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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
28/60

『舞川鈴奈という』


 ──私、舞川鈴奈。本業は魔法使いやってます! 

 ……なんてカミングアウトしたら、この子達は一体どんな反応するのかしら。

 舞川鈴奈は隣を歩く二人の少女、梓昏美沙音と雨楯花織を一瞥して思った。

 まぁ言葉はどうであれ、彼女達には理解する事は難しいだろう。

 それを迅速に飲み込めた木葉詠真に関しては、出会った瞬間からイレギュラー極まりない存在だったと言える。魔法使いの策略に巻き込まれ、魔法使いと協力し、更には過去に陰陽師と関わった事さえあると言う。それもこれも、彼が、全てを知る"彼の者"という『世界の声を聞く者』の一人である事──あくまで可能性に過ぎない──が、起因しているのかもしれないし、もしかしたら、彼は"決まった"──いや、"予め決められた道を歩まされている"のかもしれないと、そう思う時も少なくはない。

 ──はぁ。

 柄にもなく"運命"などと言う思考に囚われかけ、鈴奈はかぶりを振って思考を外に追いやる。

 とりあえず、今回の件に関しては詠真達に任せ、自分は命令が下るか、あるいは敵側が"魔法使い(わたし)"の存在に気付いて誘いをかけてくるか、それからでないと動くことはできない。

 世界各地で出現し始めた"魔物"にしても、天廊院の動向にしても、それは同僚に一任しておいて問題はないだろう。

 ならば意識を向けるべきは、祈竜舞踏演。競技もそうだが、敵が大勢の人間が密集する競技場を狙わないとも限らない。外は詠真達に任せ、中は鈴奈が警戒する。それだけでも彼の負担は大きく軽減されるはずだ。

 ──ふぅ。

 小さく息を吐き、鈴奈は周囲の景色にぐるっと一瞥した。

 閑静な住宅街の八区、日本をイメージさせる三区や四区とは打って変わって、ここはいわゆるゴシック建築の街だ。より分かりやすく言うならば、ヨーロッパでよく見られる街並みである。すれ違う学生や大人達も、その殆どが欧州言語を使用しているので、この区──第六区は欧州方面出身の人間が多く集まっているのだろう。そしてそれ以外にも、六区には唯一の特徴を備えていた。

 天宮島全十七区の内、第六区だけは"女性しか立ち入る事が出来ない区"に指定されており、彼女達はここを"花園"と呼んでいる。

 欧州のゴシック建築様式──絵本の物語によく使われる様なメルヘンな街並みに、女性だけの神聖なる花園。さながら、ここは絵本の中。お姫様だけが集う、お姫様だけの憩いの場。

 六区は学生区でもあるため、女の子としては六区(はなぞの)のお嬢様学校に通いたいと思ったりするのだろうか。

 両隣を歩く二人の少女も目を輝かせている辺り、やはりここは女の子が憧れる花園なのだ。鈴奈はそう感じてから、街並みから思考を切り替える。

 彼女達が六区を歩いているのには理由があり、祈竜舞踏演二日目の第二競技がこの区の競技場で行われるからだ。区が区であるため、その競技には女生徒のみが参加資格を持ち、柊学園からは舞川鈴奈が出場する。女生徒のいない男子校は、出場校から一つに投票し、その学校の順位に応じて、ポイントが加算される仕組みになっている。投票倍率で加算ポイントも変動するため、言ってみれば競馬や競艇のようなものか。

 してその競技とは、『美の氷刻(エイスアガルマ)』。特に難しい競技ではなく、出題されたテーマに沿った氷像を制限時間三十分以内で造形し、見た目の美しさ、氷の純度、テーマにどれだけ沿えているかの三点で評価され、各種ポイントがつけられる。その総合ポイントが最も高い生徒が優勝だ。

 言わずもがな、競技の特色は"凍結、氷結系"であり、最低でも氷を生み出す能力ではないと話にならない。

 なんでも、柊学園には該当する能力者がおらず、毎年ポイントを逃してきたらしい。そこで白羽の矢が立ったのが、舞川鈴奈と言うわけだ。

 あくまで魔法使いである鈴奈に、超能力はなければ、それに相応する名前も『書庫(バンク)』データも持ち合わせていない。

 が、そこは『宮殿(パレス)』が仕事をし、鈴奈は晴れて擬似超能力者となったのだ。

 超能力名は『破滅凍土(アブソリュートゼロ)』。『書庫』上では万能型凍氷結系に分類されている。

 これまで一切無名だったが故に、ある程度の注目が浴びてしまうのは承知の上だ。下手すれば、侵入者二名に紛れているであろう魔法使い(どうほう)に、存在が露見する可能性だってある。

 とまぁ、今から出場選手を変えるわけにも、棄権する訳にもいかない。となれば、ここは一つ開き直って見ようではないか。

 現状、鈴奈に出撃は許可されていない。立場上、後の事を考えると無理に振り切る事も難しいだろう。

 先刻も言った通り、"誘い出されでもしない限り"、あくまで現状の鈴奈は"中"を警戒する事に勤めるべきだ。

 だが──"誘い出してやる"のは、さほど難しい事でもない。

 大衆の面前で魔法を使用──一般人には判別不可──する事で、それは中継を通して侵入者の目につくだろう。そこで敵が何を思うかは賭けではあるが、少なくとも興味を抱いてもらえれば、後の行動も見えてくる。

 接触、あるいは襲撃。

 そう、わざと狙ってもらえばいい。競技場を襲撃してもらえばいいのだ。

 そしてそれを許し得るほど、その手を思考できるに足るほどの、自信がある。

 ──誰一人傷付けず守り切れる自信がある。

 どれだけ混戦になろうと、どれだけ広域魔法を使われようと、全て防いで、誰一人として失わさせやしない。

 圧倒的自信。それに足る力。

 出撃許可が出なければ、防衛するだけ。自己防衛を禁ぜられた覚えなどない。

 詠真がこれを知れば、小煩い事を言ってくるだろうが、事実、鈴奈は詠真に対して"全力など見せた事はなく、せいぜい五割がいい所なのだから"。

 魔聖獣は全力には入らない。あれは詰まる所、自分の力ではないのだ。あくまで、聖皇の魔力を借りているだけ。

 自分自身の全力と、魔聖獣の力とでは、ベクトルが異なる。魔聖獣は破壊に特化しすぎている必殺の業。だが本来、魔法とは臨機応変に、多種多様な不思議で攻防一体を魅せる異能だ。

 故に、こと"守る"に関しては魔聖獣など害悪。

 故に、こと"守る"に関しては己自身の力が必要。そしてそれはある。

 鈴奈はじっとりと汗ばむ──事などない、余裕の心拍数を保ち、掌を見つめた。

 実際、どう転ぶかは分からない。都合良く競技場を襲撃してくれるとは限らない。

 ──しかし。

 まぁこれは鈴奈個人としての感性ではあるが、間違いなく、自分が侵入者の立場なら、襲撃、あるいは接触を試みるだろう。それは同胞としての純粋な興味、相容れぬ異能の地に混ざる物好き、それに興味がそそられない訳がない。

 アーロン・サナトエルの一件にしても、心の何処かでは興味が湧いていたのも事実だ。まぁそれ以上に、彼の非道さが癪に触ったのだが。

 よって、一先ず方針は決まった。

 こちらは"全てを守る"という誓いの元、侵入者を誘い出してみよう。まぁ正直、別場所で接触してくれる方が助かるが、そこは神のみぞ──いや、敵のみぞ知る領域だ。

 万が一何かあれば──やめよう。万が一などあるはずもない。

 八眷属"氷帝"の名にかけて、もう柔な考えで失態など晒していられない。

 アーロン・サナトエルを逃した件、戦争で油断し詠真を失いかけた件、次いでは黒竜戦において"炎帝"の力を借りざるを得なかった件。

 傍目から見れば限りなく善勝ばかりではあるが、本人としては"完璧には程遠い結果"と認識している。

 そして気付いている。

 どうして結果が気に入らないか。

 簡単な事だ。

 もっと本当の私を見て欲しい。もっと、もっとかっこいい氷帝(わたし)を、もっと可憐な舞川鈴奈(わたし)を、君に、詠真に見て欲しい──と。

 何か掴めそうなのだ。何か、胸中を支配するこの気持ちを、もう少しで掴める事ができそうなのだ。

 この気持ちを掴めた時──鈴奈は詠真と共に旅に出る事ができる。

 そう、脆弱であるが故に鈴奈と歩む資格がないと言う詠真に対し、鈴奈個人も似たような意識を抱えていた。

 半年近くにもなって、未だ分からぬこの気持ち。これを掴む事が出来ないと、これを掴む事が出来てこそ、私は彼を隣に、私は彼の隣に、私と彼は隣に、その暖かな場所を獲得できる。してもいい。存在が異なる異能者同士、それを結ぶだろうこの気持ち──


「この気持ち……」


 まるで空を掴むように、鈴奈は宙を仰いだ。

 不思議そうに見つめる友達二人を尻目に、十月の寒空に向けて、ぼそりと零した。


「氷の私には……冷たい私には、」


 ──掴めないの?


 ──掴みたいよ。


 ──掴むしかないんだ。


「ごめん、何でもないわ。さ、行きましょ。今日の第一競技は、あの灰爽由罪って子に一位を持って行かれたけど、第二競技は私が優勝して見せるんだから」


「そうですね! 昨日の競技も、第一競技はウィル君が優勝して、更に第二競技の『運命の結末』までも一年生が優勝してくれましたもんね!」


「ふふっ、後輩の頑張りに、先輩としてしっかり答えてあげなくちゃですね。頑張って鈴奈さん」


 鈴奈の言葉に、花織と美沙音が続き、歩き出した三人の背中。空を漂う超大型パネルには、二日目第一競技『頼れし力(ザ・パワーリベレイト)』の結果が表示されていた。

 三位は聖ローズ学院の二年生。

 二位は柊学園の三年生。同校生徒ならば知っている、生徒会のメンバーだ。

 そして一位は、超創学校の三年生、"三王"灰爽由罪。同校でなくても、島の学生なら誰でも知っている、特に三区では悪名高い天才不良学生だ。


 この結果表示を別の場所で見上げていた木葉詠真は、競技名の皮肉さに心底呆れ気味に嘆息していた。


「頼れし力ねぇ……力は頼れるけど、あの性格じゃあなぁ……できれば近くで共闘なんてしたかねぇな……おー、怖い怖い」



☆☆☆☆



 簡単に言えば、競技場に配置された超重量の金属塊を、どれだけ速く、どれだけ多く、自陣の範囲内に運搬できるか。単純明快なルールにして、単純明快で純粋な"力"を必要とする。

 二日目第一競技『頼れし力』とはそう言った競技だ。

 その競技に置いて、極めてあっさり、盛り上がる暇もなく、実況の必要性を疑うほどのスピードで、颯爽と優勝をもぎ取った天才的な不良少年。

 灰爽由罪。

 天宮島の学生最高頭脳と謳われるロゼッタ・リリエルには及ばないにしても、それなりに秀でた頭脳、能力制御、そして戦闘センス、炯眼。

 不良と聞けば、正直な所落ちこぼれというイメージが強いが、彼の場合は極めて優秀なスペックを有する不良のため、むしろ性質(たち)が悪いと言えるだろう。

 盗みは働かないにしろ、学校の無断欠席と喧嘩においては常習犯。まぁ前者に関しては、知られていないだけで"学校側が無断欠席そのものを許可している"ため実際は問題ではない。

 しかし、喧嘩は彼の勝手だ。

 なぜ喧嘩をするのか。問われても彼はこう答えるだろう。

『暇だから強い奴を探してる』

 言葉通り、彼が喧嘩を吹っ掛ける相手は総じて能力制御に長けた学生、あるいは社会人だ。その点、やはり優れた炯眼を持っていると言えるのだが、彼自身そうは思っていないだろう。

 なにせ、"彼は負けた事がない"のだから。


「ちったぁ骨があんだろうな」


 十四区を怠そうに歩く少年、灰爽由罪の呟きは空に吸い込まれていく。

 彼は現在パトロール中であり、その言葉も誰に向けたわけでもない。強いて言うなら、自分達が探している二人の侵入者に向けてか。それとも、"彼"に向けたものかもしれない。

 先刻言ったように、彼は戦闘において負けた事が無い。無いのだが、ただ一つだけ"負けた"事があった。

 自身が中学三年生の時に出場した、祈竜舞踏演最終競技祈竜戦。その決勝戦での事だ。

 由罪は対戦相手の片腕を文字通り吹き飛ばし、それがルール違反に抵触したため失格となった。これが戦場ならば間違いなく由罪が勝者であることは疑い様もないが、祈竜戦はあくまで"模擬戦"であり、一つのエンターテイメントである。

 その後すぐに、由罪の祈竜戦出場は制限され、リベンジの機会も訪れなかった。なにせその対戦相手は、簡単に喧嘩を買ってくれる様な馬鹿ではない。

 とはいえ、一方的に"リベンジ"を押し付けてもそれは"リベンジ"とは言い難い。

 故にこそ、今年。

 "出場権を手に入れた"今年こそ、祈竜舞踏演に出られる最後の年であるからこそ、彼は並々ならぬ気合いが入っていたと言えよう。

 そこにだ。侵入者という不確定因子が現れたのは。

 己が出場する競技には出場して問題ないと言われているが、それでも気分を阻害する不愉快でしかなかった。

 ──邪魔をするのか。俺と、あの餓鬼との再戦を。待ち望んだ、あの場所でのリベンジマッチを。

 餓鬼とは即ち、木葉詠真を指す。

 由罪が唯一"負けた"少年。どちらも"勝ち"を収めていない引き分け。方や戦闘不能、方や失格。両者の心に何かを落とした一戦。

 高校三年生である以上、灰爽由罪は今年が最後の祈竜舞踏演だ。

 出場を制限された祈竜戦への出場権は、政府からもぎ取った。

 かつて米露連合軍との戦争において。選ばれた数人の兵士は、戦後に己が望む報酬を手に入れた。

 そこで、灰爽由罪は『祈竜戦への出場権』を望んだに過ぎない。

 総てはあの場所で、負けを味わったあの場所で、あの少年から改めて勝ちを奪い取るために。

 由罪の炯眼()には、あの頃から既に木葉詠真しか見えていない。

 無論、本気でやれば殺してしまうだろう。いとも容易く、触れることなく。

 しかしそれは望んでいない。あくまでルールの中で、一度は失格を食らったあの屈辱を塗り替えるために、あくまでルールの中における力で、木葉詠真を下す。


「あぁ、あぁそうだよな。あいつは強い、俺とは違う強さを持ってやがる。俺が剛なら、あいつは柔ってとこか」


 震える、興奮する。

 『外』の世界でも、そしてこの島の"裏"でも、数多の殺しを行ってきた由罪にとって、エンターテイメントの戦闘などヌルい。ヌルすぎる。

 だが──奴は違う。

 何か内に秘めてやがる。何か途方もない、エグい物を秘めてやがる。だが奴はそれを認識してないだろう。

 だからこそ、まだ殺せない。殺しを交えた戦いは出来ない。

 待つ、それまで俺はエンターテイメントに興じて、待つ。本当の強敵が引っ張り出されるまで、待てる。

 昂ぶる、抑えられない。


「木葉詠真、テメェは内に何を飼ってやがる……猛獣か、悪魔か、それとも──」


 それに続く言葉は無かった。

 まぁなんでもいい。

 由罪の炯眼が告げている。木葉詠真は強い、と。


「それを邪魔するってんなら、何処の何奴か知らねぇが……揃って殺すしかねぇな」


 悪魔──いや、殺人鬼とでも言えよう、現実的な狂気を放つ笑みを顔に張り付け、灰爽由罪は歩き出す。



 その後方。



「あの少年、強いだろうね」


「でも、私達とは馬が合わないでしょうね」


 姿が合って、姿が見えない。そんな少年と女性が笑った。


「…………」


 灰爽由罪は背後を振り向くと同時に、前方に一つの落雷が落ちた。轟く雷鳴と地を焦がす威力。周囲にあまり人が居なかったのがせめてもの幸いだろうか。


「……気のせいか」


 由罪は背後に感じた言い知れぬ気配に反応したが、現実そこに人はいない。居たとしても、感じた気配に足る人間では無かった。

 少し気分が昂ぶりすぎたか。

 由罪が再度歩き出し、その背中が遠くなった頃。

 すぐ隣に落雷が迸った白い団服の少年は、くつくつと喉を鳴らし笑っていた。


「いやはや、彼の勘は凄いねぇマリエル。あれで人格がマシだったなら、ぜひ勧誘したい所だったよ」


「私はゴメン……」


「はは、そっか」


 よもや、探している侵入者が二人揃って、自分の背後に居たとは思うまい。

 神郷天使。マリエル・ランサナー。

 マリエルの魔法によって、姿を隠蔽している両者の気配を、少しでも感じ取ったあの少年は上々と言った所か。

 しかし、そんな少年からは既に意識を外した天使は、街頭ビジョンを見上げた。

 映っているのは、美々しき氷像を作り上げる可憐な少女達。その中でも異彩を放つ、一人の少女がズームアップされる。

 青い髪の流麗な少女。

 

「優勝は彼女で決まりだろうね。制服を見る限り、昨日ダブル優勝した学校の子かなぁ」


 興味深そうに呟く天使の傍で、レンズの奥で目を細めたマリエルが、馬鹿馬鹿しくも緊張を混ぜた声色で──


 ──彼女、魔法使いね。


 天使は更に興味深そうに口角を吊り上げた。


「今一瞬、魔法陣が垣間見えた。会場に行けば魔力も感じ取れると思う」


「その逆も、然り」


 まぁでも、と天使は言う。


「数日の内には、一つ接触して見るのも一興かもしれないね」


 街頭ビジョンの映像を食い入る様に眺めるマリエルには、"彼女"が何者であるかが導き出されていた。


「あの手際で、あの氷。そしてわざと気付かせたあの余裕。となれば、恐らく彼女は──」


 その先は口にせず、マリエルは胸中に渦巻く緊張──否、少しの"恐怖"を感じながら、先を行く天使の後を着いて行く。


 ──油断できないな、"氷帝"が居ては。


「それより天使、"雷の電気で身体に異常は出てない"?」


「直撃でも喰らわない限りは大丈夫だよ。それに、マリエルの魔法の加護があるからね」


☆☆☆☆



 他愛ない。

 率直な所、その一言に尽きた。

 聖皇国において、最強である聖皇を抜けば、最強の氷使いである鈴奈にとって、思い描くものを氷で造形する事など息をするに等しい容易さだ。

 攻撃に使用する訳でもなく、ただ単に形状を取らせれば良いだけ。その程度ならば、些細な魔力で事足りる。

 無論、詠唱や魔法陣展開なども破棄して当然。その上で、鈴奈は一瞬だけ魔法陣を展開せしめた。

 理由は簡単。侵入者に魔法使いの存在を仄めかす──いや、直球にバラしてしまうためだ。

 完全な独断。それを行うに足る自信。

 まぁこの程度を見破れない魔法使いが敵ならば、元より相手ではないが、侮ることなかれ。

 絶大な自信と実力を有していても、それは油断していい理由にはならない。油断とは戦場において最も愚かな思考だ。

 と、言ったもののだ。

 現在、二日目第二競技『美の氷刻』が終了しておよそ一時間か。舞川鈴奈は未だに六区競技から離れていなかった。

 襲撃に備えて待機──ではなく、これは周囲の状況を見れば分かるだろう。


「舞川様! 握手を!」「こちらもお願いしますわ!」「きゃー! 舞川様〜!」


 と、黄色い声がキャンキャン。これは総て、女子生徒。まぁ花園である故可笑しくはないのだが、彼女達が取り囲んでいるのは一人の少女だ。『美の氷刻』にて、満点評価で優勝をさらった柊学園二年生、舞川鈴奈。

 見ての通り、


「女生徒人気、凄いもんね……」


 花織の言葉が指す様に、鈴奈は競技直後から、鈴奈の姿に惚れた女生徒にあれやこれやと取り囲まれていた。

 予想通りと言えばそうだろう。鈴奈は柊学園においても、先輩後輩同級生関係なく、圧倒的女生徒人気の高く、おおよそ女子の憧れの対象と言った所か。

 その集団を遠巻きに眺める──気付けば流されていた──花織と美沙音は、似合わずあたふたする鈴奈に苦笑をもらしながらも、微笑ましく思っていた。

 ……当の本人としては、早いところ抜け出したいのだが。

 それから、ややあって。


「競技より疲れたわ……」


 ようやく解放され、少しげっそりとした鈴奈が二人の所に戻ってきた。


「お疲れ様、鈴奈さん」


 美沙音が労いの言葉をかけ、花織が飲み物を差し出した。受け取った鈴奈は、ありがとうと言って喉を潤しながら、ほんの少しだけ周囲に警戒網を張る。


 ──反応はなしか。


 気付いたか、気付いてないか。これを前者として考え、どうやら敵さんは即行動には移さないようだ。

 いくら人垣が出来ていようが、守ってみせる事に変わりはないが、当然出来ることなら一対一が好ましい。


「まぁ、どっちでもいいけど」


「ん?」


「ううん、何でもないわ」


 訝しげに顔を覗く花織を笑って誤魔化し、自然に話題を切り替える。


「明日は美沙音も出番だったわよね」


 当初は、梓昏さん。次に美沙音さんとなり、今では美沙音と呼べる様になっている。花織に関しても同じだ。

 随分と距離が縮まってしまったなぁ、なんて少し感慨を覚えながらも、決定的な溝がある以上、これが最大の距離感なんだろう。


「はい、第一競技ですね。鈴奈さんも、第二競技に出るんでしょう?」


「そう、だったわね。的当て競技だったかしら」


「的当てって……鈴奈ちゃん、なんかこう、余裕だね」


 あらそう? と口元に手を当てほくそ笑む鈴奈。

 そう言えばあの的当て競技、サフィールちゃんも出るって言ってたかな。


「今の所、四競技中、柊学園は一位を三つ、二位を一つ。これはかなりいいペースだよね!」


 花織は能力柄、加えてはあまり運動が得意ではないために、祈竜舞踏演の競技には参加していない。その分、応援には一際熱が入っている。

 しかも明日は、と花織は続ける。


「美沙音ちゃんが"四連覇"してる競技だから一位はもう確定だし、鈴奈ちゃんの出る競技も、鈴奈ちゃんなら絶対一位確実だよ!」


「花織、私を買い被りすぎじゃない?」


 信じてくれるのは嬉しいが、一位確実なんて言われては、一位を取れなかった時はどんな顔をすればいいのやら。

 そんな鈴奈に反し、美沙音の表情は余裕の一言に尽きた。


「私の目標は、六連覇です。勿論、明日は一位確定ですよ」


 確か、明日の第一競技は……『速度の頂点(ルクスリボルト)』とか言う名前だったか。

 競技内容を思い出した鈴奈は、美沙音の能力と照らし合わせて、なるほどぉと一つ頷いた。

 『速度の頂点』。より分かり易く言うなら、10キロ走だ。400メートルトラックを25周するタイムを競うもので、しかし長距離走ではない。超能力者版の200メートル走とでも言えばいいか。

 そして梓昏美沙音の超能力。鈴奈の記憶する所、彼女の能力名は『瞬速歩法(タキオンゲイト)』。瞬間的に、亜音速の移動速度を叩き出す移動系能力だ。しかもその移動速度による、身体への負荷、空気抵抗、空間への影響などは一切シャットアウトされるらしい。

 『書庫』データ上ではより厳密な詳細が記載されているが、その辺は本人が把握していれば良い部分だ。

 亜音速度を発揮しつつ、本来発生すべき衝撃波などが発生しない。そこだけを理解しておけば、というよりそこだけは理解しておかなければ、傍目からでは瞬間移動にでも見えてしまう。

 亜音速。それだけのスピードがあれば、10キロなんて圧倒言う間に走破してしまうだろうし、四連覇も頷ける。無論、能力制御という面で、他人には分からない工夫と努力を積み上げているのだろう。

 ペットボトルを手で遊びつつ、空を漂う飛行船を仰いで、鈴奈は言う。


「走り、的当て、それと……飛行レースみたいな競技の三つが行われるんだっけ、明日って」


「そうですね、その飛行レースに関しては、良ければ三位……と言った所だと思いますけど」


 私が出れば優勝できるけどなぁ。

 なんて思ってみても、普通の氷系能力が空を飛べる訳がない。故に、氷翼は使えない。

 ……それを言ってしまえば、的当て競技に関しても出場は控えるべきなのだ。普通の氷系能力が、1キロ先の的に氷矢を命中させれるとも考えにくい。氷弓を造形するだけならいざ知らず、それを本来の弓矢として機能させるには、やはり超能力では難儀極まりないだろう。

 あくまで魔法使いの価値観なので、実際どうかは分からない。だが、氷翼よりは氷弓矢の方が現実的ではあるだろうと思い、こちらの競技を選択したのだ。

 超能力という枠組みの中で、魔法を使用する。

 正直な所、窮屈である。

 まぁそれも仕方ないか。

 飛行船の超大型ビジョンに連なる自分の名前。本来はここにいるべきではない者の名前。

 ……それもまぁ、仕方ないか。

 少し自虐的な笑みを浮かべそうになった時、鈴奈の端末が振動する。

 受信したメッセージを開いてみると、それは木葉詠真からの、一位おめでとうという簡潔な文だった。

 とは言え、鈴奈は簡潔だとは思わない。こういうのは、嬉しい。

 でもあえて返信はせず、帰宅した時に直接言わせよう。

 思わずニヤニヤしてしまった口角を下げつつ、一度目を閉じ、開く。

 凛と切れ長の碧眼が射貫くのは、見えぬ侵入者。


 ──何も壊させやしないわよ。



☆☆☆☆



 鈴奈は素直に感心していた。

 昨日の六区とは変わり、三区の競技場で行われる、祈竜舞踏演三日目第一競技『速度の頂点』。一般的な競技場の400メートルトラックを使用し、それを25周するタイムを競う走り種目。

 今年まで、四年連続で優勝を取っている梓昏美沙音は、一体どのような走りを見せてくれるのか。

 結果。鈴奈は瞠目させられた。

 『速度の頂点』のルールとして、飛行は禁止。原則として"走る"ことがある。

 それを踏まえた上で、美沙音が見せたのは、飛び跳ねる──いや、非常に大きな一歩を重ねた、というべきか。

 まずはスタートの一歩。クラウチングスタートから踏み出されたその一歩で、彼女の姿は10メートル先にあった。それは肉眼でギリギリ追える速度だったが、やはり行動の総てを把握する事は至難の技だ。

 しかしそれを細かに視認していた鈴奈には、はっきりと見えていた。美沙音は、一歩の跳躍で10メートル地点へ。そこで一時停止し、爪先で身体を回転させ、方向を調整。そこからもう一歩、一時停止し、もう一歩。

 他者を置き去りにしたその三歩だけで、鈴奈は成る程と頷いた。

 美沙音の『瞬速歩法』はその速度故、どうしても直線移動に縛られる。しかしトラックはカーブが存在する。そのカーブを確実に、正確に曲がるために、彼女は方向を調整するために、都度一時停止を織り交ぜていたのだ。

 一周ごとに迎える二本の直線においては、まさに音の如し。

 おそらくカーブ時は、最大の亜音速度ではなく、一速、二速で速度を調整し、直線で最大速度を叩き出す。

 常からほんわかとゆったりとしている彼女から、およそ想像できない姿とも言えるだろう。

 非常に細かで精密な制御。ミスれば直進して激突必死だろうそれを、これほどの高い水準で行う彼女もまた、天才の一人であることは疑い様もなかった。

 梓昏美沙音の順位は一位。五連覇達成。当然と言えば当然だ。なにせ、400メートル一周に10秒もかからないのだ、負けるビジョンすら見えない。


「やっぱり、一点集中においては超能力に軍配が上がるのは認めざるを得ないかな……」


 多種多様性を見せる魔法。一点にのみ特化した超能力。その一点において、どちらがより磨かれているか。人にもよるが、超能力と言ってもいいだろう。

 それがなんだか悔しく、なればこそこの競技で──と思ったのだが……。


「鈴奈さん、今日は一緒に頑張りましょう」


 隣で、長いプラチナブロンドを靡かせる少女が言った。

 第七区立ネージュ中学校二年生、サフィール・プランタン。

 鈴奈が居候する木葉宅に居候するもう一人の少女であり、五区競技場で行われる祈竜舞踏演三日目第二競技『貫く弾丸(ミーラエスパース)』に参加する選手だ。

 二人は今、競技場トラックで競技開始を今かと待っていた。周囲を一瞥すれば、大勢の参加選手が集まっている。観客席も満員だ。


「一緒に頑張っちゃダメじゃない?」


「そうですか? んしょ」


 言ってサフィールが傍らの大きなケースから取り出したのは、いっそ禍々しいとも言える黒いボディ。人殺しの道具。大口径対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)。彼女が心底大切にしている愛銃だ。

 周囲の空気が冷え込む。当然だろう、持ち主は可憐な少女でも、物が物である。……可憐な少女とは言ったが、彼女がかつての戦争に参加した兵士であることも周知の事実でもある。

 この空気の冷え込みには、幾重にも理由が重なりすぎた。『美の氷刻』で圧勝した生徒、ライフルを取り出した少女、且つその二名はかつての戦争を生き残った猛者。そしてもう一つ。


「サフィールちゃんは、去年この競技で優勝したんだっけ?」


「はい。『貫く弾丸(ミーラエスパース)』は銃器の使用が認められているので、1キロ先の標的なんて私にとっては楽勝です」


 銃器の使用が可能。鈴奈はついさっきそれを知ったばかりだ。

 『貫く弾丸(ミーラエスパース)』。サフィールが言った通り、1キロ先に用意された的を狙い、得点を競う競技。至極分かり易いが、それが競技の難易度と比例するかと言われると、そうではないだろう。

 ゴウン! と何かが動き出す音が響き、競技場中央の地面が開き、地下から巨大な円柱が出現した。

 高さ50メートル、幅10メートル。この円柱の内部は昇降板になっており、円柱の天辺から標的を狙う。

 特色は、精密誘導系。とされているものの、標的に当たれる能力があれば、それが特色となるらしい。かなり大雑把だが、それも銃器使用が認められているからに他ならないだろう。


「この競技の本当の攻略法、それはサフィールちゃん自身ってことね」


 これは1キロ先に届く能力ではなく、1キロ先を狙撃できる銃を扱えるかどうか、そういう物だろう。言い方を変えれば、学生の身で狙撃銃を難なく扱える能力が特色か。

 何にしても、ある意味厄介な競技だ。

 そして何処か、嫌な匂い。まさかとは思うが、狙撃手を生むための競技ではないだろうか。ひいては、祈竜舞踏演における競技総てが、"後に起こると予想される戦争兵士の才を計る試験"。

 ──さすがに考えすぎか。

 自嘲気味に笑った鈴奈は、視界の端にとある人物を発見した。

 銀髪にドレス。間違いない、彼女はロゼッタ・リリエルだ。

 何を思ったのか、鈴奈はロゼッタに近寄るや否や、じっと見つめ始めた。


「……ど、どうかなさいました……?」


 ロゼッタとしても、一応顔見知りの相手ではあるが、彼女に関しては謎が多い少女だと認識していた。

 その中でも、常に木葉詠真と一緒に居る事が一番の謎だ。

 一頻り見つめた鈴奈は、


「うーん……」


 目を細めて唸る。


「な、なんですの……?」


「……なんでもない」


 若干不機嫌そうにぷいっと顔を背けた謎の少女は、スタスタとその場を去って行く。

 ロゼッタの中には、困惑の二文字だけがグルグルと回っていた。



☆☆☆☆



 それは雷鳴にも似た、轟音。

 サフィール・プランタンの愛銃、『PGM アバドンSP』の大型マズル・ブレーキから紅炎が迸り、六十口径弾が発射された。

 狙うは、1キロ先に見据えた標的。幅5メートルにもなる円状の的だ。

 更に、ボルトハンドルを引いて次弾を装填。吐き出された空薬莢が落ちる前に、二発目の破壊の咆哮が放たれた。

 そしてトドメの三発目。

 一人に許された三回の挑戦を、サフィールは一瞬の内に消費。その総てが、的の中央、最高得点の10点ゾーンを貫いていた。

 三つ目の空薬莢が音を立て、サフィールは伏せていた身体を起こした。

 直後。沸き起こる歓声。

 アバドンを両腕で抱えたまま、少女は観客席に一礼し、昇降板を使って地上へと帰還した。

 役目を終えた愛銃をケースに仕舞い、帰ったらメンテしてあげるね、と声をかけてケースを閉じる。


「これ以上の成績は出せませんが……どうでしょう」


 サフィールが一瞥したのは、二人の選手。

 三王の一人、ロゼッタ・リリエル。共に木葉宅に住まう舞川鈴奈。現実的に考えて、強敵はこの二人に絞られる。

 三回の内、三回を最高得点ゾーンに叩き込んだため、サフィールの持つ30点は最高得点に他ならない。

 負けはあり得ないが、延長戦がない以上引き分けはあり得る。

 自分の学校が総合順位で期待できなくとも、己が出場した競技くらいは気分良く優勝したい。それも去年は叶えられたが、今年は去年居なかった強敵が二人も増えてしまった。

 そうこう考えてる内に、出番はロゼッタ・リリエルへ。

 一挙一動が美しい、王女の品位を纏う彼女は、去年は総ての競技に参加して居なかったと、サフィールは記憶している。

 学校のエースが出場せずに、総合順位二位を取る聖ローズ学院だ。そのエースが腰を上げた今年はどうなることやら。

 昇降板で円柱の天辺に昇ったロゼッタは、開始の合図と共に、右の掌を体の前に翳した。

 瞬間。白光が閃き、空間を切り取ってしまいそうな、三条の白いレーザービームが迸った。

 白を白と認識できるほどの白。それは遥か1キロ先の標的を貫き、三条共に最高得点ゾーンを燃やし、溶かした。

 電光掲示板に映し出された、標的を貫く瞬間の映像。それを見た者たちは総じて、生唾を飲み込んだ事だろう。

 ややあってから、大歓声が響く。

 サフィールの時より大きいのは、感じた恐怖を誤魔化すためだろうか。

 ともあれ、これで同率一位。

 そこから十数人の選手が出番を終え、回ってきたのは舞川鈴奈だ。



☆☆☆☆



 鈴奈はこの競技において、一位を取る気はなかった。と言うよりかは、あえて一位を逃す事で、詠真達ような"三王"などと言う目出度い名前を頂戴してしまう確率を下げるためだ。

 より簡単に言えば、浴びる注目を少しでも抑えるため。

 いつかは去る人間だ。無闇に名前を記憶に残すのも良くはないだろう。それも今更かもしれないが……。

 ともあれ、目指すは二位。


「私だけに頼ってばっかりもダメじゃないの」


 学園で競技参加を懇願してきた大勢の生徒達に向けた言葉。言ったその顔は、どこか嬉しそうで。

 そんな自分に嘆息し、昇降板で天辺に上がった鈴奈は、魔法で視界を強化し的を見据えた。

 半身を取り、弓を持つように構えた。

 周囲に冷気が放たれ、構えに沿う様にして氷の弓、氷の矢が造形された。

 観客席や選手から、感嘆や驚嘆が混ざった声が上がるが、それを無視して美しい氷弓を引く。

 アンチサイキック装置破壊や、黒竜戦で使用した魔法『光輝矛閃乃矢(ウル・イチイバル)』を、数百分の一の魔力で再現した物。

 これは氷であり、本物の弓矢であり、異能の弓矢。

 限界まで引き絞られた弓はキリキリと音を鳴らし、ヒョウッ! と鋭く風切り音と共に矢が穿たれた。

 ──三本同時に。

 

「こんな感じで」


 矢が貫いたのは、最高得点ゾーンを二箇所に、その外のゾーンを一箇所。詰まる所、二位確定の点数。


「オッケーかな」


 氷弓は美々しき破片となって砕け散り、放たれた矢も的を貫いたすぐ後に砕け散った。

 観客席に一礼。昇降板を降りる。


「……どうして」


 それは、沸き起こった歓声に向けられた言葉だった。

 下手すれば、ロゼッタ・リリエルの出番より煩い歓声。どうして……と首を傾げていた所、サフィールがスカートの裾を摘まんできた。


「凄い、綺麗でした」


「……そういうことね」


 ナルシストでもない限り、己の技を美しいなどと評する事は少ないだろう。そういうことだ。

 先ほどの技は、鈴奈が自覚している以上に美しい光景だった。レーザービームよりも、狙撃よりも。

 歓声の理由はそこだ。これは、祈竜舞踏演は一つのエンターテイメント。魅せる事こそが、舞踏演の真理である。

 背中が無ず痒くなった鈴奈は、とりあえずもう一度、観客席に一礼した。



☆☆☆☆



 自宅の自室。静けさに包まれた夜、ベッドの上に寝そべる木葉詠真は、祈竜舞踏演の柊学園の戦績を整理してみる。

 一日目。『速き智慧者(ラピッドサピエンティア)』、『運命の結末(アムールフィーネ)』共に優勝。

 二日目。『頼れし力(ザ・パワーリベレイト)』二位。『美の氷刻(エイスアガルマ)』優勝。

 三日目。『速度の頂点(ルクスリボルト)』優勝。『貫く弾丸(ミーラエスパース)』二位。『飛翔天駆(ヴォルレース)』四位。

 昨日までの戦績を鑑みれば、限りなく総合順位一位への希望が濃厚だ。

 しかし、今日。つまり、四日目の競技はあまり芳しくなかった。

 四日目に行われた二つの競技は、共に超能力の特色がない競技で、特色競技に参加できない生徒達が主に参加する物だ。

 一つは『天宮(てんぐう)(らん)』、騎馬戦だ。もう一つは『高めし絆(リアンリング)』と言って、内容は五人十脚となっている。

 どちらも、ルールを守り、相手への干渉をしなければ、能力の使用は可能。前者のルールは、己の手でハチマキを奪うこと。後者は、必ず自分達の足で地面を走ること。

 そして結果。柊学園は、『天宮の乱』十位、『五人十脚』を十五位と、一気に総合順位までも落としていた。

 残る競技は一つ。五日目、六日目、七日目を跨いで行われる『祈竜戦(きりゅうせん)』。

 柊学園が総合順位一位に輝くには、祈竜戦で優勝する事が絶対条件となり、後は聖ローズ学院、超創学校を始めとする複数の学校の成績次第。


「勝たなきゃな……」


 柊学園から祈竜戦に出場するのは、木葉詠真と未剣輝。両者で一位と二位を独占できれば、総合順位一位も固いだろうが、そう簡単でもない。

 総合順位一位、そして祈竜戦三連覇。それらがかかった重大な競技。

 だがそちらにばかり感けていられない。詠真には、詠真達には、侵入者捜索の任務が与えられている。

 自分の試合が終われば、観戦の暇なく捜索の時間に当てる必要があり、なんなら負けてずっと捜索していた方がいいのかもしれない。

 磯島上利は、自分達が出場する競技には参加してもいいと言われている。三王が欠場しては、不信感を煽ることになりかねないという理由からだ。

 それに、ロゼッタと由罪がいる。

 あの二人は祈竜戦には出場制限がかけられているため、詠真が祈竜戦中も二人の手は空いている。

 ……どちらにせよ、棄権はできないし。

 詠真はゴロンと寝返りを打ち、その目を静かに閉じた。


 ──絶対見つけ出して、叩き出してやる。




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