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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
29/60

『祈竜戦』



 祈竜舞踏演五日目。まさに、待ちに待ったと言うべき、そして祈竜舞踏演の本番とでも言うべき最終競技、『祈竜戦』開幕の狼煙が上がった。

 実況担当のネーヴェ女子と、羽田清彦がメイン実況を務め、複数言語による翻訳実況が同時に進行されている。

 自宅や会社のテレビ、街頭ビジョン、飛行船超大型ビジョン、それらの前にはこぞって大勢の人が集まり、トーナメント表の発表を今か今かと待ち構えていた。

 祈竜舞踏演出場権を持つ全70校から各校一人ずつ、前年のトップ3の学校からは加えてもう一人が出場でき、最大で73人によるトーナメントバトル。そのトーナメント表は、原則として試合開始直前に発表される決まりとなっている。

 開催場所である第五区競技場には、出場選手が既に勢ぞろいしている様で、その中には詠真の姿もあった。

 そして彼の姿も……


「……おい、これは冗談じゃないよな……」


 裂けるんじゃないかとばかりに顔を引き攣らせた詠真が零した。それは悪夢を見ているかの様な、絶望に直面しているかの様な。

 なんたって詠真の前には、彼のトラウマが直立していたのだから。

 灰色の髪をオールバックにし、金のラインが入った黒い制服に身を包む長身の少年。

 かつての祈竜戦で詠真の片腕を吹き飛ばした残酷な王、灰爽由罪。


「現実だ、餓鬼」

 

 大層愉快そうに言う由罪は、本来なら祈竜戦には出場できないはずだ。それは詠真自身がよく知っている。

 

「現実っつっても、お前どうやって」


「戦争報酬だよ、お前もなんかもらったろ」


 ……こいつ、まさか祈竜戦への出場権を政府からもぎ取ったってのか。

 目眩が起こりそうな現実に、詠真は嘆息するしかなかった。

 同じく競技場に集まる他の選手達も、彼が出場するという現実に、ただただ恐怖を覚えている事だろう。

 そうこうしている内に、電光掲示板にトーナメント表が映し出された。

 トーナメントは、AブロックとBブロックに分かれ、73名からランダムで選ばれる一名のシード選手は三回戦から、各ブロック一回戦は18試合、二回戦は9試合、三回戦は4試合、準決勝は2試合、ブロック決勝があり、ブロック準優勝者で三位決定戦、ブロック優勝者でトーナメント決勝という流れだ。人数的に、多少変動はあるものの、これを目安と思っていいだろう。

 そして発表されたトーナメント表では、詠真はAブロックの14番、同校の輝は15番、由罪はBブロックの9番となった。

 一先ずホッとしたのは、由罪と当たるのがトーナメント決勝になるということだろう。どちらにせよ、優勝するにはあの化け物と戦わなくちゃいけないのは変わりないのだが。


「まぁ、負けねぇと思うが、負けたらぶっ殺すから」


 えらく物騒な言葉を残して、由罪は何処へなりと去って行く。

 入れ違うように、ぎょっと目を見開いた輝が駆け寄ってきた。


「な、なんで彼奴が居んだよ……」


「まぁ、これも因縁か……」


「? そんな事より、俺と詠真が当たるのは三回戦だな」


「お互い勝ち抜けばな」


 ぜってぇ負けねぇし、詠真にもな! と啖呵を切った輝の肩に手を起き、期待してるよと一言。

 とりあえず詠真は競技場を出て、ロゼッタに連絡、祈竜戦中のパトロールについての旨を話した。

 二人が出場してしまった以上、本当に観戦の暇などないだろう。試合が終わればすぐに持ち場へ戻る。それの繰り返しだ。それもまぁ、試合自体を早急に片してしまえばカバーできよう。

 通話を切ったその背後で、ゴウンッと大きな音が響く。競技場内にステージが出現した音だ。

 そのステージとは、競技場中央に形成された100メートル四方の透明な箱の中である。地下から出現した四本の角柱を四隅に、更に地下から現れる対超能力用特殊強化ガラスが四面を覆う壁となる。箱と言っても、下は舗装されず上は吹き抜けだが、競技場地面については元々特殊な素材で出来ているため、滅多な事が無ければ抉られたりはしない。吹き抜けの天井に関しても、100メートルの壁がある以上、周囲への流れ弾は限りなく防がれる。

 それが祈竜戦のステージだ。

 詠真は再度、大切なルールを確認しておく。

 相手への、四肢切断、及び内臓破壊に相当する攻撃の禁止。また、開催委員会が危険と判断した場合、その時点で失格となる。

 身を持って経験──被害者──している詠真にとっては、破ろうにも破れないルールだ。

 後は、気絶かリザインによって、勝敗は決まると言う所か。

 加えて、ルールではないが、大怪我をしても、救護班に詰めている治癒能力者が瞬く間に治してくれるという点も大事だ。

 これがまた凄まじい治癒力なのだ。かつて由罪に片腕を吹き飛ばされた詠真は、気を失っていたため聞いた話ではあるが、その治癒能力によって千切られた片腕は接合したらしい。今、こうやって両腕がピンピンしている事からも、それは事実であることが証明されている。

 ……まぁ、ここ最近は何度かお世話になっているんだが。


「さて、そろそろ一回戦が始まるけど、俺の番まではまだ時間があるし、捜索に行くか」


 現状、全く進展の無い捜索活動。接触はおろか、目撃情報すらない。鈴奈としても何も感じ取れていない様で、正直な所焦りも感じる。

 もしかしたら、既にこの島を去ったという可能性もある。

 それもあくまで可能性だ。確証を得るまでは、気を抜いていられない。

 そう、チンタラしていては、虐殺が始まりかねないのだから。



☆☆☆☆



 「了解」


 舞川鈴奈は『遠話』を切った。

 連絡を寄越してきたのは炎帝で、天廊院との一時休戦、協定が結ばれた旨の報告だった。

 まさか陰陽師と手を組むことになるとは。

 率直に不愉快だが、それも現状を鑑みて仕方ないとも言える。

 魔物。異世界の生命体。少なくとも、この島に在住している身としては文句を言えるはずもない。

 それに此方も此方で、侵入者という問題に直面している所だ。文句を言うために帰国する訳にもいかない。


「……さて」


 どうしたものか。口内で留めたその言葉は、未だ進展のないこの状況に向けたものだった。

 いつ動く気か。此方はいつでも相手をしてやれる準備は整っている。


「っと、もうすぐかな」


 相方の試合が始まる。

 鈴奈は肩にかかった髪を軽く払い、競技場へと踵を返した。



☆☆☆☆



 ──イライラする。

 詠真の持ち場は主に三基(サードベース)で、一応隈無く走り回って怪しい人物を探しているのだが、全く以て皆無と言うべき成果。本来ならそれこそが一番なのだが、こと今に至ってはイライラが積もってくる。

 白いコート、恐らくは団服か何かだろうそれは、かなり目立つ格好だ。明らかに浮いているそれを、捜索陣全員が目撃すら出来ていない。

 ……これも魔法だってのか。

 正直な所、魔法で隠れられたら見つけ出せる自信はない。かと言って、鈴奈に大掛かりな魔法を使わせる訳にもいかない。

 鈴奈が敵を誘い出そうとしている事を知らない詠真だが、知っていてもそれは無理だろう。現在は鈴奈の上官として機能している、『宮殿』から動くなと言われている以上は。

 『宮殿』は民間への被害を防ぐため、下手な刺激を与えるなと言っているのだろうが、既に各々の考えは食い違ってしまっている。それも、鈴奈独断あってこそなのだが、独断故に報告は出来ず、もう行ってしまったが故に、総ての責任は自分が取る。鈴奈の心情としてはそんな所だろう。

 まぁそれすらも詠真が知る所ではないが。

 だがとりあえず──


「今はこっちに集中すっか」


 祈竜戦一回戦Aブロック14試合目。木葉詠真の出番が回ってきたのだ。

 頬を叩いて気合を入れる。競技場控え室から、外に出て、詠真を迎えたのは競技場が震える大歓声。

 祈竜戦二連覇。"三王"が一人。


『さぁ、出て参りました! 優勝候補筆頭、三王に数えられる一人にして、祈竜戦二連覇の偉業、そして三連覇に望むこの選手! 柊学園所属、『四精霊王(フェアリーフォース)』木葉詠真だァ!』


 ……また変な渾名を付けられてる。

 本気で辞めて欲しい、恥ずかしい。こっちの身にもなってみろ。

 そんな愚痴を吐露しつつ、ステージの壁端にある入り口を通り、四面ガラス張りの箱の中へ。


『その木葉詠真選手に挑むのは、祈竜舞踏演初出場! シェイト中学所属、キリル・キリネルス選手!』


 紹介と共にステージインしたのは、黒く長い前髪で目元が隠れた、インドア系の少年。その一挙一動も、どこかビクビクしていて、完全に歓声に呑まれてしまっている印象だ。

 ……なんかやり辛いな。

 そう言っても、手加減なんて失礼な事をする気もない。

 キリル・キリネルスと言う少年は、ゆっくりとした足取りで、詠真の正面までやってきた。

 中学生と言うこともあり、身長差や体格差もそれなりにある。


「あ、あの……握手を……」


 握手? あぁ、礼儀を重んじる子なのかな。

 詠真は差し出された手を握り返し、手加減はしないけど、頑張ろうなと声をかけた。

 するとキリルは、ニヤリと口角を吊り上げ、詠真の手を乱暴に振り払う。その行動に、観客席からブーイングが漏れるが、詠真は余計な事を言ってしまったかなぁと、頭を掻いた。

 両者、およそ20メートルほどの距離を開けて向かい合い、片手を上げる。それは準備が整ったという合図だ。

 電光掲示板に『READY』と言う文字、そして、『FIGHT!』の文字と音声が試合の火蓋を切った。


「さて、一度相手の能力を見るか」


 決めようと思えば一瞬だろう。しかしどうせなら、相手の能力がどんな物か知りたい。要は記念だ。

 だが、キリルが動く気配はない。

 ……なんか、不気味な奴だな。

 それは容姿の事ではない。雰囲気と言うか、何か嫌な物を纏っている。

 考えても仕方ないか。

 詠真の両目は黒から緑へ。ステージ内に風が吹き、吹き飛ばして気絶させる程度の強風を、キリルの身体に放った。

 ──相殺。

 詠真の放った追い風は、向かう風により掻き消された。


「風使いか」


 詠真は有名なため、能力が公に割れてしまっている。故に、対戦相手は、というか出場選手は皆、『四大元素』への対抗策を練っている。それは有名税とでも言うべきハンデだが、その程度の小細工では突破出来ないからこその、三王『四精霊王』なのだ。

 瞳は赤へ。

 風使いならば、火は苦手だろう。風は火をより燃え上がらせる。

 火傷程度、救護班にかかれば一瞬だ、特に気負う必要もない。

 翳した掌から放たれた、二条の炎。それは蛇の形を成し、うねりながらキリルへ襲いかかる。

 摂氏1000度。直撃すれば気絶しても可笑しくないだろうし、無駄に足掻けば火は増幅する。

 残るは逃げるのみ。それも、詠真の機動力があれば問題ない。

 チェックメイトだ。

 ──そう、思われた。


「……まさか」


 キリルの掌から、消火栓の如く水流が放たれ、炎蛇を消火。

 風に、次は水……これは、まさか。

 

「くくく、ははは、あははははは」


 突如、キリルは高らかな笑い声を響かせた。その容姿、挙動とは到底似つかわしくない、強者の余裕。

 詠真の視線は、彼の目に。

 青い。刹那、それは赤へ。

 酷く覚えのある光景。

 キリルの身体に火が纏わり、うねる蛇となって詠真に襲いかかった。

 しかし狙いを外したようで、一歩動いていない詠真の左横に大きく逸れた。


「あー、外しちゃったよ」


 此れ見よがしに肩を竦めるキリル。詠真は表情を崩さず、問う。


「お前のそれ、『四大元素(フォースエメレンツ)』と同じ能力か?」


 風を、水を、火を。そして瞳の色の変化。見紛うはずもない、詠真自身が持つ能力と殆ど一致していた。

 だがキリルは、嘲るように鼻を鳴らして笑い飛ばす。


「木葉詠真ァ……」


 キリルは前髪を掻き上げ、獲物を捉えた猛獣のように、ギラつく視線が詠真の身体をなぞる。

 気色悪い。


「ロゼッタ・リリエル……灰爽由罪……」


 見下すように"三王"を呼び捨て、両腕を広げたキリル。

 その姿からは、試合開始前のビクビクしていた印象は消えていた。

 彼は広げた両腕、その掌を何かを潰すように握り込んだ。


「この三王の時代は、今年で終わりだ。これからは、この僕が、三王の上に君臨する」


 何を根拠に、此奴は三王を下せると舐めているんだろうか。

 詠真の神経を逆撫でするキリルの言葉、声、一挙一動。

 彼の豹変ぶりに、観客席も戸惑いで静けさを落としていた。


「もう一回聞くぞ、お前の能力は『四大元素』と同じものなのか?」


「ざーんねん」


 試合開始前を思い出してみなよ、とキリルは言う。


「僕とお前は何をしたかなー?」


「何? 握手の事か」


「せーかい。ならさー、なんで握手なんかしたと思う?」


 初めは、礼儀を重んじる子かと思った。しかしそれは違う、この豹変ぶりからしてあれは演技だったのだろう。

 ならば何故? 詠真は考える。

 ややあって。


「触れた相手の能力を、コピーする……」


 言葉に出したが、些か信じ難い。

 しかし、握手、その後に乱暴に振り払った挙動、同じ能力、三王を倒せるという余裕。

 それを含めて考えると、導き出されるのはそれくらいしかなかった。

 どんなに信じ難い事でも、それ以外に答えがなければ、それが答えになる。要は、信じるか、信じたくないか。


「くくく、理解が早いねぇ。僕の能力は『空虚奪悪(ヴァルガボイド)』。お前の言った通り、触れた相手の能力をコピーできる。まぁ、予めコピー元の能力を知っておく必要はあるけどね」


 先程も言ったように、有名な詠真の能力は公に割れている。よって予め知っておく必要があるという条件は、さほど難しいものでもない。

 後は触れるのみ。

 ……胸糞悪いな。

 詠真は呆れ気味に嘆息した。


「テメェの能力は分かった。ならさっさと終わりにしようか。こちとら優長に餓鬼の遊びに付き合ってる暇はないからな」


「ガキ……だと? ははは、負けてもそれが言えるといいけどね!」


 キリルの瞳は緑。突風が吹き荒れ、詠真(オリジナル)の身体を吹き飛ばそうと牙を剥く。

 詠真は思った。

 ──可愛い風だな。

 轟ッ! と突風を飲み込む竜巻が発生。

 一瞬慌てたキリルは、即座に同等の竜巻を発生させようとする。

 しかし、生み出せたのは、半分にも満たない可愛い竜巻。

 その風巻すら飲み込んだ竜巻は、しかしふっと掻き消え、詠真の瞳は赤と緑の光彩異色へ。


「コピーなんつうから、どんなもんかと思えば……所詮は付け焼き刃のおままごとだろ」


「な……に……?」


 『四大元素』を使用するに辺り、火を生み、水を生み、風を起こし、地を生む第一段階ならば、さほど難しくもない。だが、先程の竜巻。あれを起こそうとすれば、それなりに計算が必要になってくる。

 竜巻よ起これ! などと思考しただけで起こせるほど──使えるほど、チャチなものじゃない。

 勿論、イメージは大切だ。

 故に、キリルが放った炎蛇も、直前に詠真が使用したため、そのイメージを強く持てただけ。現に、イメージだけでは狙いすら定まらない。

 能力をコピーする。それはあくまで能力のみ、オリジナルの経験値までもをコピーできる訳じゃない。


「出直せ、中坊」


 詠真の周囲に四本の小さな火炎竜巻。それは、頭上に翳した詠真の右腕に収束し、腕の三倍ほどの竜巻の槍『グングニル』を形成した。

 キリルは初めて目にする技に狼狽を露わにしながらも、同じモノを発動させるために、周囲に竜巻を起こす。

 案の定、チャチな竜巻は霧散。そもそも、二属性同時発動すら出来ていないのだから話にならない。


「チェックメイトだ」


 グングニルを装備した腕を構え、背中に接続した竜巻でブースト。地面を強く蹴った。


「なぜ、なぜ出来ない⁉︎」


 目の前に迫る脅威より、能力を扱えない事に驚愕し、戦き、地団駄を踏む愚かなガキに、主神の槍(グングニル)は冷たく、言い放った。


「簡単な話だ。『四大元素』はテメェ程度に扱える程──簡単な能力じゃねぇって事だよ」


 火炎の槍はキリルの身体をいとも簡単に吹っ飛ばし、その小柄な体はステージの壁に衝突。ズルズルと崩れ落ち、キリルは意識を手放した。


「テメェみたいな思い上がりの激しいガキは、一度痛い思いでもしなきゃ治んねぇよ」


 かつての自分、中学二年生の頃の自分がそうだった様に、自分に再度言い聞かせるように、槍を消した木葉詠真は、大歓声を背にステージを、競技場を後にした。



☆☆★★



「なんか不思議な相手だったけど、さすがは詠真だな……」


 控え室のモニターで詠真の試合を観戦していた輝は、改めて彼の強大さを認識した。

 自分はアレに勝とうとしてる。

 例えそれが無謀と言われても、挑む勇気は褒めて欲しいものだ。

 だが挑むからには勝って──


「勝って花織に良い所見せて、優勝して告白。くぁぁ……我ながら痛い考えだけど、最高にかっこいいよな」


 詠真は必ず勝ち抜く。だから、当たるのは三回戦だ。

 それには、まず自分が勝ち抜かなければならない。

 大丈夫だ、やれる。問題ない。

 輝の身体に電気が迸る。

 電気、磁力を操る『雷電迸出(ライトニングライザー)』。輝が産まれた瞬間から共に居た自分自身。

 大丈夫だ、負けない。勝つ。

 未剣輝は、ステージに躍り出た。


『続いて登場するのは、木葉詠真選手のクラスメイト、柊学園所属の未剣輝選手だァ!』


 祈竜戦のこの空気。輝はこれが嫌いではない。

 この歓声。詠真の時に比べ、随分と頼りない歓声。

 これもすぐに変わる。


「俺が詠真を倒せば、変わるさ」


 そう、行き詰まった恋も、きっと変わるさ。

 チラリと観客席に目をやる。柊学園の生徒が固まっている場所に、彼女は居る。

 雨楯花織。恋焦がれる少女。

 まずは一回戦。ここで一発決めておく。注目を浴びて、浴びて、そして詠真を倒す。灰爽由罪を倒す。優勝して、想い伝える。

 これがダメなら、俺は諦めよう。逃げるんじゃない、戦術的撤退だ。

 思わず苦笑をもらしながら、輝は対戦相手と向かい合う。

 相手は高校一年の男子。いや、年齢など当てにならない。能力も分からない。だが、負けない。

 そして響く、『FIGHT!』のコール。


「っしゃ! いくぞ!」


 全身から迸る電気。放出される電撃。横薙ぎに振るった腕から放たれる青白い雷撃が轟いた。

 相手の男は強く地を蹴って肉薄を試みたようだが、既に人間の移動速度を凌駕する雷撃を躱す術はない。

 詠真が炎風の槍ならば、俺は轟く雷鳴の槍。どっちの矛が強いか、楽しみになってくんよ。

 雷撃の直撃を喰らった相手は、推力を失ってその場で踞る。およそ立てもしないだろう少年に近付き、


「ごめんな、勝負は終わりだ」


 輝は笑って告げた。首に手を押し当て、迸る青白い光。

 対戦相手はもがく動作を停止し、痺れも取れぬ間に気絶。

 念のため頬を突ついてみるが、反応は無し。輝は実況席の方へ視線を送ると、少し遅れて、


『決着! 刹那の内に勝負を決めたのは、未剣輝選手!』


 やたらにテンションの高い少女の声がキンキンと響き、手応えを感じ、その手応えを手離さぬように握り締め、輝は一回戦を突破した。



☆☆☆☆



 退屈だ。あー、退屈だ。

 退屈すぎる。

 灰爽由罪は退屈していた。

 Aブロック一回戦、およびBブロック一回戦が全て終了。

 ここから休憩を挟んで、二回戦が行われ、明日は三回戦、ブロック準決勝、最終日はブロック決勝、三位決定戦、トーナメント決勝が行われる。

 由罪が求める相手は、トーナメント決勝まで当たることはない。

 故に退屈。そこまでに至る試合全てが、退屈極まりない。相手にならない。腰抜け。やる前から、退屈など分かり切っている。

 退屈だ。そればかり考えていると、いつの間にやら、Aブロックの二回戦が始まり、Bブロック二回戦までもが開始されていた。

 どうやら、木葉詠真は二回戦も余裕で勝ち残ったようだ。

 その直後から、パトロールへ。


「奴らは、出てこねぇよ」


 勘、だ。いくら探し回っても出てこない侵入者二名。おそらく奴らは、自ら姿を晒すまで現れない。

 探し回ろうが、見つからない。

 だからこそ由罪は、更に退屈だ。


「はぁ、かったりぃ」


 Bブロック二回戦三試合目。

 由罪はステージへ向かうと、予想通りというか何というか、対戦相手は萎縮し、恐怖し、既に諦めている。

 まぁ、女子でありながら棄権を選ばなかっただけ褒めてやれる。

 試合開始の合図が響き、しかし少女は動こうとしない。

 唐突に、由罪が口を開いた。


「なぁ、お前らは何を怖がってんだよ」


「……え?」


「俺の評判が悪いからか? 祈竜戦で片腕吹っ飛ばした経験があるからか? 三王だからか? ほら、何だよ」


 突然の問い、脅しにも似たそれに、少女は今にも泣き出しそうだ。


「ったくよ、揃いも揃って糞ばっかだな。紛いなりにも、テメェらが勝手に担ぎ上げた三王が、同じ過ちを二度も犯すと思ってんのか? トラウマ級の大怪我負わされると思ってんのか? はっ、んなに引き千切られたいなら幾らでもやってやるよ」


 だがな、と由罪は言う。


「こちとら、ちゃんと学習してんだよ。思い返してみろや、俺が喧嘩で人殺したなんて噂聞いたことあっか?」


 と自分で言った後、噂じゃ言われてっかと自己解決。


「まぁ言っとくが、俺は"意味のない殺しはしねぇよ"。糞共が何をビビってんのか知らねぇが、祈竜戦(ここ)にいる以上は、テメェらも俺も、背負(しょ)ってるルールは同じだ」


 つまり何が言いたいか。

 例え弱かろうが、勝ち目がなかろうが、ぶつかってこい。そして俺の退屈凌ぎになってくれ。

 それが伝わったのかは分からないが、少女は涙ぐんだまま、なんとか戦闘の意思を見せた。

 善人ぶる気もないし、善人と思われたいとも思わない。

 ……実際、限りなく悪だしな。


「けどまぁ、ほんの少しでも楽しませてくれる奴は、嫌いじゃねぇよ」


 由罪が軽く腕を振り下ろす。連動して、少女の頭上から五本の氷柱が落下してきた。

 氷柱は少女を貫く──ことは無く、何もない空を切った。少女の姿は視認していた数メートル後ろに存在したのだ。


「なるほどな、光の屈折か」


「……は、い。私の能力は『放煌光湾(ラジェーションプリズム)』と言って、光の屈折を操る事が出来ます」


 氷柱の狙いがズレたのは、光の屈折によって由罪の視界が誤認させられ、距離感を測り損ねたからだ。

 ……なんだ、お前面白れぇじゃん。

 この一瞬、刹那。由罪に面白いと言わせた価値がどれほどか、少女には分からないし、知る必要もないだろう。


「なら土産に、俺の能力も教えておいてやるよ」


 灰爽由罪の超能力。それは木葉詠真と違って、詳しい所を知るものは少ないと言えるだろう。

 大まかには判別できる。それくらいだ。

 現に少女も、


「天候を操る能力……ですよね」


「合ってるが、違うな」


 由罪は指を鳴らす。ステージ内の音声を拾っていた機材に氷柱が刺さり、この会話は二人だけのものとなる。


「名前を『自由気象(アブノーマルウェザー)』。確かに天候を操れるが、それだけじゃねぇ」


「それだけじゃ……?」


「天候を操るだけだったら、こうして氷柱を発生させる事は出来ない、もしくは別の手順を踏んで生成しなきゃならねぇ。まぁお前が聡明だと信じて簡単に言うがよ──」


 ──これは、"あらゆる気象現象を引き起こす能力"だ。

 それは言い方の違いであり、大きな違いでもある。

 天候、だけならば、おおよそ考えつく雨や雪、嵐や雷。だが由罪の言う所の"気象現象"は、天候/気象が生み出す二次的現象にまで手を出せるのだ。

 氷柱もその一つ。他にも、噴火などしていなくても降灰を、海の上でもハブーブ──砂嵐を伴った強風──を、雪がなくとも地吹雪を。

 あまりに自由度が高く、由罪本人ですら限界を知らない"自由に気象現象を引き起こす能力"。もう一つ言い換えるなら、"気象災害を引き起こす能力"だろうか。

 と、説明はしてみるが、それが正解なのか由罪自身にも分からぬし、二次的現象という言葉が相応しいかも怪しい。

 だからそこを"気象現象"とし、それこそが『自由気象』なのだ。


「…………」


 少女は言葉も出ない。続く、範囲は俺の視界全てだ、という言葉に、もう絶句するしかなかった。

 そんな様子を知ってか知らずか、


「さて、自己紹介は終わりだ。続きをやろうぜ。……あぁ、"内への攻撃"はしねぇから」


 由罪の背後から、氷柱が、そしてレールガンかと見紛うような雷が直線上に放たれた。

 それら全ては空虚を穿ち、やるしかないと決意した少女は由罪の対角線上へ走り、一条の攻撃を放った。

 自分に降り注ぐ光を湾曲させ、一瞬だけ光を一点に集めて生み出した、レーザービーム。


「……ここ最近で、一番楽しいわお前」


 躱したレーザービームは、頭上をほんの少しだけ掠め、オールバックに流していた前髪が目蓋を撫でる。

 鬱陶しい前髪を掻き上げ、由罪の視線が実体を晒した少女に向いた瞬間、"横殴りの下降気流(ダウンバースト)"が、華奢な体をステージの壁に叩きつけた。


「いい退屈凌ぎだったぜ」


 少しでも楽しませてくれたせめてもの礼として、由罪は少女の身体を抱き上げて、医務室へ運んで行った。



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