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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
27/60

『開幕!祈竜舞踏演』



 木葉詠真は蒼く澄み渡る蒼穹を仰いでいた。視線の先には、船艇に超大型ビジョンを取り付けた、全長150メートルになろうかという楕円形の飛行船が滞空している。いや、些細なスピードで移動していた。


「始まったなぁ」


 その呟きは、超大型ビジョンに表示されている、第七区競技場の映像に向けられたものだった。

 一般的な陸上競技場であるその場所には、中央の芝生帯に複数の電光パネル、それに向かい合う形で設けられた数多くの回答席があり、それらをぐるっと囲う観覧席は無数の観客で溢れかえっていた。

 ぱっと映像が切り替わり、映し出されたのは二名の人物。三十代後半であろう眼鏡の男性と、恐らくは学生だと思われる茶髪ポニーテールの少女だ。

 茶髪の少女が奪い取るようにマイクを掻っ攫うと、机を強く叩いて中継カメラにぐいっとを顔を寄せる。というか、机に身を乗り出している。


「──さぁっ! 皆様、まもなく開幕致します! 一年に一度の祭典、待ち待ったその名も──祈竜舞踏演! 実況は私こと、第六区聖ローズ学院が三年生ネーヴェ・フィンブルと、朝の情報番組でおなじみ羽田清彦でお送り致します!」


 流暢な日本語とえらくテンションが高い少女に、さっそく着いていけなそうな羽田キャスター。それに合わせて、通訳による複数言語の副音声実況も開始される。

 今日は『祈竜祭』八日目にして、祈竜舞踏演一日目。現在時刻は朝の九時半であるため、全十競技の開幕を飾る競技『速き智慧者(ラピッドサピエンティア)』の開始まで後三十分。

 『速き智慧者』という競技は、簡単に言ってしまえば超速超難題計算バトルだ。出題される超難問計算式を、どれだけ速く解くことが出来るかを競う内容になっている。特色──その競技において有利な超能力の系統──は、思考加速系となっており、柊学園からはウィル・チャンターが出場予定だ。

 詠真は正直な所、ホッと一安心していた。

 例年総合順位三位止まりだった柊学園は、十競技の中で一位を取れる競技、三位以下、もしくは特色に合った超能力が不在のため点数を逃してきた競技と、両極端な結果を招いていた。この『速き智慧者』は後者で、例年三位か四位という微妙な成績。

 しかし、今年は思考加速系超能力者でもトップクラスに位置づけされるウィルが在籍し、かつ出場意思を示してくれたため、優勝の可能性は濃厚だ。

 ウィルは去年まで、超能力の使用に強い忌避感を抱いていたため、祈竜舞踏演に出場する事はなかったらしい。

 それでも、それを乗り越えたウィルは出場に踏み切ったのだ。

 アーロン・サナトエルの一件で、ウィルは思考加速系超能力のツートップに数えられる事を知っている詠真は、優勝候補である"三王"が一角、超創学校の生徒にも勝利できると信じている。ちなみに、あの一件で鈴奈が尾行・護衛に回っていた思考加速系超能力者は、先刻申した超創学校の生徒である。

 

「今年も超創が一位確定だろ」


 隣で、同じく飛行船ビジョンを見上げる灰爽由罪が余裕たっぷりに言った。

 それに対抗するように、ロゼッタ・リリエルが腕を組んで鼻を鳴らす。


「いいえ、今年こそは聖ローズが一位を頂きますわ」


 二人の"王"の間で静かな火花が迸る中、もう一人の"王"が嘲るように両者の肩をポンと叩く。


「すまない、今年は柊がもらうよ。なんたって、新戦力が加わったからな」


「んだと?」


「あら、それは楽しみですわ」


 バチバチと視線の火花を散らす"三王"こと、詠真、由罪、ロゼッタは第十七区に来ていた。

 何も、仲良くデートなどではなく、彼ら三人には政府からとある依頼が下されているのだ。

 祈竜祭に乗じて天宮島に侵入した二名の不確定因子の排除。

 普通は天宮島警察の仕事であるはずの事案が、学生の身である三人に回って来たのは理由がある。それは簡単な事で、"警察程度では太刀打ちできない"からだ。

 "三王"と称される彼ら三人は、天宮島における最強の超能力者と呼んで過言はない力を持っている。その最強を持ち出す程には、此度の敵は危険であると政府は判断したということだ。

 

「まぁ後は出場選手に委ねて、さっさと行こう」


 詠真を先頭に三人は十七区の片隅へと足を運ぶ。目的は、侵入者によって襲撃されたPDNA研究所の被害状況を己が目で確認するためだ。

 捜査において、現場調査は基本。面倒だと拒否する由罪を連れてくるには、少々苦労させられたものだ。でもまぁ、こうして着いて来た辺り、彼もそれなりにやる気はあるのだろう。

 様々な航空機が駐機するエプロンを通る際に職員から声をかけられたが、どうやら既に話は伝わっているようで難なく通行許可が下りた。今にも離陸しようとしているヘリコプターは、祈竜舞踏演の様子を空中カメラで撮影するためのものだろう。

 布を叩くようなプロペラ音を背に、三人は目的の場所へ辿り着いた。

 超能力者の遺伝子情報を保管、解析するPDNA研究所──跡。現在は、見るも無残な瓦礫の山へと変貌している。

 これがたった二人によって引き起こされた被害とは思えぬ惨状だ。とは言っても、由罪やロゼッタ、詠真ならば同等の被害状況を作り出すことも可能ではある。


「随分と雑な手際だな」


 遺憾の意を顔に表した由罪が、バリケードテープを跨ぎながら吐き捨てた。

 中で調査していた天宮島警察にも当然話は通っている。

 詠真とロゼッタも続き、焼け焦げ、高熱で溶かされたような瓦礫の山を進んでいく。

 ドレススカートを押さえてしゃがみ込んだロゼッタは、一部が溶けた鉄の瓦礫を手に取った。


「これはレーザービームの跡ですわね」


 ロゼッタの超能力『超振機壊』は、体から超振動波を発する超能力だ。厳密には、視界に収めたモノに対して超振動波を放射、ぶつけるというもの。物体に超振動波をぶつけ、跳ね返ってきた波を計算、物体の持つ固有振動数を割り出し、更に緻密な計算を重ねる事で、その物体を木っ端微塵に破壊する使用方法が主であるが、光を振動させることによってレーザービームを生み出す事も可能なのだ。

 自分が使用する攻撃であるが故に、それが及ぼす被害の程も把握しているため、一目でレーザービームによる攻撃が行われたと判断することができたのだ。

 レーザービームと聞いて、あまりいい思い出がない詠真は、右脇腹が疼く感覚に顔を引きつらせながら、ぐるっと周囲を大きく見渡す。

 磯島上利にPDNA研究所の被害前の写真を見せてもらったが、本当に見る影もなく破壊されている。由罪の言う通り、少々乱雑な破壊だとも見受けられるが、それが逆に恐ろしい。

 ……重要施設っぽいからとりあえず破壊してみました、ってか。

 恐らく、侵入者の目的はこの施設の破壊ではないのだろう。

 詰まる所、挑発か。

 詠真は目を瞑り、流れる風──この場に漂う"力"に神経を研ぎ澄ませた。

 ──………同じだ。

 感じたのは、舞川鈴奈が魔法を発動する際に漂わせるモノと同等の感覚。

 魔力だ。

 魔法使いと多く、なおかつ身近で関わっている詠真は、何と無く"魔力"というものを感じられるようになっていた。かなり小規模で、限定的ではあるが、この瓦礫の山からは残留した"魔力"を微細ながら感じ取る事が出来たのだ。

 やはり、敵の一人は魔法使い。

 魔法使いと無駄に縁がある自分にほとほと呆れ返りながら、詠真は調査をしている検査官の男性に声をかけた。


「何か、襲撃者の手掛かりはありましたか?」


 検査官は持っていた道具を置き、芳しくない表情で肩を落とした。


「いいや、何にも。あるのは、病院に搬送された一名の証言だけだよ」


「証言とは?」


「襲撃したのは、白いコートの二人組。白と黒の翼を広げた悪魔だ、って言ってたらしい。その人はその後すぐに、息を引き取ったけどね……」


「翼を広げた悪魔……」


「恐らくは比喩だろうね。極限の恐怖の中で、コートの裾が翼にでも見えたんだろうさ。消防が駆け付けた時には大火事だったし、炎の光で出来た影が白を黒く見せた、ってとこだろうねぇ」


「なるほど……」


 白いコートの二人組。これはもう間違いなく、例の侵入者だろう。

 なおかつ、奴らは天宮島の情報をある程度把握している可能性がある。祈竜祭という、島中が騒がしくなる時期に乗じたのも、予め知っていたからだろう。

 しかし、目的が見えない。超能力者──天宮島国民の殺戮が目的ならば、侵入して数日経つのに、研究所一つの破壊だけで息を潜めている理由がない。

 これほどの破壊を行える以上、人間の殺戮など簡単に成せるはずだからだ。

 超能力者を警戒している? それもないだろう。それならば、たった二人で乗り込んでくるはずがない。


「うーん……」


 唸った詠真は、制服のポケットから四つ折りにした紙を取り出した。磯島上利がリストアップした、襲撃を受けるかもしれない重要施設の一覧だ。


「これ、当てになんのかねぇ」


「なると思いますわよ」


 重要施設一覧の紙をヒョイっと取り上げたロゼッタ。用紙に軽く目を通しながら、


「まぁ、なると言いますか、相手の罠に引っかかってあげる感じですか」


「罠?」


「侵入者はまず始めに重要施設を破壊する事で、自分たちの目的は重要施設を破壊する事だと、天宮島側に思わせる事が出来ますわ。となるとそれは、重要施設の護衛にきた強力な超能力者を殺す、もしくは捕縛するためか、その裏をかいて街中で殺戮を行うか。殺戮が前提ではありますが、そんな所でしょう。可能性の一つとしてですけど」


「そうなると、重要施設襲撃という罠だけに引っかかってやるのは効率的じゃないな」


「……ですわね。一応警察も島中をパトロールしていますから、何か起こればすぐに連絡は来ると思いますけど……難しい所ですわね……」


 だなぁ……と詠真が頭を抱えそうになった時、背後でドッガァン! と爆砕音が鳴り響き、振り向くと瓦礫の山が宙を舞っていた。

 犯人は由罪だ。


「由罪、一体何やって……」


「おい餓鬼、ちょっと来い」


「……いい加減その呼び方やめろよ……」


 呆れて嘆息した詠真は、瓦礫が強制撤去された由罪の元へ。


「何か見つけたってのか」


「ここ、見てみろ」


 由罪が顎で示した場所、少し前方の地面に視線を運ぶと、そこには紫の一輪の花が落ちていた。微細ながら土や鉢の欠片があることから、研究所内で観賞用にでも栽培されていた花だろう。そして、奇跡的にも襲撃の被害から免れたという所か。

 これが一体何……と思った所で、はっ! と詠真は由罪の意図に気付いた。


「お前の連れに、花の記憶を見る女が居ただろ。そいつ連れて来いや」


「そうか、枯れてないこの花なら、襲撃時の映像を覗けるかもしれない……てか、よく見つけたな」


「憂さ晴らしに瓦礫ぶっ飛ばしたら、偶々あったんだよ」


 ……偶々って事にしとくか。

 心の中でほんの少し笑った詠真は、PDA端末を取り出して連絡先を開く。

 そこで動きを止めた。

 ……この惨状だ。襲撃時は相当ショッキングな光景だろう。それを見てアイツは大丈夫かな……てか、これを部外者に関わらせていいのか……?

 そこまで考えて、しかし大きな手掛かりを得る機会を逃すのは辛い。後に予想される被害を鑑みても、背に腹は代えられない。

 詠真は"花の記憶を覗ける"人物にコール。繋がると、ある程度の情報を伝えた。その人物は驚愕したものの、協力してくれるという事で、詠真はその人物を迎えに第七区へ向かった。



☆☆☆☆



「は、初めまして! 雨楯、花織って言います……!」


 黒髪サイドテール童顔少女、雨楯花織は"三王"を前にしてド緊張していた。木葉詠真に関しては、クラスメイトで付き合いの長い友達、そして密かに想いを寄せる人物のため、日常的に緊張する事は多々あっても、現在のような"畏怖からくる緊張"は初めての感覚だ。

 灰爽由罪、ロゼッタ・リリエル。この二名と木葉詠真が並ぶ事により、改めて彼という存在の巨大を思い知らされる。

 "三王"。祈竜戦二連覇。戦争兵士として天宮島を勝利に導いた少年。彼が言わずとも、例の黒竜の化け物を退けたのも彼なんだろう。花織はそう思うと同時に、私は途轍もなく"大きい人"に恋をしてしまったんだなぁと、目の前に反り立つ巨壁を仰いでしまう。

 そんな花織の緊張を知ってか知らずか、灰爽由罪が少々荒々しい声を出す。


「自己紹介とかいらねぇから」


「ご、ごめんなさい!」


 ゲシッと、詠真が由罪の脛を蹴る。


「威圧すんなクソヤンキーめ。花織の能力はデリケートなんだ、あんまし精神揺らすな」


「わーったよ」


 由罪はワザとらしく肩を竦めると、適当な瓦礫の上に座り込んだ。

 こっちに来て、と詠真に案内される花織はとりあえず情報を軽く整理する。

 とは言っても、詠真から聞かされたのは、『天宮島に侵入者が入り込み、十七区の施設を破壊した。だが奴らの目的が分からないため、現場に残された一輪の花から、花織の能力を使って少しでも手掛かりを得たい。ちなみに、この件に関しては他言しないで欲しい』という内容だ。

 無論、問い質したい事は山ほどある。しかし、あまり深入りしてはいけない気もしていた。戦争に駆り出された"三王"が揃って調査しているのだ、戦う力を持たない自分が深入りした所で、役に立たない事は目に見えている。なので、花織はそれ以上の事を聞かず、詠真に頼まれた仕事をこなすことだけに意識を集中させた。


「これだ」


 そう言って詠真が示したのは、瓦礫が撤去された地面にそっと置かれた、紫色の一輪の花。花織の知識上、恐らくはダリアという品種の花だ。


「分かりました」


 花織は辛い体験をしたであろう、儚い一輪の花をそっと手で触れ、超能力の発動に全神経を研ぎ澄ませた。

 雨楯花織の持つ超能力は、花に触れる事で、その花の持つ"記憶"を覗き見る『記憶花畑(メモリアルフラワー)』という力だ。いくつか条件や制限はあるものの、今回に関しては概ね条件は達成されている。

 後は、どれだけ"記憶"を覗けるか。

 花織の手、花に淡い光が灯り、彼女の脳内にダリアの"記憶"が流れ込む。


 まず見えたのは、燃え盛る炎だ。それもう、悲惨なまでに燃え上がっている。

 ガコン! と瓦礫を踏みつける音と共に、コートを着た二人組の後ろ姿が映り込んできた。

 花織は悲鳴をあげそうになった。記憶の映像越しで顔も見えないのに、その場に居合わせたかのようなリアルな恐怖までもが流れ込んできた。悲鳴をぐっと抑え、恐らくは侵入者であろう二人組に神経を研ぎ澄ませる。

 微かに聞こえる話し声。


「これからどうしようか」


「任せる」


 前者は男性、いや少年の声だ。十六、七くらいの若い声色だった。後者は、大人びた女性の声。多分、二十代女性だろう。

 少年の声が小さく笑う。


「そうだね、なら天宮島を見て回ろうか。せっかくのお祭り期間だ。まぁそうすれば何れ、天宮島側も僕達を捕捉できるだろうしね」


「あんまり遅かったら」


「暇つぶしに──"殺そうかな"」


 ブツンッ! まるでテレビの電源が強制的に荒々しく切断されたように、"記憶"の映像はそこで途切れてしまった。

 思わず尻餅をついてしまった花織は、恐怖から手足が小刻みに震えている。

 そっと震える手を包み込んだのは、純白の長手袋に包まれた少女の華奢な手。


「ゆっくりでいいですわ。落ち着いたら、見えた光景を教えてくださいませ」


 にっこりと微笑んだロゼッタの優しく柔らかい表情、長手袋越しでも伝わる手の暖かさに、花織の心と震えは次第に落ち着きを取り戻して行く。

 一度、大きく深呼吸。


「では、少ししか見えませんでしたが……お話します」



☆☆☆☆



 現在時刻は十三時半。木葉詠真は第四区をトボトボと歩いていた。

 結局、あれかやこれやと"話"をしている内に、第一競技『速き智慧者』は予選を終え、決勝戦も終了してしまっていた。結果としては、柊学園のウィル・チャンターが初出場にして見事優勝を飾る華々しいものとなった。

 本当ならすぐさま第七区競技場に駆けつけ、おめでとうの一言でも伝えたい所だが、そこは電話で済ませ、詠真はひたすら学生区をパトロールしている。

 雨楯花織の『記憶花畑』によって得た情報をまとめ、判明したのは、侵入者の二名は今も天宮島の中を我が物顔で闊歩しており、天宮島側に捕捉──つまり発見される事を望んでいるということだ。

 さながら、挑戦状とでも言うべきか。

 しかしそれだけではなく、天宮島側がチンタラしていれば、暇つぶしに"殺戮"を行うと言っていたらしい。

 詠真は花織の事を、そして能力の事も信用している。故に、方針自体はすぐに決定した。

 リストアップされた重要施設は天宮警察を総動員して警備。"三王"こと詠真達三名は、天宮島中を三手に分かれて捜索という形だ。

 加えて、祈竜舞踏演の様子を空中カメラで中継するヘリに、侵入者捜索用の監視ヘリを紛れ込ませた。

 警備は万端──とは言い難いが、恐らくは現状が精一杯の警備網だろう。

 詠真としては、かつての戦争で共に戦った強力な超能力者や、政府組織『宮殿』にも動いて欲しい所なのだが、前者に関しては、彼らでも太刀打ちできないと判断されたと見るべきか。いや、中にはえげつない者も居たはずだが……あの黒炎の巨人に変化した女性とか。

 ……そういえばあの着物の女性、ブリーフィングには居なかったよなぁ。

 そんな"無駄"な事を考えている場合ではない。詠真は振り払うように首を横に振ると、空を漂う飛行船の超大型ビジョンに視線を上げた。

 すでに第四区競技場では、第二競技『運命の結末(アムールフィーネ)』が開始している。

 この競技は少し風変わりなもので、出場するのは各校男女ペアの一組だ。競技開始直前にくじを引き、そこに書かれた第四区の何処かに待機する。自分の割り振られた場所は、他人に知らされていない。パートナーにもだ。

 そして競技開始の合図と共に、男女ペアはお互いのパートナーを探すため、第四区中を奔走する。ルールとして、二分間立ち止まる事は違反となり、常に走る、または歩く必要がある。

 そして出会った男女ペアは、男が女をお姫様抱っこし、第四区競技場のゴールを目指すという、どこかロマンチックな童話のような競技である。

 この競技の特色は、移動系と思念通話系だが、それが無くとも問題はない。相手に怪我をさせない程度なら、進行の邪魔をしてもいいため、特色以外の能力でも使い用は大いにあるのだ。

 参加人数計百四十人で同時に行われる一発決勝であるため、とりあえず予選という考えは通じない。

 残念ながら、この競技も柊学園は万年三位という成績。少しばかり、気が重い。


「俺と鈴奈が出れば楽勝で一位だってのに………………………」


 自分で発した言葉なのに、膝を抱えたくなるほど恥ずかしい気持ちに襲われた詠真。こんなセリフが自然に出てしまうほどには、彼女の事が好きだと言う事だろうか。

 気を取り直して、詠真は周囲に目を光らせながら歩いていく。

 目標は白いコートを着た二人組。変装されている可能性も拭いきれないが、そこは無いと信じるしかないだろう。

 兎も角、白いコートを着た二人組なんて目立つことこの上ない。ただ問題は、相手は入国検査をスルーし、簡単に島に入り込める隠密性に優れている事だ。しかしそこも、捕捉される事を望む以上は姿を晒していると思うしかなかった。

 魔法使いである鈴奈に、島全域に探査魔法をかけてもらい、魔法使いの反応を探ってもらうのが手っ取り早いのだが、『宮殿』の待機命令が出ている以上は頼る事はできない。

 侵入者も、超能力者のみの楽園を想定して侵入しているはずだ。そこに魔法使いが紛れ込んでいたと分かれば、どんな行動に出られるか分かったもんじゃない。あまり刺激を与えない方が懸命だと言うことだ。

 ──今度こそ、"超能力者(おれたち)"の国を"超能力者(おれたち)"の手で守る時が来た。

 一応、最終兵器とした魔法使いが待機しているが、この件は超能力者の力のみで解決できればそれに越した事はない。

 それにしても、これ以上の手がかりがない以上は、地道に、かつ迅速な発見を求められる難題だ。

 目の前に敵が現れてくれた戦争や黒竜討伐の方が、ある意味では楽だと言えてしまうのは、自分の感覚が狂っているせいだろうか。

 そんな自嘲気味の笑顔で頬を引きつらせつつ、意識は周囲の人混みへ──と思った所に、何やら小柄な物体が詠真は背中に激突した。


「うおっ」


「あわわ、ごめんなさい!」


 突然の衝撃に情けない声をあげた詠真は、おっとっと……と態勢を立て直しつつ振り返った。

 そこに居たのは、淡い緑色の長い髪を垂らし、深々と頭を下げている小柄な少女だった。


「別に大丈夫だから、顔を上げて」


「は、はぃ……」


 鮮やか緑の瞳は潤いを宿し、今にも涙が零れ落ちそうだ。

 どうしたものか。

 ふと、詠真は彼女の制服に気付いた。純白のセーラー服は柊学園のもの。胸元を飾るスカーフは緑色で、柊学園の一年生である事を示していた。


「あ、後輩か」


「…………え?」


 緑髪の少女は首を傾げて、数秒硬直。やがて石化の魔法が解けたように、たたらを踏んで尻餅をついた。


「三……王……」


 直後。


「ごめんなさい! 私、同じ制服だからペアの青木君だと思って、走って駆け寄ったら途中で転んじゃって……わざとじゃないんです! 本当ですぅ〜……」


 わんわん泣き喚く可愛い後輩を、なんとか宥めた良き先輩は、とりあえず事情を理解する事ができた。

 少女の名前は愛風葉奈。葉奈は『運命の結末』に出場した柊学園の選手で、同じ制服だと言うことから、ペアを組んだクラスメイトの青木君と詠真を見間違え、走って駆け寄ったら途中で転んで激突した。その相手が、あの"三王"の一人である木葉詠真先輩だったため、申し訳なさから頭の中が真っ白になって、結果泣いてしまった。

 なんだか逆に、詠真の方こそ申し訳ない気持ちで一杯になった。

 一通り落ち着いた葉奈は、立ち上がってスカートの裾を軽く叩く。すると何やら、一枚の写真がヒラヒラと。

 葉奈の制服から落ちたであろうその写真は、詠真の足元に着地。


「ん? なんだ」


「あ! そ、それは……!」


 再度取り乱した葉奈の制止も間に合わず、詠真は写真を拾い上げた。

 そして、数秒硬直。

 葉奈が申し訳なさそうに、それでいて照れるように俯きながら、写真について弁明を開始した。


「え、えと……私、舞川先輩にすごく憧れてて……なので、その写真はいつもお守りとして持ち歩いているんです……」


 そう、葉奈の制服から落ち、詠真が拾い上げたその写真は、柊学園二年生舞川鈴奈の写真だったのだ。教室で談笑している横顔のため、こっそり撮られた事が推測できる。

 だが葉奈を見る限り、悪意ある盗撮ではなく、話しかける勇気がなかった故の行動なのだろう。

 つい笑いが込み上げた詠真は、その写真を葉奈に返却。『運命の結末』のルールを考慮し、とりあえず歩こうかと言い二人は並んで歩き出した。


「にしても、あの鈴奈がなぁ」

 

 学校では猫かぶり──最近は結構マシになってきてる──だが、確かに同性から憧れを抱かれる女性像ではある。

 葉奈は鈴奈の写真を胸に寄せ、色んな感情を混ぜた声色で語る。


「舞川先輩は、強くて、美しくて、知識にも秀でて、それでいて謙虚だし、優しいし、本当に非の打ち所がない女性だと思うんです。私みたいな、何も取り柄がない凡人とは違って……」


 非の打ち所がない。それは詠真も大いに賛同する所だ。多少ウザい性格はあるものの、今となってはそれも彼女の"面白い部分"だと思っている。

 でも、愛風葉奈が自分の事を凡人と称するのは、少し違うなぁと感じた。


「……君は、柊学園に在籍できている以上、少なくとも秀才には違いないよ。まぁ謙虚って言えば響きはいいけど、もう少し自信持ってもいいと思うけどなぁ」


 柊学園はエリート校筆頭に数えられる"三王"なる学校の一つだ。直接的に成績に関わっていなくとも、柊学園に入学できたと言うことは、間違いなく凡人の枠を超えた秀才である。

 故に、己を過小評価し、己を凡人と称する事は、柊学園に憧れ、しかしそこに届かない者たちにとって失礼ではないだろうか。詠真はそう考えている。

 何も、自分は天才だ! って自惚れろと言うわけではない。

 ただ、謙虚であれ、自分自身に自信を持つ事。柊学園に入学できた自分の力を信じる事が大事だ、そう思っているのだ。

 しかし、葉奈に"自信"を与えるには、もっと気の利いたセリフがあった。


「それに、君の憧れる鈴奈だって、あぁ見えてもかなりの自信家だよ」


「そう、なんですか?」


 パチクリと瞬きを繰り返す葉奈。彼女は鈴奈の事を謙虚だと称していたが、まぁそれも間違いではないだろう。

 だが、実際はそうじゃない。憧れている先輩は、自信によって"強さと美しさ"を兼ね備えているんだよ。

 愛風葉奈に対して、それこそが何よりも気の利いたセリフになったのではないだろうか。

 おまけとばかりに、詠真は少しだけ後押しをする。


「うん、鈴奈は俺よりも自信家だよ。……やっぱり、自分を押し上げてくれるのは"自信"と"向上心"じゃないかな。いつまでも引っ込んでちゃ、出る芽も出ないって思う。まぁなんだ、俺なんかに言われてもあれだろうけど、頑張れ」


 どうも締め方が悪い。が、柄にもなく後輩へ託した初アドバイスにしては、そこそこ意味があったんではなかろうか。

 葉奈は──


「あ、あ、ありがとうごじゃいましゅ……」


 潤った瞳から、ポロポロと大粒の涙を流し始めた。

 ……嬉し涙ってのは、こっちまで嬉しくなってくるよな。

 そんな良い雰囲気を破壊するように、各地ビジョンから、実況担当のネーヴェ女子の大きな声が響き渡った。

 

『おーっと!? たまたま通りすがった"三王"が一角、木葉詠真さんが愛風選手を泣かしました──!!』


 どうやら、このタイミングで空中カメラに抜かれてしまったようだ。

 まさかの事態──予想できた事態だが、泣かれるとは思っていなかった──に、詠真は"三王"の威厳を損なうような慌てっぷりを披露しながら、嬉し泣きする少女に、


「そ、そういうことだから頑張れ! 今年は総合一位目指そうな!」


 捨て台詞並みの勢いで言い残し、その場を足早に走り去って行った。


 その映像を第四区競技場の観客席で拝見していた少女、舞川鈴奈はジトーと細めた半眼で、ぼそりと呟いた。


「可愛い後輩と公開イチャイチャですか、詠真君」


 手に持ったジュースの缶が握り潰された。



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