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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
31/60

『四大絶征郷〜接触〜』



 まず此度の戦闘において、気を付けなればいけないのは、競技場の損壊による周囲への影響だ。

 こうして一対一で、且つひと気のない場所で対峙できた以上、裏で片付けてしまえるに越したことはない。

 黒竜戦でソフィアが使用した魔法ほどではないが、物理干渉遮断の結界魔法くらい鈴奈も使用できる。

 よって、


「『不動の氷結界』」


 早口に唱えた詠唱で発動されたのは、指定空間内の物体破壊を防ぐ、補助属性主体の結界魔法だ。物体への物理干渉を防ぐと言った方が正しいか。

 これは生物には反映されない。あくまで、競技場損壊を防ぐためだ。

 破棄発動ではなく、わざわざ詠唱を唱えたのも、破棄発動は通常の八割程度の効果に落ちてしまうためだ。

 破棄が必ずしも良いと言うわけでもない。


「さぁ、これで心置きなくやれるわよ」


 氷翼を携え、場内を翔る鈴奈。その背後を追う形で、光翼を羽ばたかせるマリエルが目を細めた。


「ほぉ……さすがは八眷属と言った所か。随分な強度だ」


 飛び交う光属性のレーザービームは観客席や天蓋などに被弾するが、どれも傷一つ付かず、輝く青と薄緑の魔法陣に防御されている。

 進みを止めたマリエルは、鈴奈から距離を取って観客席の一角に降り立った。

 凛々しい言葉が、紡ぐ詠唱。


「神座を隠すカーテンの中

 彼女は立ち、総てを覗く」


 飛来する氷の槍。席を蹴って、軽やかに躱しながら、それは止まらない。


「彼女は地天の総てを知り

 彼女に知らぬ秘密は無く

 総てを記した神書を書く

 故に私は総てを知り得た

 楽園以外の世を知り得た」


 鈴奈は警戒のため、攻撃を止め、更に距離を開けた。

 マリエルの右目に、眼鏡のレンズほどの白い魔法陣が浮かび上がり、次の一句と共に身体へ同調する。


Rasiel(ラジ)=Ratziel(エル・) Wahrsager(ヴァール・ザーガー)(秘密の領域と神秘の天使)」


 場内に響く詠唱、締めて魔法名。

 ……どんな魔法なの。

 鈴奈はその変化を捉える事は出来なかったが、推測するに、右目に魔法陣が浮かんだ事から身体強化系の魔法だろうか。それも視界強化の類だろう。

 じっとしていても始まらない。


「ロッサ!」


 呼応するように煌めく魔聖剣。氷翼が空気を叩き、弾丸の如く肉薄する。

 マリエルはその場を動かず、『ヨエル』の剣を構えた。

 助走加速によるパワー補正がかかった鈴奈の方が有利なのは目に見えているが、先の魔法も謎だ。

 ──剣は交錯。

 一瞬でマリエルの背後に回った鈴奈は、息つく間もなく、『氷薔薇乃剣』を半円状に振るった。

 死角を取った!


「甘いな、氷帝」


 マリエルは背後に目も向けず、左腕の最小限の動きだけで、『ラエル』の盾が剣戟を受け止めた。

 動じず、盾を滑らせるようにして、鈴奈の剣はマリエルの首へ。

 だが光翼が羽撃き、強い風が視界を遮る。数十メートル先に離れたマリエルは振り向き、構えた片翼剣を横薙ぎに振るった。

 咄嗟に横跳びした鈴奈。その先には既に、マリエルが肉薄していた。


「ブラフか……!」


「見えるよ、透けて見えるよお前」


 『ヨエル』の上段斬りを、水平に構えた『氷薔薇乃剣』で受け止める。氷翼を変質させ、マリエルの両脇へ鋭い氷の刃が迫った。

 ニヤリと笑う第三卿。彼女の光翼も変質し、互いの変質した翼が絡み合って、両方が砕け散った。

 一瞬、マリエルの力が抜けた瞬間に、鈴奈は氷薔薇を振り抜き、後方に飛び退いて、観客席の外周を走る。

 柵に飛び乗り、背に再度氷翼の魔法を発動。同じ動作を行っていた二人は同時に加速し、競技場中央の宙で魔装具の剣が無数の剣戟を奏でる。


「えらく、先読みが得意ね……!」


 自分で言った後、あぁなるほど、そいうことか、と鈴奈は理解した。


「さっきの魔法、相手の動きを予知するとか、そんな代物でしょ」


「まぁ、間違いではないな!」


 鈴奈の一撃は盾でガードされ、そのまま盾による突進で、後方に弾き飛ばされる。

 鈴奈は決して自分が劣勢とは思わないが、動きを先読みされるのは厄介以外の何者でもないだろう。

 ならば、先読みしても避けられない、もしくは防ぎきれない攻撃を……と言うのは簡単だが、マリエルとてそれを考慮していない訳がない。

 それでは思う壺だろう。

 難しい相手だ。思うと同時に、なぜ彼女は"叛逆を犯した"のだろうと、考えてしまう。

 マリエルは氷帝を知っていた。それはつまり、彼女がかつては聖皇国に属していたと言う事だ。


「一つ聞いても、いいかしら!」


 剣と剣が鍔迫り合う。


「なぜ聖皇国を裏切ったのか、だろう?」


「……本当に予知じみてんのね」


「ふん。それも言ったはずだ、私は天使を愛している。ある任務中、偶然出会った彼に、恋をし、私は彼を選んだ。それだけの事だ」


 それはすこし、鈴奈に似ている。

 鈴奈は聖皇国を裏切った訳ではないが、任務中に詠真と出会い、結果としては本国より天宮島(こちら)を選んだ。彼と共にあるために。

 手首を小さく切り返して片翼剣を弾き、後方へ下がると同時に『神氷剣(アルマス)冥府断罪(ニヴルヘイム)』を破棄発動。

 媒介とした『氷薔薇乃剣』の刀身が十倍、幅も三倍に増幅。

 胴を斬り落とさんと、断罪の刃が横薙ぎに空間を薙いでいく。

 純白の盾で受け止めるマリエルだが、十数秒の防御の後、押し負け、競技トラック上に錐揉み落下する。


「予知する未来は、せいぜい十秒って所かしら」


 その十秒だけでも、大きい。

 まずは、あの予知擬きをなんとかする必要があるか。

 ふと、鈴奈は名案を思いつく。

 それを悟られないためにも、常に攻撃の手は緩めない。


 ──五分ほどの剣戟。鈴奈はようやく"編み上げた"。


「『見えぬ先を読む我が目』」


 即席で編み上げた魔法の破棄発動。

 してその効果とは、


「十秒までの未来を予知する魔法。これでハンデは消えたわね」


「なっ! この数分で、魔法術式を編み上げたのか⁉︎」


 それがどれほどの事なのか。

 例えるなら、模倣だ。五分前に見た天才的技術を、その経った五分だけで模倣してみせる技。それにオリジナルからの享受は無く、技術を一から組み直して再現する荒技だ。


「まあ、いつまで持つかは分からないけど……それまでに決めてしまえば問題ないでしょう」


 互いに十秒先の動きが見えている。単純計算だが、差し引きゼロ。高度な心理戦も含め、やはり鈴奈の負ったハンデは無くなったに等しいだろう。


「ハッタリではないようだ」


「えぇ。此処からが本番、てことで」


「いいだろう」


 マリエルの袈裟斬り。それを逆袈裟で迎え撃ち、薔薇の剣を巧みに切り返して片翼剣を伏せる。そこからスライドさせるようにして、『氷薔薇乃剣』はマリエルの首へ吸い込まれていく。

 ──斬り裂いたのは幻。

 マリエルの本当の首は、切っ先スレスレで難を避けていた。光の屈折で視界を誤認させされたのだ。

 剣を振り抜いてしまった鈴奈の胴はガラ空きで、そこにマリエルの鋭い蹴りが捻じ込まれた。


「ぐっ……!」


 錐揉み落下を何とか制御し、視線を上げると彼女の姿は100メートル向こうへ離れていた。

 つまり、詠唱がくる。

 鈴奈の見立てでは、マリエル・ランサナーという魔法使いは、破棄発動をマスターしていないと判断できる。

 そもそも破棄発動自体、聖皇と八眷属くらいしか使えない超高等技術であるため、要所要所で破棄発動を織り交ぜている彼女は、非常に優秀だ。

 元々それほどの才を開花せていたのか、神郷天使とやらに出会ってから花開いた物かは、鈴奈には分からないし知ろうとも思わない。

 だが。


「神の力を象徴し

 神の立てた正義を前提に

 神に楯突く者を容赦無く破壊する」


 悠長に詠唱させる気もない。

 氷の弾丸となって翔る氷帝は、突きの構えで己を槍と化した。

 ゴインッ! 剣槍と盾がぶつかり、しかし弾かれはしなかった。

 マズイ。鈴奈はそう判断し、


「破壊こそ攻撃こそが使命

 暴るる赤い豹は

 神の命で総てを破壊する戦の天使」


 詠唱が紡ぎ終わる前に距離を取った。

 頭上に水平に翳された『ヨエル』が光り輝き、切っ先、刀身、鍔、柄に白魔法陣が浮かぶ。


Kamael(カマ)=Kemuel(エル・) Metzelei(メツェライ・) Zugrunde(ツ・グルンデ)(神命用いて破壊の公となす)」


 増幅した光の中、片翼剣はその様相を変質させ、身の丈の三倍にもなろうかという巨大鎌が現れた。

 純白の光が物質化した鎌。それを頭上で一回転させ、その場で頭上から振り下ろした。

 飛来するのは、純白の月。高速で回転する鎌の刃だ。


「『氷城の守護城壁(アイス・ベルク・ランパート)』」


 鈴奈の正面に巨大な青魔法陣が展開、出現したのは同等の大きさを誇る氷の城壁。

 純白の月が氷の城壁に激突。鎌の刃が接触した箇所から、城壁が溶けている所を見ると、あれは高密度のレーザーの塊と推測できる。

 だが、城壁も柔な堅牢さではない。

 溶かす刃を、城壁は凍結させていく。

 月は凍結、城壁共々砕け散った。

 しかし、安心している場合でもなかった。片翼剣に戻った魔装具を構え、マリエルは次の詠唱へシフトしている。


「神座を隠すカーテンの中

 彼女は立ち、総てを覗く

 彼女は地天の総てを知り

 彼女に知らぬ秘密は無く

 総てを記した神書を書く

 故に私は総てを知り得た

 楽園以外の世を知り得た」


 それは先刻聞いた詠唱だった。

 まさか、予知魔法を重ねがけて十秒を二十秒にって事かしら……。

 しかし。

 

「私は彼女と一つとなりて

 彼女の座を引き継ぐ者也」


 続いたのは、先刻にはなかった一節。

 ……どういうこと……?

 マリエルの右目に魔法陣が浮かび、魔法陣は同調するように消えていく。

 そこまでは先刻と同じだったが、決定的な違いが起こった。

 ──右目を覆うように、白き炎が燃え上がったのだ。


Rasiel(ラジ)=Ratziel(エル・) Weiβ(ヴァイス・) Wahrsager(ヴァール・ザーガー)(秘密の領域と至高の神秘の天使)」


 一部が異なる魔法名。

 マリエルの右目には白き炎、白炎は『ヨエル』の剣にも宿る。

 聖なる炎。そう表現するのが相応しい、美しい炎だった。


「この魔法は二段階合ってな。一段階目の発動では、十秒先を見る魔法。二段階目では、それに加え、白き炎を操る魔法に変化する。氷は、炎が嫌いだろう?」


「別に、そうでもないけど」


 飛翔する氷帝の手には美々しき氷の弓矢。引き絞られ、放たれた五本の矢はマリエルの元へ強襲する。

 『光輝矛閃乃矢(ウル・イチイバル)』。たとえ躱そうが、放たれた矢は追尾機能を持って対象を追い続ける。


「破棄発動はお手の物だな、氷帝」


 マリエルの右目。白き炎に睨まれた五本の矢は、軌道上にて白き炎に包まれ燃え尽きた。


「……冗談キツイわ」


 あの右目に捉えられたモノは、全て白き炎に包まれてしまう。鈴奈にはその様にしか見えなかった。


「流石にそこまでは出来ないさ。ただ、矢の軌道上に白炎を伸ばしただけだ。十秒先が見えれば、矢の軌道なんて手に取るように分かる」


 という答えが返ってくる事を、同じく十秒先が見えている鈴奈は知っている。

 未来予知。使い慣れてないせいか、非常にややこしいというか。現実と未来の区別が着けにくい。

 だが解除して大きなハンデを背負うのも気が引けるため、なんとかこのままで続行を決心した。

 しかし、戦い始めてどれくらい経ったか。

 長いようで、短いようで。ただ言えるのは、疲労感が凄い。

 まるで八眷属同士で戦っているみたいで、本当に神経を擦り減らす。

 鈴奈としては早急に決めたい所だが、相手が相手だ、そうは行かない。

 弱音を吐いても仕方ない。密かに気合を入れ直し、鈴奈は『氷薔薇乃剣』を構える。



☆☆☆☆



 詠真はまず、目を疑った。

 白い団服を追って路地に入った詠真は、少し開けた路地の角に出た。恐らくは、広いゴミ捨て場だろうか。

 問題は場所ではなく、そこに居た人間だった。

 それは、耳にかかる程度の黒髪に、顔立ちは十六、七歳くらい。身を包む白いコートからでも、線の細い少年であることが分かる。

 もし、詠真の知り合いが、この少年と詠真を見比べたなら、必ずこんな答えが返ってきただろう。

 ──双子?

 それほどまでに、侵入者と思わしき少年と、詠真の容姿は似ていた。

 少年が微笑を顔に張り付けたまま、口を開いた。


「君、木葉詠真って言ったかな。試合の中継を見ていたけど、なかなか強いね。それに君の能力『四大元素』には興味を唆られるよ」


 暫し呆気に取られ、言葉を出せないでいると、


「どうして、こいつは俺とそっくりなんだ。そう思ってるよね? はは、それは僕も思ってたんだよね。年齢も同い年だしさ、そっちも興味がある」


「……だから、ワザと誘ったってワケかよ……」


「そういうこと」


 この少年はまるで緊張感を持っていない。気味が悪い。

 だが、本当に彼と詠真は似ていた。

 ……こいつは、母親が俺と同じだってのか……?

 だがそれは無いと、即自己解決した。

 同い年、双子。つまりそれは、あり得ないのだから。

 詠真には年下の妹が居るし、何より兄妹が親から捨てられたのは、五歳の時だ。双子なんて知らないし、存在もしない。

 これは、胸糞悪い偶然だ。

 詠真はそれで片付け、吐き捨てる。


「余裕かよ、クソ野郎」


「施設破壊後、誰も殺さず、何も壊さなかった事に感謝して欲しいなぁ、カス野郎」


 いくら詠真が憤っても、この少年は笑みを消さない。

 ……話すだけ無駄か。

 細かい事は一切無視し、詠真は少年を速攻で"処分"しようと超能力を発動──出来ない……?

 どういうことだ。詠真は内心焦りながらも、表には出さず、もう一度力の発動を試みた。

 ──発動しない。

 見計らったように、


「超能力、使えないだろ?」


「なん……」


「簡単な話だよ。これが僕の超能力だからさ。超能力の発動を阻害する超能力。面白いだろ?」


 冗談じゃねぇよ。んな能力が合ってたまるか。

 しかし現実として、詠真の『四大元素』は発動する兆しも見せない。

 

「あはは、超能力が無ければそれで君は終わりなのかい?」


 挑発的な言葉。本来なら冷静に対応できたはずなのに、やっと見つけた侵入者は自分にそっくりで、しかも超能力も封じられて、焦りの心が詠真を短絡的な行動に走らせた。


「要は……喧嘩だろ!」


 拳を握りしめ、詠真は少年に殴りかかった。


「野蛮だね、君は」


 最小限の身のこなしで躱した少年は、詠真の足を引っ掛け転倒させる。 

 即座に起き上がって、邪魔そうな団服に掴みかかろうとしたが、いとも容易く詠真の手を弾かれてしまった。


「くそ!」


 詠真は完全に冷静さを欠いていた。自分でおかしくなるくらいに、彼は彼らしくない醜態を晒している。


「そもそも! なんで島にきた!」


 少年は詠真の手首をかちあげ、胸に掌底を御見舞しながら


「別に意味はないよ」


「白ばっくれてんじゃねぇ……!」


 詰まる息。それすら無視して、拳を繰り出す詠真。少年は涼しい顔でそれら全てを捌きながら、


「そんなつもりはないけど。でも強いて言うなら、様子見かな」


 途端に切り返して、右軸で回転した左の回し蹴りを繰り出した。詠真は咄嗟の判断で戻した両腕を畳み、なんとか蹴りを防いでみせた。数歩分、後退させられたが。


「様子見、だと……?」


「そう、様子見。いつか天宮島を手中に収める為に、その戦争の為の敵情視察ってやつ」


「ふざっけんなッ!」


 にへらと笑って、とんでも無い事を口走る少年は、本当に気味が悪い。

 これが同じ顔なのだから、詠真としては拷問に近い精神的苦痛だ。

 しかし。どうやらこの少年は、そのスタイルを正す気などない様だ。


「ははは、別にふざけてやしないさ。何せ僕らは、天宮島、聖皇国、天廊院、そして君らが言うところの『外』の世界。それら総てを支配し、『四大絶征郷(ワールドクラティア)』がこの世界を統べる事を悲願としているからね」


「はっ、世界征服ってか。良い年して目出度い頭の持ち主だな。ワールドクラティア? それがお前らの名前か」


「……ふむ、少しお喋りが過ぎたようだ」


 洗練され、驚異の速度と鋭さを持った蹴りで、詠真の身体は大きく吹き飛ばされる。

 ガシャン! と落下したのは、ゴミ溜めの中。かつて、幼少の頃に妹と過ごした場所もこんなゴミ溜めだった。


「くそ、野郎が……」


 英奈の姿を思い出し、詠真の心はすーっと落ち着いて行く。思考もいつも通りに回転していくのを感じる。

 ……このままじゃ、勝てねぇ。けど、帰れと言って帰ってくれはしないだろうし……やっぱここで、斃すしかない。

 弱音なんて吐いてられない。

 これから先、困難にはいくらでも直面するだろう。その度にこのザマじゃ世話無いよな、英奈。

 軋む身体を起こし、立ち上がった詠真は、全神経を能力の発動に注ぐ。

 無意味かもしんねぇ。それでもこれしか道はねぇんだ……!

 幸い、と言っていいのか。少年は興味深そうに眺めているだけだ。

 その余裕面、後悔面に変えてやるよ。


 ドクン。ドクン。ドクン。


 心臓が跳ねる。鼓動が鮮明に聞こえる。血が急速に回る。体温の上昇。雑念が消えていく。

 この感じは──ゾーン。

 刹那。空に向かって、風の奔流が舞い上がった。

 『四大元素』風の発動。

 詠真自身は気付いていないが、瞳の中には赤い十字架、毛先は数センチほど白く染まっていた。


「……へぇ」


 少年が歪に口角を吊り上げた瞬間、詠真の能力は強制解除。瞳の十字架も消え、髪も黒に戻ってしまった。


「一瞬でも僕の能力の縛りを破るなんて、対した精神力だよ。それに、さっきの瞳の変化はなんだい? 競技では見せなかったよね」


 変化? 色のことか? いや、でもそれは競技中にいくらでも見せたはずだ。

 詠真は何を言われているのか分からず、……何のことだ? と聞き返すしか答えはなかった。


「何のことって、十字架だよ、十字架。瞳の中に、赤い十字架の模様が浮かび上がったよね。それに、髪の毛先も白くなった」


 瞳に十字架……? 髪が白く……?

 そんなもの詠真は初耳で、しかし随分聞き覚えのある、いや、見覚えのある光景を想起させられた。


「おい、お前が見たのはどんな──」


 少年に詳しく問い質そうとした時、それは別の闖入者により遮られてしまった。


「詠真!」


 ……なんで、お前がここに。

 それは、親友。クラスメイト。拳を交わした、未剣輝だった。



☆☆☆★



 昼飯を食べ終わった輝は、詠真の目撃情報を頼りに、四区の一角まで着ていた。

 しかしこの辺に人はおらず、よって目撃情報も途絶えてしまった。

 手詰まりだなぁ、帰ろうかと悩んでいた時、九時の方向から、天に向かって高密度の風の奔流が舞い上がるのを、輝は見た。

 間違いなく、『四大元素』の風であると、確信できた。

 それは本道から脇道にそれ、さらに奥へ行った裏路地で、急いで駆けつけた輝が見たのは、見るからにダメージを負った詠真と、白いコートに身を包んだ怪しい……詠真にそっくりな少年の姿だった。


「あき、ら……! なんでこんな所に……」


 輝はそれに答える前に、状況を即座に判断する。

 恐らく、詠真が背負った面倒ごとは、目の前にいる白いコートに奴が原因で間違いない。となれば、


「詠真、力を貸すぞ」


 詳しい事は後から聞けばいい。

 輝とて、この状況で悠長にお話できるほど目出度い頭はしていない。

 気になることは豊富だが、一先ず眼前の敵を黙らせ──そこで、輝は異常に気が付いた。

 超能力が発動しない。確かに自分の中に能力はあるものの、それを外に出す事ができない。発動が、できない。


「輝、そいつの超能力は、超能力の発動を阻害する超能力なんだ……」


「はぁ⁉︎ んだよそりゃ……」


 なるほど、だから詠真がこれほどやれているのか。

 納得したくもないが、納得するしかない。だが、超能力が使えないなら、


「んじゃ拳だな」


 輝は短絡的な思考には走っていない。やはりこの状況、それしか手はないのだ。

 拳を握り込み、輝が意気込んだ。

 ──その時だった。


 パンッ!


 酷く乾いた音。それは、銃声。


「…………え?」


 駆けつけたばかりの少年は、違和感のある上腹部に手を当てた。

 ねっとり、温かい、液体。それは赤く、真紅で、鮮血だった。純白の学ランは瞬く間に深紅に染まっていき──


 パンッ! パンッ! パンッ!


 続く三発の銃声。

 時間が止まったかのように、ゆっくり流れている。

 そして血栓が抜かれたように、時間は無情にも加速していった。


「ごふぅっ……」


 口から大量の鮮血を吐き、膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れこんだ。まるで糸が切れたマリオネットだ。


「輝ッ!」


 傍に膝をついてしゃがみ込む詠真。輝の身体に穿たれた銃創から、血が止め処無く流れ出し、詠真の制服のスボンは輝の血を吸って染まっていく。


「……え、……い…………ま」


 ヒューヒューとか細い呼吸。喉に血が詰まっているのか、まともに息ができていない。急速に下がる体温。

 五つの銃創を塞ぐなんて芸当、詠真にはできようもなかった。

 能力が使える状況ならば、火や氷で傷口を塞げたのに……。


「大丈夫だ輝! すぐに救護班を……!」


「……か……おり…………つ……たえ……て…………れ」

 

「喋んな! 黙れよ! 今くらい黙ってろよ……!」


 違う、今だからだよ。

 輝はそれすらまともに伝えられず、でも、伝わっていると信じて。

 遠のく意識。感じる。これは──死だ。

 ……だからさ、詠真。最後くらい、俺の我が儘聞いてくれよ。

 俺だってさ、突然の事で、悔しいし、意味わかんねぇし、泣きてぇよ。でも、でもさ。もうダメだわ。

 助かんねぇ。そこのわけわかんねぇ奴が居なけりゃ、助かったかもな。いや、そもそもそいつが居なかったら、こんな目に合うこともなかったか。

 まあ、いいや。

 なぁ、詠真。よーく聞けよ。一回しか言える自信ないからな。

 んで、しっかり花織に伝えてくれよ。

 輝はゆっくり、微笑んで、ゆっくり、言葉を紡ぐ。


「…………お、まえ………の……こと……が……好き……だった……って…………か、おり……に……」


 あー、締まんねぇ終わり方だな。

 悔しい。悔しい。

 まだまだ、お前らと馬鹿やってたかったぜ。詠真もさ、結局何も話してくれねぇし。あれだな、墓の前で聞かせてくれよ。俺、聞いてっからさ。

 だから、墓ぐらいは立ててくれな。

 信じてっぜ、親友。


 ……花織、やっぱ俺、お前の事が、誰よりも……だいす──


「君には興味ない」



☆☆☆☆



 響く五発目の銃声。それは、輝の後頭部から額を貫いていた。


 「……ぁ……」


 詠真の口からもれる嗚咽。つまる喘ぎ。彼の下で眠る少年から、言葉が発せられることは無かった。

 うつ伏せで、でもこちらへ向けたその顔は、とても悔しそうで……それでいて幸せそうで。最後の瞬間まで、輝は花織の事を想って……。

 詠真は輝の目をそっと閉じてやり、のそりと立ち上がった。

 ゆらりと揺らめく陽炎のようで、次の瞬間、プロミネンスの如く詠真の感情は爆発した。


「ぎ……貴ッ様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!!!」


 怒号が空気を震わせた。激情に取り憑かれた詠真は、理性の箍が外れた獣のように、一直線に、目の前の獲物に殴りかかった。

 一発、二発、三発。繰り出す攻撃は悉く躱され、頬に拳、顎にかちあげる掌底のカウンターを喰らう。まるで"鋼"の鈍器で殴打されているかのようだ。


「ぐっ……ァ……!」


 蹌踉めいた所に、鋭く重い脚で鳩尾を蹴り抜かれ、数メートル吹き飛び壁に衝突した詠真は、地面で身体を抱え込む。


「カハッ……」


 呼吸が酷く乱れる。

 続け様に、顔面に一撃、鳩尾に一撃の蹴りが叩き込まれた。

 

「弱い、弱いなぁ。超能力ばかりに頼っているから、こうなるんだよ。まぁいつまでもこんな島に引き籠もって、温々生きてりゃ当然か」


 少年の嘲る微笑。カチャ……と、詠真の脇腹に拳銃の銃口が充てがわれた。

 直後、鮮血が舞う。

 身体の中をバーナーで直接炙られているに等しい灼熱の激痛。

 ──くそ、俺はまた……

 脇腹の銃創を、少年が抉るように踏みつける。

 ──俺は、俺はもう……負けたくねぇ!

 意思とは反して、薄れていく意識の中、


「でもまあ、僕は君がとても気に入ったよ。瞳に浮かんだ十字架の事も気になるしね。……また来るよ、君の元に。例え島から離れようが、どこに行こうが、また君の元に僕は来るよ。その時は、『四大絶征郷』にスカウトするとしよう。きっと強くなってるはずだしね。……だからその時まで、必ず生きててね」


 混濁した意識内を、反響する四つの銃声。詠真の体は弾丸の衝撃で四度跳ね、焼け付く痛みと鉄の味、喉を詰まらせる血塊、臓器の破裂、そして怒り、悔しさの苦味を感じ、しかしそれは、一瞬にして放散。

 意識が、プツリと途切れた。



☆☆☆☆



 時を同じくして、第四区競技場で死闘を繰り広げていた魔法使い。

 白き炎で氷帝と渡り合っていたマリエルは、コートの中で端末が振動するのを感じ、突如戦闘を停止。魔装具『ヨエル・ラエル』を消した。

 突然の戦意喪失に戸惑いを隠せない鈴奈だったが、マリエルは感情が見えない声で淡々と告げた。


「時間だ。この決着必ずつける。我々は、再びお前達の前に現れる」


 白き炎を超一点収束し、競技場の天蓋に穴を穿ったマリエルは、そこから戦線を離脱する。

 その去り際、


「貴様の連れ、木葉詠真と言ったか。そいつは今、瀕死だぞ。死ぬのは我々とて惜しい」


「ッ!」


鈴奈はマリエルの追跡を放棄、詠真の端末に通信をかけた。その反応を探査魔法で感知し、持てる最大速度で駆けつけた。



☆☆☆☆



 祈竜戦トーナメント決勝戦は、木葉詠真の棄権により灰爽由罪の不戦勝優勝となった。

 数日後。木葉詠真は休憩時間中に不慮の事故によって致命傷を受け、救護班でも回復に時間がかかると判断されたため、棄権扱いになった事が公表された。

 多方面からは、疑問の声が多く寄せられたが、木葉詠真本人への精神的影響を考慮され、この件は数日で報道ニュースの話題から消えていた。


 


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