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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
25/60

『天使と悪魔。それは些細な宣戦布告』



 満天の星の下。少し肌寒い風が吹き付け、本来であれば家の中で静かな時間を過ごしている夜の時間。

 十月十六日。天宮島で年に一度開催される大規模な祭祀『祈竜祭』も第一部最終日を迎えていた。

 一週間を締めくくるのは、四基──十三区、十四区、十五区──に煌びやかな軌跡を引く夜間パレードだ。

 電球、光ファイバー、発光ダイオードなどを用いて装飾した愛らしい龍を模したフロートに、有志で募ったパレード出演者が乗って踊りやパフォーマンスを行う。フロートの周囲にも彩り豊かな衣装に身を包んだ出演者が笑顔を振りまき、パレードコースの左右を埋める大勢の人垣に手を振ってパレードを盛り上げていた。いわゆる、エレクトリカルパレードと呼ばれるパレードの一つだ。

 年に一度と言うだけ、並々ならぬ気合と努力が詰め込まれており、何度見ても飽きることがない。

 このパレードを初めて目にする『外』の人間──舞川鈴奈は、完全にパレードの虜になってしまっていた。

 そんな彼女の事を横目で見て、詠真は人知れず微笑みをこぼす。

 ……俺もこの島に来て、初めて見たパレードには目を奪われたな。

 昔の事に思いを馳せつつ、

 ……英奈が居ないパレードは、これが初めてだ。

 磯島上利の導きで、木葉兄妹が天宮島にやって来た十年前から、兄妹は二人揃って毎年パレードを楽しんでいた。

 兄としては、パレードを楽しむ妹の笑顔が楽しみだった、というのが本音だ。

 その笑顔が一時的にでも失われてしまうとは、到底考えもしなかったが。

 しかし。

 来年は必ず、ここに英奈を──

 思考を遮るように、スボンのポケットの中でPDA端末が振動する。

 ──詠真は何か嫌な予感がした。

 恐る恐る端末を手に取り、届いたメッセージを確認する。

 差出人は磯島上利だった。

『突然で悪いけど、今から研究所に来てほしい』

 ……本当に突然だな。

 ますます嫌な予感。数ヶ月ぶりに研究所に顔を出しても文句一つ言わない彼に、呼び出されたのは初めての事。

 だが無視する訳にも行かないだろう。


「すまん、ちょっと外すわ」


 鈴奈他クラスメイトに一声かけ、詠真は人混みを掻き分けて商業ビルの路地へ吸い込まれて行く。

 パレードの喧騒が遠くなり、暗い路地を照らす光はない。その暗闇に、一対の緑光──『四大元素』第四の力『風』を発動し、緑眼を備えた詠真は路地のアスファルトを強く蹴る。一陣の風を纏い空高く跳躍。背に四本の竜巻が接続され、エレクトリカルパレードに少し後ろ髪を引かれながらも、詠真は闇夜を駆けた。

 四基と三基を繋ぐ南門『バーミリオンゲート』を抜け、十二区、十区を跨ぎ、舞い降りたのは閑静な住宅街。パレードの喧騒とのギャップで、ゴーストタウンのような静寂に包まれている八区を進み、詠真は第八区零九研究所にやって来た。

 古ぼけた鉄の門を押し開き、怪しげな雰囲気を漂わせる建物に入っていく。病院を思わせる内装、照明は殆ど落とされており、幽霊の一つや二つ出て来ても不思議ではない。

 幽霊の類を信じていない詠真は、特に怖気る素振りも見せず、エントランス右奥のエレベーターに搭乗。最上階の四階で降り、そこの最奥に位置する木製の両扉をノックした。返事も聞かずに開放する。


「おや、早かったね」


 この研究所の所長である中年男性、磯島上利の軽い声。何か文句でも言ってやろうかと思ったが、部屋に居るもう一人の人物の言葉で遮られた。


「こんばんわ、詠真様」


 白と黒を基調にしたドレスにストールを羽織った、銀髪を靡かせる品位の高い少女、ロゼッタ・リリエルだ。

 部屋の中央にテーブルを挟んで二つ置かれたソファの、ロゼットの向かい側に腰を下ろした詠真は小さな欠伸をもらす。


「ロゼッタも呼び出しを?」


「えぇ、今し方到着した所ですわ。詠真様も相変わらず速いですわね」


 口元に手を当てて柔らかく微笑む銀髪ドレスの少女。

 詠真の脳裏に、


『親しげな女の子ねぇ〜……』


 彼が想いを寄せる少女、舞川鈴奈の勘繰るような言葉──鈴奈は意識して言った訳ではないが──が蘇る。

 勿論、特別な関係などではないと全力で否定したいし、というか否定した。

 しかし、詠真とロゼッタは共に零九研究所と契約しており、話す機会や交流する機会が多かったため、それなりに親しい交友関係を持っているのも事実だ。

 ロゼッタが"詠真様"という呼び方をする理由は、少し別の所にあるのだが、そこを含めて、やはり両者は親しい──仲の良い男女関係ではあった。

 あくまで、詠真は友達認識だが。

 ……っと、今はそんな事より。

 短く息を吐いて、思考を切り替える。


「で、所長。俺だけじゃなく、ロゼッタまで呼び出す用件ってのは?」


 訝しげな四つの瞳に見つめられた──詠真は若干睨んでいる──磯島上利は、書斎机に置かれたノートPCを操作し、詠真とロゼッタのPDAが小さく振動した。


「今、君たちの端末に送ったのは、二枚の写真だ。まずそれを見て欲しい」


 言われるがままに送られてきた添付ファイルを開き、ホログラム機能で写真ファイルを投影する。写し出された一枚目の写真は、人混みの中をズームアップしたものだった。何をズームアップしたのかは、一目瞭然だった。


「単刀直入に言って、天宮島に二名の不確定因子が侵入した」


 詠真はホログラム投影された写真を凝視する。写っているのは、白いコートを着た二名の後ろ姿。一人は黒髪、もう一人は金髪のポニーテール。見た感じ、前者が男性、後者が女性で間違いないだろう。

 一見すれば、祈竜祭で行われた有志ショーの出演者とも思える。

 しかし、写真からも伝わってくるこの異様なプレッシャー。詠真は無意識の内に、眉間に深いシワを寄せていた。

 ロゼッタも何かしらの異様さを感じたのか、同じように不快を顕にしている。

 二人の表情の変化を伺った上利が話を続けていく。


「侵入したのは、十月十日から十一日の間と思われる。そこから分かる通り、祈竜祭に乗じて侵入を図ったんだろう」


「この島の入国には、いくつかの厳重な審査を経る必要がありますわ。そもそも、入国審査を受けるにも『外』で行われる審査を通り、楽園客船(パラディソスライナー)への乗船許可を得なくてはなりません。一種の鎖国に近い天宮島に侵入など、そう安安と……」


 ロゼッタの当然の問いに、上利も「僕も信じられないけどね」と肩を竦める。

 楽園客船とは、十七区の港と『外』の世界各国の港を定期的に行き来する、超能力者を保護し天宮島に招くためのクルーズ客船の事だ。

 彼女も楽園客船に乗って天宮島に身を寄せたため、その厳重な審査は身を持って体験している。それが、侵入など不可能と断言できる程には強固なプロセスであることも。

 詠真も同じだ。上利と共に楽園客船に乗りはしたが、それでも十二分に審査を受けていた。

 ──だが、詠真は知っている。この島に、文字通り安安と侵入してみせた"異能者達"の事を。

 詠真が妹を失い、舞川鈴奈と出会うキッカケになった、異端者アーロン・サナトエル。魔法使いであり、超能力者であったその男は、侵入した痕跡さえ掴まれたものの、その後の捜索には天宮島だけの力では不可能だった。

 そしてもう一つ。それは舞川鈴奈と出会う頃からみて、一年前の出来事だ。かつて柊学園の校門前で親友の輝が口にした"一年前のあの時"に該当する事件で、公にはされていないため、輝が言ったのは当時の詠真の様子を指しての事だ。

 簡潔に言ってしまえば、日本政府が有する極秘組織『天廊院』の、陰陽師と呼ばれる異能者の一人が"禁忌"を犯し、同胞に追われる形で天宮島に逃げ込んできたのだ。詠真の知る所だと、陰陽師の使う"呪術"を駆使して審査官の目を欺いたらしい。

 その直後に、天宮島政府と天廊院は情報を共有。天廊院から"十二神将"と呼ばれる実力者が四人、島に送り込まれた。

 詠真はその日常の裏で起こった事件に偶然巻き込まれたのだが、最終的には生きて戻り、事のあらましと、陰陽師の存在について知ることになった。

 という風に、詠真の知る限りでは、既に二人の"異能者"が天宮島に侵入した記録があるのだ。

 それも今回と同じく、侵入した痕跡だけは掴めているというもの。

 ──つまり。

 ……いや、結論を出すのは早いか。

 詠真は話の続きに耳を傾けた。


「残念な事に、二名の侵入の許したのは事実のようだ。その証拠としてね、あ、次の写真をみてくれ」


 ホロパネルをスライド。写真は切り替わり、今度は少しショッキングな写真と言わざるを得なかった。

 何処かしらの建物が炎に包まれ、瓦礫が散乱。その中にはちらほらと倒れる人間の姿もあり、生きた人間では無いことは確かだった。

 その写真の奥。小さく写る二つのシルエット。よく目を凝らして見ると、先刻見た写真の二名──白いコートを着た者たちであることが分かった。


「……これは何区だ」


「十七区の片隅にある、超能力者のDNA研究所だね。ここら辺は祈竜祭の活気からは遠く、今の所は一般の目には触れていない。ちなみに、それは二日前だ」


 断定するべきだろうか。天宮島への侵入を成功させ、これほどの破壊活動が行える力を持つ者。つまり──魔法使いか、陰陽師か。はたまた、何らかの認識阻害を起こさせる超能力の持ち主であると………。

 前者である可能性が大きいだろう。『外』の世界に、超能力者によって組織された集団があるとは思えない。天宮島という巨大な超能力組織がある以上、簡単な事ではないだろう。

 となると、異端者アーロン・サナトエルや"禁忌"を犯した陰陽師──土御門劫火の様に、己が組織を裏切った異能者。

 もしかすると、そういった反逆者達が集う別の組織が存在するのかもしれないが、今は背後の見えない影に目を向けていても仕方が無い。

 詠真はロゼッタと上利を一瞥する。

 ……所長の言葉からは、相手が超能力者以外の異能者であると判断しているとは思えない。ロゼッタも同じだろう。だとすれば、ここで話してしまうべきか? いや、簡単に話せる事でもないし、話せない事のが多い以上、説得力にも欠けるか。

 これらに関しては、自分の一存で話せるものでもない。と、詠真は思った。存在を秘匿する魔法使い、世間に隠蔽された事件、政府の機密組織。関わらせるのは、かえってマイナスかもしれない。

 写真がこの二枚だけである事を確認した詠真は、ホログラムを閉じて所長に尋ねた。


「で、何だ。この侵入者の捕縛を、俺とロゼッタにやらせるってのか?」


「おや、さすが話が早いね。実は今日の夕刻、政府から直々に依頼があってね。詠真の言った通り、早い話さっさと捕まえるなり何なりしてくれってさ」


「そういった案件は、天宮島警察の仕事ではなくて? 一介の学生に任せるものでもないでしょう」


 ロゼッタの言い分は至極正しい。だが言った後で、なるほど……と自己解決した後、嘆息した。

 それを詠真が代弁する。


「つまり、警察程度じゃどうにもできないから、"俺ら"に回ってきたって訳だ。…………おい、まさか」


 木葉詠真、ロゼッタ・リリエル。この二名が招集されたということは……まさか、と勘繰る当人達に、上利はにっこりした笑顔で首肯した。


「今頃、話を聞いている頃だろう──灰爽由罪君もね」


 詠真とロゼッタは、あちゃーと顔を掌で覆った。

 祈竜舞踏演において、"三王"と称される三つの高校。共学の柊学園、男子校の超創学校、女子校の聖ローズ学院。

 この三校が"三王"と称されるのには、祈竜舞踏演総合順位トップ3を例年独占する強豪である事が上げられるが、ここ数年ではもう一つの理由があった。

 それは、各校に在籍する計三人の最強の超能力者だ。

 柊学園の木葉詠真、聖ローズ学院のロゼッタ・リリエル、そして──超創学校の灰爽由罪。

 この三名をして"三王"。

 最強というのも、伊達ではない。現にこの三名は、学生という身分でありながら、"戦争"の精鋭兵士として選抜された経験を持つ。

 その三人の内、詠真とロゼッタに話が来ているとならば、必然的に灰爽由罪にも話が行っているも不思議ではない。

 警察の手に負えない案件となれば、彼を投入しない手はないだろう。


「あの戦闘狂いが街中で暴れでもしたら……その方が被害が拡大しますわ」


「相手が強敵となれば余計にな」


 詠真の脳裏に嫌な思い出が蘇る。

 自身が中学二年生の時に出場した祈竜舞踏演の目玉競技、祈竜戦。祈竜舞踏演は二度目だが、祈竜戦に出場したのはそれが初めてだった詠真は、準決勝で一つ上の他校の先輩と当たった。

 だが、そこまでに高校生にも勝利していたため、それほど年の差による戦力差は感じておらず、このまま優勝してしまおうと意気込んでいた。

 しかし無情にも。

 善戦虚しく、詠真は右腕が吹き飛ばされ呆気なく意識を失うという、想像にしない大敗を喫したのだ。

 その後すぐに、回復系超能力によって右腕を接合されたので大事には至らなかったが、ルール違反の"四肢切断"に及ぶ攻撃であったため、対戦相手は失格。更には今後の祈竜戦への出場が制限される事態となった。

 その対戦相手こそが、当時中学三年生だった灰爽由罪だ。

 思い出すだけで怖気が立つ。奴とは二度と戦いたくない。そう思うほどには、彼の実力は認めていた。


「まぁ、由罪の事をとやかく言っても仕方ない。とりあえず俺らは何をすればいい?」


「うん、君達には明日から、島全域に渡って二名を捜索して欲しい。特に、重要施設周辺だね。それは後からリストアップして送っておくよ。勿論、エンカウントすれば容赦はいらないそうだ」


 容赦はいらない──問答無用で殺してしまっても構わない。捕縛程度の考えでは太刀打ち出来ない相手だと言うことだろう。


「では、祈竜舞踏演に参加している暇はない訳ですね……」


「いや」


 ロゼッタの落ち込み気味な問いに、上利はかぶりを振った。


「自分の出場競技には出てもらって構わないよ。"三王"代表が揃って欠場なんてすれば、国民に何かしらの不安を与えかねない。君達は戦争に駆り出されるくらいだからね」


「確かに、それは一理ありますわね。何も三人共が同じ競技に参加する事はないでしょうし、少なくとも必ず一人の手は空くでしょう。特に問題はありませんわね」


「…………そうだな」


 ──魔法使いや陰陽師を侮ってはいけない。

 本当はそう忠告したい所だが、敵がそうと決まった訳ではないし、やはり存在を知らない以上は難しい。

 知り得る情報を話してしまえば早いのだが、そこもやはり気乗りしない。


「敵は未知数。油断は禁物だ」


 それだけが精一杯の言葉だった。

 けれど、こう考えればいいだけだ。

 ──"俺達"が殺ればいいだけの話だろう。

 "達"というのは、ロゼッタや由罪の事ではない。彼らと同等、いや、それ以上に頼れる存在──舞川鈴奈。

 政府からの依頼ということは、『宮殿』が関わっているのは間違いない。詠真に話が通っている以上、舞川鈴奈が外される理由は見当たらない。

 ……ならばこれまで通り、俺達で片付けてしまえばいいだけだ。俺自身が"弱さ"を乗り越える機会(チャンス)でもある。悠長に"弱さ"と戦ってる暇なんてないんだ。


「……詠真様?」


「……いや、何でもないよ」


 いつの間にか硬く強張っていた表情を柔らかく崩し、詠真はソファから重たい腰を上げる。

 遠く、もしくは近い場所に潜んでいるやもしれぬ侵入者に向けて、届かぬ宣戦布告を叩きつけた。


「せっかくの祭りを妨げる無粋な奴らだ、相応の報いは受けてもらわないとな」



☆☆☆★



 研究所から解散した詠真は、徒歩で自宅に帰宅し、お茶を飲みながらのんびりと鈴奈の帰りを待った。

 サフィールもクラスメイトとパレードを見に行っていたが、どうやら眠たいと言った理由で早々に帰宅しており、既に眠りについていた。時間も時間だ、おかしい事でもない。

 鈴奈が帰宅したのは、午後二十三時を回った頃だった。どうやらパレード終了後も、友達と話し込んでいたらしい。

 帰宅するや否や、初めて体験した大規模なエレクトリカルパレードの感想を、小一時間聞かされる事になったが、それも苦では無かった辺り、"恋"とは許せるものなんだなぁと実感した詠真。

 一通り感想を話し終え、鈴奈の興奮が落ち着いた所で、彼女の方から「で、外した理由は何だったの?」と尋ねられた。

 詠真は研究所で聞かされた事、今回の依頼の旨を余さず伝えると、どうやら既に知っている内容だったらしく「あー、やっぱりそれね」と、鈴奈は自身のPDAを投げてきた。

 画面に表示されていたのは、鈴奈宛に『宮殿』から送られたであろうメッセージだった。

 内容は割と簡潔なもので、二名の侵入者が現れた事、その捜索を三名の超能力者に任せる事、そして──未知数の敵に対する最終兵器として、舞川鈴奈(まほうつかい)の存在を勘付かれぬ様、指示があるまで待機する旨が綴られていた。

 詠真は、ふと思った事を口にした。


「今回は、なんか保守的だよな」


「保守的というか、慎重ね。大規模なお祭り期間だし、一般人を巻き込む事態を出来るだけ避けたいんでしょう」


「だな。それに今は龍脈の力が衰えている以上、下手な刺激は与えたくないってのもあるだろうな。まぁ、そこまで巨大な力を振るえるのは鈴奈くらいだし、だからこその最終兵器ってことか」


 鈴奈はテーブルに頬杖をつきながら、兵器って言われ方は癪だけどね、と嘆息。詠真は苦笑で返した。

 超能力者は、下手な"兵器"よりも"兵器"じみた力を持つ者も多い。特に、灰爽由罪やロゼッタ・リリエルは、本気を出せば一国を落とす事も不可能ではないと詠真は感じている。

 しかし。こと舞川鈴奈に関しては、多様性に秀ている分、彼ら以上に"兵器"並の破壊力を生み出せるだろう。

 もしかすれば、ロゼッタの『超振機壊(エーテルマキナ)』、由罪の『自由気象(アブノーマルウェザー)』さえも防ぐ魔法を持っているかもしれない。

 そう考えれば、彼女こそが"最終兵器"に相応しいとも言える。

 ──そういえば。


「やっぱり『宮殿』は出ないのか? あれも超能力者なんだろ?」


 かの戦争に、『宮殿』メンバーが三人も参戦した事など知る由もない詠真は、未だに『宮殿』という存在をしっかりと把握できないでいた。

 鈴奈としても『宮殿』が出れば早い話だと思ってはいるが、彼らが己が手を下す時は、相当ヤバイ時くらいだろうと言うことも分かっていた。故に、"持たざる者"程度との戦争に、彼ら自らが参戦した時には心底驚いたものだ。


「本当に切迫した時にしか出てこないと思うわよ、あの怠け者達は……」


 辛辣だなぁと苦笑する詠真を見ながら、鈴奈は胸中で今回の件に関するネコの言葉を思い出した。


『今回の件、宮殿は動けない。すまんが任せる』


 ──今回もでしょ、てか動かないの間違いじゃなくて? やる気あるの?

 そんな言葉を浴びせても、ネコは無邪気に笑って返すだけだった。宮殿は──ネコは勝手だなぁと鈴奈は嘆息。

 ──勝手。そう、まるで自由気ままに生活する猫のように勝手な少女だ。

 黒竜討伐の前日に、十四区のホテルでソフィアから聞かされた──『ネコさんは宮殿を裏切りますよ』という言葉。

 己が主である聖皇の言葉ながら、鈴奈は信用していいものかどうか悩むほどだった。相手は『宮殿』だ。聖皇自身も警戒していた謎の多い組織なのだ。

 実際、つい先日までは信用していなかった。

 しかし。

 ネコは鈴奈の辛辣な言葉に、無邪気に笑い返した後、耳を疑うような、そして確信せざるを得ない事を言い放ったのだ。


『木葉詠真が『外』へ出た際の監視兼"宮殿"への定期報告役は、お前だ。ただまぁ……馬鹿正直に"真実"ばかりを報告する必要はねぇ。私の動向はソフィアから聞いてるだろう? まぁその辺りの事も、『外』で会った時に話そうぜ、鈴奈ちゃん』


 鈴奈が監視兼報告役に任命されたのは、詠真の好きに行動させるための措置としてネコが推し進めた結果だろう。

 虚偽報告を混ぜる事で『宮殿』を欺くのも、何か思惑があっての事で違いない。だがネコに、『宮殿』を裏切るという考えを踏み切らせた理由が分からない。ソフィアと結託している以上、"世界の声を聞く者"に関する"世界の謎"に起因しているであろうとは推測できるが、ネコが"超能力の起源"のためだけに此処までするとも考えにくい。

 やはり、然るべき時を以って、ネコとソフィアから直接聞くしかないようだ。


「はぁ〜〜〜」


「珍しいな、んな大きな溜息……」


「前途多難よ、ほんと……」


 まずは、目の前の事から片していこう。鈴奈にとっての目の前の事とは、侵入者ではなく、祈竜舞踏演に他ならない。

 ……まぁ、向こうに魔法使いが居たとしても、魔力を感知されない程度なら魔法使っても問題ないでしょう。

 舞川鈴奈は氷結系超能力の使い手と──偽って──して、祈竜舞踏演で一花咲かせてやろうと企んでいる。

 果たして彼女は、万年三位の柊学園を優勝に導く救世主となるのだろうか。


 ──明日、祈竜舞踏演が開幕する。



☆☆☆☆



 時を遡る事、二日前。

 十月十四日、時刻は深夜一時過ぎ。宇宙、航空関連施設が密集する十七区の片隅に位置する、PDNA第一研究所。超能力者のDNAを解析、研究する研究所で、超能力者を表す"Paychic"の頭文字をとってPDNAとなっている。外装は闇に溶け込む様な漆黒、空から見下ろせば六角形の平たい建物だ。

 天宮島の超能力者の七割以上の遺伝子情報を保管する場所のため、重要施設とされ二十四時間体制で警備が敷かれている。

 それを物陰──航空機の傍から眺める二人の姿があった。

 黒髪の少年、神郷天使(かんざきてんし)。金髪を下げ髪にした女性、マリエル・ランサナー。共に白いコート──団服を纏った、天宮島に侵入した『外』の人間だ。

 彼らは航空機の影に隠れる訳ではなく、航空機に凭れかかって、警備の敷かれた黒い研究所を眺めている。特に緊張感のない、余裕の表情で。


「やっぱり、魔法を看破できる人材は居ない様だね」


「並の魔法使いでも、私の魔法はそう破れないと思う」


 闇に煌めく金を携えるマリエル・ランサナーは、魔法使いである。マリエルの認識阻害魔法により、天使達の姿は周囲からは認識される事はない。同じ魔法使い、それもマリエル以上の使い手でない限りは、突破される事もないだろう。

 故に、天宮島行きの楽園客船に乗り込む事も、入国審査の一切をスルーして島に侵入することも容易かったのだ。

 天使の気まぐれで、一時的にあえて姿を晒す事で、天宮島側に侵入者の存在を仄めかした。

 それの効果があったのか、島の重要施設は厳重な警備が敷かれている。とは言っても、通常の警備体制が如何程のものか天使達には分からないため、効果があったか断言は出来ないが。

 天使は組んでいた腕を解き、ゆっくりと歩を進め始めた。


「まぁ仄めかさずとも、今から姿を晒しに行ってあげる訳だけど」


 その後ろを歩くマリエルの右掌に、白色の魔法陣が展開。

 闇に煌々と輝く白い光は研究所の警備網にまで届き、ザワザワと慌ただしくなるのを感じて、天使はニヤリと口角を歪ませた。

 歪んだ口から、非情の一言。


「放て」


「了解」


 マリエルは右掌に展開した白魔法陣を研究所に翳す。

 キュィィィィイン! と甲高い音が鳴り、白魔法陣の中心に光の粒子が集まり始めた。それは一瞬でテニスボール大の光球となり、カッ! と光が瞬いた。

 直後。

 光球から白光のレーザービームが照射され、前方数百メートル先の研究所を容赦無く貫いた。漆黒の外装が溶解し、赤く染まる。

 瞬間。

 漆黒の外装に大穴が穿たれ、警備員達が呆気にとられているのも束の間。穿たれた穴──内部から破裂するように、研究所が爆発。煌炎が闇を明るく照らし出した。


「綺麗に全員巻き込んだかな」


「どうだろう……」


「まぁ生き残りが居ても構わないけどね。僕達の目撃情報が多ければ、それなりに対応してくるだろうし」


 一瞬にして姿を変えた研究所。業業と燃える炎の中で、神郷天使は一切の感情を感じさせぬ表情を浮かべ、煙が立ち上る星空を見上げた。

 皮肉にも、"天使"という名を持つ彼のその姿は、煉獄の炎で世界を焼き尽くす"悪魔"そのもの。

 "悪魔(てんし)"は足元に転がる瓦礫を踏みつけた。

 ──この瓦礫は呻き声を上げるのか。

 その言葉が、謎の少年に踏みつけられる瀕死の警備員にとって、人生最大にして最後の恐怖だった。

 炎の余波で起こる爆発による風で、団服の裾が大きく翻る。炎で照らされた部分と、影が落ちる部分が、まるで白と黒の翼を広げるが如く。


「やれやれ、思った以上に脆いな。様子見で訪れたのに、このまま島を落とせてしまいそうだよ」






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