表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
四幕『狙われた祈祷祭祀』
23/60

『十月十日』



 天宮島という超能力国家を形作る街──区を賑わせるのは、数多く集まった露天商の景気の良い声、そこに吸い寄せられる人々の雑踏、楽しむ声、浮かれる声、それらを盛り上げるのに一役も二役も買っている軽快なBGMの数々。

 特に、天宮島四基に位置する、商業区と一括りで称される第十三、十四、十五区が島一番の賑わいを見せていた。

 他にも、天宮島三基の学生区と呼ばれる、第三、四、五、六、七区でも学生を中心に賑わっており、第八、九、十、十一、十二区の一般居住区では、長い体躯の蛇──ではなく、龍を模した龍頭を被った十数人の大人達が舞い、踊っている。

 黒"竜"と呼称された化け物が島を襲撃し、それを見事撃滅せしめてから既に二ヶ月が過ぎていた。

 だが皮肉にも、"竜"に怯えた国民達が"龍"を讃えるかの如く舞い踊っているのには、当然理由があるのだ。

 天宮島を──五つの超大型浮体式構造物を洋上に浮かせ、人工島として機能させている、させる事が出来ているのは、島の下に流れる気の流れ──"龍脈"の力の恩恵があってこそだというのは、天宮島国民にとっては周知の事実であり、いわゆる一般常識である。しかしその"龍脈"の力は、毎年十月十日からの二週間もの間、極端に衰えてしまうという事も然り、一般的な常識だ。

 そして今日は、紅葉の秋も十月十日。龍脈の力が衰えてしまう危険な二週間の初日であり、天宮島が一年を通して最も活気付く二週間の初日でもあった。

 第十三区の飲食系露店を巡る木葉詠真は、ふと想起した。



祈竜祭(きりゅうさい)?」


 木葉宅の居候娘の一人、舞川鈴奈がそう尋ねてきたのは一週間前の事だ。

 かれこれ四ヶ月もの期間を、いわゆる同棲──正確には居候預かり──期間としている詠真は、彼女が『外』から来た人間である事をしばしば忘れそうになる。それほど彼女はこの島に馴染んでいた。

 しかし馴染んでいても知らない事はまだ多くある様で、『祈竜祭』という単語は聞き覚えがないらしい。

そこで詠真はこう説明を施した。

 ──祈竜祭ってのは、毎年十月十日から二週間に渡って開催される大規模な祭りの事だ。祭の期間は、島を支える龍脈の力が衰える唯一の期間らしくて、その龍脈に感謝の祈りを捧げて衰えた力を祈りの力で補おうっつー名目で、天宮島が一年で最も賑やかに、華やかに変身する……まぁ楽しい祭だよ。

 それを聞いても特に目立った反応を見せなかった辺り、鈴奈は祭事にはあまり興味がない女の子なんだろうか、と勘繰った詠真は説明を続ける。

 ──一括りに祈竜祭って言っても、"祈竜祭"は初日から七日目までの総称で、八日目から最終日までは名前と祭の内容と変わってくるんだよ。

 鈴奈は、ふぅーんと生返事。

 こればかりは鈴奈自身も関わってくる内容になるため、詠真は小さく嘆息しながらも、少し語気を強めて言う。


「八日目から最終日にかけて行われるのは、祈竜舞踏演って祭事だ。その名前くらいは学園で聞かなかったか?」


 鈴奈はコクコクと頷いて、


「あ、なんか聞いた気がするわ」


「まぁ明日か明後日辺りに授業で説明があると思うけど、周りとの知識に相違が出ない様に説明しとくぞ。──天宮島の全中学、高校は計110校存在する。その中でも"超能力校"である70校のみが参加する権利を持ち、数ある競技の合計点から頂点の学校を決めるのが『祈竜舞踏演』だ。柊学園(ウチ)も当然参加する。……"超能力校"ってのは"無能力者"の居ない学校を指す言葉だが、それくらいは知ってるよな?」


 少し馬鹿にされた感じで唇を尖らせた鈴奈は、まぁその程度は……と答えた後、キッチンで紅茶を淹れながら続ける。


「その祭事があるから、詠真は『外』へ出るのを先延ばしにしたの?」


 鈴奈の問いかけに、内心ギクリとする詠真。

 黒竜討伐以後、あっさりと『島外への自由移動許可』を得ていた詠真だったが、約二ヶ月が経過した今も『外』へは一歩たりとも出ていなかった。

 鈴奈の言う通り、祈竜祭および祈竜舞踏演が一つの理由であるにはあるのだが、実はもう一つ理由があった。

 それは、"炎帝"を冠する強大な魔法使い・フェルド・シュトライトに大敗を喫し、その際に彼から告げられた言葉にこそあった。


『今の貴様に、鈴奈の隣に並び立つ事など不可能だ』


『この先の旅路、鈴奈と並び立ち、共に戦いたいと思うのなら──強くなれ』


 脳裏に刻まれたその言葉。

 情けない姿で大敗を喫し、あろうことか、今の自分は"彼女"には相応しくないと現実を叩きつけられた直後に、大手を振って前進できるほど詠真の心は鉄ではなかった。

 ──自分は精神力の強い方だ。

 そう思っていた部分はあった。しかし、英奈(いもうと)の存在を欠いた現実に強がっていただけだと自覚していた部分もあったのだ。

 フェルドに大敗を喫した事を境に、己の精神は脆弱であるという事実を痛いほどに痛感させられ続けた。

 力が、心が、何もかもが足りない。

 故に、『外』への旅を先延ばしにしたという訳だ。

 ──そんな恥ずかしい事を言えるはずもないな。

 その部分の理由は伏せる事にし、詠真は首肯する。


「黒竜討伐戦の前に、ちょっとロゼッタと約束してしまってな……」


 隣で机に突っ伏して寝ているブロンド髪の少女、居候娘サフィールの頭を優しく撫でてやりながら、


「約束した手前ってのもあるけど、祈竜舞踏演は学校をあげて取り組む祭事だから、そこそこ"責任"を背負ってたりするんだよ」


「ロゼッタって、戦争に参加してた銀髪ドレスの女の子よね?」


 鈴奈は紅茶の注がれたカップを二つ持って椅子に座る。一つを詠真に差し出し、もう一つのカップに唇をつけ、紅茶の芳醇な香りを楽しみながら一口含む。


「──そういえば、ブリーフィング後の挨拶の時は親しげだったわね」


「し、親しげって訳じゃないけど……か、顔見知りではあるな」


「ふーん……」


 ──なんだろ。

 鈴奈は記憶に残るロゼッタという少女の顔を思い浮かべながら、詠真の顔を見つめる。

 なんだか胸がチクリとした。


「親しげな女の子ねぇ〜……」


 ふと悪戯っぽく言ってみると、思いの外詠真が取り乱し始めた。

 ガチャン! とカップを倒し、零れた紅茶が机の上に広がっていく。紅茶に濡れてしまう前に、睡眠サフィールを机から剥がす。焦りを誤魔化すかの様に笑いながら、詠真は紅茶を拭き取って行く。


「……何を動揺してるのかしら?」


「ど、動揺なんてしてないぞ!」


 それは嘘。

 詠真は鈴奈に対して『恋』を明確に意識し始めている。そのせいで、"女の子と親しげ"という単語に過剰反応してしまい、まるで浮気がバレた彼氏みたいな動揺っぷりを披露してしまったのだ。

 どうやらその真意を理解してない鈴奈は、可笑しな物でも見るかの様な目で詠真の事をじっと見つめている。

 机を綺麗に拭き終え、サフィールを元の位置に戻した詠真は咳払いを一つ。


「ま、まぁ、ロゼッタとは別になんもないから。ただ単に、ロゼッタと俺は所属する研究所が同じで、祈竜舞踏演でも縁があったりするだけだよ」


「…………そ」


 ──もしかして、なんか勘違いされてしまったのか?

 そんな焦りを感じなくもなかったが、それ以降は鈴奈の接し方に変化はない。

 そもそも、鈴奈が俺の事をどう思ってるとか分かんねぇだろ……そんな自嘲気味の溜息を吐きつつ、詠真の意識は祭事で賑わう十三区の景色に回帰する。

 若干七歳の頃に、『第三区零九研究所』所長の磯島上利の手によって天宮島に来て以来、詠真が経験する祈竜祭は今回で十回目、中学生から参加資格が得られる祈竜舞踏演は五回目となる。

 ふと、自分が参加した二回目の祈竜舞踏演の"苦い思い出"を想起してしまい、詠真の顔は露骨に歪むと同時に、視線の先に親友の姿を発見した。

 待ち合わせをしていた未剣輝だ。


「輝」


「お、やっときたか」


 輝と合流した詠真は、ここ約半年の中で経験した死闘の数々を想起しつつ、それによって生じた心身の疲れを癒していくように、他愛のない話で笑いながら祈竜祭を練り歩いていく。

 輝を始め、花織、美沙音、ウィル達は何も聞いてこない。黒竜は誰が討伐したのか。それは世間的にも公にされていない事だ。

 本当は問い質したいはずの彼らは、しかし問わずとも分かってしまう彼らは、親友を信じた上で、何も聞かず、こうしていつも通りに振舞っているのだ。

 その気遣いを身に染みて感じている詠真は、申し訳ない気持ちに押し潰されそうだった。

 親友の彼らには、何一つ話してやることはできない。

 ──これから進む道、旅についても。


「詠真はやっぱ、祈竜戦しか出ねぇのか?」


 輝の言葉に詠真の思考は断ち切られ、しかしそれで良かったなと思いつつ、露店で手にしたりんご飴を齧りながら答えた。


「うーん……そうだな、他の競技まで俺が選手枠を圧迫してしまうのもアレだしな」


 祈竜祭の次祭、祈竜舞踏演。超能力校と区別される全70校の中学、高校が参加権利を持つその祭は、鈴奈にも説明した通り数ある競技の合計点から頂点の学校を決める、言わば"武闘演"だ。

 競技の数は全部で十競技。学生区にそれぞれ設けられた五つの競技場を使用し、一競技につき一校から三組まで──ソロ競技かタッグ競技かで、一組の人数は変わる──の生徒を選出して、開催委員会によって公正なトーナメントが組まれる。

 十の競技は、それぞれで特色を持っており、凍結・氷結系超能力者による氷像コンテスト、思考加速系超能力者による超速超難題計算バトルと言った風に、系統分けされているのだ。系統分けされているからといって、全く別系統の超能力者が参加する事も可能ではあるが、特色=勝利への必須項目であるため勝ち抜く事は難しくなる。

 そしてその十競技の中でも、特に人気で、祈竜舞踏演のメイン競技とでも言えるのが、祈竜戦と呼ばれる競技。

 祈竜戦の特色は、戦闘系超能力。その内容とは、参加者がトーナメント方式で"模擬戦"を行い優勝者を決めるという極めて単純で最も熱い、まさに"武闘演"を表す競技なのだ。

 特筆すべきなのは、"模擬戦"と称しているにも関わらず、四肢切断や内臓破壊の"手前"までなら、相手に怪我を負わせても問題ないという点だろう。無論、命を奪う事は禁止されている。

 というのも、『脳が働き、体が繋がってさえすればどんな外傷でも忽ちに治癒する事が出来る超能力者』が祈竜舞踏演の救護班に詰めており、現に大怪我をした生徒は一時間もしない内に無傷で会場の席に戻ってきて、大声で声援を送っている。詠真も一度世話になった事があるため、心置き無く"優勝へ駆け上がる"事ができるのだ。

 そしてもう一つ特筆すべき事がある。

 それは、二大会連続で祈竜戦を制し、優勝の座に輝いているのが──木葉詠真であるという事実だ。

 輝がフランクフルトを頬張りながら、ぐるっと周囲を見渡した。

 およそ七割に及ぶ人間が、輝と詠真に視線を送っている。それも当然と言えるだろう。なんたって、ここにいるのは祈竜戦二連覇中の高校生にして、"三王"と称される高校の学生が二人も闊歩しているのだから。

 ひそひそと聞こえてくるのは、どれも同じ様な言葉ばかりだ。


「え、あれって木葉詠真じゃね?」「やだ嘘……私握手してもらおうかな」「さすが"三王"の一角、柊学園の生徒……オーラが違うぜ」


 どこも彼処も褒めちぎりの言葉。詠真は心の中で嘆息した。

 ──三王とか辞めて欲しいな。

 祈竜舞踏演に際して、無敵と呼ばれる三つの高校がある。その三校は例年、祈竜舞踏演総合順位のトップ3を独占し、そこから付けられたのが『三王』という痛々しい異名である。

 共学の柊学園。男子校の超創(ちょうそう)学校。女子校の聖ローズ学院。それらを総称して『三王』と呼び、学生や大人達から羨望と尊敬の目を向けられるのだ。

 ふと、こんな声も聞こえてきた。


「でも柊学園って、総合順位で一位にはなれないんだよなぁ」


 それも事実だった。

 いくら詠真が祈竜戦で二連覇しようが、その他の競技で"二王"を崩さない限りは総合一位を取る事はできない。

 その点で言えば、柊学園は"三王"の中でも最弱と言えるだろう。

 それを詠真は重々承知している。なんたって"二王"には、『祈竜戦への出場を制限されている』二名の超能力者いる。その二名と詠真が"模擬戦"を行ったとして──自分が負ける事も理解していた。

 事実、二名の内の一人には"自身二度目の祈竜戦"で負けを喫している。

 故にこそ、あまり持ち上げられるのは気分が良いものではなく、納得もいかなかった。

 ──輝。

 詠真は親友の名前を小さく呼ぶと、返事を聞く前に肩を鷲掴む。

 ビュオッ! と一陣の風が起こり、詠真は地面を強く蹴った。


「うおっ!」


 不安定極まりない状態で空へ投げ出された輝が慌てふためくと、詠真は親友の両腕を掴んでぶら下げる。

 空中に舞い上がった詠真の背中に四つの竜巻が接続され、まるでサーカス集団を思わせる状態のまま駆空。

 学生区──第四区の一角に降り立ち、二人は顔を見合わせて笑みを漏らした。

 輝が期待を込めた口調で言う。


「三連覇、信じてるぜ」


 やめてくれ、と肩を竦める詠真だったが、やがて諦めたように輝の肩をポンと叩いた。


「まぁ、頑張るよ」



☆☆☆★



 時を同じくして、聖皇国ルーンは多忙な日々に追われていた。時を同じくとは言っても、ルーンが多忙に追われ始めたのは二ヶ月程前の事。より正確に言えば、天宮島にて黒竜を撃滅し、ソフィア達が帰国した一週間後。

 他国で"天廊院"の動向を探っていた上位魔法使いから、とんでもない報告が上がってきたのだ。

 しかし、ソフィアとしてはそれも予想の範疇だったとも言えた。

 その報告とは……


「"帝"は俺以外出ずっぱりですか……」


 言ったのは、全身に灼熱の炎を纏ったかの様な紅い装いの青年、"炎帝"フェルド・シュトライトだ。

 フェルドは『聖皇の間』で片膝をつき、己が主の声を待った。


「……仕方ありませんね」


 聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロードの感情の薄い声が七色のステンドグラスにぶつかり、間を反響する。その声には余裕を感じ、しかし余裕を感じない。意図を上手く汲み取れない声色だ。


「二週間前の黒竜出現以降、世界中で"魔物"の出現が確認されているのです。野放しにはできないでしょう」


「魔物……」


 フェルドは改めて確認するように復唱した。

 魔物。突如世界中に現れ始めた"化け物"を呼称するためにソフィアが付けた名前だ。魔物は個々様々な姿形をしており、猪、熊、怪鳥、鮫など、"この世界"の既存生物を巨大化し、より禍々しくスケールアップした様な"異界生物"だった。出現頻度は高い訳でないが不規則で、世界中で場所を選ばないため量としてはそれなり数に上っている。

 ソフィアが下した判断は、『黒竜出現による次元への影響で、異世界の生物がこちらの世界に流れ込んでいる』というものだった。ソフィアとて推測の域ではあるが、これ以外に考えられる事もない。

 既に一般人にも目撃され、生物の突然変異やUMA、都市伝説という形で噂が広がりつつあった。

 ソフィアは最終的な決断として、『異世界より雪崩れ込む魔物群を、世界の裏で秘密裏に討伐し、表への被害を未然に防ぐのです』といった命令、任務が聖皇国ルーンの魔法使いに下したのだ。

 聖皇国ルーンの魔法使いは約千人。その内の八百人が世界中に飛び散り、二百人がルーンに常駐しているのが現状だ。

 八人の最強の魔法使い"八眷属"も、その七人までもが国を離れている。"氷帝"に関しては理由が異なるが、彼女にも"魔物出現"は伝わっており、その上で彼女には天宮島への居住を許し、"命じていた"。

 聖皇国に常駐する"帝"は"炎帝"のみ。とは言っても"真に最強"の魔法使いである聖皇がいるため、因敵から襲撃されても差し当たって問題はないだろう。

 ──問題はそこだった。

 ソフィアは遠くを見つめる様に言う。


「この事態、私は『宮殿』と『天廊院』に情報を流しましたが、『宮殿』に関してはいいでしょう。しかし、『天廊院』がどう動いてくれるのか……」


 それは因敵である"陰陽師"の組織。日本政府が有する極秘組織である『天廊院』の行動に関してだった。

 魔法使いと陰陽師は長い年月を争い、しかし十年一日の争いが続いている。その因敵に"黒竜"と"魔物"についての情報を流したソフィアは、でき得る事なら陰陽師にも魔物討伐に動いて欲しいと思っていた。

 果たして、因敵の"皇"から齎された情報をどう受け取り、どう行動に移すのか。

 ──はぁ。

 ソフィアは珍しく嘆息をもらした。


「因縁とは難儀な物ですね」


「聖皇様は……陰陽師と和解したいとお考えなのですか?」


フェルドの問いにソフィアは首を横に振って否定する。


「いいえ。そうは思いませんし、それが出来るとも思いません。争う理由が"過去の因縁"という不確定で不明瞭なものだとしても、これが魔法使いの歩む道であり、存在意義なのです。ですが……」


ソフィアは一呼吸置き、傍らに置かれた白銀の杖『聖華位神杖』を撫でた。


「異能の起源が明かされた時……そこに魔法使いの真なる存在意義があった場合、もしかすれば……敵は陰陽師で無くなるやもしれませんね……」


「一体……どういう……?」


「……いえ、妄言です」


 目蓋を伏せたソフィアは、心臓の鼓動が止まったかと錯覚するほど、そこにあるのは精巧の人形だと思わせるほど、微動だにせず、時の流れに身を任せる。

 足音一つ立てずに『聖皇の間』を後にするフェルドの魔力を感じながら、ソフィアは誰に向けるでもなく、心の声で呟いた。


 ──魔法使いの真なる敵は……


 その先は口にも、心にも出さず、深い深い精神(うみ)の底へ沈めていく。

 来るべき時のために。



☆☆☆☆



 南太平洋のとある島嶼群。その島々を国土とする諸島国家のとある一室。完全に明かりが落とされ暗闇に包まれたその部屋で、一つの声が響いた。

 若い青年、いや少年の声だ。


「この世界には、変革の時が訪れつつあるようだ」


 それに応えたのは、飄々としながらも語尾が伸びる男性の声。


「聖皇は魔物って呼称してるらしい変な生物も湧き出したしねぇ」


「所詮、雑魚だ」


 凛と力強い女性の声が一蹴すると、飄々とした男性の声が苦笑をもらした。

 ゴホンッと咳払いをした厚みのある老年男性の声が尋ねる。


「では、動くんだな?」


「その通りだ」


 少年の声は即答すると、ガタッと椅子を引くような音が部屋に響く。


「だが、何もいきなり本番というわけではないよ。まずは様子見。出るのは僕とマリエルだ」


 己の名前を呼ばれた凛と力強い女性の声が、小さく喉を鳴らして笑う。

 他二名からの異論はない。

 少年の声は、冷たく告げた。


「さぁ……天宮島で楽しもうじゃないか」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ