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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
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間章『休戦協定』



 極東の島国日本。世界中でも、とりわけ超能力者の出生数が多いこの国の、京都という街の竹林奥深く。

 邪悪な鳴き声──唸りを断ち切るように、鋭く凶悪なまでの斬れ味を有した一陣の風が吹き荒れた。

 猪と熊と蛇を掛け合わせた様相の生物──魔物と呼称される"この世の物ではない"生物は、その巨大な体躯を細切れに切断され、無数の肉塊を地面に、赤黒い血が緑の竹をグロテスクに彩った。数秒して、魔物の遺骸は景色に溶け込むように、す─っと消えていく。

 ふわりと、緑色の外套(マント)が揺れる。


「残骸が残らないのは楽でいいねー」


 くりりとした大きな緑瞳が輝くのは、活発そうな明るい顔立ち。鮮やかな長い緑髪を二つ結びにして胸の前に流し、猫口を浮かべてむふん! と豊満な胸を張る彼女の名前は、ミレイ・アネモネ。

 スタイルの良い長身を包み込む緑外套(グリーンマント)は、彼女が何者か表すにおいて重要な因子(ファクター)でもある。

 ミレイは手に持った武具──左右の鍔が翼の形を模した深緑の剣を軽く一振りすると、剣は音もなく姿を消した。


「とまぁ、こうして背を向ける事で、敵意が無い事を示したんだけど。これでもまだだめー?」


 くるりと後ろに振り向いたミレイが言葉を向けたのは、竹林の陰からこちらを伺っていた一人の女性だ。

 長い黒髪は右サイドを編み込み、切れ長の黒眼の左目尻に泣きぼくろ、大人の色気を漂わせる艶やかな顔立ち。纏う服はグレーのタイトスーツ。ミレイと同等かそれ以上の胸──ミレイはFカップ──にモデル顔負けの美脚を持ち合わせるその女性は、ミレイの軽い物言いに大きく嘆息した。


「それが因縁の敵に向ける言葉とは思えないけどね、"風帝"」


 "風帝"。そう呼ばれたミレイは、胸の前に流した髪を指で弄りながら嘆息を返す。


「いやいやー、その因縁の敵の背後を襲わないって事は、そういう事だと思ってもいいのかなーってね。でしょ? 十二神将が一将、"破軍総帥(はぐんそうすい)"の倉橋徒架(くらはしともか)さん」


 此れ見よがしに説明された己の肩書きに、徒架はまたもや嘆息で返した。

 ──どうも彼女は底が見えない。

 常ならば、警戒こそすれ、手を取り合うなど考えもしない事態だ。

 魔法使いと陰陽師。遥か過去から引き継がれる因縁の敵にして、お互いが両組織のいわゆる幹部クラスに匹敵する使い手。聖皇国八眷属と天廊院十二神将。

 そう──常ならば。

 徒架は豊満な胸の谷間に手を入れ、何やら一枚の札を取り出した。


「全く、魔法使いって言うのはつくづく気味が悪いね」


「あらー? そうでもないですよ?」


 クスクスと口元に手を当て笑う風帝に対し、ニィと口角をあげた徒架は、左手で手印を結印。右手の指で挟んだ札をミレイの方向へ投げる同時に、


「燃えよ、喼急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)


 投げられた札は燃ゆる火炎の球となり、ミレイの頭上を抜け、彼女の背後に迫っていた禍々しい獣の顔面へ接触、後方に吹き飛ばし小爆発を起こした。

 呪符と呼ばれる特殊な札を用い、体内で呪力を練り上げ、呪文を詠唱して不思議を起こす陰陽師の異能──呪術。先刻のそれは、ほんの一端に過ぎないが。

 ありがちな展開だなーとミレイはほくそ笑んで徒架の元に歩を進めると、緑外套を翻して因縁の敵──そして今は一時的な協力関係を結ぶために、華奢な手を差し出した。

 徒架は尚も考える。

 天廊院の長、土御門晴泰(つちみかどはるやす)の元に届けられた、聖皇国の聖皇からの情報。それが正しい事実、見逃し難い一種の危機である事はつい先刻示されたばかりだ。

 魔物。間違いなくそれは、ほんの数週間前まではこの世界に存在し得なかった異界の生物だと、徒架は確信している。

 それは"世界の声を聞く者"である土御門晴泰自身が感じ取ったモノであり、それを境に魔物は出現し始めている。

 しかし、約千年──と徒架は伝え聞いている──もの間、十年一日とは言え争いを続けている宿敵と手を取り合うなど、不可能でないにしろ考えにくい。

 この件に関しては、土御門晴泰より判断を一任されている徒架が決めなければならない事。おいそれと決断して事柄でもないのだ。

 ──しかし。

 この気に及んで世界を、人間を守るために奮闘する魔法使いの背中を討つなど、合理的であっても矜恃が許さない。

 徒架は腰に手を当て肩をすくめた後、差し出された手を、確かに取った。


「休戦協定、ここに結ばさせてもらうよ。各地の陰陽師には迅速に通達するから、邪魔しない程度なら日本に入ってもらって構わない。と言っても、君達は世界各国を飛び回って忙しいだろうけど」


「そりゃー、地球をカバーするには人手が足りないですからねー」


 握手を解いた二人は、ほんの数分前までは因縁の敵だった事を感じさせない軽い雰囲気で、竹林を歩いていく。


「そういえば、そちらの"焔姫(えんき)"は元気ですかー?」


「ん? まぁあの子はいつだって元気だけど……あ、そうだったね」


 思い出した様に掌をポンと叩いた徒架は、十年前のとある戦いを想起しながらクスクスと笑う。


「なら、そちらの"氷帝"は健在で?」


「やー、健在っちゃ健在なんですけど、今は単独任務中なんですよねー」


「へぇ、それはどんな任務……すまない」


 休戦協定を結んだからと言っても、相手の内情を詳しく知ることが出来るという訳でもない。徒架はつい流れで聞いてしまった口を閉ざし、アハハと快活に笑うミレイに苦笑をもらした。


「まぁ私自身、詳しい事はそこまで知らないんですけどねー」


 実際、ミレイが知っているのは一時帰国した"氷帝"──鈴奈と、聖皇ソフィアの任務報告の内容のみだ。やはり、伝え報告だけでは把握し切れない事も多く、その辺りも鈴奈が再帰国した時に整理すればいいかなと思っていた。

 ……ただまぁ、鈴を惚れさせた木葉詠真君とは早く会ってみたいなー。鈴には惚れてるって自覚はなさそうだけど。


「"風帝"? 顔がだらしないが……」


「へぇあ? あ、申し訳ない……」


 慌てて顔を正したミレイは、徒架の呼び方について指摘することにした。


「私のことは"風帝"じゃなくて、ミレイで大丈夫ですよー。情が芽生えたからって、敵に戻った時に迷う人でもないでしょう?」


 束の間、ミレイの顔には"陰陽師の敵である魔法使い"の表情が垣間見えた。

 ──やはり、底が見えないよ彼女は。

 久しぶりに"恐怖"というものを感じた徒架。同時に、"その時"を思えば感情の昂りを抑えるのに苦労を要した。

 かつて、十年も前の話。当時まだ幼い少女だった十二神将の一将"焔姫"と、八眷属が一柱"氷帝"が本気で殺り合った事があった。

 結果は引き分けに終わったが、それが十二神将と八眷属が拳を交えた最も新しい事例。それ以来、大規模な戦闘は一切起こっておらず、互いに腹を探り合うような十年が続いている。

 そして此度の休戦協定。これが終わりを告げた時、恐らく、"焔姫"対"氷帝"に匹敵する戦闘が発生するだろう。

 ……その時私は──"破軍総帥"は"風帝"と殺り合いたいね。

 そう、その時を考えると、沸き起こる感情の昂りを抑えるのに苦労する。

 徒架も束の間、"魔法使いの敵である陰陽師"の表情を顕し、常よりワンオクターブ落とした声色で答えた。


「当然。してそれは、君も同じだろう、ミレイ」


「えぇ、当然」


 一瞬交錯した視線が激しい火花を散らし、次の瞬間には互いの顔から"敵"の表情は消え失せていた。

 ミレイがぐーっと体を伸ばしながら言う。


「まぁとりあえずですねー、この世界の現状をどうにかしましょうか。何年、何十年かかるのかは知りませんけど」


「意思の無い獣風情が相手だ。数に苦労こそすれ、力で負ける事はないよ」



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