『違和感の物語』
「ここで間違いないよな」
新崎国人は、日本某所のとある山に足を踏み入れていた。山と言うよりかは、樹海。あまり良くない事で有名な場所だ。
寝不足で濃い隈を作り、ボサボサ髪の小柄な彼の姿を見れば、おそらくこの樹海に身を投げに来たのだろう。十人中十人がそう考える。
だが、国人は命を捨てる気など毛頭なく、この樹海には別の用で足を運んでいた。
都市伝説。それは彼の大好物。中でも、ここ最近で世界中で話題沸騰の都市伝説は、国人の興味を引きつけて止まなかった。
未確認生物。UMA。そういったモノの延長線上にあるその都市伝説は、もはや都市伝説の域を超えている。
世界中で同時多発的に目撃され始めるなど、まさに常軌を逸した事態。
その都市伝説の名を『突然変異した獣達』と言う。
国人の集めた情報の限りでは、世界各所の至る所で、既存の動物を二段階、いや三段階も四段階もスケールアップさせた様な獣が目撃され、中には混合種──キメラも居たなんて目撃情報も絶えない。
まさに突然変異。あるいは、人工的な遺伝子操作による変異種。某国の生物兵器。
無数の憶測は飛び交う中、特に信憑性──というか、国人自身が支持しているものが二つある。
一つは──超能力国家『天宮島』の生物兵器。
もう一つは──超能力者そのもの。
どちらかと言うと、国人は後者を強く支持していた。
世に省かれ、例の島にも行けず路頭に迷った超能力者が、その苦しみから自殺を図り、それでも死に切れずに怨念を纏って悪魔に変異した。
むしろ、そうでなければ説明がつかないとも言えた。
発生時期は不明にしても、化け物を生むのは化け物である。
これは国人だけではなく、間違いなく大多数の人間が支持している。
そして今宵。国人がこの樹海に来たのは、ネット上で見かけた悪魔の目撃情報を頼りに、正体を掴んでやろうと決意したからだ。
自殺の名所と言われる樹海。この場所ならば、自殺を図った超能力者が変異した悪魔が蔓延っていても何ら不思議はない。
国人は、ネットの裏ルートから手に入れた拳銃を握り締め、暗闇の樹海の中をゆっくりと進む。
ねっとりと粘りつく嫌な空気。黙っていては気が狂いそうだ。
国人はボソボソと独り言を呟く。
「くそ超能力者共め。世界に不必要なカス野郎が、死んでもなお抗うとか気持ち悪いんだよ。そもそも何が超能力だ。吐き気がするし」
ひたすら超能力者を罵倒する。
何も不思議な事ではない。この世界の人間は、殆どがこういう類だ。
「化け物が、悪魔が。アメリカとロシアの軍を全滅させるとか、もう人間の一欠片もねぇよな。現代の魔女裁判で焼き殺してやればいいんだ」
自然と拳銃を握る力が強くなる。
国人自身、超能力者に暴力を振るったり、振るわれたりしたことはない。
そう、例え何一つ害を受けていなくても、意味もなく──皆がそうだからという理由で、嫌悪は広がっていく。
ゆえに超能力弾圧は消えないのだ。
「まぁ面白そうな都市伝説を提供してくれた事には感謝してや──」
国人は足を止めた。
──グルルル。
何処からか聞こえてくる、狼のような、猪のような、大型の獣が喉を鳴らす音。合わせて──グチャグチャと生々しい食事の音。
気付かれたらマズイ。国人は足元に気を付けて、音から離れる。
──バキッ。
それは国人の肩に当たった枝が折れる音。
「しま──」
直後。左手方向から、巨大な塊が国人の体を吹き飛ばした。
「ぁ……、ぐ……ぁ、……」
三度地面を跳ね、木に背をぶつけて国人は停止。痛みに歪める顔をあげると、暗闇に光る赤い輝点が二つ。
──グルルル。
闇に紛れる輪郭ははっきりとは見えないが、おそらく四メートルはある。
「ぅ……う、うわあああ!」
はやくも錯乱した国人の拳銃が火を吹く。だが弾丸は全て明後日の方向へ飛来し、反動で肩が脱臼。力の入らない手は拳銃を落としてしまった。
「く、くるな……」
獣が歩を進める度、ドシンと低い振動が伝わってくる。
姿も分からぬ恐怖が、国人の数メートル前に構えている。
なぜ、自分はこんなバカな事を──なんて後悔しても遅い。
獣の鼻息。粘りつく嫌な空気。
国人は失禁し、涙を流し、叫んだ。
「おい! くそ超能力者共! お前達の悪魔の力で僕を助けろよ! それくらいしか価値の無いクズが! はやく駆けつけろよ! 僕の危機を察して助けろよォオ! 同じクズの尻拭いはクズがやれよ!」
──言葉もない。
返ってくる言葉も無ければ、"物陰から哀れな少年を眺める少女"が発する言葉も無い。
虐げ続けた相手から、都合良く助けが来るなど、発想がクズだ。
是非もない。
──これが"人間"だ。
国人は、獣が大口を開くのを感じた。闇にキラリと光る牙。これが身体を貫き、内臓を抉り、貪り喰う。
先刻聞こえた生々しい食事の音は、もしかして"人間"を食べていたのか。
国人の思考は、停止した。
死を待つだけの愚かな人形。
瞼を落とし──刹那、瞼の奥で爆発が起こった。
熱波が襲い、国人が瞼を上げると眼前に巨大な火が燃え盛っていた。
瞬間。形容し難い断末魔と共に、業火は萎む様に消えていく。
一体何が……。
「見っともないですね」
聞こえてきたのは、可憐な──しかし棘のある少女の声だった。
「貴方も男の子でしょう。まぁ本当なら"貴方みたいな人は助けたくない"というのが本音ですが、それも仕方ないですね。超能力者を嫌うのは、何も貴方に限った事ではありませんし」
少女の声は呆れたように、悲しそうに呟き、続いた言葉は──
「目覚めたら一人で帰ってくださいね──喼急如律令」
いつの間にか顔に張り付いている紙。バチィと電気のようなものが迸った。
国人には少女の声を良く聞き取る事は出来なかったし、状況を飲み込む事も叶わなかった。
遠退く意識、視界の端に写ったのは──巫女袴の少女だった。
それも目覚めた時には忘れているだろう。
「はぁ、こういった興味本位で立ち入る人は一番困ります」
巫女袴の少女は呆れ気味に嘆息し、袖の袂から一枚の札を取り出す。
淡く光る札を口に近づけ、まるで携帯端末のように話しかけた。
「焔姫、富士樹海での魔物掃討完了しました。……はい、……はい。了解しました、ではこれから戻ります。……え? ……本当です?」
──本当よ。
返ってきた言葉に、巫女袴の少女──『焔姫』の名を持つ陰陽師の少女は、樹に覆われた星も見えぬ空を仰いで、噛み締めるように彼の名前を呼んだ。
「あの人と──詠真君ともう一度会える……」
☆☆☆☆
極東の島国、日本。世界中でも取り分け超能力者の出生数が多く、比例して超能力者差別が顕著な国だ。
一人でも多く超能力者を国から排除するという政府の意向の下、かの天宮島へ渡る客船が停泊する港も多く、ある意味では超能力者に救いのある国であるとも言えるだろう。
──実際、そうである。
日本政府が有する極秘機関『天廊院』。
陰陽師という異能者達によって組織されたその機関は、超能力国家『天宮島』と浅くも深い関わりを築いており、それは即ち、日本政府と天宮島政府が関わりを持っていると言うことだ。
表の顔は超能力者弾圧。その実は、違和感なく超能力者達を天宮島に引き渡す"天宮同盟国"である。
無論、同盟の件も、陰陽師という異能者の件も、国民には一切として開示されていない極秘情報。
ゆえに──
「世界の状況が変わっても、人間の意識は変わりません」
天廊院の、ひいては日本政府の真の意向は国民に波及していない。
変わらぬ現状に、少女はため息を吐かずにはいられなかった。
東京都新宿区の街中を悠然と闊歩する巫女装束。赤と白のコントラストが眩しい巫女姿の小柄な少女を、周囲の人間は目にも止めていない。
隠形。陰陽師が持つ、気配を絶つ呪術の一つである。
巫女姿の少女──土御門夏夜は、黒いセミロングの髪を揺らしながら、警備員の敷かれた正門を潜る。かけられた看板には『防衛省』と書かれている。
何人かの局員とすれ違いながら、儀仗広場を抜け、夏夜が入ったのは庁舎A棟。防衛省本省庁舎。複数ある庁舎の中でも最も大きい建物である。
各自衛隊幕僚監部などが所在するこの場所に、天廊院の本拠点はある。
「失礼します」
隠形を解いた夏夜は、眼前の扉を二回ノックし、中へ入る。
来客用ソファにテーブル。壁際には使用感のない無数の書が詰め込まれた本棚。印象としては、会社の社長室と言った所か。
腰の前で手を組む夏夜の視線の先、部屋の奥のデスクに構えているのは、灰色の狩衣を纏った壮年の男性。刈り上げた黒髪に彫りの深い顔、ブラウンの瞳の中に刻まれた緑の十字架模様。肩幅の広い体躯。
威圧的。その言葉を体現したような男だ。
「ご苦労。疲れている所呼び出してすまないな、夏夜」
「いえ。彼の名前を聞いてじっとしては居られません。それで、どういった案件なのでしょう、お父様」
娘の言葉に少し複雑な表情を浮かべる狩衣の男──土御門晴泰は、椅子の背に凭れかかり、まぁ座りなさいと娘に促した。
娘の着席を確認し、晴泰はデスクに肘をついて、組んだ手の甲に顎を乗せる。
「夏夜、欧州の状況は知っているな?」
夏夜は、状況とは何を指してだろうかと首を捻ってから、父親の問いの意味を理解する。
「それは、フランスとドイツの事ですか?」
晴泰は一度頷いてから、
「あぁ。現在、フランスとドイツの二国間では、戦争がいつ開戦してもおかしくない状態だ。少しの刺激で火蓋が切って落とされるだろう」
「確か、両国が両国の政府上層の人間を暗殺した事が原因で、下手すれば近隣諸国をも巻き込んだ第三次世界大戦にも繋がりかねない……と言われていますね。ですが、それが何か……?」
……欧州の戦争なんて日本には関係ないのでは?
夏夜の言う事は最もだ。全く矛先の向いていない日本が介入する必要もなければ、それ以前に軍を持たない日本は同盟国に求められても参戦することなどあり得ないだろう。
かといって、陰陽師が出張る何てことは以ての外。どちらかと言えば、バチカン、ひいてはイタリアに構える聖皇国の魔法使いの領分だ。
とは言ってもだ。現在、陰陽師も魔法使いも"魔物"討伐に東奔西走している上、やはり"異能者"の出張る所では無い。
勿論、晴泰もそれを承知している。その上で、彼はこう言った。
「もし、その戦争に──異能者が関わっていたらどうする?」
「まさかそんな……」
夏夜は父の眼をじっと見つめる。そこに冗談の類は一切として存在せず、"もし"という仮定のことばを使用していながら、それは確定事項であると告げていた。
そこで、夏夜は顔を顰めた。
「待ってください。まさか、その戦争に関わる異能者というのが、あの……詠真君だと……」
「ははは、心配することはない。そうでは無いよ」
晴泰は笑って娘の疑念を払う。
ほっと胸を撫で下ろした夏夜は、居住まいを正して尋ねた。
「では、なぜ詠真君の名前が出てきたのですか? 異能者が関わっている──つまりそれは、天廊院か聖皇国の裏切り者、もしくは野良の超能力者と言うことなります。前者ならば、私達の断罪対象、後者であっても、私達が捕縛して天宮島へ引き渡せば済む話です。いくら詠真君が土御門劫火の件に関わっていたからと言って──」
と、ここで夏夜は思い出した。
それは一週間程前の事だ。
夏夜を始め、天廊院が誇る十二神将の面々は、聖皇国の八眷属"風帝"を介して、聖皇国を治める"聖皇"からとある話を聞かされていた。
瞳に十字架を宿す、世界の声を聞く者。全てを知る"彼の者"という予言。
それらは夏夜も既に知っている事だった。実の父親──十二神将の筆頭『伊舎那天』土御門晴泰が、世界の声を聞く者の一人であり、彼から伝えられていたからだ。
しかし。
『木葉詠真という少年が、全てを知る"彼の者"である可能性が高い』
これは初耳だった。夏夜だけでなく、天廊院側は晴泰を含め同様だ。
それに合わせて、半年前に起こった聖皇国の叛逆者による天宮島での一件、魔物出現の引き金となったと思われる黒竜に関する事の詳細、木葉詠真が八眷属の一人と行動を共にし、失った者を取り戻す為に天宮島を出るという事など、半年間の木葉詠真に関する情報が事細かに伝えられた。
確かワールドクラティアなる組織の存在も口にしていたか。
夏夜は、いくら一時的な同盟であれ、情報を流しすぎではないかと思ったが、これには聖皇としても考えがあっての事だった。
全てを知る彼の者。世界の声を聞く者。その三者が覚醒した時、明かされる世界の、異能の謎。
そこに、魔法使いと陰陽師が争う真の理由があるんじゃないか。
両者間で友好を築こうと言うわけではない。だが、不明瞭な理由が明らかになれば、膠着した十年一日の戦いに何らかの形で終止符を打てるのではないだろうか。
夏夜が理解した内容としては、こんな所だろう。より詳しい部分は、晴泰が理解していればそれで問題はない。
想起した内容から意識を戻し、もう一度問い直した。
「やはり、詠真君が"異能崩れ"のいざこざに関わる必要がわかりません。確かに彼は特殊な……特異点、なんでしょうけど……」
「その特異点を、聖皇はこの戦争介入において、一段階覚醒させようと考えている」
「覚醒、ですか?」
「あぁ。彼はまだ、何らかの条件が揃った時にのみ、瞳に十字架を現すらしい。加えては彼自身、十字架現出に関して自覚していないレベルだ。そこから一段階、己が意思で十字架を現せる段階へシフトさせる」
夏夜はうまく理解できない。詳しい部分は、やはり世界の声を聞く者である彼らしか理解できないのだろう。
異世界やら、異能の起源やら、特異点やら、夏夜は首を傾げる事しかできないのが正直な所だ。
聖皇や晴泰は異能の起源、そこにあるとされる魔法使いと陰陽師の真実。
木葉詠真は、失った者──妹を取り戻すため異世界を。
各々は求める物があるようだが、夏夜は異能の起源も異世界なんていう突拍子も無い事も気にした事がない。
確かに"世界"の状況は変わりつつあるが、その巨大さに現実味はない。
陰陽師として、魔法使いと争う。現れた魔物を駆逐する。
それしか考えた事はなかったのだ。
しかし。
「……では単刀直入に結論を言おうか。欧州で開戦の兆しを見せている戦争、その裏に潜む異能崩れを、戦争が開戦する前に、あるいは戦争が本格化する前に捕縛、または撃滅してほしい。この任務を、天廊院からは十二神将を一人、聖皇国からは八眷属を一人、そして木葉詠真の三名に任せたい」
晴泰は一拍置いてから、
「なお、覚醒の件に関しては、木葉詠真には秘密を厳守せよ。事が事だからな、心配せずとも然る結果の後、彼には全てを話す予定である」
父親──上官に命ぜられた任務を遂行する。それに変わりはない。
十二神将から一人。それは即ち、今ここに呼び出された少女、『焔姫』土御門夏夜。
八眷属から一人。おそらく、木葉詠真と行動を共にしているという魔法使いだろう。夏夜はその八眷属の称号を知らされていない。
そして『特異点』木葉詠真。
魔法使い、陰陽師、超能力者。
三つの異能。これらが手を組んだのは、おそらく初めての事例だろう。
夏夜は、目蓋を閉じる。
──難しい事は後からでもいい。考えても仕方のない事。今は、命ぜられた任務の遂行だけを考えていればいいんだ。何より、ずっと会いたかった詠真君に会える。
ゆっくりと目蓋を上げ、夏夜は立ち上がって腰の前で手を組む。
「了解しました。ではまず、その二人と合流します。場所の指定は既に?」
起源も異世界も世界の声も、なんだってどうでもいい。
会いたい。顔をみたい。力になりたい。一目惚れした相手に、もう会えないと思っていた相手に、もう一度再開できる。それだけでいい。
「そう急くな。合流は明日。場所は追って伝える」
かなぐり捨ててでも今すぐ駆け付けたい気持ちを抑え、夏夜は一礼して部屋を後にした。
☆☆☆☆
八眷属の殆どが自国を離れる中、唯一聖皇国に常駐している眷属、炎帝フェルド・シュトライトは、聖皇ソフィアの考えを些か理解しかねていた。
……幾ら何でも、天廊院に情報を流しすぎではないのか。確かに一時的な同盟、休戦協定を結びはした。
しかし、それでもだ。
情報を流さなければ、後に魔法使いが有利に動ける事は明瞭な事実であると言うのに、ソフィアはここ半年で有した情報を天廊院と共有した。
元より、フェルドとしてはソフィアの考えを見抜く事など出来はしないが、今回は完全にお手上げである。
……というフェルドの思考を、ソフィアは見抜いていた。
「簡単な事ですよ」
サン・ピエトロ大聖堂の最奥『聖皇の間』に坐する聖皇は、国内警備に当たっているフェルドに向け、しかし届かない声で、言葉を紡ぐ。
「私たちは、魔物がこの世界から消えるまでを期限に休戦協定を結びました」
──もう一度言います、簡単な事なのです。
ソフィアは傍にある銀の杖『聖華位神杖』をそっと撫でる。
「このまま魔物を駆逐していくだけでは、魔物は世界から消えることはないでしょう。その根本を断たなければ。そしてその根本──つまり、異世界側からのみ開いた"次元の穴"でも言うべき、見えぬ扉を閉めなければならない。見えない、私の目でもそれは見えません。ですが──」
それすらも見える……いえ、"知っている"であろう者がいる。
「全てを知る彼の者。全てを──異能の起源を、異世界を、魔法使いと陰陽師の真実を……即ち──この世界を包む謎の正体を知る者。扉を閉めるには、この者の知識が必ず必要になる。私はそう思い、感じています。ですが……」
それを手に入れるには、聖皇国だけでは手に余る。
「ゆえに、このままでは魔物は消えぬ、断てぬ、何代先までも、永劫に続く不毛な争いとなるでしょう。天廊院との争いも然り。では何とするか」
三度目です。簡単な事ですよ。
「魔物と戦い続けても、陰陽師と戦い続けても終わらぬならば、第三の道を選びましょう。陰陽師と結託し、魔物を駆逐しながら、全てを知る彼の者を手に入れ、根本を断ちましょう。その過程で、邪魔な存在も出てくるでしょう。それすらも断ちましょう。そして最後に待つ答えが、"始まり"なのか"終わり"なのかは分かりません──」
ですがその答えに、我々の道があるはずです。
魔法使いと陰陽師が争う真の理由があるのならば、戦いましょう。過去の因縁ではなく、明確な理由。さすれば、決着は着きましょう。
しかし別の道が──本当の敵がいるのならば、我々は一つとなり、真の敵を斃しましょう。
「簡単な事でしょう? 何らかの形で決着を、終止符を打つには、休戦協定──手を組む他ないのです。後に有利に動ける、確かにそうでしょう。魔法使いだけで事を得られるのならばの話ですが」
私も当初は、事足りると思っていました。そもそも休戦協定を結ぶ事になるなんて思いもしませんでしたし。
何せ、魔物の出現を予見できなかった訳ですからね。
苦笑しつつ、
「ですが現状、やはりその"後"へ辿り着くには、協力が不可欠なのです」
……ならば、なぜ天廊院? 天宮島もあるのでは? と問いたいはずです。それも答えましょう。簡単な事ですよ。
「天宮島は無関係──などと、思っていては及第点も上げられませんよ。むしろ逆。おそらく、これは私の憶測ではありますが──本当の敵は」
──超能力者ではないでしょうか。
「……まぁ、それもこれも、何れ解る事でしょう。全てを知る彼の者が覚醒すれば……世界は曝かれる。そう、貴女も思うでしょう──ネコさん」
ソフィアが坐する玉座の裏。
腕を組んで凭れ掛かる、白いワンピースに身を包んだ少女。
頭に白い獣耳を生やした少女は、不敵に口角を吊り上げた。
「──さぁ?」
「ふふ、では共に……彼の一段階覚醒を待ちましょうか」
「一段階ねぇ。もしその一段階が、完全覚醒ならどうするんだ?」
「ありませんよ。"世界"がそう言っています」
「世界の声ねぇ。私も一度は聞きたいもんだ」
ネコは玉座から背中を離し、肘掛に当たる部分に腰を下ろす。
「『外』の人間を嫌う木葉詠真が乗る確率は?」
「85%、と言っておきましょうか。聖皇国にも天廊院にも天宮島にも所属しない異能者。これを聞いた彼が、どう思うか」
「……ワールドクラティアが関わっている可能性、か。まぁ確かに、その可能性は捨て切れねぇか」
調べた限りじゃあ、奴らは既にイギリスを手中にしてるらしいしな、とネコは付け足した。
ソフィアは眉を八の字に曲げながら、
「私とて、異能者が関わっているという事しか分かりませんし、それも100%正しいかと言われると、微妙ではあります」
「適当だな、おい」
「私、こう見えて雑な性格ですよ?」
「あー、そうかい」
呆れ気味に笑ったネコは、豪奢なステンドグラスを眺めながら、
「全てを知る彼の者、ね。それもいいけどさ、あいつの本来の目的を忘れてやるなよ。妹を取り戻す。そのために──」
「アーロン・サナトエルですね。承知していますよ」
「そうかい」
……スッキリしねぇなあ。なんだか、世界が都合良く動いてるようだ。
ネコは言い知れぬ不穏を感じ、ステンドグラスから注ぐ陽の光に目を細めた。
☆☆☆☆
違和感。違和感。違和感。
人間は誰しも、違和感を感じると、その違和感の正体を追求したくなるだろう。
あの人工島はいつから存在する?
その違和感を感じた瞬間、感じた者は調べるだろう。
千年の歴史?
伝え聞いただけではピンと来ない。無論、歴史を調べ始めるだろう。
──その時点で、人間とはかくも素晴らしい。偉大である。
しかし、愚かしい。
ある少女がたまたま選んだ少年が、世界の特異点などと。
その特異点を中心に、立て続けに特異点に都合の良い事件が起こるなどと。
ゆえに、特異点なのだろう。
だが愚かしい。人間の思考はそこで止まってしまうのだから。
違和感を感じ、調べる。
しかし答えはないだろう。
違和感を感じ、答えが出る。
しかしその答えが"真実"などと誰が言っただろう。勝手に納得しているだけに過ぎない。
違和感を感じる。が、正体を掴めず、掴んだ正体は"勝手に正体だと決めつけた偽物"だ。
──だが。
その違和感には気付かない。
"気付けない"。
それこそが"真実"なのだと。
"気付けない"。
そういう設定。呪縛。ルール。
人間は"世界の声"に導かれる。
世界は"自分自身"で、都合の良い道へ"人間"を導く。
どれだけ矛盾していても、どれだけ動機として成り立っていなくとも、世界は"こじつける"のだ。
その"こじつけ"に気付かぬ、愚かしい人間を見下ろしながら。
少年は偶然、陰陽師の抗争に巻き込まれて、陰陽師という存在を知る。
少年は妹を失い、少女が偶然その少年を選ぶ。少年は魔法使いを知り、外へ出たいと望み、異世界を意識する。
そこに偶然黒竜が現れ、異世界が証明される。
少年は弱さを知り、躊躇するも、そこに偶然、少年と瓜二つの少年が現れ、外へ出る動機を得る事になる。
とまぁ、こうした"私"の言葉にさえ、違和感は溢れている。
それも仕方の無い事だ。
何せ、真実を知る者はいない。
ゆえに、違和感を感じてしまうのは仕方の無い事なのだ。
これは違和感の物語。
世界を本来あるべき姿に戻すため、そこに至るまでの些細なストーリーに過ぎない。
とは言っても、この声が聞こえている者は一人も居まい。
だって"私"は──まだ少年の中で眠っているのだから。
語る口を持たない。
一度は現出したがね、それっきりだ。流れに任せるしかない。
……そうだ、最後に二ついいかな少年。
"私"が完全に現出してしまう前に、少女に想いを伝えるといい。
そして何より──早いところ"私"を現出させる事だ。
全てが水泡に帰る前に、ね。
……あぁ、そうか。少年にもまだ聞こえていなかったね。
では、おやすみ──
──我が転生体。




