと宣言した。

 背中を合わせる夏夜が、驚愕しつつも落ち着いた声で詠真に語りかける。


「詠真君、信じられないでしょうが、それはあり得ます。私達、陰陽師や魔法使いの理論的には。外部から呪力、ないし魔力を注ぎ込む事で、異能を持たぬ無能者に異能を目覚めさせる。簡単に言えばこんな所ですが、上手くいってもそれは極めて……需要の無い劣化品です」


 ハゲネがややこめかみにシワを寄せるが、鼻を鳴らして首を横に振る。

 ジャキッと音を立て、詠真のグングニルを断ち切った漆黒の西洋剣が寸分の隙なく構えられた。


「よい。だが、後に弁明されても聞かんぞ小娘。何せ、今よりその減らず口を斬り裂いてやるのだからな」


 併せて、少年少女を取り囲む大勢の軍人が一様に銃、ないし剣を取る。


「周りも全部人工ってか……」


「大丈夫です、魔力を感じるのは奴一人のみ。まずは──」


 夏夜は練り上げた呪力を解放。それは殺気となって放出された。


「周りを片付けましょう」


「あぁ」


 二人は交差するようにして後ろへ下がった。同時に振り向き、夏夜がハゲネと相対する形へ。

 夏夜がハゲネを抑えている間、詠真に周囲を一掃させる。無言の中で生じた阿吽の呼吸。

 

「来るがいい、小娘ッ!」


「──私だけじゃありませんよ」


 ニヤリと口角をあげた夏夜の胸元に淡い赤光が灯り、一枚の札が現れる。


「式神召喚──艶姫(あでひめ)!」


 刹那、札は人型の光へ変化し、実体をもって地面を踏みしめた。

 身長は二メートル弱。肌は褐色で長い黒髪。額から一本の尖角を生やし、戦闘用に改造された深紅の着物を纏う女性。

 式神『艶姫(あでひめ)』。

 陰陽師のみが有する秘匿術式により誕生する、数ある式神の一人である。


艶姫(あでひめ)、標的は彼奴(あいつ)です!」


「あぁ──久しぶりに暴れようじゃあないか」


 艶やかな声には確かな殺気が宿り、夏夜より速く艶姫(あでひめ)がハゲネに肉薄。勢いを乗せた右ストレートが放たれた。

 突如の出現に思考の空隙が生じたハゲネは頬に直撃をもらい、多数の部下を巻き添えにして遥か後方へ吹き飛ばされた。

 同時に凄まじい突風が吹き荒れ、


「伏せろ!」


 詠真の号令を聞き、焔姫(えんき)艶姫(あでひめ)はその場で姿勢を低く取った。

 頭上を通過する風に遅れて、ズバッ──グチュ──と、形容し難い酷く不快な音が連続する。

 木葉詠真を中心に半径50メートル範囲の物体は全て、真空の刃により彼の腰の位置で綺麗に切断されていた。

 落下していく軍兵の上半身。命令を失い佇む下半身は、再度吹き荒れた突風によって崩れ落ちる。

 全滅を確認。詠真が束の間の一息を吐きかけた時、


『あー、少し遅かったか』


『仕方が無いだろうさ』


 いつの間にやら上空へ接近を許していたヘリコプターの中から二名の軍人が飛び降り、大衝撃を伴って着地。大きく陥没した地面から跳躍し、一歩で詠真の眼前へ躍り出た。

 もはや聞かずとも、彼らも人工魔法使いであることを察した詠真は、短く息を吐き腹を括った。


 その後方。

 

「彼方は一対二。ならば此方も一対二で文句は言わせんぞ、名も知らぬ軍人よ」


 鼻血を拭って怒りを露わにするハゲネに向け、艶姫(あでひめ)が尊大に告げた。


「クハハ……あぁ、文句などあるまい。極めて公平だ」


 飛来した真空の刃を剣で受け止めた際に外れた右肩の関節を入れ直し、ハゲネは怒号を上げる。

 

「総統閣下への忠誠の為、貴様らの首は此処で落とす──ッ!」



☆☆☆☆



 重撃のハンマーを得物とする騎士、ガラハッドは格上の本物相手に勇猛果敢に挑み続けていた。

 重量500キロにもなるハンマーを自在に振るいつつ、小柄な体で縦横無尽に飛び回るその戦法は、剛と速に長けた必勝法だと彼女は信じている。

 ……信じていた。

 しかしなぜだ。本物──氷帝と称される本物の魔法使いには、一度として有効な攻撃を与えられない。空から撃ち落とした初撃でさえ、彼女にまともなダメージは入っていない。

 膝が折れそうになった。

 四卿から授かったこの異能。ランサナー卿より賜った武具。それらが微塵として通用しない。あろうことか、ガラハッド以外の騎士は、氷帝の魔法によって動きを封じられている。


「動きが鈍くなってきたわね」


 ランスロットによく似た氷帝の顔、そこには少しの疲労さえ感じない。まるで赤子と戯れるように、慈しみすら超えた無感情の遊戯。

 ハンマーの柄を握る手に自然と力が篭る。焦燥、怒り。子供扱いされる屈辱。ガラハッドはそれを最も嫌っていた。


「うるさいですよ本物。ガラハッドちゃんはまだ本気じゃないですから!」


 横殴りの鈍器を、頼りなく細い白銀の剣が受け止める。

 ──なんで、なんで折れないんですか!

 この『魔女への鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』に折れない、砕けないものなんてないのです!

 ガラハッドはハンマーを背中に引き寄せるようにして、最大速で体を回転させて逆サイドから鉄槌を下す。

 難なく弾かれてしまう。

 ──なんでです!?

 どこからどう攻めようが、この魔女には鉄槌を下すことができない。


「そろそろいいかしら、ガラハッドちゃん?」


 パイルバンカーの如く強烈な蹴りがガラハッドの腹を撃ち抜く。


「カッ──ハ──」


 吐き出す血液。しかしガラハッドは、その場に踏み止まった。

 氷帝の動きが一瞬だけ止まる。その隙があれば、ガラハッドは一撃を放つことができる。


「──ハァァア!!」


 引き寄せた『魔女への鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』を全身全霊で振り抜いた。

 鈍い衝撃音。眼前の敵は左手方向へ、壁面をぶち抜きながらビルの中へ消えていく。

 片膝をつくガラハッド。吐血で地面が赤く染まっていく。先刻の蹴りが臓器をいくつか潰していた。


「はっ……所詮は偽物の、身体強化魔法ですか……」


 本物にとっては取るに足らない防御層。加えて、取るに足らない攻撃力。

 ガラハッドは周囲を一瞥し、仲間を拘束する魔法が解けていない事から、全身全霊の一撃を以てしても氷帝を落とせてはいない現実を理解する。

 脚に力をいれ、愛鎚を支えにして立ち上がる。


「ガラハッド!」


 湖の騎士、ランスロットが呼ぶ。


「うるさいですよランスロット。ガラハッドちゃんに任せてください」


 自身が姉のように慕っているランスロットに吐き捨て、ガラハッドは再度『魔女への鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』を構え直した。



☆☆☆☆



「ちょっと痛かった」


 首を回して骨を鳴らす鈴奈は、ビルを抜いてようやく停止した、誰とも知らぬ市民の部屋を出る。

 今ので巻き添えを食らった者も居ただろう。それを意に介する彼女ではないが、全く関係のない人間が死ぬというのも気分が良い訳ではない。

 既に周囲の人払いは済ませ配慮はしているが、後の本戦を思えば何方にせよと言った所だ。その辺りは、戦争の戦火に巻き込まれてしまったと思い諦めてもらうしかない。


「まだやれると思ってるの?」


 戻ってみれば、ガラハッドと自称する少女はハンマーを構え、瞳には戦意が消えずに宿っていた。

 呆れ気味に嘆息。

 そもそも、甚だ疑問ではあったのだが、何故このような取るに足らない雑魚を差し向けてきたのか。ワールドクラティアの思惑を図りかねる。

 現在こうして剣を交えているのも、鈴奈の気分に他ならない。

 どだい拘束魔法が通用する時点で勝敗は明確に示されているのだ。

 やれやれと呟き、白銀の剣『裁きの星(ディバインルミナス)』を地に突き立てた。


「私の初めてを味わえる事に歓喜して果てなさい」


 襲来する重撃の騎士。


「果てるのはお前です──ッ!」


 臓器を破壊されてなお、最高速度で肉薄するガラハッドに対し、心の中で賞賛を送った氷帝は──紡いだ。


「聖皇より創造されし聖なる魔の番人よ

 星を抱く我の命をどうか聞き届け賜え」


 円状に波打つ高質の魔力がガラハッドを弾き返した。

 『裁きの星(ディバインルミナス)』。新たな誓いの剣に封されし十二の魔力の塊。それらが明確なイメージとして意識に溶け込み、祈りの詠となって紡ぎ出される。


「第二の門 転落せぬ女神 臨む地星

 美しき御業で地を砕け

 我が身と共に天を翔けましょう」


 十二宮。第二の扉に手をかける。

 展開するオレンジにも似た茶色の魔法陣。表すは地属性。

 空間を震わす魔力にガラハッドは直感的な危険を感じ、近付いてはならないと本能が告げる。

 ──本能を抑え込み、ガラハッドは地を駆けた。

 やらせてはダメだ。止める──!


「うぉぉォオ──ッ!」


 咆哮。高く跳躍し『魔女への鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』を振り翳す。眼下に睥睨する魔女へ、鉄槌を振り下ろした。


「荘厳たる星の輝きよ

 今此処で、地上を眩く照らし賜え」


 突如、横合いより飛来した岩石がガラハッドを叩き落とす。


「黄道十二門──金牛宮開錠


    『玉依姫(タマヨリビメ)』」


 眩い輝きが鈴奈を包み込む。

 ──刹那。

 現れた存在に輝きが収束した。

 艶やかな黒髪。十二単を思わせる絢爛な羽衣。舞川鈴奈の姿は天女と成りて、この戦場に降臨した。


「成る程、魔聖獣とは大きく異なるのね。変質ではなく纏う感じかしら。新鮮ね、悪くない」


 魔聖獣、改め『魔星獣』の感覚に鈴奈は素直な感想をもらした。

 形態を完全な人外へ変質させる魔聖獣。比べ魔星獣は、変質ではなく上に纏って扱う。例えるなら、魔聖獣を鎧に変換し装備する、が正確だろう。

 この『玉依姫』は地属性の魔力。司る力のイメージも明確に握っている。問題は何一つなかった。


「一体一殺、と思ったのだけど……さすがにそれは手札見せすぎか」


 背後で膨れ上がる魔力を感じながら、鈴奈は宙へ舞い上がる。羽衣には飛行効果が付与されている。


「ッ……ふざ、けないでくださいよ……」


 満身創痍のガラハッドが立ち上がる。しかし瞳は動揺を隠せていない。

 他の騎士も拘束魔法を振り解こうと足掻くが、体を縛る魔力帯は緩むことはなかった。

 万事休す──など、始まった瞬間より変わらぬ戦況。

 羽衣纏う天女はゆらりと腕を頭上に翳す。天女の周囲に大小様々な岩石が生成、展開される無数の岩弾。

 『玉依姫』の能力は、土、石、岩を生成し操る単純なモノ。生成の始点は半径50メートル以内ではあるが、始点から延長して生成する場合、終点は10キロ先に及ぶ広範囲。

 天舞い地を砕く天地の女神。

 そして無情にも──


「──地星崩砕」

 

 百数に上る岩弾はガラハッド目掛けて放たれた。


「砕、くッッ!」


 『魔女への鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』が岩弾を砕く。砕く。砕く。砕く。砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く──そして、


「ラン……スロ────」


「ガラハッド──!」


 青い騎士の悲痛の叫びと共に、岩弾の嵐が少女の矮躯を跡形もなく押し潰し、砕いた。



☆☆☆☆



 ガラハッド。ガラハッド。

 無二の友が目の前で散った。

 自分は一歩も動けず、その死をただ見届ける事しか出来なかった。

 偽物は本物には敵わない。

 あぁ、分かっていたさ。私達はランサナー卿の足元にすら及ばない。それが、ランサナー卿が認める好敵手に敵う道理などありはしない。

 だが、それが何だ。私達は戦う為に力を得た。苦しみに耐えて、女王陛下を護衛する親衛隊として異能の力をこの身に宿した。

 ……それが、何だ? この様は何だ。女王陛下から、神郷卿から、誇りある命を授かったというのにこの体たらくは何なんだ。

 重撃の無邪気なる騎士ガラハッドは負けた。あぁ負けたよ、私の友はもう死んだ。

 でも、私は負けない。負けられない。この忠誠に誓って、騎士道に誓って私は負けられない──!

 青髪の騎士──ランスロットは、氷帝の拘束魔法を打ち破った。


「────」


 同時に、四人の騎士が散った。

 双剣の熱き騎士トリスタン。

 大剣の寡黙なる騎士モルドレット。

 銃剣の聡明なる騎士ガウェイン。

 拳の冷徹なる騎士パーシヴァル。

 彼らは騎士道を全うできず、此処で終わった。

 

「許さぬ……許さぬぞ」


 湖の騎士長ランスロット。彼女は足元に転がる愛剣『忠誠の聖剣(アロンダイト)』を拾い上げ、己が持ち得る魔力を絞り出し、己が成し得る最大の身体強化魔法を施した。


「仲間をやられて怒り狂う、か。分かるわよ、私にも仲間は居るもの」


 天女は地に降り、外装を解いて氷薔薇の青剣を呼び出した。

 同じ青い髪を持つ凜然たる二人の"魔法使い"は、


「ならば貴様を斃し、貴様の仲間も全て斃し尽くしてやろう」


「貴女じゃ役者不足よ」


 己が信じる愛剣を構え、


「──此処で」

「終わりよ──」



「本物──!」「偽物──!」



 同時に駆け出し、交錯。

 勝敗は一瞬の内に決した。


「悪くはなかったわよ」


 湖は冬の訪れに抗えず、凍り付き、音も無く砕け散った。



☆☆☆☆



「僕も大人だ、少年に合わせて日本語を使ってあげよう。ゲールノート、君もそうしよう」


 長身痩躯の軍人が、傍らに立つ巨躯の軍人の肩を叩いて促した。

 両者とも金髪で、赤い腕章をつけた黒い軍装を着込んでいるSS兵。それもかなり高い階級の軍人で間違いない。

 ゲールノートと呼ばれた巨躯の軍人は軽くため息を吐き、凄惨な血の海を一瞥してから口を開いた。


「これはお前がやったのか」


 眼前の少年に向けられた問い。どだい問うまでもないのだが、ゲールノートはあえて問うこと選んだ。

 質疑に応答するかどうか、暫し迷った少年は挑むように答える。


「これは勲章モノじゃあないですかね、上官」


「戯れ事を」


 ゲールノートは、緊急通信で寄越された軍装を剥がされた死体に関し、その犯人が眼前の少年であることを理解すると同時に、腰に吊るされた緋色の剣を抜いた。


「総統閣下より授かった我が剣『怒りの炎(グラム)』だ」


 刀身に灯る炎。膨れ上がり、鉄をも一瞬で溶かす業熱の刃。


「見えるか、この炎が。これは俺の怒りだ。『怒りの炎(グラム)』は怒りの感情が炎となり顕現する」


 腰を落とし、怒りを構えた。


「お望みの勲章だ。受け取れよ、クソ坊主」


 地表の陥没を伴ってゲールノートが駆け出した。

 

「有難く返上させてもらうぜ、クソ野郎」


 少年は地表から突き出た石剣を抜き取り、此方も刀身に炎が灯る。

 上段から迫った『怒りの炎(グラム)』を下段から斬り上げ、互い弾かれるようにして刹那の隙が生まれた。


「僕を忘れんなよー、少年」


 ゲールノートの背後から繰り出される鋭い剣閃。それは肉眼で追える速度ではなかったが、直感で危機を感じた少年は炎を消し、足元から風を竜巻上に噴射する事でその場を緊急離脱。後方上空へ舞い上がり、背に四つの竜巻を接続して滞空した。


「空かー、便利だね」


 長身痩躯の軍人の楽観的な言葉の直後、背後から迫る漆黒の衝撃波が竜巻の三つを掻き消した。


「うぉっ!?」


 咄嗟に態勢を整えて着地。後ろを振り向く余裕はないが、彼女らの戦闘の流れ弾が飛んできたのだろう。

 まぁいいやと切り捨てた少年は、前方の地面から岩柱を出現させる。

 二名の人工魔法使いは軽いステップでそれを躱し、なおも追撃する柱を難なく躱し切った。


「ふぅ。"強いなー少年"。さぞ、殺し甲斐があるってもんだー」


 その言葉は神速の剣技に乗って耳に届いた。



★☆★★



「うおっ!?」


 つい受け流してしまった攻撃が流れ弾となって詠真の行動を阻害してしまい、夏夜は心中で「ごめんなさい!」と手を合わせて謝った。

 即座に意識を眼前の敵へ戻し、呪符を投げつけ攻撃を再開する。


「喼急如律令! 艶姫!」


「ハァッ──!」


 漆黒の剣を振るうハゲネは、飛来する焔弾を断ち切るも迫る剛力の拳を避け切れず、都合十発目にもなる鬼拳の直撃に体の悲鳴を無視することが難しくなっていた。

 圧倒的力に加え、洗練されたコンビネーション。二つの強者を前に、"SS師団最強の人工魔法使い"は敗北の一歩手前を歩かされていた。


「ぐッ……くそ、が……!」


 喉にせり上がる血を吐き出すも束の間、容赦無き追撃の拳が胸部を殴打。肋骨が根刮ぎへし折られ、肺に刺さり呼吸が酷く乱れ始める。

 地に伏せ虚ろに霞む視界には、まさに鬼女と呼ぶべき鬼が見下ろしいる。


「ふむ、どうやら貴様も有象無象の弱者に過ぎないか」


 ハゲネは手放してしまった漆黒の剣に手を伸ばすも、鬼女がそれを踏みつけ、そのまま刀身が折れ砕けた。


「なッ……」


「何、勝手も知らんのか。貴様が好き放題放った黒い剣閃、あれだけ内包魔力を放出しておれば、何れ空になると決まっているだろう。おーい夏夜、ここに馬鹿がおるぞー」


 鬼女は腹を抱えて笑い転げる。

 ハゲネは欠けるほどに奥歯を噛んだ。屈辱。屈辱。屈辱屈辱屈辱。怒りは上限無く膨れ上がるも、鬼女の足蹴りで文字通り一蹴されてしまう。

 

「笑った笑った。──さて、終幕だ弱者」


 踏み付けられる頭。頭蓋が軋む。眼球が飛び出そうだ。あぁ骨にヒビが。冷静になっているようで、思考力が失われていくSS大佐。

 ──その微かに残る聴力が、地面を伝って聞き取った。

 それはエンジン音。地面を高速で走り抜ける最狂の訪れ。


「きた、か……アインザッ──」


 言葉は途中で切れる。頭蓋が踏み潰され、脳漿や眼球が飛び散った。

 SS大佐の人生に呆気ない終幕を下ろした鬼女、艶姫は底の高い下駄を染める醜いモノには気も止めず、己が主と共に一点を見つめていた。


「何か来ますね」


「変わらん有象無象だ。任せるよ」



☆☆☆☆



 槍衾の如く繰り出される細剣。炎熱の怒りの剣。それらの絶え間ない剣戟に対し、木葉詠真は一貫して防御に徹していた。

 

「さっきの威勢はどうしたー、少年よー」


「このまま崩すぞ、フォルケール」


 迫る炎熱の剣。それを跳ね上げたのは、詠真の周囲に浮遊する水球から放たれた超速の水の弾丸。

 迫る神速の細剣。初撃こそ肉眼で追えず直感で躱したが、今となっては目が慣れ、細剣程度水の弾丸によって軌道を逸らす事など容易い。


「────」


 詠真は静かに想起していた。これまで戦った強敵達の事を。

 土御門劫火。アーロン・サナトエル。黒竜。フェルド・シュトライト。神郷天使と思われる男。灰爽由罪や未剣輝。

 戦ってはいないが、舞川鈴奈や土御門夏夜。間近で戦闘を見た数人の十二神将。戦争で猛威を振るった同じ超能力者達。

 その誰もが強かった。

 詠真の敵として立ちはだかった者達に関しては、詠真が一人で勝利を収めた戦闘は皆無だ。

 土御門劫火は十二神将と。

 アーロン・サナトエルは舞川鈴奈と共に挑み、苦い勝利を得た。

 黒竜は炎帝と氷帝、そして聖皇の魔法があってこそだ。

 フェルドには勝つことすら敵わず、己の弱さを叩きつけられた。

 神郷天使と思われるあの男には、親友を奪われ、挙句敗北した。


「──強い奴らばっかだよ、この世界は」


 呟く。ゲールノートとフォルケールは眉を顰め、攻撃の手を更に速め、強め、少年へ襲いかかる。

 炎熱の剣。あぁ温いな。炎ならもっと強い奴がいるぞ。フェルドに夏夜に、祈竜舞踏演でも炎熱系の奴がいたな。そいつらの方が何倍も熱い。

 神速の細剣。あぁ遅いな。俺はほんの十日くらい前に、もっと速い剣速を見たぞ。鈴奈の氷帝って名前は伊達じゃねぇよ。

 

「ラァッ──!」


「シッ──!」


 だから──


「温いし、遅いって」


 二つの衝撃音。氷の弾丸がフォルケールの細剣をへし折り、ゲールノートの『怒りの炎(グラム)』は水流を纏う石剣により弾かれ、宙を舞っている。

 呆然とする間も無く、吹き荒れた突風が二人の体を軽々と吹き飛ばした。

 黒い瞳の中、明滅する十字架。

 

「強い奴らにばっか出会ったってのもあるんだろうな」


 呟きながら、落ちてくる怒りの剣を石剣で両断した。元より石剣などとは呼べぬ強度ではあった。だが今は、鋼すら凌駕する強度を誇っている。

 場を支配する強者の風。

 詠真は今、強く想っていた。


 俺は強い──と。


 より厳密に言うのならば、


「俺はお前らより強い」


 言い方を変えれば、お前らは弱い。

 

「弱いよ、マジで。俺はもっと強い奴らと文字通り命懸けで戦った。何度か本気で死にかけたな。それに比べて、人工魔法使い? あぁ、夏夜の言った通りだ。俺は魔法使いや陰陽師の最強クラスに居る奴らの力しか見たことはないけどさ、お前らは劣化品だ。あいつらの足元どころか産毛にすら及ばない。ほんと弱いな、お前ら」


 長く捲し立てたそれは、余裕から出た煽りなどでは無い。

 自分自身へ強く思わせる、思い込ませる為の口上。お前らは弱いと口に出すことで、俺は此奴らよりも強い──俺は強いと自己暗示をかける。いや、暗示ではなく、明確な自信と意思。

 その自信と意思が己を本当に強くする事を、詠真はとある超能力者の言葉から導き出していた。


『俺ハ……若い女を殺したい。それが快感ダカラ。臓器を握り潰すのは最高だ……』

『だけど、その為にしか能力が殆ど使えない……元々あまり使えなかったけど、若い女を殺す為なら使えるようになッタ……』


 イタリアの小さな街で遭遇した名も知らぬ猟奇的殺人者。

 奴は若い女を殺したい、臓器を握り潰して快感を得たいという思いから、己が持つ超能力を限定的だが扱えるようになったと言う。

 超能力者は物心がつく頃に、宿す超能力のイメージを既に持っている。奴も同じで、物体をすり抜ける事が可能な超能力を宿していたからこその願いだったのだろう。

 その反面、それ以外では上手く扱えなかったのは奴が未熟だっただけだ。

 つまり、だ。

 超能力の限界は、己の強い願いや意思によって、いくらでも広げる事が出来るのではないだろうか。

 簡単ではないだろう。

 相応の強く固い意思が必要だろう。

 あぁそうだろう。思い返せば、三つ同時、ないし四つ同時の発動を成した時は、総じて何かしらの強い想いを抱いて能力を解放していた。

 アーロンの時は、妹を奪われた事への憎悪、命を預けてくれた鈴奈と共に勝つんだという誓い。

 戦争の時は、単純にして強固な『外』の人間に対する憎悪。

 フェルドとの初戦は、鈴奈に情けない姿を見せたくないからという、これも単純にして強いものだったと詠真は記憶している。

 あの男の時も、輝に手を出した事への強烈な怒りだ。

 『四大元素(フォースエレメンツ)』の限界突破。ゾーンのトリガーとなるのは、強い感情、ないし強い意思だ。

 それを確信したからこそ、詠真は今、脆弱な自分を塗り替えようとしている。


「脆弱脆弱って、そっちの負の意思が強かったから俺は自分を弱くしていたんだ。だからこれからは、こう思うことにすんだよ。──俺は強い。そしてこれからも強くなる、ってな」


 明滅していた十字架は、今この瞬間に鮮やかな真紅の十字架となって、木葉詠真の黒瞳()に刻み付けられた。伴い、髪の毛先数センチが白く染まる。


「……まだなんか足りないな。まぁ、今はいいか」


 パズルのピースが一つ足りない感覚が残るが、それを心の隅に置いて眼前で伏せる敵を睨みつけた。

 フォルケールとゲールノート。彼らの目は詠真では無く、その奥、背後の光景に奪われていた。

 詠真は振り返らない。大方、あのハゲネとかいう軍人が夏夜達に負けたのだろう。

 嘆息する。自分達が同じ終幕を辿る事すら思考から欠如している敵に。


「なんだっけ、ドイツ語でさ」


 ……そうだそうだ、思い出したよ。

 詠真は、両手を空に掲げる。

 天へ向け形成される竜巻。下手なビル一棟並みの巨大さを誇る炎嵐の槍(グングニル)

 ガガンッ──地面から突き出す岩柱によって、上空へ舞い上げられたゲールノートとフォルケールは、その顔から戦士たる威厳を完全に失っていた。

 圧倒的強者は無感情に、


「おかげで、俺は強くなれた。それがお前らの功績だよ。そしてこれが勲章だ──受け取れ」


 炎嵐の槍を炸裂させた。彼らの人生の終幕は、槍と共に空の果てへ──


じぁあな、偽の英雄(アウフ・ヴィーダーゼン)



★★★★



 土御門夏夜もまた、自身有する強大な呪術の一つを発動させる為、根本印を結印。真言(マントラ)を唱え始めていた。


「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ」


 不動明王の火界咒。

 辺りを舞う数百枚に及ぶ呪符が意思を持つかのように蠢き、徐々に形を成していく。


「センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン!」


 夏夜の全身から焔が燃え上がり、形を成す呪符群へ燃え移る。


「顕れよ──」


 それは蛇──八つの首と頭部を有する八岐大蛇。


「『焔怒不動明王(えんどふどうみょうおう)迦具土八俣焔遠呂知(かぐつちやまたのほむらおろち)』!!」


 敵意を向けた存在にのみ、その熱は伝わる。鋼が溶け、人体すらも一瞬で蒸発させる地獄の焔。

 天へ、ドイツ国内に於ける全ての構造物より巨大な焔大蛇の目は──それを介した夏夜の目は、大型の軍用駆動四駆に跨る集団を捉えていた。

 援軍として、ここに向かっていた別働隊。夏夜は距離を詰めてくる魔力を感知し先手を打ったのだ。

 それが現ドイツ最狂の部隊『アインザッツグルッペン』であると、その部隊の隊長が"ドイツ最狂の人工魔法使い"であると、夏夜が知る由もなければ、知る必要すら無い。

 必要なのは殲滅する力のみ。

 焔大蛇の八つの顎が開かれた。

 音は無い。衝撃もない。静かに放たれた焦熱のブレスが、定めた標的のみを一人残らず蒸発せしめた。


さよなら、(アウフ・)名も知らぬ者達(ヴィーダーゼン)


 夏夜はドイツ語を話せないなりに、幾つか知っている単語の中から相応しい言葉を引っ張り出してみるも、そんな柄にも無いセリフに苦笑をもらした。

 焔大蛇が掻き消え、一先ずの勝利を得た夏夜と詠真は同時に踵を返し──

 



「──見事だ、客人よ」




 両者の間。

 そこには人型の闇があった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ