表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
32/60

終章『世界の胎動』



 木葉詠真、及び未剣輝の両名は、その一命を取り留めた。

 同校の舞川鈴奈によって、祈竜舞踏演救護班の詰所に運び込まれた時は、それはもう悲惨としか言えない姿で、彼女の氷による止血がなければ、出血は致死量をゆうに超えていただろう。

 木葉詠真は、数ヶ所の打撲、頬骨にヒビ、肋骨を二本骨折、五ヶ所の銃創に複数臓器損傷。だがその怪我も、救護班のエースが持つ超能力『血飲治癒(ブラッディヒーリング)』をもってすれば、数日の安静で完治する範囲内だ。

 しかし問題は彼ではなく、未剣輝の容態だった。詠真と同じく五ヶ所の銃創、臓器損傷。その銃創の一つが、後頭部から額にかけてを貫通し、脳に深刻なダメージを被っていたのだ。

 通常ならば、間違いなく即死。だが奇跡的、と言ってもいいのか、彼は『血飲治癒』と天宮島の科学力が齎す医療技術により、"死"は免れた。

 ──免れたのだが。


「輝……」


 祈竜舞踏演終演から、早五日。

 まだ安静が必要な木葉詠真はベッドを抜け、医療用ウォーターベッドに横たわる親友の姿を見下ろしていた。

 微かな呼吸音。点滴がつけられた彼の寝顔は、安らかで、とても幸せな夢を見ているようだ。

 未剣輝。彼の容態を一言で述べるとしたら──眠り姫、いや王か。

 輝の脳は銃弾の直接的衝撃で、恐らくは一度は死んだはずだ。それをギリギリで三途の川から呼び戻した超能力、医療技術には拍手喝采が鳴り止まないだろう。

 だが、全ては帰ってこなかった。

 命ある脳は、大脳と小脳の活動を停止。思考、学習、感情、物を見聞きする能力に発声能力、身体の平均衡(バランス)感覚を失い、脳幹による呼吸、心臓運動のみが働く、いわゆる植物状態に陥っていた。

 自分で呼吸し心臓も動いているのに、彼は眠っているかのように目を覚ますことはない。語りかけても、揺すっても、そこに生きている筈なのに──彼は覚醒しない。


「……っ」


 詠真は膝の力が抜け、項垂れるようにへたり込んだ。

 ……俺が、俺がもっとしっかりしてれば……あの時、輝を守る事が出来たかもしれないのに。もっと、もっと早く奴を見つけていれば、こいつを巻き込む事なんて無かったかもしれないのに。

 ……また、守れなかった。

 俺が弱いから、脆弱だから、妹の一人……親友の一人すら、守る事が出来ないクソ野郎なばっかりに……。

 大粒の涙が床を濡らし、噛み締めた唇から血が滴る。

 守れなかった、何も出来なかった無力な拳、床に叩きつけた。何度も、何度も、指の骨が折れ、皮が裂け、流血しても、何度も──


「……くっ……そ……」


 ガラッ! と病室の扉が無造作に解放され、三人の少女と、一人の少年が部屋に雪崩れ込む。


「う……そ……」


 それは、雨楯花織の悲痛の嗚咽だった。この世の絶望を目にしたかのよう──実際彼女には、この光景が絶望以外の何者でも無かった。

 ベッドに眠る少年に寄り、花織は口を両手で覆った。溢れる涙、嗚咽、信じたくないその光景。

 今はただ寝ているだけで、何時間もすれば「よく寝たぜ……」なんて言って、目を覚ますだろう。

 ──そんな希望は無いと、崩れる詠真の姿が克明に告げていた。


「みつ……るぎく……ん」


 雨楯花織は、知っていた。

 この少年、クラスメイト、友達の未剣輝が、自分に特別な想いを寄せてくれていた事を。でも、木葉詠真の事が好きな自分の事に気を遣って、その想いを胸中に押し留めていた事を。

 ……だから、もし、未剣君が私に想いを伝えてくれたなら……今一度、私は未剣君だけを見て、好きになる努力をしたい。それは努力して芽生えさせるものじゃないかもしれないけど、あなたの想いに答えてあげられる、努力をしたい。

 その結果が、気持ちがどうなるかは私にも分からないけど、でも、あなたの気持ちに答えてあげられる、そんな努力をしたかった。

 それが諦めからくる物だって事も自覚してた。詠真君に、鈴奈ちゃんがいる。それはどう頑張っても、覆せないものなんだって。

 だからそれは、未剣君を利用して、悲しみを埋めるだけの行動って思われても仕方ない事も、重々承知してる。

 ──それでも、未剣君の気持ちに答えてあげられる努力をしたいのは、嘘じゃないんだよ。逃げ道でも、ないんだよ? 信じて、なんて言えない。

 だから、だからね、未剣君。目を覚まして、聞かせてよ……あなたの声で、言葉で……聞かせてよ……ねぇ?

 花織は輝の頬にそっと手を触れた。

 ……なんで、どうして……こんなにも、未剣君は暖かいのに……どうして目を覚まさないのよ……。

 それは未剣輝、彼なのに。そこに居るのに、居ない。

 ……じゃあ、未剣君は何処にいるの……ねぇ、神様……なんで──


「……なん、でよ……こんなの……あんまりだよ……ぅ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁあ」


 病院でも、憚らず、少女は悲しみの感情に身を委ね、やつし、熱くて冷たい涙を零れさせ、目を覚まさない少年の体に顔を埋めて、ただ……ただ、泣き叫ぶ事しか出来なかった。



☆☆☆☆



 ワールドクラティア。詠真と鈴奈が出会した侵入者達は、そう名乗った。

 世界を支配、統べる事を悲願とし、神郷天使という男の指揮の元、『外』の世界に潜む謎の組織。

 彼らは、言った。


『また来るよ、君の元に。例え島から離れようが、どこに行こうが、また君の元に僕は来るよ』

『我々は、再びお前達の前に現れる』


 だから、詠真は決めた。

 すぐに『外』へ出ることを。

 力も心も、鈴奈と歩むには脆弱だ。でも、彼奴は言った。また来ると。

 その時、詠真がこの島に居たら、奴らは再度島へ侵入するだろう。

 そうなれば、次は誰が巻き込まれるか分からない。美沙音か、花織か、ウィルか、はたまた柊学園の生徒か、詠真と面識のない人間か。

 誰であろうと、もう輝のような悲しみを生むわけにはいかない。

 だから、詠真は奴らを島から引き離すべく、自身も島を離れる。

 そして戻ってくる時は、『外』の世界で奴らと決着をつけ、英奈を取り戻して、"総ての決着"がついた時だ。

 怒りと悲しみ。

 詠真自身は自覚していないが、負の感情──更なる憎悪が、彼を強引に成長せしめていた。

 まるで、痛覚を麻痺させた状態で、刃の海に己が身を投げ込むように。



 鈴奈は掴んだ。

 この気持ち──詠真に恋をし、愛し、共に、傍に居たいという想い。

 なればこそ、鈴奈は詠真の決断を止めはせぬし、何があろうと起ころうと、彼に傍で剣を取る。

 この先どのような困難が待ち受けようと、彼を取り巻く運命の渦がどれほど巨大であろうと、ずっと、ずっと──ずっと傍にいる。

 本当は脆い彼を、支え続けるため。彼の傍にいる。それが鈴奈を支えてくれているように。



☆☆☆☆



 夜の帳に包まれた、肌寒い深夜。時刻は零時を回っており、日付は変わって、11月14日を示していた。

 ガコンッと音がしたのは、自動販売機から飲み物が排出されたからだ。

 ホットコーヒーの缶を両手で包み込み、詠真は満天の空を見上げた。

 ──今日の内に発つ。

 身近な人に別れは済ませた。事情は詳しく話していないが、当分の間俺は遠くへ行く。それだけの簡素な別れの言葉。

 未だ眠る輝には、次に会う時は目を覚ましてろよ。言えなかった事、三日三晩語り尽くしてやっから。そう言い残した。

 いつか目覚める。治療が功を結ぶはずだ、詠真はそれを信じてるのだ。


「まず、どうすっかな」


 まだ、計画という物は明確ではない。アーロン・サナトエルにしても、ワールドクラティアにしても、その所在を一切として把握していない。

 アーロン・サナトエルも、ワールドクラティアを名乗った侵入者も、もう島には居ない。

 なら探せばいい。そのための脚だろ。

 詠真は缶のプルタブを開け、コーヒーを含む。熱い液体が、冷めた体を心地よく温めていく。


「……この世界は、一体どうなってんだろ……」


 超能力。魔法。呪術。

 人工島、魔法国家、陰陽機関、世界征服を目論む組織。

 謎に包まれた異能の起源。異世界の存在、出現した魔物。

 非日常への感覚が麻痺している詠真から見ても、常軌を逸している。

 そして──


「こいつか……」


 自身の目を手で覆った。

 ワールドクラティアの、詠真と容姿が酷似していた男が言った、瞳の中の十字架、白く染まった髪。

 後者は分からないが、十字架に関しては見覚えがあった。

 聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロード。彼女の緑眼の中にも、青い十字架が刻まれていた。思えば、彼女の髪も美しい白だった。

 男の言葉を鵜呑みにするわけではないが、可能性として本当に瞳に十字架が浮かんだとすれば、それがソフィアと似通っている事は偶然なのか。

 詠真には分からない。だが本当だと仮定して、恐らく鈴奈はその事象を知っていると推測できた。

 ……あいつが指摘したのは、ゾーン状態の俺の姿だ。

 もしゾーンに入るたびに起こる現象ならば、鈴奈やフェルド、ソフィアにサフィールも一度は目にしている事になる。


「その上で、俺に話してないってことは……」


 今はまだ秘密にしておかねばならない理由があるから。……だと、思う。

 故に詠真は、彼女らが話してくれる時まで、知らないふりをしておこうと決めていた。

 どちらにせよ、分からない事だから。


「……寒い、帰るか」


 言って踵を返した時、詠真は背後に人の気配を感じ取った。

 同時に、声が聞こえてくる。


「振り向くな。そして聞け」


 それは少女の声──声色だけは少女。そんなイメージだった。


「……誰だ」


 問うと、ややあって、思いがけない解答が返ってきた。


「……『宮殿(パレス)』の一人だ」


「……!」


「振り向くな。二度は言わないぞ」


 詠真は平常を繕い、感情を殺して首肯した。


「お前は『宮殿』に言いたい事は山ほどあるだろうが、今は聞いている暇はないんでな、簡潔にいくぞ」


「……あぁ」


 詠真の額に冷や汗が滴る。相手の姿は分からない。声は少女だが、そんな少女が政府最上層部にいるというのもおかしな話だ。

 これはまるで、猛獣に睨まれているような……。

 そんな心情も知らない相手は、少女の声で淡々と話す。


「木葉詠真。お前は『宮殿』にとって──最重要超能力者に位置付けられている」


「……なぜ?」


「黙って聞け。だがまぁ、なぜという問いに、今は答えられない」


 背後の気配は一呼吸置いてから、


「だが『宮殿』だけじゃない。まぁ近い内、お前も知ることになるだろうさ。──お前という特異点をな」


 詠真は何を言われているのか、イマイチ理解が追いつかなかった。

 

「直に『外』へ出るんだろう?」


「あぁ」


「なら、お前と私が『外』で会えた時、私が知り得る『宮殿』についてを話してやるよ」


 それは、裏切り行為にならないのか?

 詠真が問うより前に、『宮殿』の一人と言うそれは言った。

 ごく小さな、囁く声で──


 ──私は『宮殿』を裏切るよ。

 ──氷帝と一緒なら、そう遠くない日に会えるさ。

 ──私はお前の味方だ。

 ──宮殿の魔の手に搦め捕られるなよ。たとえそれが……


 楽園を壊すことになってもだ。


 その言葉を最後に、背後にあった気配が、一瞬にして去っていったのを詠真は感じた。

 ゆっくり振り向くと、残っていたのは吹き付ける夜風と、夜空に煌めく白銀の獣毛、詠真の足元に置かれた一枚の便箋のみだった。

 恐る恐る便箋の封をあけ、二つ折りの手紙を黙読する。

 書かれていたのは、一行の文。


『ワールドクラティアという組織は、英国王室と繋がっている』


 少女、なのかは分からないが、彼女が去ったであろう空を仰ぎ、嘆息混じりにぼそりと呟いた。


「……ほんと、天宮島(このせかい)もどうなってんだか……」


 一気に飲み干した缶をゴミ箱に捨て、木葉詠真は夜の向こうへ吸い込まれていく。


 この日を境に、木葉詠真と舞川鈴奈は、柊学園から──天宮島から姿を消した。

 11月14日。それは奇しくも、木葉詠真という少年の誕生日でもあった。



《狙われた祈祷祭祀編 完》

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ